結
「…おい、大丈夫か、おい!」目を開けると、小さい心配そうな目、高い鼻、異常なほど濃い眉。顔の主は父、信之だった。時刻は…6時30分。誠は自室にいた。
音もあるし、逆にあの不思議な感情はなくなっていた。右手の手の平にはいつ付けたかわからないような小さい切り傷があるが、他には何もおかしいところはなかった。どうやら夢を見ていたらしい。
誠はそんなことよりも、普段とても厳しく、わらうことなんて一切ない父が珍しく心配してきたことが不思議に思えた。なんと話しかければよいかわからず、誠はとりあえず
「お、おはよう」
と声をかけた。すると信之は
「おはようじゃない!私の質問に答えないか!大丈夫かと聞いている。」
と答えた。誠は、何を上からと思いつつも安堵した。信之にも自分にも何も起こっていないことを確認できたからだ。父と自分の身の安全を確認できた誠は、
「大丈夫だよ。なんにもない。っていうかなんでそんなこと聞くのさ?」
と聞くと、信之は、
「お前がずっと大きな声で苦しむからだ。私が帰るまえからだったろうし、夜中に何度も起こしにいったが、お前もおきないし、困っていたのだ」
と答えた。
誠は、こんな感じで古臭くてどこか高圧的であるこんな言葉を使う信之があまり好きではなかった。あんな嫌な夢を見させられた後すぐこれか、そう思うとだんだんイライラしてくる誠だったが、あの夢を見せたのは信之ではない。イライラをどこにぶつけるでもなく、誠はそれを腹の中に収めた。
自室をでて、1階へと降りる。誠は朝ごはんを済ませたのち、制服に着替えた。教科書やノート、信之が作った制定の鞄に入れ、自転車の鍵を片手に家を出た。誠は、自転車通学なのだ。
学校に着いた。時刻は8時。いつもこんなもんだ。誠は、自分の席に着いた後、弁当を机の横にかけ、教科書類を机の中に入れた後、すぐに友達のところに話にいく。相手は誠の一番の親友、坂本竜だ。
竜の前の席に座り、竜と挨拶を交わす。
「おはよう、坂本ー。」
「おっ、おはよう。高村から挨拶なんて、めずらしいじゃあねの」
言われて誠は少し恥ずかしくなり、明るく笑ってごまかした。だが、笑い終えたときには暗い表情になっていた。昨日の夢のことで誠はまだ引っかかることがあるのだ。それは恐怖のことではなく、なんで懐かしかったんだろう、ということについてだった。
そんな誠の様子をしばらく見ていた竜が突然口を開いた。
「高村、お前なんかあったな?」
竜は細い目をさらに一層目を細くしてきく。すると、竜の目から、白いフケのような物が落ちた。彼は生まれつきのアトピーなのだ。
「いや、なにもないよ。そういえば今朝親父にも同じようなこと言われたな」
誠はなんとか夢のことを聞かれまいとして、笑いながらそう答えた。竜にはこれまで何度も悩みを見抜かれ、その度に迷惑をかけた。プライドの高い誠としてはそれが耐え難かった上、「いや、実は変な夢を見て」なんて恥ずかしくて死んでも言えない。なんとか隠さなければ。誠は少しだけ力んでいた。
だが、竜の態度はそれとは裏腹だった。彼はじーッと黙って誠を凝視している。こいつ、また隠してやがる、って顔だ。この顔をする時誠は大体悩みを暴かれ、そして竜はその悩みの解決を手伝ってくれるのだ。
どうしようか。さすがに誠も困ってしまい、しばらく下を向いて黙り込んでしまった。あごに手を当て、まるで考える人のようになって固まっている誠を竜はじっと見ていた。
すると、1人の女子が話しかけてきた。
「坂本、なに高村のことみつめてんのよ。きもちわるうい。」
半分にやけ顔で話しかけてきたのは橋本真由美だった。背が高く、髪は梳いている。まあ、出るとこは出てるし、顔もそんなに悪くはないが、それとは対照的に口が悪く、かなり派手な性格で、女子のリーダー格でありクラスのマドンナでもある。好きな人と嫌いな人とでこの人の評価は随分違う。
