平行世界 セカンズ
誠たちは、町が一望できる展望台の上にいた。
「誠様、申し遅れました。私は案内人の女です。商品番号はNO.103-ZYARO。ジャロとお呼びください。」
想像を絶する町の風景のすごさにあっけにとられていた誠に、突然横に立っていた女が話しかけた。
「あ、ああ。よろしくお願いします。って、AI?」
「はい。誠様、AIを知らないのですか?」
「う、うん。何、それ?」
「誠様はアイフォンをお持ちですか?」
「うん。家に置いてきちゃったけど。」
「そこにSIRIさんがいますよね?」
誠はうなずく。
「それがAIです。」
「えぇ!?じゃあ、SIRIとあなたはおなじ…」
「まあ、そういうことになりますね。厳密にいえばSIRIさんと私は、全く違う存在ですが。」
誠は驚いた。この世界ではAIは人間と殆ど同じなのだ。もしジャロに自分が人間だといわれても、誠は全く疑わなかっただろう。
「あの、なんで僕のこと知ってるんですか?」
「私の今回の任務は誠様の帰還を補助し、本部まで連れて行くこと。運搬対象の誠様の情報は本部が私にプログラムしています。」
「は、はあ…。」
誠は、ジャロが何を言ってるのかわからなかった。
「とりあえず、町まで下りましょうか。」
誠たちから少し離れたところにロープウェイが見えた。手前には、乗り場がある。ジャロはそこへ向かっていた。急いで誠も後を追う。
乗り場には中年男性がいた。おそらく従業員だろう。
「2人です。」
ジャロは左手でピースサインをした。
「あいよ。10ドル。」
ドル!?誠は驚いた。前でジャロは財布からドル札を出している。
ここと向こうの金の単位は同じなのか…。誠がそう思っていると、突然男に話しかけられた。
「あれ、あんちゃん、どっかで見たことあんなと思ったら、クアトロさんでねえか。」
「ちょっと、余計なこと言わないでください。」
ジャロが若干怒りを含めた顔ですばやく男に注意する。この男はどうやら誠のことを知っているらしい。それは分かるが、一つ気になることがある。
俺はクアトロじゃない。なんのことだ?
「あの、ぼ…」
誠は男にそのことを聞こうとしたが、ジャロに腕を引っ張られ、できなかった。そのままジャロは誠をロープウェイの中へ引き込む。ジャロは目に見えて怒っていた。
「あ、あの。」
誠はジャロに話しかけたが、ジャロはそれを無視し、黙り込んだ。
ジャロ、怒ってるな。
誠は謝罪しようとしたが、一体何をどう謝罪すべきかわからず、黙り込んでしまった。
その後、静かなロープウェイは気まずい空気を抱えたまま、町の乗り場に着いた。
「ジャ、ジャロさん…?」
ロープウェイを降りながら、誠はジャロに話しかけた。
「なんです?」
ロープウェイ内では黙りっぱなしのジャロだったが今度は返事が返ってきた。
「あの、さっきの…すいませんでした]
「なんで誠様が謝るんですか?」
「いや…なんとなく。ジャロさん怒ってるし。」
「ああ、確かに怒ってますけど誠さんに対して怒ってるんじゃありませんよ。ルイスに怒ってるんです。兵士のくせしてべらべらと。」
ルイス…おそらくあの男のことだろう。しかし誠が見た限り兵士には見えなかった。武装なんていしてなかったし、服も軍服ではなく、赤と黒の織り交じった学校の制服のような服を着ていた。あの男の軍人要素といえば、かぶっていた帽子ぐらいだろうか。
ジャロは、あの人が俺のことをクアトロって呼んだことに怒ってる。でもなんでだろう?クアトロって悪い意味なのかな?クアトロって確か、4の意味だったよな。
誠は、そこに込められた意味を理解しようとしたが、結局わからなかった。
その後、ジャロと誠は乗り場を出た。
「あ、一つ言い忘れてました。誠様、敬語を使うのはやめてください。私が任務を果たすまでの間、あなたは私の支配者の位置にあります。それに第一、気持ち悪いですよ。それ。」
最後の一言は誠の心を突き刺した。
「わ、分かった…。酷いなあ。」
自分の言葉にうろたえる誠を横目に、ジャロは話を続ける。
「さて。任務を遂行します。もう少し行くとPHステーションがあるので、そこまで行く途中私がこの街の紹介をします」
「わかった。ところでPHって?」
「パブリック・ホバーマシンの略です。あ、ホバーマシンはあれです。」
そういって、ジャロは空を指さす。空には、車のようなものがいくつも飛んでいた。
「そちらの世界の車のようなものです。こちらの世界の富裕層の方が所持しています。」
「道路は?」
「あります。特殊なもので作られているので我々には見えませんが、ドライバーには見えています。」
セカンズの技術の方がこちらより進んでいるらしい。誠は驚いた。
「PHはセカンズの公共交通機関のことです。あれ?誠様、行きますよ。」
いつの間にか、ジャロはだいぶん先を歩いていた。急いで誠も追いつく。
「誠様。あれをご覧ください。」
ジャロは遠くにに立っている大きなビルを歩きながら指さす。かなり距離があるがそれでもはっきりと形がわかる。それだけ大きな建物だということだろう。
「あれは、我らが帝国、リベルタの本部です。」
ん、リベルタ?どっかで聞いたことのあるような…。なんだっけ?
