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機械仕掛けと墓荒らし  作者: 山本航


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罰当たりな奴ら

 石葺きの屋根に腰を下ろし、トマウは大河の向こうに立ち並ぶ東岸の塔群を眺める。対岸に並び立つ集団墓塔が赤黒い燐光をはためかせている。巨大な怪物の下顎に揃う歪な牙のようだ。それに比べて手前の中州、廃棄された旧シウム区の建築群は、その眩い輝きの下でかつての繁栄を仄めかせるだけの墓標だった。ぽつりぽつりと鬼火灯の冷たい明かりが中州のあちこちに灯っている。そこに活気は感じられない。


「さて今日も一稼ぎだ」


 トマウは冷ややかな屋根に置いていた手を擦り合わせる。昨今急速に敬意を失っている寺院の屋根を踏みつけ、何も生み出さず働きもしない旧来の墓を見下ろす。ただ土に埋められるに任せられた死者の廃棄場が土地を無為に占有している。


 一見、そこには誰もいない。トマウは念の為に何度か辺りを見回すと地上に飛び降り、柔らかく黴臭い土の上に降り立つ。姿勢を低くしたまま、音もなく素早く移動し、目的の石の前にやってくる。

 トマウの識字能力で分かる限り、その石には名が書いてある。この地面の下に埋められた物が生きて動いていた時に呼ばれていた名だ。それなりに名が通っており、信徒に敬意を抱かれていた敬虔で思慮深く徳のある僧侶。つまり与太話の得意な坊主だ。


 小さく丸めて持ってきた革袋から折畳式のシャベルを取り出すと、地面に突き刺す。湿った土を掻き出す事を何度も繰り返し、やがて棺が露わになる。蓋に打ち込まれた釘もまたシャベルで抜き取る。一呼吸を置くと慎重に蓋を開ける。

 煌びやかな僧衣を纏った男が目を瞑り、棺の底に横たわっている。そして、そうと認識すると同時にトマウはそっと舌を打つ。


 蜂のような羽音と歯車の軋む音が仄赤い燐光と共に煙のように溢れだした。歯車とゼンマイで出来た真鍮の羽虫はカチカチと顎を鳴らし、悪意が無い故に純粋かつ強力な行動を実行に移す。群れになって不届き者に襲い掛かる。

 トマウは悪態をつく。手足をばたつかせ、首を振り、腰に下げていた銃を放ち、引き金を一度引く。彼はくぐもった声で叫びながら膝をつき、地面に伏せ、直に動かなくなった。一人の人間が隙間なく黄銅色の羽虫に覆われた。

 虫の音と大河イドンを塒にする夜泣き鳥の鳴き声の聞こえる中で、炎のように燃え立つ燐光の奥から真鍮製羽虫の羽音がしばらく聞こえていた。やがて燐光が止むと真鍮製羽虫の死骸の塊が残っていた。

 すると何も動かなくなった墓地のあちこちから黒の僧衣を纏った男達が現れる。ひそひそと囁きながらトマウを覆った金属の塊の周辺に集まる。誰かが言った。


「罰当たりな奴め」

「まだだ。僧正様を辱めようとした罰は下っておらん」


 集団の中から誰かの腕が中心へと伸びる。手には武骨な拳銃が握られており、銃口は羽虫の団子に向けられている。一発。二発。三発。

 金属と火花が墓地の暗闇に弾ける。



「間抜けな上に不用心な奴らだ」と、トマウが思わず呟いてしまったのは先ほどの墓地からさほど遠くない

伽藍の中だった。その真ん中に安置された桐の棺の前で握っていた銃を腰に納める。先ほどと違い、トマウは墓穴の中の男が纏っていた煌びやかな僧衣を羽織っている。


 トマウを仕留めた報に逸ったのか、この伽藍にいるべき僧侶たちは悉く『僧正様』を置いて出て行った。

 夜目の利くトマウは屋根の上で僧侶たちの位置を把握していたし、羽虫の形をした機械仕掛けの悪霊達は弔銃の空砲によってその活力は失われた。燐光迸る羽虫の団子から墓穴に移り隠れる事も、墓穴に目もくれずトマウを取り囲んだ気になった僧侶に気付かれずに本物の僧正様の元にやってくる事も容易かった。

 棺を開くと、そこには生まれたままの姿で死んでいる僧正様が赤ん坊のように丸まっていた。まるで今から売人に売り払われるかのような燃料然とした、崇敬を欠いた姿だ。トマウにとってはお誂え向きの格好だ。


「生臭坊主の死臭といえばこれだよ」


 先ほどの墓地の方から混乱と驚愕の声が聞こえてくるのは案外早かった。

 トマウは焦る事無く腰に携えていた縄をほどき、死体を縛り付ける。持ち上げやすいように握りもつける。人の声は増え、近づいてくるが、使い込まれた革袋に淡々と死体を詰め込み、担ぎ上げると、墓守一人来ぬ内に、空虚な棺をそのままに、トマウは聖マヌカ寺院から走り去った。新時代の燃料が零れ落ちないよう革袋の口をしっかり閉じて墓荒らしは夜闇に消えた。

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