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旅立ち(強制)

「それでは、自己紹介からさせていただきますね」


 リビングの椅子に腰かけた招かれざる客人は、図々しく「食事まで準備していただきありがとうございます」と言って、サラのために準備していた朝食を勝手に食いながら、何事も無かったかのような態度で自己紹介を始めた。


「私はフィリーネと申します」


 真面目な表情でクローデルを見つめるその目と、結われることなく背中の半ばまで伸びるきれいな髪は、どちらも同じ明るい茶色をしている。これは、ヘルゴラント神衛帝国やその周辺諸国では一般的な色だ。白を基調とする巫女装束は、以前神殿で見たものとは異なり、スカートに深いスリットが入っている。おそらく外での動きやすさを重視しているのだろう。


(見た目だけなら、清楚な神官少女だな……)


 ただし、その実態は押し込み強盗の方が近いと思うが。傍らに置かれたメイスは、実によく使い込まれた色をしていた。

 クローデルがそんな評価をしている間にも、少女――フィリーネの自己紹介は続く。


「長い事巡礼の巫女をしておりましたが、今はグナイゼナウ大神官区に所属し『姫巫女』の務めをさせていただいております」


 そう言いながらフィリーネは、神殿の人間なら必ず持っている、その所属を示す神具ーー小さな十字架を取り出す。

 それを手にしたクローデルは、苦虫を潰したような顔をしてボソリと呟く。


「本物、だな……」


 義理の母から真贋の見分け方を習っていたクローデルは、それが本物であると理解出来てしまった。どうやら、姫巫女であるのは自称ではなく本当だったらしい。

 しかも、グナイゼナウ大神官区と言えば、ヘルゴラント神衛帝国に七つある大神官区の中でも異端狩りに熱心な武闘派で知られる連中だ。身元を僭称する事など絶対に許さない。

 まあ、そのせいで恨みも買っているらしく、つい先日も大神官のお膝元であるグナイゼナウ大神殿を、過激な異端連中が襲撃したと聞くが。


(もしかして、姫巫女って武力基準で選ばれるのか……)


 理解不能な神々の判断基準に、あっという間に底値を割るクローデルの信仰心。だが、それを表に出すことはしない。目の前の姫巫女サマは、オーク材の扉を粉砕できる化け物だ。下手に刺激して二度目の人生をバッドエンドで終わらせたくはない。


「分かっていただけたようで、嬉しいです」


 そんなクローデルの内心など露知らず、フィリーネはニコリと笑って十字架をしまう。


「それで、何でこんな辺境まで大神官区の姫巫女様が来たんだ?」


 すでに玄関先でのやり取りでおおよその用件は理解しているが、クローデルは改めて、フィリーネが訪れた理由を尋ねる。

 返ってきた答えは、玄関で言われた通りのことだった。


「私がここに来たのは、クローデル様が『勇者』に選ばれたことを伝えるためです」


『勇者』に選ばれた。

 そう聞いても、クローデルはそれほど驚かなかった。

『勇者』とは、神々からの『神託』の形で何らかの使命を託され、それを達成するために必要な『加護』を与えられた存在だ。まるでゲームかアニメのようだと感じるのは、おそらくこの世界ではクローデル一人だろう。

 だが、この世界における『勇者』は、前世日本における勇者像とはまるで異なる存在だった。

 この世界は多神教であり、その神々一柱一柱が勇者を選ぶ。つまり、神の数だけ勇者が居るのだ。

 しかも、最近は一柱で複数の勇者を持つ神も多い。結果、勇者のネームバリューは壮大な値崩れを起こしている。珍しいといえば珍しいが、その希少度は精々田舎の町長程度のものである。

 ゆえに、クローデルとしても『勇者』に選ばれたという点はそれほどおかしく思わなかった。運が悪かったと思うしかない。文字通り人知を超えたところで勇者になることは決定されているので、どうして、という疑問は完全に無意味である。

 それに、勇者になったと言っても、ゲームのように死の危険があるような戦いに身を投じる必要は必ずしもない。

 確かに勇者は、神々から『神託』の達成に必要な加護を得る事で、常人とは一線を画した能力を持っていることが多い。

 だが、全員が超常的な戦闘能力を持っているというわけではないのだ。

 勇者を選ぶ神々には、戦いくさの神から恋愛の神まで、様々なものが存在する。当然、降される神託や与えられる加護の内容も神々によって異なるのだ。最近クローデルが聞いた変わったものだと、美食の神ミッテに選ばれた某勇者(四十二歳男性)が降された『汝、エビを養殖すべし』という神託と『養殖中のエビの伝染病感染率が一パーセントを切る』加護が挙げられるだろう。最早ギャグである。

