帰還
「誠…起…ないか…おい…起きろ、誠!」
目を開けると、無数の穴空いた白い天井が見えた。周りを見る限り、そこは病院らしかった。
「やっと目を覚ましたか。まったく…。昨日といい今日といい、お前は何度私に迷惑をかければ気が済むのだ!しかも今日は友人の健一君にまで…。お前は感謝の念と体力を…」
自分の右わきで説教をする信之を無視して、誠は目の前をぼーっと見つめながら、さっきの夢のことを考えていた。
なんなんだろうあのばあさん…。一体俺に何が言いたいんだろう…。確か、時代の先駆者とか戦えとか結が開いたとか言ってたな。でも、あの言葉は俺に向けてのものじゃなかった。俺以外の誰かに向けてのものだった。でもあの場にいたのは、俺と、ばあさんと、知らない女と、真由美だけ。戦える人なんていなかった。じゃあ、誰に向かってあんなこと言ったんだろう?あのばあさん。
そんなことを考えていると、信之に突然声をかけられた。
「おい、誠!聞いてるのか?」
「あ、ああもちろん」
少したじろぎながら、誠は答えた。
「なんで俺は病院にいるの?」
誠が聞くと信之は少し驚いた様子で
「お前、覚えていないのか?」
と誠にきいた。
「あ、ああ。こけたとこまでは覚えてるけど、そこからは…」
「覚えていないか?」
「うん…。」
「ならば、仕方あるまい…。私から話そう。」
少し間をあけ、信之は天を仰いだ後、ゆっくりと話し始めた。こういう信之の動作を見るたび、誠はお前は役者か、と言いたくなる。
「お前が倒れたのが、家の前でよかった」
その後、誠は信之から、突然誠が家の前で倒れ、そのまま気絶してしまったこと、あの誠より気の弱い健一が知らない女性に携帯を借り、救急車と勤務中の信之を呼んだこと、そして、救急車内で、誠が苦しそうな顔で何度も「リベルタ」と言っていた、ということを聞いた。
一連のことを聞いて、誠はしばらく黙っていた。深い意味があったわけではなく、話を整理するためだ。誠が黙っている間、信之も黙っていた。誠の病室にはほかに患者はおらず、病室には沈黙が流れていた。
すると、信之が沈黙を破った。
「もうそろそろ志村先生がいらっしゃる頃だろう。おそらくだが明日には退院できるという話をされるはずだ。もし退院ができるようなら、明日中に退院するのだ。それと、心の準備をしておけ。退院後私から話がある。」
「えっ、待ってよ父さん。俺なにもしてないよ?」
「安心しろ。別に怒ったりするわけじゃない。」
信之は、病室を出た。しばらくすると、白衣を着た人の好さそうな中年男性が入ってきた。
「高村誠君だね。志村と言います」
首から下げている名札を見て、この志村という人がこの病院の院長であることが、誠にはわかった。
院長は簡単な自己紹介を済ませた後、誠に明日には退院できることを告げ、病室を出た。
と、いうことは明日はあの厳しい信之と二人で話さなければならない__そう考えると憂鬱だった
「ああ、やだなあ。」
誠は独り言をいい、床に就いた。
翌日__
目が覚めると、目の前に人がいた。
「おっはよ!」
健一だった。
「あれ、健一?なんでいるの?ってか、学校は?」
「ボケてるの、誠君?」
「今日、日曜だよ」
「え、あ、そうか。」
「はははっ。誠君てやっぱりおもしろいや。」
誠は、来てくれたのが健一でよかったと心の底から思った。もし来たのが竜だったら、こんなのほほんとした朝は迎えられなかっただろう。彼は、熱い男だ。
「ねえ、今日の怖い夢、どんなだった?」
言われて、誠は思い出した。あの老婆の夢を、今日は見ていない。
「あ、そういや今日は見てないな」
「え?ほんとに?」
「うん」
「そんなぁ…。」
健一はがっかりして、肩を落とした。
「なんか、ごめんね」
「ううん、大丈夫。誠君が謝ることじゃないよ。」
「すいませーん」
突然、若い男の声がした、声の方に誠が目をやると、そこには白衣を着た看護師がいた。
「誠君、診察です。君は待合室で待っててくれ」
その後、診察を終えた誠は、健一と落ち合った。
「診察、どうだった?」
「もう大丈夫だって。今日で退院だよ。」
すると突然、後ろからドタバタという足音と共に低い声が聞こえてきた。
「誠くーーん、お父さんからお電話だよーーー!」
誠は、院長から携帯電話を預かり、耳に当てた。
「もしもし?父さん?誠だけど。」
「うむ。要件は二つだ。今から車で迎えに行くから病院の前で待っていろ。あと、健一君に、車に乗るかどうか聞いてくれ。」
「あー了解。じゃあちょっと待ってて」
「健一君、今から父さんが車で向かいに来るんだけど、一緒に乗るかい?」
誠は携帯電話を耳から離し、健一に聞いた。すると健一は
「大丈夫。ここうちから近いから」
そう答えた。誠は健一に「わかった」とだけ言うと、もう一度携帯電話を耳に当てた。
「乗らないって。」
「わかった。ではすぐ行く。」