誠は思い出そうとしたが、あきらめた。
ジャロは、説明を続けた。
「警備のため、あそこに行くには専用のPHに乗る必要があります。」
「ああ、だからそのpHが置いてあるステーションにむかうのか。」
「そういうことです。」
二人は、歩き続けた。
「ジャロ、あれは?」
途中、誠は足を止め、指をさした。その先には「C-A」と書かれた看板と有刺鉄線のようなものがあった。
奥には、いくつか建物が見える。
「あれは、保護区域といって、社会的な弱者を救済するために帝国が置いたエリアです。中では対象の人たちが帝国軍の保護を受けています。」
「へえ。どんなふうに保護してるの?」
「何らかの理由で体の一部を失った人には、AIチップを埋め込んだ義手、義足を与える、とか、ですかね。保護区域についての情報は私には殆どプログラムされていませんので、正確なことは分かりません。」
しばらく歩いていると、誠は周りに自分たち以外の人がいないことに気が付いた。
「ねえ、ジャロ。なんで人がいないの?」
「おそらく、今日はゲリラ警報が出ているからです。」
「ゲリラ警報?大雨が降るの?」
「ああ、そちらの世界ではゲリラ警報は大雨に関するものなんですね」
「それ以外に意味があるの?」
「ええ。こちらではゲリラ警報とは、『フライ』の奇襲の警告を意味します。」
「『フライ』?」
「はい。テロリスト集団のことです。よく、帝国本部やその他、帝国の地方にある基地や、その家々なんかを襲ったりしています。」
「へぇ…。」
こちらの世界、とりわけ平和な日本ではありえない出来事だが、ジャロの平然とした口調から、おそらくセカンズでは日常茶飯事なのだろう。
しばらく歩いていると、突然ジャロが口を開いた。
「誠様、ステーションに着いたようです。」
気が付くと、誠の目の前には駅のようなものが広がっていた。プラットフォームには戦車のような物がいくつか止まっている。
「俺はどれに乗ればいいの?」
「奥から4つ目のPHです。案内します。」
ジャロはどんどん奥へと進んでいく。誠はその後をついていった。
しばらくすると、ジャロは門のような場所の前で足を止めた。ベレー帽と、迷彩柄の服を着た二人の男が立っている。おそらく軍人だろう。アサルトライフルを装備している。
「このPHは帝国兵専用の車両だ。リベルタの関係者でないなら立ち去れ。そうでなのなら、要件と名前を言え。」
「商品番号NO.103ーZYAROだ。ここにいるのは高村誠で、私はこの男の帰還補助をしている。」
誠の名を聞いて、兵士はニヤリとした。
「よし。では、IDを見せろ。」
ジャロが右手を兵士に差し出すと、兵士は改札口のようなところに指を入れる。二人は平然としていたが、この状況を誠はまったく呑み込めなかった。ジャロと兵士が話している間、もう一人の兵士は誠を凝視していた。しばらくすると、ジャロと話していた兵士が口を開いた。
「貴様のIDを確認した。通って良し。」
するともう一人の兵士も口を開く。
「任務の遂行、ご苦労であった。ここからは我々に任せてくれ。」
二人の言葉を聞いた後、ジャロは誠の方へ振り返った。
「誠様、これにて私の任務は完了しました。ここからは帝国兵たちの指示にそって動いてください。」
「分かった。一つ質問があるんだけど、いいかな?」
誠は、一番気になっていたことを聞くことにした。
「もちろん」
「ルイスさんが言ってたクアトロって何?」
少し間をあけ、ジャロは答えた。
「本部に行けば、わかると思います。それまでは、『お楽しみ』ということで。」
「ええ、そんなぁ」
残念そうにがっくりと肩を落とす誠のもとに兵士が近寄ってくる。
「誠様、お急ぎを。総統がお待ちです。」
誠がうなずくと兵士はまた門の方に戻っていった。
「それじゃあ、誠様。いったんお別れですね。」
微笑しながら、ジャロが言った。
「うん。また会えるといいな。」
その後、誠は二人の兵士に連れられ、PHに乗った。椅子はない。どうやら、立って乗る乗り物らしい。
しばらくすると、phはゆっくりと動き始めた。
中についていた小さな窓から、夕日の明るいオレンジ色の光が誠を照らしていた。
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1章 完。




