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機械仕掛けと墓荒らし  作者: 山本航


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人っ子一人見当たらない

 トマウは手紙を食い入るように見つめる。最後の文章、その文字は明らかにメルキンの筆跡だった。

 確かアオメノ寺院は西岸にあるスースを預かっていた寺院だ。孤児院も経営していると言っていた。

 トマウが立ち上がると、タスキイが咎める。


「安静にって言ったろ。いつまでも傷が閉じないぞ」

「スースがアオメノ寺院にいる。行かないと」


 タスキイはトマウの持っている手紙を取り上げて目を通す。


「なるほど、アオメノ寺院か。確かに巨大な研究施設を有する寺院だ」

「アオメノ寺院には研究施設があるのか? 孤児院を経営しているとは聞いたが」

「孤児院は知らないけどミアムセ島でも随一の霊研究が行われている施設だよ。でも鞴派だ。元々ハーシーさんを研究していたのがここだとしたら、蝋燭派のメルキンが何でそこに?」

「さあな、分からないがとにかく行くしかない」


「そもそも君を狙う目的は何なんだ?」

「言わなかったか? あいつは人殺しに目覚めたんだ。機骸スペクターを操るあの力は殺人によって得たものだと信じてる」

機骸スペクターを操る? どう考えても屍蝋病の症状じゃないか」


 トマウは思ってもみなかったが確かに辻褄が合う。


「ハーシーから感染したのか」

「おそらくね。殺人をしたってその力が強化されたりはしないよ」

「メルキンはそんな事知らないんだ。とにかく場所を教えてくれ」

「西岸の北部だよ。川沿いに巨大な建造物がある。元砦って訳でもないのに堅固な佇まいの要塞みたいな寺院だ」

「ありがとう」


 トマウがそう言って踵を返すとタスキイが言う。


「待ってくれ。歩いていく気かい?」

「いや、走っていくが」

「そうじゃないよ。ぼくがどうやってこの中州に来たと思ってるんだ?」

「橋裏を通ったんだろ?」

「馬鹿言うなよ。あんな所を通ったら身ぐるみ剥がされちゃうよ」


 今いる中州に比べれべ遥かに治安は良いのだが、トマウは黙っている事にした。


「つまり」とトマウは先を促す。

「行くなら船だ」



 タスキイの小型霊気機関船『女帝ワ゛ムザシイ号』はトマウが思っていたほど速くも無ければ快適でもなかったが、一直線にアオメノ寺院へと向かった。


 夜を待つつもりはなかった。居場所を伝えてきた意図も、弔銃を送って来た意図も分からないが、来て欲しくなければそのような事はしないし、いつ行っても返り討ちにできる態勢を作るだろう。

 大きく揺れて汚れた川の波をかぶる船の隅でエイハスが縮こまっている。


「何で来たんだ? エイハス」


 エイハスはかちりと歯車を回すだけだった。


「確かに、見張りどころか人っ子一人見当たらないな」と船の把手を握るタスキイが言った。


 確かにアオメノ寺院は巨大な要塞だった。トマウは数年来てっきり軍関係の施設かと思って近づかないようにしていた。寺院にしてはあまりに武骨かつ威圧的で繊細さに欠ける建造物だ。卵をひっくり返したような形の本棟に寄り添うようにいくつかの施設が立ち並んでいる。大きな鳥の巣のようだ。


 川に張り出すように美しい庭が造設されているが、やはり誰もいない。霊気機関船は誰に咎められるでもなく堂々と接岸した。

 庭には色とりどりの花々が植えられ、三王国時代風の東屋が一つ中心に据えられている。そして、東屋の中にはメエタオよりも一回り大きい猛獣然とした犬型機骸スペクターが微睡むように寝転がっている。


「タスキイはここまででいい」

「できれば離岸してもいいかな。少し離れた所で待ってるよ」


 トマウは帰ってもらうつもりで言ったのだが、タスキイにそのつもりはないらしかった。


「ありがとう。心配しなくてもあいつはここで片づけるけどな」


 その機骸スペクターはメエタオに比べれば一回り大きい熊のような体形だった。熊にしては腕が長く太いし、異様に大きい眼球レンズが一つ顔の中心で昼の光を反射している。

 熊がトマウを察知して顔を持ち上げ、その大きな眼球レンズを岸へと向ける。

 トマウは改めて弔銃に込められた弾を確認し、ナイフを抜き放つ。エイハスが隣にいる事に気付く。


「待て、どうしたお前。船に戻ってろ。俺が弔銃を撃ったら動けなくなるんだぞ」とトマウは言ったものの船は既に離岸していた。

 エイハスは何を勘違いしたのか嬉しそうに尻尾を振ると熊に突撃していった。


 トマウも慌てて追いかける。熊は待ち構えるように後ろ足で立ち上がった。立ち上がってなお、前足は地面に届きそうなほどの長さだ。エイハスなど一溜りもないだろう。

 トマウは弔銃を熊に向ける。エイハスは後でスースに直してもらう事にした。

 熊がエイハスを狙って腕を振り上げた時、トマウは弔銃を放つ。広がる弔音は熊に当たり、よろめかせる。その隙を突いてエイハスは熊の足元を駆け抜けていった。


「何でだよ」


 熊を停止させるに至らなかったのはメルキンの支配下だからだろうか。だがエイハスに効かない理由はまるで分らない。

 熊はエイハスを追うように体を捻る。トマウは難なく熊に駆け寄り、そのわき腹から這い上って首元の伝達回路をナイフで切断した。その巨体は勢いよく倒れ込み、東屋に据えられた椅子の一部を破壊する。

 トマウはアオメノ寺院の方に目を向けるがエイハスの姿はなかった。

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