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殺人鬼異世界転生!?  作者: 多勢翔太
異世界ファンタジー
5/13

第4殺人『入団試験開催』

                 





『レグリス王国』


武器・防具生産が盛んで、多種族交流にも積極的で比較的治安の良い国。

国内には闘技場、温泉、モンスター育成所、ギルド協会総本部、大神殿、などと言った規模も大きく多種多様な施設が豊富で、各国からの人気も高い。故に大勢の観光客が毎日のようにレグリスへ足を運んでくる。


他国と比べても実力の高い戦闘ギルドが数多くレグリスに在籍し、その中でも特に注目を浴びるのは『蒼龍の霹靂』と『太陽の獅子』。この2つのギルドは世界でも大きな活躍を見せる《五天星》に数えられるほどであり、このギルドが今までのレグリスを守護してきたと言っても過言ではない。


ここまで技術、文化が発展しても尚、他国を制圧しようと考えないのはレグリスが平和を象徴とした国だからだろう。そしてこの国がこれほどまでに脅威とも言える力を多く所有していても、30年間平和を維持出来たのは、現在レグリスに君臨する世界権力者《エヴァンジェリン家》の力が大きい。

数百年の長く血塗られた歴史を持ち、国王の懐刀と呼ばれるほどの《エヴァンジェリン》のパイプが有ればこそ、他国との交渉、貿易等が難なくスムーズに運ぶというものだ。

その他にもーーーーーーーーー。

    

        

「ふぅ……」



とある朝、エヴァンジェリン家の来客室もとい、現在は自室。

青年は暇そうに本のページを手でなぞるように捲っていくと、ため息と共に読んでいた「レグリス王国」の本をゆっくりと閉じ、興味が無くなったように本を机の上に放り投げる。

窓から射す陽射しがちょっと眩しいと思うのは徹夜明けだからであろうか、椅子に腰掛けたまま、固くなった身体を軽くほぐし、ストレッチをする。  

        

「この国の事は大体わかったけど……」


青年は一気に溜め込んだ知識を整理するために目を閉じ、集中力を高める。

椅子の上で膝を抱え込みながら、机に置かれている本の背表紙を視線で撫でた。

この本にも書かれていた《冒険者》について思い出す。


『冒険者』


《冒険者》とは国の様々な問題事、依頼等を一気に引き受ける言わば何でも屋に近い職業。

国の治安を守り、軍事、施設の強化等を行う《王国騎士》と比べると、《冒険者》はやや荒くれ者のイメージが強い。

《冒険者》にも階級というものが存在し、下から《Lv1》《Lv2》《Lv3》《Lv4》《Lv5》まであるのだが、特例として現在確認されている全冒険者5万6000人の中で一人だけ《Lv6》の冒険者がいるとか。


まず目標として『冒険者』という本に記載されていた、この異世界でも特に活躍している彼らと一戦交えてみたい。

最弱種族『獣人族』の《英雄》ガーナー・ガルビー、類いまれなる努力と冒険者随一の戦闘センスで近接戦闘最強の名を知らしめた最強の獣人。存在する全ての物質を分解することが出来る《破壊王》ウォーズ・マリアン。全ての系統の魔法を巧みに扱う王国宮廷魔術師にして冒険者の《大賢者》サイモン・ストリヒィア。


冒険者になるにはギルド協会から冒険者登録をする必要がある。

そして《ギルド》とは、冒険者達が作るチームであり、ギルドを作るにはこれもまたギルド協会に申請が必要だ。



「……入団試験、今日だったなぁ」



青年は机の上に置かれている本を再び手に持ち、その本を人差し指に乗せて器用にバランスを保つ。

右へ左へ揺れる本を目で追いながら、数日前に彼らと交わした約束をふと思い出す。


ーーーーー怪物から助けた少女の父親。

由緒ある貴族の当主でありながら、この国屈指の大ギルドを率いる『獅子』との約束。

彼に娘を助けた礼としてギルドへの入団権利を持ちかけた結果、少しばかり大がかりな催しものになってしまった。

後々にくる憂鬱がずしりと背中にのしかかるようで、心底不快だ。



「…はぁ、めんどいなー」


自分で申し出た試験とはいえ、やはり憂鬱な気分になってしまう。

ーーーーどうせ入団は確定なんだし。

彼は圧倒的、決定的な勝算を誇っていた。

自分が負けるはずない。失敗など不可能。だがこれは"自信"なんて不確かな感情論ではなかった。彼が持っているのは"絶対的な決まり"………つまりは決定事項だ。


                     

「あーめんどいなー」


再び堕落の合い言葉を呟く青年。

頬杖を突きながらジト目で窓の外を眺め、街中を元気に駆け回る子供達を見て思わずほくそ笑む。


「というか、冒険者登録するとき……住所、適当に入力しちゃったなぁ~。嘘だってバレたら怒られるかな~。まぁ、それはそれで面白そうだけどね♪」


ギルド協会窓口。先日赴いた時には、受付担当者から差し出された紙に住所に氏名、出身地、元職業、所属ギルド、特技、好きな食べ物など、なんだかどうでもいい情報まで記入すること強要された。

まあ、それが普通なのだが。

職業は……まぁ無職ですが、商人という設定にしておきました。

年齢は普通に本当のことを。特技は色々。出身地は……さすがにレグリスだとバレそうなので、隣の窓口で紺色の長髪ナルシストくんが呟いていたマルグネヒィアという国を登録しといた。


この世界で住所偽装がどれほどの罪に問われるかはわからないが、少なくともただでは済まされないだろう。何年か牢屋に入らなければいけないのだろうか。せめて裁判とかはやりたい。あと拷問なども少し興味がある。



ーーーーー扉の奥から迫ってくる小さな足音、犯人など考えるまでもなく、彼女だ。


「ミズキ~?」

                 

扉を叩くと、愛らしい声が部屋の外から聞こえてきた。

彼女に呼ばれ、青年は軽く返事をすると扉が少しずつ開いていき、ふわっと覗かせる小さな顔。

顔だけを出すその仕草は、さながら小動物のようだが、彼女の鈴の音のような声もとても好ましい。

ーーーーーーあぁ、解体したい。殺したい。 

          

「あと20分で入団試験だけど……大丈夫?」


彼女の指差す方向には、丸い円盤のような置物が壁に立て掛けてある。

それは人間界でも見かけた物で、青年も日常生活ではごく当然に使っていた物だ。


丸い円の端々には12種類の数字が刻まれ、長い針と短い針が右向きに回っていく。


驚いたことにこの世界では時間という概念、『時計』というものが存在しているらしい。

人間界の物がこの世界にもあるという事実に青年は嬉しそうに微笑んでいた。



少女は優しいことに、一向に部屋から出てこない青年を心配してか、声をかけに来てくれたらしい。

ーーーーーーあぁ、解体したい。


「どうしたのミズキ?」


そういうと、少女は机に手を置き、身を乗り出しながら顔を覗きこむ。横から突き出される豊満な果実が頬に当たっているのを気づかず、アリスはどんどん迫り寄ってくる。

ーーーーあぁ、柔らかい。白くてスベスベしている。殺したい。


「内臓くれ」

「何て!?」


アホの分際で素早いツッコミをする高度な技術。

青年はよく出来たと、アホなアリスの頭を撫で、誉める。


 

