始まり
夕日を見ていると、突然誠の足元に椅子が現れた。ドアが閉まっているせいで、ジャロの姿も見えない。
しばらく誠がボーっとしていると、突然、男の声のアナウンスが流れた。
「この機は、2分後に離陸します。乗務員並びにお客様は、直ちに着席ください。」
アナウンスの指示通り、誠は自動で出てきた椅子に座り、シートベルトのようなものをつけた。二人の兵士も誠の両側を挟むようにして座り、誠と同じことをした。
離陸?まさか、こんなバカでかいのが飛ぶわけが__
そんな誠の考えを裏切り、PHはゆっくりと浮かび上がったかと思うと、ものすごいスピードで飛行を始めた。
相変わらず、窓からは夕日がさしていた。
セカンズにも、夕日はあるんだなあ__
窓の夕日を見ながらそんなことを考えていると、誠はだんだん冷静になってきた。
俺、知らない世界にいる。今頃だけど。
__自分は全く知らない世界にいる。そう考えると、誠はだんだん、こう思うようになっていた。
ああ、帰りたい。
ここを何とかして飛び出したいところだが、それには兵士たちを殺す必要がある上、失敗すれば命はない。それに第一、誠は元の世界への帰り方がわからない。
帰るのはどう考えても絶望的だ__。誠は泣きたくなった。
その後、誠たちは無事飛行を終え、帝国本部前の駅に着陸した。ついていたシートベルトが自動で外れる。
すると突然、右に座っていた兵士が誠の前に立った。
「これより我々は、総統がいらっしゃる総統室へと向かいます。」
「俺はどうしたら?」
「我々のあとについてきてください。さあ立って。総統のもとへ行きましょう。」
兵士に差し出された手をつかみ誠は立った。と同時に、座っていた椅子は自動で片づけられた。
兵士二人と誠はゲートを出る。中は想像と違い、結構明るかった。おそらくここは、こちらの世界のホテルでいうエントランスだろう。部屋はとても広く、壁は金色、天井にはシャンデリアが飾られていた。
そのまま兵士は目の前にあるエレベーターへと向かった。誠も後を追う。
エレベーターも、まあ、先ほどの部屋よりは小さいのだろうが__。それだけで一部屋分あるんじゃないかというぐらい広かった。両サイドの壁にはナポレオンとアドルフ・ヒトラーの絵が飾られている。あいかわらず照明はシャンデリア。さっきの部屋といい、エレベーターといい、贅を尽くすにもほどがあるだろう。
2分ほど経った頃、誠たちは総統室へと着いた。『総統』とよばれる人物は窓の方を向いて椅子に座っていた。フードをかぶっているのが誠にも確認できたが、別段誠は気にしなかった。
しばらく何もせず、黙っていたが、誠はゆっくりと近づいた。
「よく来たなクアトロ…。いや、高村誠。」
『総統』は誠に背を向けたままゆっくりと口を開いた。ずいぶんと低い声だ。
「まあ立ち話も何だろう。座るといい。」
『総統』がそう言ったかと思うと、誠の足元に椅子が出てきた。
「座れ。」
言われるがまま、誠は席に着いた。
「私はフロイド・リベルタスだ。この国の統治をおこなっている。」
「いろいろ気になるだろう。何が聞きたい」
誠に背を向けたまま、フロイドは聞いた。
そうだな、俺がなんでここに来たのか聞いてみようか__誠がそう思った時だった。
「ほう。やはりか。お前が来た理由が知りたいのだな。」
心読まれた!?
「当たり前だ。私は選ばれし者。人の心を読むことなどたやすいことよ。」
あ、そうなんですか。すごいですね。
誠は口で話すのがめんどくさくなり、心の中で話すことにした。
「意外に反応薄いんだなお前。普通だったらもう少しおどろくのだが。」
いやもうここにくるまでにいろんなことで驚いてるんで。
「ああ、そうか…。まあいい。お前の質問に答えるとしよう」
そういうと、フロイドは座っていた椅子を回し、誠と向き合った。フードをかぶっているので、顔は良く見えない。よく見るとフロイドはコートを着ている。
フード付きのコート__。フロイドの姿は誠の父、信之を殺した男を彷彿とさせた。
「お前は、『フライ』が頼りとしている『破壊者』なのだ。だから我々リベルタはお前をいち早くセカンズに引き込んだ。それがお前がここに来た理由だ。」
はい?
「まあ、そうなるよな。先にここ『セカンズ』の説明をしておくとする」
「いいか、ここ『セカンズ』では大きく二つ勢力がある。一つは我々帝国リベルタ。そしてもう一つが対帝国民間軍事組織『フライ』だ。」
『フライ』はどんな集団なんです?
