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機械仕掛けと墓荒らし  作者: 山本航


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見覚えがある

 暗闇の中を、泥臭く刺すように冷たい水の中をトマウは無抵抗に流されていく。何も見えず、轟々と流れる水の音に耳は塞がれ、鼻も効かない。エイハスの足の硬質な感触だけが掌の中に確かだった。何度も何度も壁に打ち付けられたが、冷たさに麻痺しているのか痛みを感じない。自身が何を感じる事が出来ているのか分からなくなっていく。トマウを取り巻く無慈悲な世界が遠のいていく。


 気が付くとトマウは川岸に打ち上げられていた。痺れる瞼を無理に開き、油の浮いた川を眺める。

 濁り切ったイドン河。雲が厚いのか薄暗い。水の流れる先、河は東へと大きく曲がり、外円海へと流れ出るはずだ。その海の向こうには新大陸、ケイビア大陸があり、西海岸のほとんどがチアコア属州として帝国に治められ、近年大きく興隆している。

 ふと、新大陸に移住するのも悪くない、とトマウは考えた。何もない真っ新な大陸には多くの成功が眠っており、一財産を築いた者も少なくないらしい。


 はっきりしない頭で財産という言葉が反響する。右の掌の中にエイハスの足の感触がある事を感じ、安堵する。と、同時に目の前で何かの塊が何度も何度も波に洗われている事にトマウは気づいた。


それはエイハスだった。エイハスが横ざまに倒れ、その背中が露わになっている。背中は開き、中は真っ暗な虚無で、そこに沢山あるはずの汚れた紙幣は全て失われていた。


 感情がこみ上げてくるほど、トマウの心は活動できずにいる。怒りも悲しみも悔しさも何もかもが心の底の澱みの中に沈んでいる。


 トマウは痛みを堪え、冷たさのみを感じる存在の不確かな自身の右手を何とか目の前に持ってくる。青痣と擦り傷だらけの右手がエイハスの黄銅色の足を、足だけを握りしめていた。


 時間をかけてゆっくりと、トマウは自分の体を取り戻し、小粒の石を肌に食い込ませながら身を起こす。幸い、バズの報酬は服の中にある。手で確かめずとも膨らみを実感した。


「エイハス」とトマウは力無く声を出す。エイハスの元にその声が届いたかどうかも定かではない。


 だがエイハスは活きている。体を動かしはしないが、防護板が剥がれ、剥き出しになった中身が活動を続けている。歯車が回り、発条が巻かれている。赤い燐光が弱々しくも漏れ出ている。足が取れている事など生物でいえば擦り傷に等しい。


 トマウは立ち上がろうとして失敗する。エイハスの方へと倒れてしまう。もう少しの辛抱だと自身に言い聞かせた。


 嫌な気配を感じる。トマウの背中の方向に誰かがいる。何人かがいる。こそこそと何かを喋りつつ近づいてくる。決してトマウを助けようとしている訳ではない事が十分過ぎるほど分かる。


 彼らはゆっくりと近づいてきて、そして何本もの腕でトマウをまさぐった。男も女も、子供もいる。誰かが歓声を上げた。バザの報酬を取られた。彼らは興奮し、互いに喋っている。だがその言葉をトマウは上手く認識できない。何か獣の発する無意味な吠え声のように聞こえる。


 トマウは抵抗しようと試みる。しかし略奪者達がその事に気付かないくらい弱々しい力しか出せなかった。しばらくして手が離れていく。服を殆どはがされ、トマウも今自分は何も持っていない事が分かった。その時、略奪者の一人が発した言葉をようやくトマウは認識できた。


「こいつケスパーの部下だよ。見覚えがある」


 俺があいつの部下だった事なんて一度もない、トマウはそう心の中で叫んだが言葉としては少しも発せられなかった。


 強烈かつ重い痛みが腹を打つ。誰かが笑っている。心底楽しそうに、嬉しそうに笑っている。もう一度、今度は背中に痛みが走る。足に、後頭部に、肩に、顔面に、何度も何度も幾度も幾度も蹴りを食らう。恨めしそうな蹴りを食らう。楽しそうな蹴りを食らう。唾を吐きかけられ、さらに蹴りを入れられる。


 トマウはもうほとんど何も考えられずにいた。それらの暴行は、それでも命を奪う程のものではないと感じていた。ただ耐えて、堪えて、過ぎ去るのを待つだけだった。


 略奪者達が立ち去る。一人きりになって空気がいっそう冷たくなった時、ようやくトマウは暴行が止んだ事に気付いた。


 エイハスの真っ暗な背中を見つめ、トマウは今まで見下してきた中州の連中は、やはり見下すべき存在なのだと考えた。そして、やはり自分自身も『中州の連中』なのだと思い至った。世界の端っこで互いに互いを足蹴にしている。


 それとも、俺はもう落っこちたのだろうか、とトマウは考えた。

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