「って……こんなことしてる場合じゃないよ!!もう時間だよ!急がないと遅れちゃう!」

「うぴゅ~」


軽い雑談のつもりだったのだが、楽しい時間は刻一刻と過ぎていく。

時間が迫り、焦ったアリスは青年の腕を掴み引っ張りながら部屋から出ていった。




◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇




だだっ広い敷地にローマ帝国のコロッセオを思わせる風貌。

見ただけでも、この建築物には莫大な金が積まれていることがわかる。


「このカス女ぁぁぁーーーーー!!」


その闘技場の中央に広がる戦いの舞台。

その中心から外れた観客席。腕を組み席にふんぞり返りながら隣にいる少女に怒鳴り声を上げる男の顔は、とても不機嫌そうだ。


「うぉぉぉぉぉぉぉおおーーーーーーッッッ!!」


この広い敷地だというのに、観衆の声がやけに響く。

人より耳が少しだけ良い青年にとって、これはちょっと苦痛だ。



ーーー場所はレグリス王国闘技場。

この闘技場は大金を払えば誰にでも貸し出すレンタル制の施設。

そして聞こえてくる観客の声援。観客は恐らく全員『太陽の獅子』のギルドメンバーだろう。あとは噂を聞き付けてやって来た野次馬か。



「おせぇぇえよぉおーーーーーーーー!!」



来ていきなり怒号を浴びせてくる鬼のような形相のマルコ。

特徴的な彼のカラーマークとも言える真っ赤な赤髪を逆立たせ狂犬の如くアリスに吠える。

アリスも対抗するような表情でマルコを睨み返すがその睨んだ顔がまた可愛らしい。



「オイコラテメェら時間見ろぉ!集合時間から12秒遅れてんじゃねぇか!!こちとら1時間も前から待ってんだぞざっけんなコラ!!」



マルコは青年と少女の12秒の遅刻を怒っているらしい。

見た目は不良そのものなのに、ピカピカの腕時計を右手に着けているのが妙に腹立たしく感じるのは自分だけだろうかと、青年は少し苛立ちを覚える。


「待ち合わせには10分いや1時間前から来いよ!」

「たかが12秒でしょ!そんなに怒んないでよ!あと1時間も前から待ってるのはマルコがおかしい!」


アリスはマルコに怒鳴り返す。


「いぃぃぃやぁぁぁあ!」

「1秒だろうが、0秒だろーが!!遅れるこたぁぁぁあ俺が許さねぇえ!」

「0秒なら遅れてないじゃん!」

「うるせぇぇえーーーーーーーーーーーーーー!」

「うるさいのはそっちでしょーーーーーーーー!」

「あははは、うるちゃーい♪」


仲が良いのは大変よろしいことなのだが、彼らに音量という概念は果たしてあるのだろうか?

先ほどからお構い無しに大声をあげている。そろそろ青年の鼓膜も限界に来ているので、もう止めてほしい。

青年は舞台から遠く離れた観覧席にいる二人を眺め、呆れたぎみにため息を吐く。







時を同じくして、闘技場の特別観覧席。

ガラス越しに見える闘技場のフィールドを見下ろし、吐息する白髪の男性。


「まったく……彼らのあの煩さはどうにかなりませんかね。神聖な『太陽の獅子』の入団試験をなんだと……」


気品のある風貌の男は、『太陽の獅子』のNo.2。

副団長 アレックス・アニー。


由緒ある入団試験。ギルドの副団長として、これからの時代を担う次世代の活躍を直で見ておくために、仕事を休みこうして足を運んだのだが緊張感のない騒がしい現状に、頭を抱える。


「マルコのあの見た目に反して細か過ぎる神経質な体質は何とかなりませんかね」

「ふむ………だが神経質だからこそ、マルコはあの技ができる……」



同じく、闘技場の特等席で見物する男、ディヴィット・エヴァンジェリン。迫力のある風貌に、厳格と威厳を感じさせられる者も多いことだろう。彼の凍りつくような眼差しは観客のほうに向けられ、その視線を解釈した副団長は持っていた分厚い本を開き、短い詠唱を唱える。



『これより、『太陽の獅子』(サンシャインウルフ)、アケチミズキの入団試験を開始する!』


その声に反響されるように観客の歓声も跳ね上がった。

津波の大歓声に、青年は若干苦い顔をするが、ちゃんと耐えた。


「冒険者志望の屈強な若者達と、急遽試験に参加が決まったアケチミズキを含めたバトルロワイヤルを行う。ルールは基本、相手を気絶、または降参させた場合を勝利とする。降参の場合は先ほど渡された白旗をあげること!」

「シロハタ?」

渡された覚えなどない。というか、この闘技場に入る途中、受付っぽい

ところで声を掛けてきたお姉さんがいたが、ナンパだと思って無視してしまった。


「あぁ、キミ。この旗貰ってないだろ?ホラ」


なんか鎧を着たおじさんが近づいて来て、白い旗を渡してきた。

だが青年はその差し出された手の上に乗る旗を取らず、丁重に返した。


「いらないよ、だって降参なんて………ツマンナイじゃん♥」


突如、青年から発せられる声が一気に低くなった。

その突き刺すような鋭い声に、鎧を着た男は怯えるように声をひきつらせる。

そしてそのまま逃げていった。




「ではこれより!『太陽の獅子』入団試験を開始する!」


なにやら審判ような人が、フィールドの中心で腕を上げる。

そして左右を見渡し、特別観覧席で見下ろす副団長とアイコンタクトを取り試合開始の合図として、腕を勢いよく降り下ろす。



「!!」


アリスは席から立ち上がり、予測外の光景を目の当たりにする。

観客たちも目を見開き、いま何が起こっているのかを

状況整理をしようとしている。


「いくぞ!お前らッ!」

「「「おぉぉぉーーーーーッッ!!!」」」


開始直後、参加冒険者29名全員が、彼ーーーーーーアケチミズキがいる方向に一斉に向かって走り出していった。


「え、え、え!なな……なんで!?」


アリスは思考停止するように、力尽きたように席に座り落ちるがマルコは鼻で笑い、ふんぞり返った体勢のまま、不適な笑みを浮かべ「やっぱりな」と、そう静かに呟く。彼の知った風な言動を聞き逃さなかったアリスは、マルコに問いただす。


