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聖剣

「これより、検証を始める」


 クローデル必死の訴えにより、問答無用の死刑執行はひとまず取りやめになった。

 そして、本当に聖剣が結界破壊の原因なのかを突き止めるべく、いくつかの検証が実施されることになった。


「まずはこれだ」


 仔馬プティの鞍にぶら下げられていた荷物からイリスが取り出したのは、澄み切った透明な水晶だった。

 水晶には、穢れを取り込み浄化する力がある。今、イリスが手にしているサイズの水晶であれば、ちょっとした瘴気の汚染程度なら、あっという間に浄化できるだろう。


「持ってみろ、クローデル」


 即断即決の死刑だけは待ってくれたものの、イリスの中のクローデルへの疑いは深いらしい。まずはクローデルが、本当に邪悪な何かで無い事を証明しようとする。


「分かった」


 もちろん、やましいところがないクローデルは、躊躇うことなく水晶を握り――

 ピシッ……

 ――一瞬で真っ白に曇り、水晶は砕け散った。


「やはりか……」


 疑いを確信に変えたイリスは、素早く刀を振り上げる。結論は出た。クローデルは黒だ。もう遠慮する必要はない。


「ちょっと待て!」


 それを必死に止めながら、クローデルは叫ぶ。


「今のは腰に聖剣を付けたままだったせいだ! これを外せば平気だ!」

「……二度目はないぞ」


 ギリギリのところで断頭台の淵に踏みとどまったクローデルは、慌てて腰の聖剣を外す。そして、イリスが差し出した新しい水晶に恐る恐る手を伸ばし――


「躊躇うという事は、やはり……」

「気のせいじゃないかな⁉」


 ――素早く手を伸ばし水晶を握った。

 今度は、水晶が曇る事も、砕ける事もなかった。

 逆に、聖剣に触れさせると、先ほどと同じように一瞬で白く曇って砕け散った。


「ほら、やっぱり!」


 自分の無実を証明する結果に、クローデルは勝ち誇った表情を浮かべる。

 さすがのイリスも、これで多少はクローデルに対する嫌疑が晴れたのだろう。いつでも斬りかかれるように、抜き身の状態で構えていた刀を鞘に納める。


「なら、次はこれだ」


 続いて取り出したのは、神殿で複数の神の祝福を賜った『聖水』である。これも、瘴気を浄化する力を持ち、また、魔物などにぶっかけてもある程度のダメージが望める。

 まだ多少疑っているのか、イリスは最初にクローデルにさっと聖水を振りかける。もちろん、クローデルには何の被害もない。ただの水と同じだ。

 続いて、聖剣の柄に聖水を掛けてみると――


「……なあ、その液体、硫酸とかじゃないよな……?」

「さっき貴様が被ったのと全く同じものだ」


 ――白い煙を上げながら、柄の金属が融解した。

 聖剣の一部を溶かした聖水はどす黒く染まり、そのままポタリと地面にこぼれる。こぼれた先の地面では、これまで青々と茂っていた雑草が一瞬で茶色く枯れ果てていた。

 聖水を振りかけた結果から、これまで自分が使っていた武器の邪悪さを思い知らされ、クローデルは顔を引きつらせる。この聖剣、どんだけ邪悪な武器なんだよ……。


「……ッ⁉」


 その時、突然、クローデルの両手の平に激痛が走った。


「どうした、クローデル?」


 クローデルが顔色を変え、手を震わせるのを見て、イリスが怪訝そうに問いかけてくる。


「手が、焼けるみたいに、痛いんだ……ッ!」


 問いに答えながら、クローデルは苦痛に顔を歪める。まるで、手の平を薬品で焼かれ、肉がむき出しにされたかのような痛みだ。何もしてないのに、一体どうしてこんなことになる……!