「我々に対抗してできた民間の軍事組織だ。そして奴らは日々住民たちを恐怖にさらしている。」
そいつらがなんで 俺なんかを頼りに?
「反逆の聖なる日に生まれた能力者だからだ。」
それだけ?
「ああ、そうだ。」
でも、なんで、俺が能力者だってわかるんですか?
「それについては、魂の移転について説明せねばならん。」
フロイドは、いつの間にか部屋を歩き回っていた。
「いいか、セカンズには命の有無に二つの存在がかかわってくる。」
「一つは体の存在、そしてもう一つは魂の存在。」
「人間がセカンズからお前の世界に移転する際、その人間は、魂を残すか、肉体を残さねばならん。」
誠はうなずく。
「そしてもし魂を移転した場合、もうセカンズには戻れないが、セカンズの記憶をそちらの世界に持っていくことができる。」
肉体は、どうするんですか?
「他の人間のものを借りる。その肉体がなくなれば、その者の人生は終わる。あと心の中で話かけるのやめろ。さすがに能力を使いっぱなしなのは私でもつらい。」
「わかりました。」
「よし、では肉体はというと、こちらは移転した場合魂は残らない。つまり、セカンズでの記憶は消えるというわけだ。だが、こちらの場合はセカンズへの『帰還日』が来るとセカンズに帰ることができる。帰還とは、セカンズの住人がセカンズに帰ってくることを指す。そして帰還の際、向こうでの記憶、肉体は消える。死去、という形でな。」
「なるほど。なんとなくわかりました。」
「そして、能力者とそうでないものの違いはこの記憶の有無にある。」
「と、いうと?」
「うむ。さっきも言ったように通常、移転を行う際、普通は、どちらかの記憶が消えてしまうが、能力者は魂、すなわちセカンズでの少しだけ記憶を残しておくことができる。そして魂はお前の世界での成長と並行して成長する。」
「そして、能力者が帰還する際、能力者はセカンズに残しておいた記憶と『合成』することができる。魂と合成した時、能力者は『魂の後継者』となる。それでもし、お前の世界での能力者が魂より強かった場合、能力者は自分の能力を使いこなすことができる。もし、そうでない場合は、能力者は、無意識に自分の能力を引き出すこととなる。」
誠はうなずく。信之を殺した男が撃った銃弾が誠の体をすり抜けたのは、誠が無意識に自分の能力を使ったからだ。
フロイドは説明を続けた。
「そして能力者についてだが、まず、前提として能力者には、三つの人種がある。」
「一つは、最初の能力者と、その子供、子孫たち。すなわち、歴代リベルタ総統だ。そしてもう一つは初代リベルタ総統、ブラッドが自らの能力で生み出した能力者たち、『黒騎士』。そして、同じくブラッド総統が退役後に作り出した『黒騎士』の能力をさらに超えた能力者__『神の子』。」
フロイドは少し黙った。そして、ため息をついたあと、また説明を始めた。
「しかし、ブラッドが作り出した能力者はそれだけではない。彼は秘密裏に、『神の子』の改良版を作ろうとしていた。それが『選ばれし騎士たち』、別名『破壊者』__。」
「『破壊者』はセカンズ、そしてお前の世界にいるのもあわせて5人のみ。そしてお前はその5人の中で最も強いといわれている男の魂、『クアトロ・クリーク』の魂の後継者である可能性が高い。」