「別に見つめてるわけじゃねえよ。こいつが浮かれねえ顔してるから心配してんの」
竜はもともと粗野なな性格で口ぶりもワイルドなのだが、相手が自分の好きな真由美だからだろう。この時はいつもよりワイルドに接していた。
「ふーん。ま、ほどほどにしておかないと、あなたたちはたからみたら完全にホモよ?もうチャイムもなるし、次の授業の準備しなさいよ。」
「うるせえ!余計なお世話だよ、まったく。」
竜の言葉を背に、真由美は自分の席に帰っていった。
「ほれ、お前も準備しな。朝から数学とは…。」
そういって、竜は誠とロッカーに荷物を取りに行った。この時にはもう昨夜の夢のことなど、誠の頭の中にはなかった。
6時間ある授業をおえ、疲れと早く家に帰りたいことから来る焦燥感を抱きながら、誠は隣のクラスに森田健一を呼びに行った。
健一とは中学1年の時にクラスが同じで、その時から一緒に自転車で帰っている。おそらくだが、誠と一緒にいる時間は竜より長いだろう。気も合うし、いい友達だ。
「森田ー!」
「お、きたな?待ってたよ」
「ごめんね。ホームルームがのびちゃって。早く帰ろー」
そんなたわいもない会話を交わし、誠と健一は校門を出、直ぐに自転車に飛び乗った。
そして帰り道の途中、誠は夢のことを思い出し、健一に話すことにした。「双子」そう呼ばれるほど誠と似ている健一なら、竜のように干渉なんてしてこないと思ったからだ。
「なあ、昨日変な夢見たんだ」
実は誠も、健一も、かなりのオカルト好きで、2人でよく心霊スポットなんかに行ったりしていた。まあおそらくそのせいだろうが、この夢の話に予想以上に花が咲き、気が付けばもう家の前まで来てしまっていた。
その時だった。誠は突然頭が痛くなり、自転車から転げ落ちてしまった。耳の中でキーーンという耳鳴りのような音がする。そしてまたあの恐怖と懐かしみがわいてくる。すると突然目の前が真っ暗になり、次に目に映ったのは武装したあの老婆だった。今度は顔だけではなく体全部がそのままだった。少し間が空くと、奥から2人女性が出てて、少しフラついた老婆を支えた。その時、誠は目を疑った。
そのうちの1人が、なんと真由美だったのだ。そっくりなだけだ。誠はそう思ったが、自分の中の何かが、あの女が真由美であることに確信を持たせていた。一体それが何なのか、誠にはわからなかったが、自分を確信を持たせているのが、自分ではないのは分かった。
周りの風景はというと、どこかは分からないが、そこがさっきまで健一といた帰り道じゃないのは分かった。あたりでは銃声やいろんな人の断末魔が聞こえていた。そしてその断末魔は苦しみ、悔やみ、怒り、悲しみ、いろんな感情が織り交じったものであるのが、何故かその時誠にははっきり分かった。
勇気を振り絞って、誠は老婆に気になっていたことを聞いた。
「あ、あ、あ、あなたは誰なんですか?僕に何をしようとしてるんですか?」
すると老婆はゆっくりと
「私ですか?私は、まあ、伝書バトです。それでまあ、あなたに伝言を私に来たのです」
そう答えた。どこからの伝言か、本来なら聞くべきなのだが混乱しているせいで誠は聞けず、代わりに誠は沈黙で続きを促した。
「伝言はこうです。あなたはあなたの世界と我々の世界の結を開いたのです。そしてあなたは本来の自分を取り戻そうとしている。あなたはこの世界の鍵なのです」
「さあ、戦士よ、時代の先駆者よ。戦うときが来たのです。あなたはもう逃げられません。」
老婆は自身の最後の言葉が自分に向けられたものではないことを誠が察したのを確認すると、
「では」
そういって去っていった。
「待って!待ってください!」
次第にそう叫ぶ自分の声が小さくなりやがて誠の目の前は真っ白になっていった。