 無論、時には無茶振りにもほどがあるというレベルの神託と加護を得て、超人的な戦闘力を発揮する勇者もいるらしいが、それは極例外的な存在である。


「それで、一体どの神から、どんな神託が降りたんだ?」


 クローデルの予想では、最近勇者を量産して食材にこだわっている美食の神ミッテや、優れた狩人を好む月の神シンシアあたりが神託を降ろしたのだと思う。それ以外だと、神々の目に留まるような行いをした覚えがない。

 クローデルの質問に、フィリーネは表情を厳かなものに変え、神託の内容を口にする。


「クローデル様に与えられた神託は『魔王を打ち倒す』事です」

「寝言は寝て言え」


 そのあまりの内容に、クローデルの口から思わず本音が飛び出した。

『魔王』とは、その名の通り魔物を統べる王の事だ。

 通常の魔物を遥かに上回る力を持ち、ありとあらゆる魔物を支配する存在――『魔王』その被害は、人類の人口構成に大きな歪みをもたらすレベルのものになる。文字通り、天災を超える被害をもたらす化け物である。

 だが――

「魔王なんて、千年以上前に死んでるだろうが」

 ――最早、そんなものは存在しないのだ。

 千年以上前に出現し、甚大な被害を人類にもたらした魔王は、同じタイミングで現れた初代勇者の超人的な力で打ち倒されたのだ。そしてそれ以来、魔王と呼ばれるような存在は出現していない。


「なあ、その神託は本当なのか?」


 実現不可能な神託の内容を聞き、クローデルは神託の存在そのものを疑う。

 神託は、時に実現困難なものが降されることもある。だが、実現不可能なものだけは、決して降されないのだ。


「嘘ではありません!」


 クローデルの疑いを、フィリーネは顔を真っ赤にして否定する。


「神は確かに私に囁いたのです。勇者クローデルに、魔王を倒させよ、と」

「そ、そうか……」


 クローデルとしては「それ、妄想じゃないの?」と聞きたいところだ。だが、椅子を蹴倒して立ち上がったフィリーネの手の中で武骨なメイスが震えているのを見れば、どんな人間も賢者の沈黙を選ぶだろう。


「それに、私はクローデル様に与えられる『加護』も預けられています。間違いありません」

「『加護』を預ける?」


 フィリーネの言葉の意味が分からず、クローデルは首を傾げる。そういえば、神々からの加護とは、どのような形で勇者に授けられるのだろうか。

 分かっていない様子のクローデルに、フィリーネは加護の授け方を説明する。


「神々から勇者に与えられるのは『神託』と『加護』です。このうち神託は、それを受け取った姫巫女や大神官から、直接勇者に伝えられます。この伝達の役割を任されるということは、神に認められたということを意味するのです!」

「へー、そうなのか」


 自分が神に認められたのがよほど嬉しいのか、急に手を組んで祈りを捧げ始めたフィリーネを、クローデルは冷静にスルーする。とりあえず、神には一刻も早く姫巫女選定基準の見直しを求めたい。

 しばらく祈って満足したらしいフィリーネは、改めて説明を再開する。


「そして『加護』のほうですが、こちらは『聖剣』とセットになって、神託を聞いた者の手により勇者に渡されます」

「『聖剣』ね……」


 これはまたファンタジーな代物が出てきたな、と思いながら、クローデルはフィリーネの説明を聞く。

 その説明によれば、神々は地上に直接干渉する事が難しく、勇者に直接加護を授ける事が出来ないらしい。そこで、何らかの理由で神々と縁のある道具に加護を与え、それを姫巫女や大神官を介して勇者に渡すという形で加護を与えているらしい。


「便宜上『聖剣』と呼ばれていますが、これは実際に剣である必要はありません。錫杖や冠、変り所だと包丁や養殖網というものもありました」


 その養殖網は、間違いなくエビの勇者の聖剣だろう。

 聖剣に関する大まかな説明を終えたフィリーネは、自分の荷物の中から布に包まれた細長い何かを取り出し、そのままクローデルに渡す。


「これが、クローデル様の『聖剣』です」


 開けてください、と言われ、クローデルは縛っている紐をさっと解く。


「……剣、だな」


 出てきたのは、この辺りでは一般的なサイズの長剣だった。柄の部分には大きな宝石が幾つも埋め込まれ、滑り止めの黒い革と見事に調和している。それとは対照的に、鞘はシンプルな白木のもので、柄の装飾とどこかちぐはぐな印象を受けるが、美しい事は間違いない。