「ど……どうなってるの!?なんでみんなミズキだけを……」

「普通に考えてみれば、これが当たり前だろ」



「この試験参加者の冒険者は、必死に何年も努力して、この試験の参加資格を手にいれた。だけどアイツは……団長の娘であるお前を助けたって理由なだけで、あっさり入団資格を得た。端から見ればふざけんな。つまり一言で言い表せば………【嫉妬の的】だ。」

「!!!」

「ま、参加者全員で組んで、ムカつくやつ叩きのめすなんて姑息なマネする奴等がこのギルドでやってけるかは見物だけどなぁ」


マルコの口から次々と出てくる事実。彼から発せられる言葉の数々にアリスは絶句し、胸の奥から込み上げてくる焦燥感と罪悪感が心を蝕む感覚に侵される。


「ミズキ……」


彼が今現在陥っている状況を作り上げたのは紛れもなく自分だ。

彼が自分を助けなければ、彼が自分と出会わなければ。そう考えてしまう自分がいる。少女が青年の名を口にするのはその苦しみから来ているのだろう。



青年に飛びかかる冒険者たち。彼らは多種多様の武器を用いて青年の身体に傷を刻もうと存分に振るう。だが青年は冒険者たちの安っぽい攻撃など軽々と避け続け、容易に回避する。少しの間、青年はナイフを使って次々と向けられる攻撃を受け流していくがそんな彼にもミスというものがある。一瞬の油断だ。

一瞬の油断が彼に牙を向いた。1人の冒険者が弓矢から放った一本の一閃が青年の頬を通り過ぎた。


「ーーーーーーーーー」


頬の肉をかすり、少量の血が皮膚から噴き出る。

そしてその血液が地面に零れ落ち、土に浸透するように染み込んでいく。

その光景を見ていた青年は高鳴る心臓の鼓動を感じていた。

青年は自身の股間が燃えるように熱くなり、硬直する感覚に浸った。

そして痙攣する筋肉、今にも沸騰しそうな血液。細胞という細胞が活性化し、身体に張り巡らされている全神経が研ぎ澄まされていく。


「あぁもうーーーーーーーーーー興奮しちゃうなぁ♥」

「!!」


彼の不気味な笑みに気圧されるように身を一歩引く冒険者たち。

だが彼らがどんなに回避をしようと、もう時既に遅し。

青年。殺人鬼の魔の手はすぐそばにまで伸ばされていた。



「ッッーーーーー!?」


ーーーーーーーー冒険者たちの視界が反転する。

気がつけば宙を舞っており、一瞬で地面に転倒する。

何が起こったのかわからずに、気を失ってしまう。


「ーーーーーーーーーは?」


会場の観客、副団長、マルコ、アリスは声を揃えて府抜けた声を漏らした。

今起こったことに理解が追いつかず、開いた口が塞がらない。

今彼らが目にしているのは、先ほどまで青年を一網打尽にしようと目論んでいた参加者たち全員が、一瞬で地面を跳ね、地べたに倒れている様子だ。一瞬、青年が身体を捻り、自身を回転させたと思いきや、そのあとには参加者たちは倒れていた。そして青年も得意気な顔でこちらを見ている。


「ねぇ、これで僕の勝ちかなぁ?」

「え…あ…あぁ、1…6…10…20……全ての参加者が気絶している……ので…」


審判は倒れている人数を数え終わると、飄々と立ち尽くす青年以外全員が地に伏せていることがわかった。この試験はもともと、戦って残った6人で第2試験へと進む仕組みになっていたのだが、青年が一瞬にして冒険者達を薙ぎ倒してしまった。故に、第2試験への出場できる者は、アケチミズキ一人となってしまった。


そのため、運営は第2試験の予定を大幅に変更するべく、てんやわんや。

審判も戸惑いながら、青年の第1試験の結果を発表する。


「アケチミズキ、第1試験……合格!!」

「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおッッッ!!!」」」


彼の試験合格に沸き上がる歓声。前々から良くはなかったアケチミズキの印象もがらりと変わったようで、数日前に彼の陰口を叩いていた奴らも揃って拍手をしている。変わり身が早いのが妙に腹立たしい。


「あのアケチミズキって……最初気に食わなかったけど、今の戦いスゲェな!」

「あぁ!最初は負けたなって思ったけど、参加者たちの攻撃にも焦らず冷静に対処したのはポイント高いよな!……でも最後のはどうやったんだ?」

「回って…腹とかに強烈な一撃食らわせたとか?」

「24人いんだぞ?そんな重い攻撃してたら流石に見えんじゃね?」

「ズルしたとか?」

「あれで無名とか謎過ぎんだろ……」


様々な反響が後ろで飛び交い、青年の評判が急上昇していくのを実感するアリス。彼の魅力が理解される……それは彼女にとっても嬉しいことで同時に危ういと感じることもあった。


「~~~~~~~~!!」


ムカムカと隣で歯ぎしりを立て、貧乏揺すりをしている男…………

マルコ・バンビーナである。特徴的な赤い髪を逆立て、目付きの

悪い目で下の会場にいる青年を凝視している。


「………何をしやがった…アイツ」


ボソッと呟くその言葉に嫌な予感を感じるアリス。

彼女の視線にも気づかないかのように立ち上がり、観覧席から離れていくマルコ。彼の背中からは熱い嫉妬と闘争心が微かに漂っていたことは少女はあえて口には出さなかった。




◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇    ◇



間もなくして、アケチミズキの第2試験は始まった。

綺麗に掃除され、先ほどまで大量に転がっていた参加者たちの姿はもうこの場にはなかった。第1試験からまだ1時間ほどしか立っていないのにあれほどの量を運ぶなんて、異世界住人の仕事ぶりも嘗めたもんじゃない。

そんなこのを考えているうちに、試験場の中心、青年の目の前に試験担当冒険者が準備を始めていた。


一人は杖を持った女性。肩からは黒いローブを羽織っており、『人間界』の魔法使いのイメージ像にピッタリだ。彼女も魔法を使えるのだとしたら青年の力がどれだけ通用するのか試してみたい。



2人目は重そうな鎧と盾で身を守っている大男。右には大きな剣が置かれており、それら全てを扱うには、相当の力を持つ必要がある。だが当の本人は、気弱そうな顔で、気迫というものが感じられない。


そして3人目……先ほどから青年を睨み付けてくる赤髪の男。

ポケットに手を入れ、どう見てもガン飛ばしをしてくる彼の顔がなんだか面白い。異世界でも不良というのは存在するのだな、と青年は少し親近感を感じた。



「おいコラ……クソもやし。……テメェ何をしやがった?」

「ん~?」


突然意味のわからない言葉を投げかけてくるマルコに、青年は首を傾ける。そのあからさまな仕草が感に触ったのか、マルコの眉間にシワが寄る。


「テメェ……さっきの試験、何かインチキしたんだろ?」

「!?」


マルコの問題のある言動に同じ試験担当の冒険者が目を見開く。

周囲からの視線を集める青年は、マルコのでたらめな発言がおかしくて、腹を抱えながら笑いを堪えている。


「ふふっ……やっぱこの世界は面白いなぁ~」

「………あ?」


瞳に涙を浮かべ、その雫を人差し指で軽くすくいとる青年の動作に苛つきを覚えるマルコの顔は、とても恐ろしいものだった。彼の青年に対する嫉妬は、どこから来ているのか……それは本人にも詳しくはわかっていない。