信之がそう言ったかと思うと、電話は切れた。
「お父さん、なんて?」
と院長が誠に聞く。さっきから肩で息をしているのはおそらく走ってきたからだろう。
「今から車で迎えに来るそうです。」
「ああ、そうか。じゃあ入口まで案内するよ。」
誠は院長に入口へ案内してもらい、健一と別れた後、迎えの車に乗った。
自宅につくと、信之に部屋に呼び出された。
しばらく信之は暗い顔をして下を向いてしばらく考え込むようにしていたが、やがて、口を開いた。
「誠、一つ聞きたいことがある。」
「と、いうと?」
「最近、何か、おかしいことが起きてないか…?例えば、変な夢を見たりとか」
「えっ?」
「何かおかしいことはないかと聞いている。」
「な、ないよ。何も…。」
「嘘をつくな!お前はここ数日、幻覚を見ているはずだ!」
なんで、知ってる___
誠の体に衝撃が走った。なんで俺の夢のことを知ってるんだ…。ごまかしたいけど無理そうだな…。
「あぁ、はぁ、見てるよ。」
「よし、ではお前の見ている夢の内容を教えろ」
仕方がない。誠は話すことにした。
誠がすべて話し終えた後、信之はまた考え込んだ。今度は腕を組んでいる。しばらくすると、信之は口を開いた。
「いいか、誠、私が今からする話は、信じがたいとは思うが、すべて事実だ。」
「う、うん」
信之の様子を見る限り、夢のことについて教えてくれそうだった。誠は期待した。
「いつか話せばならんとは思っていたが…。心の準備はいいな?」
誠はうなずいた。
「この世には、我々が生きている空間と別に空間が存在している。大体、パラレルワールドとか平行世界と言われるものだ。世界の名称はセカンズだ。」
「そして、このことを知るのは、各国の政府の要人たち、イルミナティ、フリーメイソン、イルミナティのメンバーたち、そして、我々選ばれし騎士たちのみ。」
誠は質問しようとしたが辞めた。信之が熱弁している。今説明を切ってしまうと怒られてしまう。
「お前の謎を解いてやろう。」
「いいか、セカンズにはお前と同じ人間がいる。だがそいつはまだ生まれていない。魂はあるが、実体は生まれていない。そして向こうのお前の魂は何年も年上なのだ。」
「お前のその老婆が懐かしかったという話はそういうことだろう。セカンズ側のお前が記憶しているのだ。だが、そうなると怖かったというのは余計に分からん。」
信之は首をかしげながらそう言った。
「そして奴が言った…。」
信之の言葉を遮り、雷鳴がした。突然窓が割れ、嵐が起きていた。同時に誠の頭が痛くなり、あまりの痛みに頭を抱えてかがんでしまう。頭を上げたとき、目の前にはフード付きのレインコートのようなものを着た人影が信之の後ろに立っていた。
「まったく…。話してはならんことまで話しおって。お前のせいで帝国はめちゃくちゃじゃわい。」
しゃがれた低い声だった。フードのせいで顔は見えない。背は低く腰が曲がっている。声から判断するにおそらく老人ではあるだろうが、男だ。あの老婆ではない。外から物凄い強風が吹いているというのに、この老人の声がよくきこえるのが不思議だった。
「責任を、とってもらわねばな。」
そういった瞬間、コートの中からピストルをだし、信之に向けた。
「じゃあの。」
その言葉の後、鈍い音がした。信之の左胸から血しぶきが上がる。そのまま、信之は机の上に倒れた。信之は多くの謎の鍵を持ったまま、死んでしまった。
だが、それだけでは終わらなかった。
老人がピストルを誠に向けたのだ。
「わしが本部から受け取った任務書には誠、お前を殺せと書いておるんじゃ。したがってお前を殺さなければならん。かわいそうじゃがな」
逃げなければ__。しかし、誠は逃げられなかった。腰が抜けてしまっていたのだ。老人は小銃に弾を詰め、リロードを済ます。そして、誠の方に詰め寄り、銃口を誠の額にくっつけた。
「念には念じゃ。遠くからだと外しそうなのでな。」
死ぬんだ、俺__。
誠が死を覚悟した時だった。ありえないことが起きた。
「じゃあの」
老人は、確かに撃ったのだ。だが、銃弾は誠の頭をすり抜け、後ろにあった信之のエレキギターに跳ね返された。
「ま、まさか、お前、クアト…」
言い切らないうちに、老人は流れ弾となった自分の銃弾に頭を撃たれて死んでしまった。
「お迎えに上がりました。」
突然誠の後ろで声がした。驚いて声の方を見ると、若い女が立っていた。
「今からあなたをいるべきところへ戻します。説明はあとです。さあ、こちらへ。私の肩をつかんでください。」
誠は女のところへ駆け寄り、言われた通りに肩をつかんだ。
「では、すこし目を閉じてください。あなたの目には刺激が強すぎるでしょう」
しばらくすると、女が口を開いた
「ふーん…。もういいころでしょう。目を、開けてください。おかえりなさい。誠様。」
誠は目を開いた。そして、誠の目に飛び込んできたのは全く知らない世界だった___