 鞘に収まった聖剣を眺めるクローデルに、フィリーネが説明を加える。


「この聖剣は、グナイゼナウ大神殿の宝物殿に保管されていた聖遺物の一つです。言い伝えでは、初代勇者が使用した剣の一つとされています」

「とんでもない代物だな……」


 もしフィリーネの言っていることが本当なら、今手にしているこの剣は重要文化財どころの代物ではない。それこそ、三種の神器にも匹敵するだろう。……まあ、本物ならの話だが。


「どうか、鞘の中も改めてください。鞘から抜けば、クローデル様にも自分が『勇者』に選ばれたことが理解できるはずです」

「……? どうして勇者だって分かるんだ?」

「聖剣は、対になる勇者が手にした時からその加護を発揮するからです」


 どうやら、生体認証のような仕組みがあるらしい。

 取りあえず、早く抜くように促されたクローデルが、聖剣を鞘から抜き放とうと柄を握った手に力を込めた瞬間――


「クローデルッ!」


 ――クローデルを呼ぶ叫び声と共に、玄関扉が吹き飛んだ。


「は……?」


 慌てて上体を捻り後ろを確認したクローデルは、突然すぎる事態にそのまま硬直する。

 玄関扉は、壊された鍵の代わりに閂を使って閉じていたのだが、樫の木でできた頑丈な閂は今、小枝のようにへし折られクローデルの足元に転がっている。玄関の扉そのものも、蝶番が破壊され、扉を開けっぱなしにしていたクローデルの寝室に勢いよく突っ込んでいった。直後に響いてきた破壊音は、クローデルのベッドが玄関扉の直撃で破壊された音だろうか。


「クローデル、大丈夫⁉」


 その時、呆然としていたクローデルの視界に、見慣れた人影が飛び込んできた。


「サ、サラ?」


 飛び込んできたのは、幼馴染の少女――サラだった。


「何があった⁉」


 だが、一体何があったのか、長い金髪を乱し、息を切らして家に入ってきたサラの服は至る所が破け、赤い染みが点々とついている。その手に槍が、背中には弓矢が準備され、鎧以外は狩に出る時と同じ完全装備の状態である。

 どう見ても尋常ではない様子のサラを見て、クローデルは思わず立ち上がる。もしかして、村が魔物か何かに襲撃されたのかと思ったのだ。それなら、急いで自分も戦わなければならない。

 しかし、焦りに焦った様子のサラが口にしたのは、予想外の言葉だった。


「今すぐその女から離れて!」


 そして、手にした槍の穂先を容赦なくフィリーネに向ける。


「サラ! 何をして……」


 サラの行動は、いくらなんでも初対面の女性に対する対応ではない。クローデルは急いで、それを止めさせようとする。

 だが、クローデルが全て言い切る前に、サラはさらなる爆弾を投下した。


「その女は『教団』のテロリストよ!」

「え……?」


 サラが口にした『教団』『テロリスト』そして目の前の少女の名前である『フィリーネ』

 その三つのキーワードをヒントに、クローデルの中で急速に思考が組み立てられていく。

『教団』とは『存在しない神』をあがめる異端者の集団だ。基本的に、今の神殿のことを正しい神を奉っていないという理由で敵視しており、神殿相手に頻繁にテロ事件を起こしている。

 そんな事件の中でも直近に起きたのが、グナイゼナウ大神殿への強襲騒ぎだ。

 そして、グナイゼナウ大神殿への強襲の指揮を執ったとされるのは――


「――まさか……!」


 証拠はない。だが、クローデルは確信していた。

 目の前にいる少女こそ、教団の大幹部にして、グナイゼナウ大神殿強襲事件の首謀者でもあるフィリーネ・クーガーだと。


(何でそんな大物が、こんなド辺境に来てるんだよ⁉)


 フィリーネ・クーガーと言えば、確定している罪だけで前科十三犯を誇る国際指名手配犯だ。それこそ、所在が知れたら周辺諸国の騎士団オーダーが大挙派遣されてくるレベルの大物である。間違っても、緩衝領の中でも辺境に位置するニアフォレスト村などに来るような存在ではない。