「これより、第2試験を始める!3対1の参加者側が不利な状況で行う!だが試験担当の冒険者は本気で戦うのを禁止する。彼の様々な戦い方を見極めるため、三人共バラバラのタイプの冒険者を用意した。防御が得意なアデリーナ、遠距離攻撃を得意とするビビアナ、接近戦闘のマルコ。この3名一人一人にどう対応するのかを審査するのがこの試験の目的とする。もちろん、参加者は勝つ必要はない。これは見極めるためだ。故に勝利を強いるようなしない。思う存分に、その力を振るってくれ!!」


またも副団長の声に反響するように観客の歓声が跳ね上がった。

気色の悪いほどに盛り上がり過ぎた彼らのテンションについていけず青年は大きなあくびを呑気にしている。緊張感のない様子に試験担当の冒険者は不安な表情をするが、マルコは舌打ちをしながら睨み付けてくる。



副団長の腕が振り上げられ、またも何かを喋っているが、青年はもう

飽々としていた。学校の校長先生のような長話に耐えられるほど、青年は

大人びてはいない。そしてしばらくして、副団長の演説染みた長話は終わり

を告げ、挙げていた腕は勢いよく降り下ろされ、始めりの合言葉が鳴らされる。

ーーーーーーーーーーーー試験始め!!



「オラァ!!」


マルコは地面を強く蹴りだし、青年の方向に向かって走り出す。

青年はニコニコと余裕の笑みを浮かべながら片手を前に突き出し指をクイッと上げ、挑発する仕草をする。


「死ねぇぇえ!!」

「え、死ね!?」


なんか聞いちゃいけないことを口走ったような気もするが予想通り挑発に上手いこと乗り、マルコは腰に刺してある小刀を勢いよく抜き取り、青年の後頭部目掛けて降り下ろした。

素早い先制攻撃に対応するように、その一閃を青年は持っていた小さなナイフで受け止める。


「♪」

「んなっ!?」

「マルコ!先走らないで!」

「マルコくん!避けて!」


先走り、連携の手順を放棄したマルコに怒鳴りつけるビビアナ。

それに苛つくように小さな返事を返し、不機嫌そうに後方に退ける。

そうすると、アデリーナと呼ばれていた鎧を着た巨漢の大男が盾で身を守りながら前に前進し、持っていた大剣を降り下ろす。


「にゃっ!」


馬鹿にしたようなかけ声と共に、揚々とした態度で攻撃を回避する青年に身体の大きな冒険者は焦ったように攻撃のリズムを速める。

だがいくら攻撃を速くしても、動きの一つ一つは至って単調。

アケチミズキの反射神経は獣なみ、いやそれ以上だ。そんな彼の目には目の前の冒険者の動きなど止まって見えた。回避を続けながらため息をつき、青年は一歩余計に身を引き、右足を前に突き出す。そして鎧の男を軽く蹴り飛ばし、最後に鎧の中心に踵落とし。


「がぁっーーーーーー!!」


鎧のめり込む音が耳を貫通する。

青年は鎧を蹴り、軽く跳躍すると、一回転して地面に着地する。

マルコたちは気絶したアデリーナの鎧を恐る恐る見下ろすと、彼の自慢の鎧には青年の足跡が深々と刻まれていた。


「彼の靴……革製よね?」


どう見ても、青年の靴は至って普通の革靴。

鉄や何か強化魔法でも仕掛けられていない限り、普通は踵落としで鎧を凹ませるなどありえない。どんな脚力があろうと、踵の骨が砕けることは確実だ。だが目の前の青年のの顔には歪みの一つもない。それどころか余裕の笑みを浮かべ、楽しそうにナイフを回す。


「彼……ちょっと異常じゃない?」

「あぁ、どっかに種があるはずだ……」

「?」


先ほどからマルコの言動には疑問がちらつく。

だが考えれる暇もなく、青年の蹴りは繰り出される。


「ッッ!」


間一髪、杖で蹴りを受け止めるも、ずしりとのし掛かる衝撃にビビアナは体勢を崩し、小さな悲鳴と共に勢いよく地面に転がり落ちる。


「す……スゲェ!」


観衆は再び騒ぎ始める。

経験豊富な冒険者たちが、圧倒的に打ちのめされる光景。

そんな予期せぬ事態に釘付けになり、固く握られた拳には汗が溜まっていた。

特別席で観戦している団長たちも、未だかつてない試験から、目を離すことなど出来なかった。


「……てめぇ……!」


マルコは一旦距離を取り、目を剥きながらアケチミズキの武器を直視する。

そしてその武器を見た瞬間マルコは顔を赤くし、抑えられない怒りを爆発させる。



「て…てめぇ!ナメてんのかっ!?なんだその果物ナイフは!?」

「え?」


観客全員が、彼の手元に握られているものに視線を集める。

観覧席から見ても遠いため、はっきりはわからない。

だが彼の持っている刃物が、異様に小さいことだけはわかった。


その瞬間、観客全員が腑抜けた声を発した。



「は………?果物ナイフって…」

「そんなので斬れるわけねぇだろ……」


観客………冒険者達のアケチミズキへの罵声、批判の声が次々と闘技場中で飛び交う。

マルコの逆鱗の末、漏れだした言葉にアリスは困惑した。


「………果物ナイフ?」


そんなのじゃ斬れない………何を言ってるのだろう?