「ん……?」


 その時、イリスがある事に気が付く。


「柄が元通りになっている……?」


 先ほど聖水を浴びて溶けていた聖剣の柄が、いつの間にか元通りになっていたのだ。

 その事から、一つの仮説を導き出したイリスは、躊躇うことなくその仮説を証明する行動に打って出る。

 イリスが新たに取り出したのは、小さめの金槌だ。元々、イリスが刀を整備する時に使用しているものである。

 それを大きく振りかぶりながら、イリスはクローデルに告げる。


「クローデル、歯を食いしばれ」

「……? イリス、何をするつも――」


 そんなクローデルの反応を無視して、文字通りの鉄槌が、力の限り振り下ろされた。

 聖剣の柄に向かって。


「――ッ⁉」


 その鉄槌が聖剣に叩きつけられた瞬間、クローデルの頭に、金槌で殴られたような激痛が走った。

 声もなく、頭を抱えて地面を転げまわるクローデル。それを無視して、イリスは聖剣の柄を見る。

 金槌の一撃で潰されたはずの装飾は、先ほどと同じように、傷跡一つなく元通りに修復されていた。 


「やはりな……」


 それを見て、イリスは自分の仮説が正しいことを確信する。


「何が……やはりなんだよ……?」


 一人で納得しているイリスに、頭を抱えたクローデルは息も絶え絶えといった調子で問いかける。

 そんなクローデルに、イリスは今の行動で証明出来た己の仮説を述べる。


「おそらくこの剣は、剣が受けたダメージを持ち主に肩代わりさせる機能を持っている。頭の痛みは金槌の、手の痛みは聖水のダメージによるものだろう」

「は、え……?」


 そのとんでもない機能に、クローデルは頭と手の平の痛みも忘れて絶句する。持ち主のダメージ『を』肩代わりする剣なら、それは素晴らしい剣だと思える。だが、持ち主『に』ダメージを肩代わりさせる剣など、ただの呪いの武器ではないか。

 ついでにクローデルとしては、その仮説を証明するためとはいえ、断りもなく容赦なしに金槌で聖剣をぶっ叩いたイリスにも、人の心はないのかと問いただしたい。

 だが、クローデルにとっての悲報は、それだけではなかった。


「しかし、厄介だな……」

「何が?」


 正直、これ以上の厄介事があるとは、クローデルには思えなかった。

 だが、事態は常に、クローデルの最悪の予想を上回ってくるのだ。


「貴様にダメージを肩代わりさせるという事は、すでにこの剣と貴様の間に『接続パス』が通っているという事だ」

「それがどうしたんだ?」


 さっさと聖剣を捨てようと思って腰の鞘を外しにかかっていたクローデルに、イリスは非情な現実を告げる。


「端的に言えば、装備を解除する事が出来ない」

「…………え?」


 絶望を告げる一言に、クローデルの思考が停止する。

 そんなクローデルに構わず、イリスは普段通りの無表情で言葉を続ける。


「正確に言えば、解除する方法自体はある。だが、それには最低でも管区大神殿クラスの聖域に赴かねばならないだろう。緩衝領の神官区程度では、そのパスを切れるとは思えん」


 管区大神殿は、その全てが神聖結界の内側にある。正確には、神聖結界を支える柱石を有する神殿が、管区大神殿と呼ばれているのだ。

 だが、今のクローデルは、神聖結界の内側に踏み込む事が出来ない。もちろん、行く手の神聖結界を全て消して構わないなら話は別だが、そんな事をすれば確実に、各国の有する暗殺騎士団アサシン・オーダーに抹殺されるだろう。


「それってつまり……」

「八方ふさがりという事だな」


 イリスの言葉に、クローデルは呆然とする。まさか俺は、一生をこの呪いの剣と一緒に過ごさねばならないというのか。


「いや、待て」


 その時、何か思いついたらしいイリスが、クローデルに救いの手を差し伸べた。


「呪いを解除する方法だが、もう一つ、心当たりがある」

「本当か⁉ 教えてくれ!」


 それに即座に飛びついたクローデルに、イリスは落ち着いた声でその方法を述べる。


「呪いの武器は、強い瘴気を帯びた魔物を斬った武器が、その魔物の末期の怨念を浴びて作られる。そこまでは知っているな?」

「ああ、知ってる」


 首を縦に振って肯定するクローデルに、イリスは呪いを解除する方法を告げる。


「なら、その呪いを掛けた魔物より、さらに強い魔物を斬ればいい。そうすれば、呪いが上書きされて、貴様との接続も切れるはずだ」

「え……?」


 救いの手だと思って掴んだそれは、棘だらけの茨だった。

 さらに、掴んだ茨は、手の中でさらに棘を成長させていく。


「だが、このクラスの呪いとなると、一般脅威度Sランク程度では太刀打ちできんな……。最低でも軍団級のレギオンを率いる統率個体でなければ、上書きは難しいだろう」


 そんなのが現れたら、それは国家存亡の危機である。呪いを解除すべく戦場に赴いたところで、数十万単位の軍勢と魔物が激突する中、聖剣の呪いを解除する間もなく戦場のつゆと消えるだろう。

 実現不可能としか思えない聖剣の装備解除条件に、クローデルは呆然とする。そんなクローデルを置き去りに、聖剣に札を押し付けたり、何やら神々しい光を当てたりして呪いの程度を図っていたイリスは、微かに眉根を寄せて呟く。


