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機械仕掛けと墓荒らし  作者: 山本航


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無視できない額

 とうとう沈黙に耐え切れず、トマウは振り返る。スースは何も言わず、ただトマウを睨み付けている。


「泣くか喚くか、すると思った」とトマウは言った。


 スースの眉間の皺がさらに深くなる。


「トマウさんに裏切られ、母の遺体がさらに遠のいて、そうして今感じているのは虚無感です。お金がそれほどに大事ですか?」

「ああ、大事さ。お金が有り余っている奴には分からないかもしれないが」


 トマウは中州側を見渡す。色のないぼんやりとした建物が並んでいる。ここはケスパーの製霊工場の裏手だろうか。主無き城は何故か製霊墓塔から燐光を出していない。休日などないはずなのに。


「私がより多くのお金を約束していれば情報を売り渡すような事はしませんでしたか?」

「いいや。『情報を売り渡さない事』を買うというならともかくな」

「どうしてそんなにもお金に執着しているんですか」


 トマウは少し考えるそぶりをして見せてから答える。


「別に金が全てだとは思ってないさ。いくら大金があっても、こんな肥溜めで暮らすのはまっぴらだ。ここには浅ましく卑しい人間しかいない」

「トマウさんに彼らを見下す権利なんて無いと思いますけど」


 トマウはにやにやと笑みを浮かべる。


「へえ……あんたには権利があるって訳だ」

「そんな事言ってないです!」


 スースは顔を真っ赤にして拳を握りしめる。トマウは視線を逸らし、逆光に翳る東岸に目を細める。


「ここにいる人間は多かれ少なかれ『不幸』だよ。親を流行病で失い、やくざ者に拾われて、死体を盗んで生活するなんて幸運な奴はそうそういない。皆、この窮地から脱したいはずだ。俺はそう思っていた」


 トマウは言葉を区切るが、獲物を見つけた夜泣き鳥のようにスースは押し黙っている。


「もう死んじまったが、俺の墓荒らしの師匠はその腕で大金を稼いでいた。好きなだけ稼いで、稼ぐ事自体が好きだった。いけすかないおっさんだったが、分かりやすくて理解は出来た。だが、中州の連中は、その大半は不幸を嘆きながら不幸に甘んじて生きている。現状を変えようと思わない。願うだけのあいつらが俺は大嫌いだ。……ともあれ、今となってはどうでもいいか」


 トマウは握りしめていた札束を一つずつ服のどこかにしまい込んでいく。


 スースは言った。「これからどうするんですか?」

「この金があるとはいえ、無視できない額の貯蓄がある。それらを回収して身支度を済ませれば、さっさと中州から出ていくさ。あんたはどうする?」何も言わないスースにトマウは言った。「悪いが前と同じ額で母親を探すことは出来ないぜ?」


 スパナが飛んでくる。トマウは何とか身をかばったが受け止め損ねた。トマウがその工具を拾っている間にスースはどこかへ走り去ってしまった。


 傷は多いが錆一つない、使い込まれたその工具をしまい、ケスパーの製霊工場の方へとトマウは歩き出す。

 グムタに、ケスパーの秘書かつ用心棒の彼に、その雇い主の死を伝えてやるくらいはしてもいいと思った。そうして工場へと歩きだし、工場に近づくにつれ、様子がおかしい事に気付く。


 いつもと比べて死臭が少ないし、工場特有の機械の作業音も聞こえない。工場裏で隠れて休憩している者もいない。嫌な予感を得て、工場に行くか迷ったがトマウは様子を見る事に決める。

 裏側から工場内へ入るが誰もいないし、やはり物音が聞こえない。忍び足で相変わらず煙草臭い事務所へと移動すると床にグムタが伸びていた。他には誰もいない。トマウはグムタの傍により、頬を叩いて覚醒を促す。


「おい! どうした。何があった」


 グムタが目を開く。朦朧としながら、悪態をつきながら起き上がる。


「くそが! あの野郎! くそ! ぶっ殺してやる!」

「落ち着けよ。何があったんだ」


 ようやくトマウに気付いた様子を見せ、頭の中の靄を追い払おうとグムタは首を振る。


「バザだ。あの野郎。こそ泥だったんだ。ケスパーさんがお前を追って、俺がメルキンの家探しをしている間に金庫破りをしたらしい。帰って来た俺と鉢合わせたのに、俺ってやつはのされちまった。不甲斐ない」


 トマウは服の中の札束を意識する。この金はそういう事だった訳だ。


「それでバザは?」とトマウは言ってみせる。

「言っただろ。俺はのされちまったんだ。どこ行ったかなんてわからねえ。何かを探していたあいつの背後から掴みかかったってのにすり抜けて、気が付けば後ろから首を絞められてた。それよりトマウお前、ケスパーさんはどうした?」


 トマウは神妙そうな顔をしてみせる。


「死んだ。メルキンに殺された」


 グムタの表情が怒りと混乱で混ぜくりかえる。何かを言おうとしているがつっかえて何も言えないでいる。グムタは秘書や用心棒をする前から、ケスパーの旧知の仲だったという。


「俺はメルキンを追う。落ち着いてからでいいけど、どうするかあんたも考えなよ」


 グムタは何も返事をしなかったが、トマウは事務所を後にする。


 死臭小路を歩き、しばらくして違和感に気付く。グムタはバザが金庫を破ったと言っていた。つまりバザにのされる前に破られた金庫を見たという事だ。だがグムタは何かを探している様子のバザに襲い掛かった。つまりバザはケスパーの遺産を手に入れた後でまだ何かを探していたという事だ。考えてみれば、ケスパーの遺産がバザの持っていたあの鞄一つで済むはずがない。つまり、隠し金庫があるという事だ。今ならグムタしかいない。工場へ戻ろうと決断する直前、嫌なものを見てしまった。


 遠くで建物が燃えている。水没地域の向こう、滅多に誰も近寄らないはずのトマウの塒が燃えている。

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