アリスはマルコが叫んだ言動を思い出すが、納得など微塵も出来なかった。

アリスは見た。彼の勇姿を。彼の偉業を。彼の美しさを。


たった一人でオークの群れに立ち向かい、傷一つ負わず全滅させた異常とも言える圧倒的実力。その彼が行った戦闘に、あのナイフは欠かせないものだった。あの小さなナイフでオークの腕、首、身体を細かく、尋常じゃない速度で切り刻んだ。


故に彼の武器がただの果物ナイフなど到底信じられない。

果物ナイフで魔獣の肉体を刻むなど………、


「がぁぁぁーーーーーーーッッ!!」


マルコの声に驚き、アリスはフィールドに視線を戻す。


「何でそのナイフで止められるんだよ!」


さっきからマルコの剣の猛打を青年はあの小さなナイフで受け流す。

青年の余裕の笑みが、マルコの気を荒立てる。

右、左、左、右、左、左、右、とどこから剣を降り下ろしてもマルコの剣が青年の肌に傷を付つけることはない。


「ありえねぇだろッ!?そんなオモチャでこの剣を止めるなんて!」


必死な顔で剣を振り続けるマルコの奇声を楽しむように、青年はクスクスと笑いながら空いた左手でもう一つのナイフを懐から取りだした。右のナイフは剣を受け流し、左のナイフでマルコの身体を徐々に傷つけていく。


「なんでッッ!」


傷口から漏れだし、空気中に散乱する鮮血の粒。

気づけば青年は、その空中に散らばっている血の粒をナイフで斬りながらマルコの相手をする遊びを始めていた。


「なんっで!!」


マルコ・バンビーナは気づけば傷だらけだった。

彼がマルコに切りつけるナイフは、身体を傷つけるだけでななくマルコのプライドをズタボロに切り刻んでいった。


「クソがぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーッッッ!」

「うるさいよ♪」


次の瞬間、マルコは剣を落とした。

剣の落ちた音が闘技場に響き渡り、観客が静まり返る。

マルコは膝を地面に着け、屈服するような体勢をとってしまうが自分の脳ではまだ状況が整理出来ていない。


なぜ自分が剣を落としたのか解らなかった。



「て……てめえ!何しやがっーーーーー」



ーーーーボギッッ。



そんな音がマルコの腕から聞こえた……なんとも嫌な音だ。

まるで何かが折れたーーーーー。


「ーーーーーーーあぁあぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁ痛ぇぇぇぇぇぇぇっっ!」



折れていた。マルコの腕は惨たらしく曲がり左腕は青く変色した状態……見るに堪えない姿に変貌を遂げていた。


「このクソ野郎がぁ!どこいきやがった!?」


マルコの目はすぐに青年の姿を追った。だが姿が見えない、気配すら感じ無い。

闘技場を見渡しても姿が見当たらない。


「ここだよ♪」


後ろから聞こえた憎たらしい声……間違いない。

そう確信した途端、マルコは後ろを振り返り、彼の名を叫ぶ。


「アケチ・ミズキィィィィイ!!」


いない。青年の姿はどこにもない。


「は……?」


居るべき人間がいない、その意味のわからない状況に、マルコは混乱する。

困惑の渦に巻き込まれたように脱け出せない檻の中、そんな自分の姿が脳裏に浮かぶ。自分が弄ばれているような感覚。



「気付かないの?」



右に振り向くと、誰もいない。唯一見えるのは観客……それだけだ。


「何だよっっ!何なんだよ!」


マルコは辺り構わず怒鳴り散らす。

地団駄を踏み、怒号を叫ぶ。彼の怒りがそのまま表されるように行動で示すマルコに、姿の見えない青年は静かに笑った。


「これって…たしか………」


アリスはこの光景に見覚えがあった。

忘れもしない。殺人鬼・明智水樹と出会ったあの日、オークの群れに襲われたあの日……突如消えた青年の姿を。アリスにはこの光景が二度目だった。


「どごだよ……どこにいんだよ!」

「ずっとここにいるよ♪」



あの青年の声がまたしても聞こえた。まるで人を嘲笑い、見下し、弄ぶかの様にその笑い声はマルコの心を揺さぶった。周囲を見渡しても、隠れる障害物など一つもない。闘技場は真っ平らな地面だ。



「そろそろ飽きたな~♪」



今まで見えなかった青年は姿を現し、次の瞬間、くるくる回る吹き飛ぶ何かを見た。

それは、さっきまで青く変色していたーーーーーーーーーーマルコの腕だった。


「あぁぁぁーーーーーーっっ!!」


ーーーーーーー熱い!熱い!熱い!熱い!熱い!熱い!熱い!熱い!

肉と肉が千切れ、細胞と細胞が切り離される。露になった切断面からは赤黒い血管が垂れ、生臭い血液が水しぶきのように噴き出す。

マルコは痛みに堪えられず、膝をつき、屈服するような体勢で喘ぎ声を漏らす。

そして遅れてやってくるマルコの苦痛の叫びは、闘技場中に響くほど大きく激しいものだった。

彼の醜態を目の当たりにした観客は騒ぐこともせず、ただ静かにその光景を眺めていた。

そして、ようやく状況を理解し言葉を発する者もいた。

 


「おいおい……急に現れたぞ」

「ありえねぇ……!」



観客の反応は薄い。いや、あまりに衝撃的過ぎて、どう言葉で表せば、どう反応したらいいのかがわからず困惑しているのだろう。そんな府抜けた冒険者たちに呆れる青年は、血塗れのナイフをブンブンと振り回し、勢いの力でナイフに付着したマルコの血を地面に飛ばす。


「あれれれれれ?弱いよ弱いよ♪冒険者ってこんなに弱いん?」


ケラケラと嘲笑い、負け犬と化したマルコを見下す。

青年はまだ血塗れのナイフを上にゆっくり掲げる。


「あいつまさか……」


試験の勝利条件は相手を戦闘不能にすること。

彼、マルコのあの状態を見るにあれは戦闘不能と呼ぶに値する。

故に青年がこれ以上手を下す理由はない。

だが、彼は握っているナイフを仕舞うことなく振り上げている。

嫌な予感しかしない青年の動作に、団長と副団長、アリスや観客は最悪の想像をしてしまう。




「アケチミズキ!!勝負は決した!もうこれ以上の戦闘はーーーー」




副団長の声も届かず、青年は振り上げていたナイフを勢いよく降り下ろしマルコの脳天にナイフを重ねたーーーーーーーが。マルコの頭の上ギリギリでナイフを止めた。


「ジョーダンだよ~♪」


青年は座りながら気絶しているマルコの肩を軽く叩き嘲笑う。

やはり気絶している人間に皮肉を言っても全然反応しない。

青年は残念そうにナイフに付いた血を白い布で拭き取り、懐に仕舞う。

観客の血の気が引いた顔が揃って並んでいる。

その中には、見慣れた少女の顔もあったが、その少女は怯えているというより、どこか少し悲しそうな表情で、青年のことを見つめていた。




「………団長、彼はなんなんですか?」


舞台は闘技場、特等席……そこでは団長と副団長が白熱していた入団試験を観戦していた。

先ほどまで白熱していた試験。だが彼の圧倒的な格闘技術の前ではそんな闘いもあっという間に終わる。『太陽の獅子』の副団長は彼の力に気圧されるが、団長の表情は変わらない。


「アケチミズキ。情報収集に長けた団員に調べさせましたが……出身国、経歴、生い立ち、素性が知れない。おかしなことに、彼の情報が全く見つからない。」


副団長は以前から、突如自分たちの前に現れた謎の多い青年に不信感を抱いていた。ふざけた態度に予想出来ない言動と行動。物珍しい黒髪に感じたことのない不思議な雰囲気。副団長は事前に嫌な予感を察知し、彼……アケチミズキについて団員に調べさせておいた。ギルド協会に申請した個人情報も様々な手を使い調べたが、どうにも嘘臭い。彼が信用に足る人物なのか、副団長の心には靄が掛かっていた。



