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機械仕掛けと墓荒らし  作者: 山本航


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聖なる職務

 別に厳重に守られている銀行の金庫でもないので、病室の窓は針金を隙間から差し込むだけで簡単に解錠する事が出来た。


 既に深い眠りについている病人怪我人達の様子を窺いながら病室に忍び込み、物音一つ立てる事無く横切って廊下へと至る。薬の臭いが鼻につく。薄暗いが、ある程度の間隔おきに鬼火灯が灯っている。


 確かに最も保管庫に近い入口だ、とトマウは納得する。聞いていた通り、廊下の端にそれらしい扉、つまり観葉植物の置かれた扉がある。しかしその向かいの扉が開いており、明かりが保管庫の扉を照らしていた。霊気機関を失った機骸スペクターのように静かにトマウはその開かれた扉へ近づく。


「だから知らないと言っているだろう。そもそも失踪したという話も今初めて聞いたんだ。だいたい娘が何か関係あるのか?」と男が言った。

「遺体の行方を知っているかもしれぬ。あるいは娘が所持している可能性も。違うか?」とまた別の男が言った。


 保管庫の扉には二人の人間の影が行き来する。片方はかなり大柄な男だ。ケスパーの秘書、グムタにも引けを取らないように見える。


「いや、それはおかしいだろう。さっきの話じゃ娘がいなくなったのはつい最近の事だろう。遺体を盗めるはずがないじゃないか」

「だとしても何かを知っている可能性は高い。何もなしに行方不明になるはずがなかろう」


 その会話はどう考えてもスースとその母ハーシーの事を言っているように聞こえる。保管庫の資料を漁るよりも、よほど遺体の在り処に繋がりそうだとトマウは思った。

 意を決してトマウは部屋の中を覗き込む。椅子に座る白衣の初老の男を覆うように、異様な風体の大男が立っている。黒のローブは聖職者のようだが、兵士のようなズボンにブーツ。鉈のような刃物を帯びている。白衣の男は大男を見上げるようにして言う。


「とにかくだ。僕はどちらの行方も知らない。ただの担当医だ。それも研究の末端、ほぼ終了した計画の経過観察をさせられていただけだ。だいたい今時、死体泥棒も墓荒らしも珍しくもなんともない。あんた方の仕事ぶりには敬服するよ」

「貴様、我々を愚弄するか」

「いや、標的になるのは霊園だけじゃあないんだって話だよ。番犬は見てないか? こういう病院でも被害があるんだ」


 大男が白衣の男の襟を掴んで軽々と持ち上げる。


「や、やめろ! 何のつもりだ」

「我々は聖なる職務を全うしておる。それは教えを守る事、信仰を守る事、信徒を守る事」


 大男が白衣の男を締め上げている。まさか殺しはしないだろう、とトマウは高を括るが白衣の男の顔色はますます悪くなっていく。そして息も絶え絶えに喋る。


「お前たちが……彼女をあんな目に合わせ……たんだろ。何が教え、信仰、信徒」

「一緒にするな。我々は、私は」


 どちらかといえば白衣の男の方が事情に詳しいようだ。トマウは部屋に入り、大男の背中に銃口を突きつける。


「動くな。そのおっさんを下ろせ。ゆっくりとだ」


 大男は素直に従う。降ろされた白衣の男は喉を抑えて咳き込む。


「貴様、何者だ?」と男はくぐもった声で言った。

「靴磨きだよ」と、トマウは適当に答える。「あんた良い靴はいてるね。よくよく見ればお召し物も上等だ。しかし何だか見覚えがあるな。何だったか」

「靴磨きが銃を持っていてなるものか。そうか。貴様、死体泥棒だな。まさか貴様が!」

「トマウさん。いますか?」と言ったのはスースだった。


 間が悪いにもほどがある女だ。トマウは一瞬縮み上がり、大男はその隙を的確にとらえた。振り向きざまに振り上げられた裏拳が、軽々とトマウの体を壁に叩きつける。

 しかし大男もまた一瞬躊躇した。床に倒れるトマウと部屋を覗き込むスースをそれぞれ見、次にすべき行動をとっさに行えなかった。


「逃げろ! お前を探してる!」とトマウは叫んだ。


 スースが走り出し、大男はトマウに目もくれずに追いかけた。が、トマウが大男の足に飛びついて共に倒れ込む。続けざまに繰り出したナイフを大男は素手で掴み、もう一方の手でトマウの腕を掴む。今度は片腕で投げ飛ばされてしまう。大男は立ち上がり、スースを追いかける。トマウもまた大男を追いかける。


 スースは来た道を戻り、庭に飛び出ている。大男が追って窓に足をかけた時、再度トマウは飛びつき二人で芝生に倒れ込む。ナイフはどこにも無い。仕方なく銃を取り出すが、人間相手では単なる空砲だ。対して大男は鉈を構え、煉瓦敷きの遊歩道でトマウと対峙した。スースの姿は見えなくなったが、今度はこっちを片づけなくてはならない。


「その銃、何故に撃たんのだ?」

「あんた相手に撃つのは弾がもったいないからな」


 軽口を言いながら、トマウは大男の全身を眺める。前傾で構えた大男の胸に下げている眼球を模した真鍮の首飾りがくるくると回っている。表の目と裏の目が交互にトマウに視線を向ける。


「一発も撃っとらんのに弾切れという訳か。間抜けめ」

「そう思うなら背中を向けてあいつを追ったらどうだ?」

「別に貴様の空っぽの銃を恐れている訳ではないわ。貴様が何度も足に絡みついてうっとおしいのでな、切り捨ててゆくつもりだ」

「そうか。まあ、いいや」


 そう言ってトマウは銃をホルスターに収める。


「何のつもりだ?」

「あんたの鉈を貰おうと思ってね」


 大男は豪勢に笑う。獣の唸り声のような笑い声だ。


「よかろう。脳天にくれてやる」


 大男が鉈を振り上げるとほぼ同時に顔から煉瓦に倒れ込んだ。手放した鉈が弧を描いてトマウの頭上を越える。大男は背中からメエタオに組み伏せられ、襲い掛かる牙にその膂力で抵抗している。トマウが鉈を拾って振り返った時にはメエタオを蹴飛ばしてよろよろと立ち上がっていた。


 メエタオは今度は前足を壊してしまったようだった。あの重量の機骸スペクターを浮かせられる大男が目の前に立ちはだかっているのだ、とトマウは気を引き締める。鉈を持ったトマウと血塗れの大男は暫く睨み合う。しかしさすがに分が悪いと考えたようだった。大男が踵を返して逃げ出す。メエタオが追いかけるがとても追いつけそうにはない。


 トマウはスースを探すためにも大男の背中を追う。だが、茂みからスースが飛び出してきてトマウに縋りつく。涙を流し、恐怖に震えている。

 とにかくこんな状態ではどうしようもない。一旦戻って立て直さなくてはならない。メエタオに一瞥してトマウはスースを連れて病院を歩き去る。


「待ってくれ。君。スースさん。僕に用があるんだろう?」


 二人は振り返る。あちこちで明かりのついた病院を背景に白衣の男が立っていた。聖火大学附属病院は大騒ぎになっているようだった。トマウとスースが何かを言う前に白衣の男


「いや、今は無理だな。また後日来てくれ。話は通しておく」


 トマウとスースはお互いに何も言わず、再び歩き去った。

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