誰のポケットに入るか
トマウはヴァゴウの霊気機関には目もくれず、その口から伸びているのであろう管の傍に転がっていた小さな機械部品、エイハスの上半身を拾い上げる。機骸とはいえあまりに痛ましい姿だ。とうとう全ての眼球レンズが割れ、左前脚も失われている。破損部からぽろぽろと機械部品が落ちて来て、それでも首や右前脚の関節を何とか動かそうとしている。
「スース! どうにかならないか!? まだ動いてるんだ」
スースはトマウの隣に駆け寄り、エイハスを覗き込む。そうしてあらゆる角度から子細に点検する。
「機骸の場合、霊気機関を動かし続けなければ代替知性が全て剥がれてしまうんです」スースはどこか遠くの誰かに言うような独り言を言った。「そして同時に熱量が飽和しないよう、機能する『体』が存在しなくてはならない」スースの言葉に差し挟まないようトマウは黙って見守る。「つまり……。だから……。えーっと……そうです! 任せてくださいトマウさん。私に考えがあります」
スースはエイハスをひったくるように受け取り、今しがた停止させたヴァゴウの霊気機関の元へ行く。
「わ! な、なんだいこれは?」といつの間にかトマウの後ろにいたタスキイが辺りを見て興奮したように言った。
「手伝ってください! トマウさん! タスキイ先生! 早く!」
二人の男は少女の指示に従う。スースの三、四本目、五、六本目の腕となり、支えとなった。太い管を叩き割り、電線を何とか引き千切る。エイハスの部品を出来る限り集めて来る。
日も暮れて、タスキイの船に積んでいた携帯用の鬼火灯を灯す。
とうとう二人に与えらえる仕事がなくなるとトマウはようやく地面に溢れるそれらに目を向けた。初めは土汚れのせいでそれが何か分からなかったが、作業中にその存在に気付き、気を散らさないよう努めていた。ヴァゴウの背中に詰まっていたそれは、かつてトマウの生き甲斐だったそれは、今では色褪せて見えた。
「それで」とタスキイはヴァゴウの開いた背中の蓋に寄りかかって言う。「この大量のお金はどうしたんだい?」
多くが紙幣だが金貨らしきものものもある。ヴァゴウの背中にはエイハス同様に金が入っていた。水や土が侵入し放題だったのだろう。泥まみれになっている。
「多分だが、ヴァゴウは、この機骸はケスパーの金庫だったんだ」とトマウは考えを述べる。「ケスパーの財産なら、これくらいの量があってもおかしくない」
バザが探していたのであろうケスパーの遺産はイドン河の底を泳いでいたのだった。タスキイは感心したように言う。
「凄いね。噂は知っていたが、まさに中州の帝王じゃないか。やったね、トマウさん。言っては何だが失った以上の物を取り戻せたんじゃないか?」
「いや、俺はいらない」
タスキイは表情で驚いて見せ、そして納得したような声音で言う。
「まあ、そんなような事を言い出すんじゃないかとは思ったけど。それにしても、だね。そりゃこりごりってのは分かるが、だからといって今の時代に金を稼がずに生きていくなんて事はそうそう出来ないだろ?」
「ああ、だが」とトマウが言いかけた所でスースが戻って来た。
「とりあえずこれで大丈夫です」
ヴァゴウの霊気機関は取り外され、代わりにエイハスの霊気機関が取り付けられている。しかしその巨体は微塵も動く気配を見せない。
「大丈夫なのか? 少しも動かないが」
「大丈夫です。まだ代替知性が少しも定着していないってだけですから。何せこの大きさです。夜明けまでに動けるかどうかといったところです。それで何の話ですか?」
トマウは泥塗れの遺産を指さす。
「これをどうするかって話だ」
「え? うわあ! 何ですかこの大金は!? 何で機骸の中にお金なんて奇特な事を。一体誰が」
トマウはさっきと同様にスースにも推測を話す。
「へえ。ケスパーさんの遺産ですか。じゃあトマウさんと同じく機骸を金庫代わりにしていたって事ですか? 気が合うんですね」
「やめてくれ」とトマウは抗議した。
「それで、どうするか、ですか。そうですね。不法に稼いだお金でしょうし、本来なら元の持ち主に戻すのが筋なのでしょうが」
「そりゃ無理ってもんだよ」とタスキイが異議を挟む。
「そうですよね」とスースも同意する。「それなら警邏軍に引き渡すのがこの国の法律だと思いますけど」
「よりによって警邏軍に? 誰のポケットに入るか分かったもんじゃない」とトマウは難色を示す。「あんた達二人で分ければいいんだ」
スースは信じられない事を聞いたとでもいうような大げさな表情を見せる。
「何でですか? トマウさんは?」
「俺はいい」
ある種冷たく言い放たれてスースは困惑する。
「どういう事です? タスキイさん?」と助け船を求める。
「随分懲りたみたいだね。チンピラみたいな生活を改めるっていうのなら悪い事ではないけどね。スースさんも金を奪ったりするなって手紙に書いてたじゃないか」
スースは少し考えて思い出したように言う。
「あれ届いてたんですね。途中でメルキンさんに奪われて……。いや、だからといって僧侶みたいな清貧な生活を求めた訳でもないんですけど」
それが皮肉かどうかトマウには分からなかった。
「とりあえずは保留でいいんじゃないかな。いきなりどうにか出来る金額でもないし」
「それもそうですね」とタスキイに賛成したスースはトマウに向き直る。
「ではトマウさん、中州で機械部品を手に入れるにはどうすればいいですか? 出来る限り補修したいのですが」
「棄て山に行くのが手っ取り早い。上手くいけば拾えるし、上手くいかなくても誰かが売ってくれる」
「棄て山? 母の遺体が打ち棄てられたという棄て山ですか?」
「ああ、そうだ。俺があんたの入った棺を奪った時に着地したのも棄て山だ」
スースは真剣な表情を浮かべてトマウを見つめる。
「なるほど。そこへ連れて行ってください。お願いします」