「人間…生きている以上は、何かしらの情報があります。ですが彼からは異常なまでに情報源が全くない。まるでこの世界には存在しないかのような……」

「……………」

「彼をこのまま入団させるのは危険です。せめてもう少し時間を……」

「アレックス」


凍てつくような声が副団長の言葉を止めた。

彼の重い声が副団長の全身の自由を奪うような感覚。


「………団長、貴方は何故………あの日、団員たちを召集させたのですか?」

「………どういう意味だ?」



「アケチ・ミズキが目を覚ます前、貴方は団員たちを集めた。それがわからないんです。彼を団員たちに見せた理由が」


その言葉に『獅子王』は眉をピクリと動かし、覇気のある威圧感を纏いながら睨み付けた。まるで"百獣の王"に見つめられてるかの様な緊張感、圧迫感。これに耐えられるのは、世界中探しても何人いるかわからない………。


「………彼に褒美を与えるために呼び出したのなら……別室に招けべばいい。なのに貴方はわざわざ屋敷から離れているギルドのホームに彼を呼び出した。任務中の団員も召集させて。……あなたは何を考えているのですか?」

「……………」

「団員たちに彼を見せたのは何故ですか?彼の言動でこの状況を招いたのもまさか……また『あの人』の思惑ですか?」


その言葉に反応するように、またも眉をピクリと動かす団長。

その仕草に勘づいた副団長は吐息を洩らし、眼鏡の位置を正す。


「…………」


その瞬間、副団長は立ち上がり再び分厚い本を開き、呪文を唱える。

声が闘技場全体に伝わっているのを確認すると、副団長は試験の終わりを告げた。


試験の終わりを合図に、歓声は跳ね上がった。

だが、青年の満足気な笑みとマルコの酷い有り様と相まって、アリスの表情は曇っていた。



◆     ◆     ◆     ◆     ◆      ◆



華麗なる食卓。美しい彩飾が描かれた食器に盛り付けられる豪華な料理。

高そうな香辛料の香りに、広々とした室内。無数に置かれている席の上にはただ者ではない面子が顔を並べていた。が、その中に一人だけ見慣れた顔があった。


「ミズキ!入団おめでとーう!」

「あはは、ありがとー♪」


元気な声が隣の席から聞こえてくるのは、何とも騒がしいものだ。

だが、その相手が美少女だと悪くないと感じてしまうのは男の性なのだろう。

それに彼女の元気な声が、青年はなんだか嫌いにはなれない。

なんとも不思議だな、と物思いにふける青年を、さきほどから睨み付ける男がいた。


「えー、今宵の入団試験……アケチミズキのあの白熱した試合により我々の士気も益々上がり……」

「あ、すいませーん。僕グリーンピース苦手なんで、もしあったら入れないでねー」

「!!」


副団長の言葉を跨ぐように声を重ねてくる青年に、その場の全員が驚愕を受ける。

開会式の挨拶を遮られた副団長は怨めしそうに青年を睨み付けた。

誰のためにこの催しを開いたと思ってるんだ、と呟いてはいるが嫌いなものについて話している青年にその声は届くことはない。だが、めげずに開会式の挨拶を再演させるべく、次は大きめな声で……。


「えー、我々にもう一人の仲間が!加わるということは!今後の……」

「え?グリーンピース?なんですかそれは?」

「…………緑の粒?」

「やだなにそれ恐い」


呼び出されたコックにグリーンピースについて説明するのに夢中で、やはり副団長の声は虚しくも彼には届かない。副団長が密かに涙を堪えているのを知っているのは団長だけだ。


ーーーーーーー場所は食堂、エヴァンジェリン家の食卓である。

豪華な料理が光輝き、背後、いや部屋全体に使用人であるメイド達が控えている。

少しばかりこそばゆく、鬱陶しい気もするが、この料理は青年の入団を祝ってわざわざ作ってくれて、こんな催しを開いてくれた。


少しぐらいは、我慢してもいいかもしれない。

しかし、周りがキラキラと光っているのがやはり苦手。それに椅子に座っている面々も只者ではないことがわかる。


「あれ……これ……僕場違いじゃね?」

 

