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機械仕掛けと墓荒らし  作者: 山本航


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売れる物は何だって売り払う

「トマウさん? この方は……?」


 スースは不安げな様子でトマウに尋ねる。トマウの背に隠れるように一歩引いて顔を覗かせる。

 バザは相も変わらずあらぬ方向を見続けている。トマウはバザが視線を向ける方向、大河イドンの水面へと視線を向けた。イドンの水を地の底へと吸い込む巨大な渦が口を開いていた。あそこの水底から地下隧道へと水が流れ込んでいたのだ。


 バザは言った。「あれでもかなり小さくなったんですよ。夜風に当たっていたら突然水飛沫が何度も何度も起こりましてね。すると突然渦巻きが発生したのです。川が怒り狂っているかのようですね」

 あるいは川の主か、とトマウはエムガ爺の与太話を思い出す。バザに向き直る。バザの方は変わらず河に視線を向けている。


「助かったよ。運が良かったのやら悪かったのやら」とトマウは立ち上がりつつ言う。

「何にせよ偶然です。お二人が地下道を通って東岸に行ったと聞いていたので、そこの階段を降りて行ったのです。が、まあ、まさかあのような場面に出くわすとは思いもよりませんでした。ところでケスパー氏は? そしてそちらのお嬢さんはどなたで?」

「ケスパーは死んだよ。メルキンが殺した」


 バザは消えゆく渦を見つめながら襟を正す。


「ほう、あの若者が……。察するに追い詰められて、といったところでしょうか。つまり彼が、かの屍材に関わっていると、いうことですね。何か新たな情報は得られましたか? 見た所、屍材を持ってはいないようですが」


 バザの横顔を見ながらトマウは言うべき言葉を探す。


「屍材って何の話ですか? トマウさん?」とスースは言う。


 トマウは答えず、バザが言葉を継ぐ。


「そういえばあの屍材の娘が行方不明だと聞きました。年の頃は……そう、その後ろのお嬢さんと同じくらいです。トマウさん。優秀なる墓荒らしさん。あの女、ハーシーの骸はどこですか?」


 腕に縋りつくスースの指が肉に食い込む。


「トマウさん。この人は何者なんですか? どうして私の母を探しているんですか?」とスースは絞るように声を出す。


 どうして? そんな事は知らない。鞴派か蝋燭派かそれとも別の何かか。トマウには知った事ではない。ただ、求められた死体を届けて金に換えるだけだ。


「なるほどなるほど。思いのほか狡猾な方だったようですね。ワタクシ、あなたへの期待は外れたものと考えていたのですが。いいでしょう。今持っている情報を全て話してください。そうすれば約束の額をお支払いいたしましょう」


 トマウは疑いの目をバザに向ける。バザの目は既に渦の消えたイドンの水面に向けられている。そうして襟を正している。


「遺体はいいのか?」

「良くはありませんよ。ですがこれ以上ここにいる意味は……いえ、価値は低くなったのです。とはいえ撤収する前に少しでも手土産を持っておきたいので」


 こいつの本当の目的もさらに別の所にあったらしいとトマウは気づく。

 トマウは何も言わない。スースは何も言わない。さらにバザが口を開く。


「まだお疑いですか。ああ、そうですね。取引材料ですか」


 バザは草むらの向こうへ行き、何かを抱えて戻ってくる。中身の膨らんだ黒い革の鞄。バザが鞄を開くと中には無造作に札束が詰め込まれている。そして一掴み、五つの札束を取り出すとトマウの目の前に差し出した。


「少し色を付けましょう。どうです? まだ足りないですか?」


 トマウは冷静に努めるまでもなく冷静だった。自身が思っていたほど人を狂わせる魔力は感じなかった。とはいえ膨らむ混乱を抑えねばならなかった。


「一体、その金は……」


 トマウは目の前に差し出された金よりも、鞄の中の大金に目を吸いつけられている。


「まあ、これくらいの余裕があるのです、ワタクシ共にはね」

「嘘だろ? それならいくらでも手段があるはずだ。墓荒らしに頼まなくったって、いくらでも」

「それは、まあそうですね。だからこそですよ。情報だけでいいと言っているのです。これからやり方を変えるのですよ。それとも……いらないですか?」

「待て。待ってくれ」


 バザは沈黙でもって応える。トマウは言った。


「話す」


 いつの間にかスースの手は腕から離れている。しかしトマウは振り返る気にはなれなかった。

 トマウは全てを話す、自身の知っている全ての出来事を。


 鞴派は屍蝋病の研究をしている事。

 その被験者がハーシーだった事。

 ハーシーの遺体がメルキンに盗まれた事。

 メルキンに指示したのは蝋燭派だろう事。

 鞴派が霊園管理公社を、墓守を使って遺体を探している事。

 シッダという墓守は蝋燭派である事。

 遺体の確かな場所は分からないという事。

 おそらくメルキンも何かをしくじり、蝋燭派の手にも遺体は渡っていないだろう事。


「なるほど。彼が持っていたとしてもワタクシの元に売りに来る可能性は低いのですか。利用されているのでしょうね、彼も可哀想に。とはいえ概ね予想通りの展開ですね。それで?」とバザは問う。

「それで全部だ」とトマウは答える。

「ふむ。お嬢さんについて一切触れられていませんが」

「無関係じゃないが、何の情報もない。ただ母親の遺体を探していて、まだ見つけられていない。それだけだ」

「やはり彼女もトマウさんの客というわけですね。まあ、いいでしょう。取引をしたのはあなたですし」


 そう言うとバザは五つの札束をトマウに押し付けるように手渡す。トマウは何か不思議な感覚でその札束を握りしめた。その価値と、その存在感は全く釣り合っていないように思えた。


「あっさり、渡すんだな」とトマウぼんやりと呟く。


 自分は何かが起こるとどこかで思っていた。大金は簡単には手に入らない。バザが殴りかかってくるか、河から巨大機骸ヴァゴウが襲い掛かってくるか、札束に羽が生えて飛んでいくか、まだその方が現実的な気がした。でも今、手の内に確かに大金が握られている。まともに貯めようとすれば何十年かかるか分からない大金をトマウは握っている。


「別に不思議に思う事はありません。金は相応しい人物の元へ回っていくのです」


 トマウは札束に落とした視線を引きはがしてバザを見る。バザと目が合う。その顔には感情が欠けている。


「それではトマウさん。ここで」


 バザが背を向け、立ち去る。トマウはその背中をじっと見つめた。数歩歩いたところでバザは立ち止まり、少しだけ振り返った。


「そうそう、ケスパー氏の事は残念です。お悔やみ申し上げます。とはいえ、売れる物は何だって売り払うあなたの生き方にはケスパー氏の魂が引き継がれているように思えます」


 吐き気を催すような言葉を残して、バザは立ち去った。トマウは札束を握りしめ、その感触を肌に感じ、朝日に伸びる自分の影をじっと見つめていた。そしてもう一つの影を見ないよう努めた。

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