「いや、ここまでくると軍団級でも不足するか……。もし確実を期すなら、魔王クラスの魔物を斬ることでしか、解除は出来まい」

「……ッ! まさか――」


 その言葉を聞いた瞬間、クローデルの脳裏に、あの狂信者フィリーネが口にした神託の内容が思い出される。


『神はおっしゃいました「勇者は聖女と出会い、聖剣によって魔王の下に導かれる」と』


「――導かれるってそういう意味かよ!」


 どうやら、聖剣の導きとは、魔王の場所を教えてくれるとかそういう意味ではなく、魔王を倒すまで帰ってくるなという意味らしい。いくらなんでも酷すぎる。

 聖剣の呪いの凄まじさに、クローデルは思わず膝を突く。


(これからどうすれば……)


 魔王などという居もしない存在を倒すなど不可能だ。それはつまり、これから一生、クローデルは聖剣とその呪いを身に宿し続けなければならないということである。しかも、神聖結界を通り抜けられない以上、郷里へ帰還する道も事実上閉ざされているということだ。


「なあ、イリス。これからどうすればいいと思、う……?」


 途方に暮れたクローデルは、助けを求めてイリスに視線をやる。

 クローデルが向けた視線の先では、プティにまたがったイリスが、何やら装具の点検をしていた。


「イリス、何をして――」

「では、達者でな」


 ――そして、何の未練も感じさせないお別れの挨拶と共に、馬に進むよう合図を与えた。


「ちょっと待った!」


 そのまま颯爽とこの場から立ち去ろうとするイリスの前に、クローデルは慌てて立ちふさがる。

 いきなりクローデルが前に出たせいで、足を止める馬。その背中から不愉快そうな目で自分を見下してくるイリスに、クローデルは必死に訴える。


「いくらなんでも、この流れで見捨てるとかないだろ⁉」

「何を言っているのだ? 森を抜けた今、貴様と私は無関係だ」


 返ってきたのは、取り付く島もない冷たい答えだった。


「元々私は、肉壁になるのならついて来ても構わないとしか言っていない。だというのに、森の中の貴様はクソの役にも立たずに足を引っ張り、ケルゲレン要塞であのような目に遭わされたのだぞ。これ以上貴様に付き合って、面倒に巻き込まれるのは御免だ」

「そ、それは……」


 全く反論の余地のない正論に、クローデルは項垂れる。確かに、イリスの言う通りだった。ここまで付き合ってくれたのもイリスの善意によるものであり、これ以上クローデルの面倒を見る義理などどこにもない。


「分かったなら退け。二度は言わんぞ」

「はい……」


 完膚なきまでに言い負かされたクローデルが道を開けると、イリスはそのまま並足でプティを進めていく。すでにイリスの意識の中に、クローデルの存在は無い。

 イリスに見捨てられたクローデルは、死んだ目で手の中の聖剣を見つめ、この先を思い暗澹たる気持ちになる。


「どうしろって言うんだよ……」


 これからクローデルは、聖剣と名付けられた呪いの武器を抱えて、何の縁もゆかりもない地で生きていかなければならないのだ。正直、未来が明るいとは到底思えない。


「ん……?」


 その時、クローデルは再び、神託の内容を思い出す。

 フィリーネは確かに『勇者は聖女と出会い、聖剣によって魔王の下に導かれる』と言っていた。

 ここで言う勇者とは、間違いなくクローデルの事だ。


(なら、聖女は……)


 その時突然、鞘に収まったままの聖剣から、光の筋が放たれた。

 放たれた光は、すぐ横を通り過ぎようとしていたイリスの首元へと延び、小さな光る首輪を形作る。そして、その体を強引にクローデルの下に引き寄せようとする。


「グ……ッ!」


 いきなり首を絞めつけられたイリスは、首に巻き付く謎の光に驚きの表情を浮かべる。その直後、馬上で大きくバランスを崩し、そのまま地面に転がり落ちた。


「これは一体……」


 馬から転がり落ちたというのに、しなやかな着地を決めたイリスは、すでに動揺から立ち直り、状況を冷静に分析し始めている。その視線は、光の源――クローデルと、その腰にぶら下がっている聖剣に向けられていた。


「クローデル、これはどういうことだ……?」


 ツカツカと足早にクローデルに近づいたイリスは、クローデルの襟元を掴んで強引に引き寄せると、至近距離から睨みつけて回答を迫る。その額には青筋が浮かび上がり、イリスの綺麗な顔に過剰なまでの威圧感を加えている。


(ああ、やっぱり……)


 その威圧感に顔を引きつらせながら、クローデルは心の中で納得していた。

『勇者』がこんな理不尽に遭っているのに『聖女』だけがその頸木くびきから逃れられるはずがないのだ。

 そして、流れるような動きでしめやかに土下座を決めたクローデルは、これまで隠していたこと――フィリーネの訪問から、聖剣の勇者に選ばれるまでの全てを自白するのだった。

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