こんな空間にさっきまで殺し合いをしていた人間が……まぁ正しくは殺し合い、ではないけど、血生臭い男がこのようなもてなしを受けるなんて多少の場違い感がある。


「場違いなんかじゃないよ!私たちは今後、同じ家で暮らす仲なんだから!いわば家族!ということは……私がお姉ちゃんかなぁ?えへへへ……」

「はは、面白い冗談だ」



いつもの日課をこなす僕らを見て、後ろに待機するメイドたちが笑いを堪えられず吹き出す。


「ふふふ……仲がいいのですね」


カトリナは笑いを抑えようとするが、どうにも声が不自然だ。


「え…そう?えへへ。まぁ……たしかに私はミズキのお姉ちゃんとして…」

「あははは、面白い冗談だ」


そのやり取りを見て食堂は笑いに包まれた。

いつも恐ろしい顔付きの『獅子王』も若干、笑みが溢れる。


「今日は試験で疲れたろう……これは私からのささやかなもてなしだ」


周りにはこのパーティーに出席を許された者達が顔を揃えるが、やはり只者ではないようだ。

纏っている雰囲気が他の冒険者と明らかに違い過ぎる。


「ギルドメンバー全員だと騒がしくなるからな。今回は数名を呼んだ……紹介しよう。うちの副団長を任せているアレックス・アニーだ 」


名前を呼ばれた男性、席を立ちキラリと光る眼鏡の位置を直しながら青年に向かって堅苦しい挨拶をする。

少し苦手と感じるが、いつもと変わりなく笑顔を振り撒く青年。


「よろしく頼む。アケチ・ミズキ」

「えぇ♪」


凄まじい威圧感を放ち、鋭い目付きで青年を凝視する副団長。


「コイツは馬鹿真面目だから、からかい概があるぞ」

「………団長、そんな事は言わなくてもいいです」


悔しそうに団長を睨み付けるアレックス副団長。

一応上司と部下の関係のはずなのだが、彼らその接し方には友人と話すような感じだ。

人より観察力に優れた青年にも、まだはっきりはわからない。


「次は我がギルドメンバーの中でも才能溢れる若者………」 

「レナ・エルニーニ!!」

「ロナ…エ…エルニーニ…です…」


二人の愛らしい少女が並んで挨拶をする。

一人は活発そうな少女、白い肌にショートボブの白い髪、金色の瞳、白いシャツに白いベスト、そして白く短いスカート

全身が白で包まれた神秘的な見た目の12才ぐらいの女の子。

活発そうだが、顔だちは非常に整っていて、大人しくしていればお嬢様にも見える


「こらロナ!!おどおどしない!!」

「ごめん…お姉ちゃん……」


もう一人はおどおどした印象の少女。

容姿は姉とほぼ一緒で、違うところといえば髪が長い三つ編みだ。


「二人は双子でね、まだ幼いが二人とも強いぞ……次の幹部はこの子らだろう。ちなみに上にあと二人の姉がいて、四人姉妹だ。その姉にはいずれ挨拶することになるだろう」

「すっごい綺麗なんだよー!!」


隣の椅子に座っているアリスが大絶賛となると、その話しに出てきた姉達もかなりの美人なのだろう。

妹達もかなりレベルが高いため、その分の期待も出来る。


「次に幹部の一人、《獣人拳法》師範代のガーナー・ガルビーだ」


全身を体毛に覆われた屈強な肉体を持ち、獣の風貌を保ちつつある男。

これが世に言う『獣人』という生物なのだろうか、RPGでは定番と言えば定番でもあるのだが、実物は結構恐ろしい。だがその容姿とは裏腹に、方言のようなしゃべり方が面白い。


「ガーナーっちゅうもんどす!よろしゅうたのんますわ!ミズキどん!」

「んー色々まざっとりまんがな(笑)」


どこで覚えたのか、というか何故知っているのかわからない九州弁や関西弁など色々混ぜたようなカオスな口調。青年はその方言について深くは追及せず、笑顔でガーナーと握手を交わした。


「獣人拳法って……なんかの格闘技?」

「カクトウギ?……そういえば儂のお師匠様がそんなことを言っとったちゃなぁ。」


ーーーーーお師匠様?


「《獣人拳法》っちゅーのは立場の弱い、力の弱い『獣人族』のために作った特殊体術や。昔不思議な体術を使う"異国の旅人"……うちのお師匠様に『カラテ』の基礎を教えてもらったんじゃ、それを元に作ったのがこの《獣人拳法》!」

「へぇ、その独特のしゃべり方も、お師匠様の影響なんですかぁ?」

「そうどす!お師匠様はかなり変わった口調で喋りもすから、10年間一緒に居たせいで移っちもうた!」


目の前で獣の語る話しに出てくる"異国の旅人"お師匠様。

その明らかに日本人としか思えない情報の数々に、青年の疑問は確信へと変貌を遂げた。

青年が初めて《運命の部屋》を訪れた時に、主・オルガナが語った話しの内容を改めて思い出す。


ーーーーーあの部屋は客人の運命を変えるためにある。


彼の言っていた"客人"という口振りからして、あの部屋を訪れるのはアケチミズキだけではないことが推測される。

つまり、昔《運命の部屋》に客人として招かれたその"武道家"が旅をしている途中、たまたまガーナー・ガルビーと出会い、たまたま弟子にした、そういうことになる。


そのことがわかっただけでもかなりの収穫だ。

まぁ、オルガナに直接聞けば良かったのかもしれないが、それについては深くは追及しない。


「そして最後は幹部のベロニカだ」

「モグモグ、よろしくね、モグモグ、私はベロニカ、モグモグ、モグモグ、モグモグ……」

「食べるのをやめんか」


副団長の怒りの声にも耳を傾けず、自分の胃袋を満たすことに没頭している見た目は10才ぐらいの少女。

黒いワンピースに黒い髪、瞳は黒く、大きなリボンを付けた片方をお団子にした髪型。

この年で幹部という肩書きを背負っているということは、かなりの実力を有するに違いない。



「ここって少女率が高くない?」

「おい、変態ギルドみたいに言うのはやめろ」


このギルドの闇を覗いてしまったのかもしれないと後悔する青年。

わりとガチで否定してくる先生の目は、これ以上何も言うなと訴えかけてくる。

やはり真面目な人間ほど面白いものはない、明智水樹は心のそこから思った。


「………ではそろそろ食事を頂くとしようか」

「もう食べてるよ♪」

「おい」


副団長の長い話しに我慢が出来ず、食卓を囲む団員のほとんどが食事に手をつけている。

そのあからさまに失礼な態度を取る青年たちに腹をたて、額に血管が浮かび上がったが、諦めたかのように副団長も食事を始める。それはこれから行う"詮索"のための前準備でもある。


「わー、これ地味に美味しい。地味に、地味にね」

「貴族の高級料理に対してなんてことを」

「地味とか失礼だよミズキ」


副団長とアリスが青年の辛辣なコメントに眉を歪めるが、気にすることなく食事の手を進める。

様々な話題が飛び交い、食卓は華やかで楽しい時間に早変わりした。

そんな柔らかく解れた会話に紛れるように副団長は青年に質問をする。



「アケチ・ミズキ、つかぬことを聞くがーーーーーー君はどこから来たんだ?」

「うひゃっ」


その核心を突くような問いに青年は変な声が飛び出る。


「うーん…」

どうしよう…話していいのだろうか…


まぁ話しても信じてくれないだろう。


「うーん…うーん…えーとぉ…」




「な…ナイショ♥」


「乙女か!!お前は!!!」


「あとどうやった今の声!?」


可愛い声で言ったがダメか……


「すごいすごい!!ミズキ今のどうやったの!?」


僕が長年で磨き上げた声帯模写のスキルにアリスは物凄い食い付きだ

暇な日は欠かさず練習しているうちに、僕は変幻自在の声を手に入れた。

萌え声、男臭い声、天使のような声、エンジン音、雨の音、炎の音、エトセトラエトセトラ


「すっごい可愛い声だったね!!まるで妖精のような…」

「いや男に妖精とか…」


さすがの僕も照れ臭くなってきたので

アリスにやめるよう説得した


「……ミズキよ…お前は…なかなか不思議な魔法を使えるのだな……」

『獅子王』ディヴィット・エヴァンジェリンが口を開いた

 

「あの入団試験でも…マルコとの戦いに見せた…あの力」


そう……姿を消すあの力…

「補助魔法打ち消しの瓶でも消せないなんて……私はあんな魔法見たことありませんよ!!!」

若干、興奮気味の副団長。


「あれ魔法じゃありませんよ…」


「え!」「な!」「む!」「え」「なんっ!」「えぇ!」「ウソ!!」「モグモグ…」

全員が変な声を上げた


「魔法じゃないって…バッチし姿消えてたじゃんさ!!」

そう姿は消えていた


観客の全員が彼の姿を捕らえることが出来なかった

これを魔法と言わずなんと言う


「あれは存在感を消しただけだよ」


「え…そ…存在感!?」

 

