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機械仕掛けと墓荒らし  作者: 山本航


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逃げるために生まれてきた男

 トマウはナイフを抜き取って構える。これほど心もとないものもない。


 銃を探すために周囲を見渡す余裕はない。そこら辺に落ちているなら幸いだ。豚に踏みつぶされたなら最悪だ。トマウは強気に機骸を睥睨する。機骸にも一度恐ろしさを知った相手に警戒する程度の知能はある。それが銃器によるもので、今トマウはそれを所持していない事を識別するほどの知能はない。が、それも時間の問題だ。今は遠巻きにトマウを取り囲んでいる絡繰りの獣達も、その脅威が及ばない事に気付けば直ぐにでも躍りかかってくるだろう。


 生きた人間を機骸は食わない。勿論死体はその限りではないし、機骸の個体によっては死体の作り方を知っている。


 ほんの一瞬、銃を求めて視線を彷徨わせた隙に犬型の一体が飛び出してトマウを突き飛ばした。トマウの体は軽々と吹き飛び、巨大豚の真鍮の壁に叩きつけられる。他の機骸もトマウ目掛けて飛び出す。しかしトマウはナイフまでもを手放してしまった。突き飛ばされた瞬間に犬型の脳天に突き刺し、一撃で仕留められたものの抜けなかった。トマウは拳を握るが身を守るように構えるしかない。機骸の群れが威嚇するような歯車の音と共に迫る。


 その時銃声が鳴り響き、近くにいた鳥型の頭が吹き飛んだ。次々に銃声が轟き、反響と合わせて音が幾重にも重なり響く。それと同時に機骸達の頭部、ほとんどの場合霊気機関の収まっている箇所が風船のように破裂していく。金属片が雨の如く降り注ぎ、トマウの鬼火灯の光を乱反射する。


 トマウは目を凝らして、やって来た方角で交互に明滅する二つの発火炎を放つ人物の正体を探る。

 積み上げられるジャンクの煉瓦に落ちる音が止むが、銃声は少しの間残っていた。


「腕は落ちていないんだな」とトマウは言った。


 やって来たのはケスパーだった。一丁は下ろしているがもう一丁はトマウに狙いを定めている。


「馬鹿言え。かつての俺様が撃ち漏らす訳ねえだろうがぁ」そう言って大口径をぶっ放す。


 トマウの隣で機骸がはじけ飛んだ。頭部どころか体全体がばらばらになったようだ。どうやら豚に寄生していた小鬼型の生き残りらしい。


「助かったよ、ケスパー」


 忌々しい限りだ、とトマウは思う。


「これは高くつくぜぇ。何せ命の恩人だ。しっかり働いてもらわないとなぁ」


 トマウは返事をせずに弔銃を探す。


「そんな由来の分からねぇ不確実なもん使ってるからだぜぇ。だが実弾ならこの通りだ」


 弔銃があれば一発だったんだ、とトマウは口の中だけで言う。トマウはその話題を逸らす。


「まさかあんたが直々に来るとは思わなかったよ、ケスパー」

「そうかぁ? まぁ精々足を引っ張ってくれるなよ」

「当然、あんたが死体を取り戻せばあんたが総取りって訳だ」

「はぁ? 当たり前だろうが。それがどうかしたかぁ?」

「いいや、まぁ相手がメルキンなら賭け金も少なくて済むしな」


 トマウはまんまと露払いをしてしまった格好だ。


「しかしメルキンも足の速さだけは一級品だなぁ。機骸どもにも追いつかれず、このデカぶつの下を潜り抜けたってのかぁ?」

「そういう事になるな。あと気配を隠すのも上手い」


 ケスパーが大口をあけて笑う。


「まるで逃げるために生まれてきた男だぜぇ。臆病者にしては大それた事をやりやがったがなぁ」


 とうとうトマウは弔銃を見つける。ホルスターに収めると、さっきの犬型の脳天に突き刺さったナイフも引き抜き、塗れた油を拭うと鞘に納めた。


 そしてトマウとケスパーは二人して大型機骸を這い上る。トマウ達は思いのほか地下道を進んでいたようだった。出口がすぐそばにあった。階段を下りてさらに深く地下へと潜り、封鎖された錆ついたフェンスの目の前までやってくる。中州の製霊工場とは比べるべくもない巨大な構造物が眼前に聳えている。そこには東岸の巨大地下街、地下工業区が広がっていた。

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