「でも、なんで俺が『破壊者』だとわかるんですか?」
「お前が殺されそうになった時、空間操作能力『ジオ』を使ったからだ。」
「見てたんですか?」
「ああ。お前の能力を引き出すためにあの男を送った。父親のことはすまなかった。」
一連のことを聞いて、誠は思った。
___俺、そんな強いの?
「ああ、もちろん。」
フロイドは答えた。心読まれてるんだった。
「まあ、能力を使いこなせてない分、こいつらよりは劣るが。」
そういうとフロイドは立ち上がり、左の人差し指を立てた。
「出てこい。テネーブル、真由美。」
真由美?まさかあの真由美じゃないはず__
そんな誠の考えを裏切り、武装した真由美が総統室の奥から出てきた。
「ごめんなさいね、高村。ずっと秘密にしてて。」
すぐ後に、フロイドと誠の間に紫色の渦ができる。そして渦が消えたときには、そこに一人の少年が立っていた。
「テネーブルだ。どうもよろしく。」
身長は誠ぐらい。凛々しい左目と、もう片方の目を隠せるほどに長い髪、真っ黒いコートを着ている。手にはどくろ柄の手袋をつけておりそれが若干中二病感を醸し出していた。
__なんだ、今の。どうなってる。しかもこいつ地面に足ついてないぞ。浮いてるぞこいつ。
あっけにとられている誠をよそに、テネーブルは簡単に自己紹介を済ませたあと、真由美たちの方へと下がった。
「よし。ショータイムはこれぐらいにしておこう。」
フロイドはゆっくりと口を開いた。
「いいか、誠よ。お前が能力に目覚め、使いこなせるようになれば、この者たちの能力などはるかに上回る力を手にすることになる。そしてその偉大な力は正しいことに…」
「使うべきだってか?」
突然、声がしたかと思うとフロイドの足元に空き缶のようなものが投げられた。
「グレネード!」
真由美が叫ぶ。グレネード?それって確か__
グレネードは爆発すると同時に、大量の煙を出した。誠は吹っ飛ばされたが、体には傷一つない。どうやらまた能力に助けられたらしい。
「誠、ホラ立ちな。あたしはマクロス。」
マクロスはそういいながら、誠に手を差し伸べた。誠は手をつかみ、やっとのことで立ち上がる。腰を抜かして動けなかったのだ。
「ちっ。能力抑制型か。小癪な真似を。」
すぐ前で、フロイドが立ち上がっている。マクロスと誠はゆっくりと後ろに下がる。
マクロスは腰につけているグレネードをフロイドに投げつける。煙たかった総統室はさらに煙たさが増した。
「フハハハハハ。それの効果が切れるのも時間の問題。そうなれば貴様に命はない。」
フロイドは笑いながら言った。
「おい、ヤス!応援はまだかい?さすがのあたしでも能力者三人相手じゃ殺されちまうよ。」
無線機のようなものにむかってマクロスは叫んだ。
「へいへい。もう目の前だからもうちょいがんばれや。」
無線機からはやる気のない声が聞こえる。マクロスは舌打ちして無線機を投げ、踏みつぶした。
「おい、テネーブル、これを目につけろ。これなら敵を確認できるはずだ。」
フロイドがテネーブルに何か渡したのが、誠は確認できた。
「見つけたぞ。」
テネーブルはそう言ったかと思うとじりじりとマクロスに近づき始めた。
「確実に殺してやる。確実になぁ…。」
「くそっ。」
マクロスは背中にかけていたショットガンを構えた。まだ辺りは煙が立ち込めている。
「おい、誠!そっから動くんじゃないよ!」
言われて誠は何度も首を縦に振った。今反抗したら確実に吹っ飛ばされる。
「はいは~い、遅れてごめんねぇ。」
緊迫した空気に緩い声が響く。声は上からする。上を見ると、人が入れるほどの穴が開いていた。おそらく、マクロスが入ってきた穴だ。その穴から、あごにひげの生えた中年男性とおじいさんが入ってきた。
声がするのと同時にテネーブルは持っていたピストルでマクロスを撃つ。弾はマクロスの左肩を貫いた。
「くッ!!」
「運がいいな。普通なら殺せていたが…。」
「まあいい次こそは殺して…」
言い切らないうちに、テネーブルの肩にナイフが突き刺さる。
「おいおい、新客が来たのにあいさつも無しか?」
「ぬォッ…」
テネーブルは突然声を上げたかと思うと、その場に倒れこんだ。
「あれ?意外と弱いな、お前。」
「おい、あのおなご殺っといたぞ。」
いつの間にか一緒に来ていたおじいさんが誠の横に立っていた。おなごとは、おそらく真由美のことだろう。
殺ったって、まさか___
「仕事はええなおい。まさか爺さん、姉ちゃん殺してないよな?」
「当たり前じゃ。麻酔を脳天にぶち込んだだけじゃ。」
殺してないのか、よかった。
誠は心の底から安心したが、おじいさんの強いことには驚いた。
「さて、こいつをヘリまで俺が運ぶ。マクロスは爺さん連れてついてこい。」
そう言ったかと思うと、中年男性は誠を肩に担いで入ってきた穴から外に出て、走り出した。すごい体力である。誠が見ると、後ろから、煙のようなものが追いかけてきていた。
「あ、あのすいません。」
「ん?どうした。」
「あの後ろの煙みたいなのなんですか?」
「あ?ああ、あれな。あれはマクロスだよ。」
「はィイ!?」
「うるせえなぁ。馬鹿みたいにでかい声出すなよ。」
「いや、でも、どこにもマクロスさんはいませんよ。」
「ああ、そうか。お前はマクロスの能力を知らないのか。なら驚くのも無理はない。マクロスは『スモーク』の能力者。煙を身にまとえる。爺さんも能力の影響受けて見えないだけで、ちゃんとマクロスにつかまってるよ。」
「な、なるほど…。」
「お、ヘリが見えてきたな。そういやお前、名前は?」
「高村誠です。」
「おお、そうか。俺は中村康弘。ヤスと呼んでくれ。」
「ヘリでどこに行くんですか?」
「『フライ』本部だ。楽しいとこだから安心しな。」
その後、誠たちは『フライ』本部に向かうヘリに乗り込んだ。