「チッ……!」


 クローデルの愕然とした様子から、自分の正体がばれた事を悟ったフィリーネは、小さく舌打ちして傍らに置かれたメイスを手にする。足止めが突破されてしまった以上、フィリーネ自身が時間を稼ぐ必要がある。


「こうなっては、やむを得ません」


 槍を構えたサラと、メイスを手にしたフィリーネが対峙するのを見て、間に挟まれたクローデルは表情を無くす。このまま戦いが始まれば、間に挟まれた自分が誰よりも悲惨な目に遭う事は疑いようが無い。


「ふ、二人とも落ち着いて……!」


 二人の激突を避けるために最大限の努力を図りつつ、少しでも身を守る武器を手にするために、クローデルは手にしたままだった聖剣をそろりと抜き放つ。

 鞘から抜き放たれ露わになった聖剣は、素材不明の漆黒の金属で造られた両刃の剣だった。表面には細かい溝が刻まれており、赤と金の象嵌が施されている。そのデザインはどう見ても、正統派の勇者が持つ武器のそれではない。


(どちらかといえば、聖剣と言うより魔王の武器って言われた方がしっくりくるな……)


 その時、剣の表面に刻まれた溝と、白木の鞘が光を放ち始めた。


「え……?」


 次の瞬間、階段から足を踏み外したような浮遊感と共に、クローデルの視線の位置が頭一つ分ほど下がった。

 体勢を崩しかけながらも、なんとか踏みとどまったクローデルは、一体何が起こったのかと足元を見る。


「……ッ⁉」


 そこにあったのは、全ての光を飲み込んでいく『闇』そのものだった。

『闇』は、床の上に黒い板のように広がり、クローデルの足をくるぶしあたりまで飲み込んでいる。

 そして、今この瞬間も、クローデルの体はゆっくりと深みに沈み続けている。


「何なんだよこれ⁉」

「クローデル⁉」


 その時、クローデルを襲う非常事態に気が付いたサラの注意が、一瞬だけフィリーネから逸れる。

 その一瞬だけで、フィリーネには十分だった。


「『聖域サンクチュアリ』」


 次の瞬間、フィリーネを中心に、六角柱の光の柱――神聖術式『聖域』が発動する。外部からの攻撃の全てを退ける、高位の神聖術式だ。

 そして、その光の柱の中には、クローデルも含まれていた。


「……ッ! やられた!」


 隙を突かれたサラは、聖域を破ろうと光の柱に槍を叩きつけるが、あっさりとはじき返される。


「これで、しばらく時間が稼げますね」


 サラの妨害を阻止したフィリーネは、狭い聖域の中で、ゆっくりとクローデルに向き直る。


「クローデル様、お待たせして申し訳ありません」

「そんなのはいいから早くしてくれ!」


 一息ついた様子のフィリーネに、クローデルは切羽詰まった叫びを上げる。もちろん、これは助けてくれと言う意味である。短い間に、闇はクローデルの膝上あたりまで飲み込んでしまっていた。助けを求める声が切羽詰まるのも当然だろう。


「もちろんです、私にお任せください」


 そして、穏やかに微笑んだフィリーネがクローデルの肩を叩いた瞬間――


「な……ッ!」


 ――闇が大きく広がり、クローデルを一気に首元まで飲み込んだ。


「俺は引っ張り出してくれって意味で言ったんだけど……⁉」


 助けてもらうどころか、逆にとどめを刺される形になり、クローデル悲鳴のような叫びを上げる。だが、フィリーネはそれを気にすることなく、床におかれた生首のような状態になっているクローデルの前に膝を突き、静かに祈りの姿勢を取る。


「安心して下さい、クローデル様」


 跪いたフィリーネは、真剣な表情で言葉を続ける。


「神はおっしゃいました『勇者は聖女と出会い、聖剣によって魔王の下に導かれる』と。道は険しいかもしれませんが、クローデル様なら、きっと魔王を倒せると信じております」


 いや、だから魔王なんて存在しないんですけど⁉ と、クローデルは叫ぼうとする。

 だが、それは少しだけ遅かった。

 クローデルが口を開いた瞬間、闇がさらに広がる。そして、とぷん、と、水に沈むような音を残して、クローデルの頭は闇の中に消えるのだった。

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