「そう、ミスディレクション…だっけ?」

「え?え?あ?え?」

意味の分からない単語にアリスは頭をショートさせる

「うーん…手品って知ってる?」


「え…手品ってあの旅芸人とかがやる…?」


「うーんまぁそんな感じ…」


旅芸人を見たことがないから分からないが、なんとなく流す


「じゃあこのフォークを見て」


すっ…とフォークを手に持ち、皆に見せる


「なんだたんだ…?」

皆がフォークに釘付けのなか……

後ろにいたメイド達も釘付けだった…

若干メイド達が近いが…てかカトリナさん近すぎる

「このまま数秒待ちます…」


1…2…3…20……………









「はい消えた」


「!!!!!!!」


みんなは目を疑った

さっきまで見ていたフォークが一瞬にして消えた

「え?!どこフォークどこ!」

双子の姉が驚いている

「これがミスディレクション♪」

「手品で使われる技術だよ♪」


「まぁ僕のはまったくの別物だけどね♪」


「あなたたちは見すぎたんですよ♪」

「人は熱中して見ようとすると、大事なところを見落とす…」

「常に冷静…自然体が大事ってことだね!」

青年はペラペラと喋り始める

「どういうこと?ミズキ!!?」


「僕はですね、あなた達の瞬きが一致するのを待っていたんですよ♪」

「え?瞬き!?」

アリスが驚き、副団長も驚き、『獅子王』も驚き、双子も驚き、獣人も驚き、ベロニカは食べる

「そう瞬き!!」

「瞬きを全員、同じタイミングで閉じた時、僕はフォークを隠した」

「まぁ全員、瞬きが一致するには数十秒かかるけどね♪」

「僕は観察力がずば抜けててねぇ……昔から修行して、この技術を身に付けたんだ♪」

酔っているのか、青年は顔を赤くしている

フラフラと…今にも倒れそうだ…

「あのマルコさんとの試合も……その…技術を…ヒック……使ったのでぇす…」


「みんなは熱中していた…マルコさんしか見ていなかった、マルコさんも…熱中しすぎて…

僕自体を見ようとしなかった……それに加え…僕は足音を消し…息も止め…存在感を無にした…」

「それが…カラクリです……ヒック…」

まさかの仕組みにその場の全員が凍りついた

足音を消す?息を止める?存在感を無…?

そんな事が出来るだけの才能…技術……皆は驚きを隠せなかった

「す…すごいねミズキ…!!そんな事ができるなんて…!!」

「ウム……驚いた…」

「信じがたい話しですが……本当のようですね…」

「そんな…と…とても繊細な技術を…使えるなんて…すす凄いです!」

「すごーい!!これ補助魔法いらないんじゃなーい!?」

「びっくらこいたぞ!!!小僧!!!」

「モグモグ……モグモグ…モグモグ…」

「とても素晴らしいです…さすがミズキ様」

その場の全員がべた褒めしたので、青年はすごいご機嫌だ

「他には!!ねえ!他には何が出来るの!!?」


アリスは自分の好奇心を抑える事が出来ず、身を乗り出す。

だがアリスの行儀の悪さに、教育係でもあるカトリナの眼光が

少女の小さな背中を突き刺した。



「うーん…ヒック…あろはれぇ……ヒック…」


わかりやすい酔いっぷり。古典的というかコントのような

酔い方に思わず吹き出してしまう人多数。特にロナと団長。


「あと僕…あれが好きなんらぁ……あれが楽しくて楽しくて……」


「人をころーーーーーー」



バタン



アケチミズキは力なく倒れる。


「あれ!ミズキ!?」


アリスは慌てて青年に駆け寄るが、その彼に対する心配は一瞬で吹き飛ぶ。


「zzzz……」


今時古い寝息が響き渡る。


「あーもう完全に寝とるのぉ…」


呆れた顔で獣人は歩み寄り、顔をぺしぺしと叩く。

けっこう強めに叩いても全く起きる気配がない青年に獣人は吐息する。


「アケチミズキ!これは君の祝いだぞ!主役の君が寝てしまっーー」


バタン


「zzzzzz…」

「お前もか!!!!!」

「副団長も…たしかお酒弱いんだよねー」

「なら飲むなや!」


双子の姉が副団長の頬をペシペシと叩く。


「あーもう……最後のミズキの出来る事……聞けなかった……!」

「あぁ…えーと…なんじゃったかのう…」


獣人はさっきの途中までいいかけてた言葉を思い出す。


「人を…ころ…なんとか…?」

「まぁいい……ミズキを部屋まで運んでやれ。カトリナ」

「わかりました」


当主の命令にエヴァンジェリン家、専属メイド長のカトリナは従い

床に転がる青年の腕を掴み勢いよく引っ張る。

その勢いの反動で青年の細い身体はカトリナに引き寄せられるように

担ぎ上げられる。


「よいしょ」

「カトリナ凄い!」


成人男性の体躯を軽々と持ち上げるメイドに、アリスは軽くぎょっとした。

だが驚いたのは彼女の腕力ではなく、彼女が彼にしているのは

この世の女性たちの夢"お姫様だっこ"だからだ。


「というか何の拷問?」


双子の姉・レナは冷静にツッコんだ。

女性が男にお姫様抱っこなど年頃の男子、いや男性全員にとって

羞恥心を掻き立てられることこの上ないだろう。

その場の男性陣は皆、抱えられている青年に同情した。


そそくさと部屋を出て、アケチ・ミズキの部屋に向かうカトリナ。

彼女に"おやすみ"を言えなかった口惜しさを胸に仕舞い、アリスは

自分にもやって来た眠気をぐっと堪える。


「……今日はこれでお開きとしよう……」


さすがの団長も眠そうだ。いつも忙しいはずなのに、ちゃんと新メンバー

の歓迎会を催してくれる良心に胸が熱くなる。


「みんな!おやすみ!!」

「じゃーねー!!アリス姉!!」

「お…お…おやすみなさい……」

「おう!歯磨きしてから寝ろよ!」



みんなに軽く別れを告げてアリスは自室に戻る。


◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇

「今日は楽しかったなぁ……」


アリスは先ほどの歓迎会の余韻に浸りながら、自室の扉を開ける。

今時の女の子らしい可愛い内装に可愛いぬいぐるみ、全体的にピンクという

イタいファッションセンスだ。


クローゼットを開け、就寝用のパジャマを取り出すやいなや

ブカブカの袖を通して着替えを終える。

ふかふかのベットに身を委ね、そのままダイブ。


「それにしても…」


アリスはさっきの青年の言いかけた言葉が気になっていた。

彼はいったい何を言おうとしたんだろうか?


「人…人……人を…ころ………」


基本的にアリスには難しい問題だった。


「あ…………」

「人を…………」

「………殺す?まさかね」


アリスは信じていた。

自分の命を救ってくれたアケチ・ミズキが人を殺すのを楽しむ人間なんてそんなことはありえない。ありえるはずがない。あってはならない。



それではまるで彼女の"母親"を殺した″彼ら″と同じ…………、

考えているうちに、アリスはいつの間にか眠っていた。



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