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殺人鬼異世界転生!?  作者: 多勢翔太
異世界ファンタジー
4/13

第3殺人『明智水樹の入団試験』





明智水樹の睡眠時間は非常識的なまでに長い。


一般人の平均的な睡眠時間が8時間ほどだとすれば、彼の平均的な睡眠時間は13時間。

起こさなければ20時間以上は起きないときもある。

さすがに当の本人も異常と自覚し、医者に聞いてみたところ「よく寝ますねぇ…」だそうだ。話しにならん。



基本的に殺しの予定が無い時は一日中寝ている日もあった。

ちなみに殺人でお金とか稼げるの?と疑問に思ってる方々もいることだろう。

その疑問にズバリお答えするのならば、生活費は殺したターゲットの財布や通帳などから拝借していた。



自分でもわかっているが、決して褒められた事ではない。

しかし生きるためには非常にならねばならん、というのがアケチミズキの殺しの信条、そして生き方でもあり、ポリシーでもある。


なので他人にどう言われようが考えは変わらないし、というか、人殺ししてる人間が今さらきれいごと言ってもなんだかなぁ、である。



そして寝起きはとても悪い方だった。



「ーーーーーんぁ?」

「あ、起きた」 



ーーーーーー重く閉ざされていた瞼をゆっくり開けると、白い髪が視界にちらつく。

なにか動物の尻尾のようにも見えるソレは、右隣に少女の顔が見えることから、女の子の髪の毛だということを理解した。


よく考えてみれば自分の顔と少女の顔との距離が洒落にならないほど短く他人から見たらキスをする動作に解釈できる。その上、体との密着も激しくしかし少女の表情から察するに、彼女には性に対する自覚がないことがわかる。


精神的にまだ子供なのが察しがつくが、問題点はそこではない。

問題なのは、なぜ白髪の美少女が青年の目の前いるのかだ。



「…………」

「?」


普通の男子なら少し幼いとはいえ、美少女にこんなにも密着されれば大抵の男は喜ぶだろう。

だが明智水樹はその『普通』とは違う価値観に生きているため、この程度で喜ぶほど姓に敏感でもない。



「ーーーーーーーーー」


無言を貫きながら、青年の視線は少女の表情に止まっていた。

白く透き通るような肌に、自然と視線が釘付けになり、気づかぬうちに青年は横になったまま右手を少女の頬に伸ばし、指でなぞるように優しく触れる。



柔らかな肌から伝わってくる優しい体温。こんなにも肌の色が白いと、体温も低い印象だが、意外にも温かい。寝起きで意識もはっきりしていない青年には少し温い。



ーーーーーーー青年は少女の小さな背中に両手を回し、力強く自分の胸に抱き寄せた。

細い胴体が青年の胸に収まり、そして段々と胸からアツい想いが込み上げてくる。懐かしき日々、遠い思い出、全てが朧気だが、今気を許緩めれば昂った感情が溢れ出そうで恐ろしい。

取り乱さないために、動揺しないために、少女の身体を自分の胸に引き寄せた。



「ーーーーーーーーぁ」



突然抱きつかれた少女は目を丸くしながら唖然とする。

遅れて開いた口から漏れ出す声。正直に言えば驚いた、の一言に限る。逆にそれ以外の感情はない。

こうして抱き寄せられるのは嫌いではないし、これは一種の愛情表現だと幼少の頃に兄に教わっているため否定的にはなれない。それも命の恩人からの愛情表現を拒絶するのも躊躇いがある。故に少女は黙って青年の頭に手を置き、優しく撫でる。


「ーーーーお母さんごめんなさい。お母さん、ごめんなさいごめんなさい」



落ち着くまでこのままを維持しようと思った途端、耳元で聞こえてくるすすり泣く声。

必死に許しを乞い、何度も呼び続ける母の名前。怖い夢でも見たのだろうか。その反応は、そう、まるで、子供のよう。我が儘を言い、母に叱られ、泣きじゃくりながら母に謝る子供のようだ。それほどまでに今の青年の精神は不安定だ。



泣いている。首もとが濡れてきた。流石にこのままでは困る、そう思い少女は青年の耳元で静かに、なるべく刺激をしないように、最大限考慮しながら、優しく囁いた。



「ーーーーーーーミズキ、離して、苦しい。苦しいよ、ここにはお母さんなんて居ないよ」



あまり刺激しないように言ったつもりが、結果的にありのままを言ってしまった。

やってしまったと後悔しているところ、青年は少女から手を離し、涙で濡らした顔で向かい合う。

髪が涙で顔に張り付き、目元は赤く腫れている。そして青年が鼻をすすり、仏頂面で口を開いた。



「か……ぁさんじゃ、ない。………あぁ、僕。ぼくが。あぁ、そうか」



何か独り言を呟くと、青年は自分の掌を見つめ出す。

その隣で痛そうに顔を押さえている少女は青年に何度も呼び掛けるが、6回目にして、ようやく彼は隣を見た。



「キミは……」



改めて少女と顔を見合わせるやいなや、その異質な容姿には明らかに見覚えがあると自覚した。

朧気に浮かぶ記憶、脳裏の奥で揺らぐ靄の掛かったようなもどかしさに青年は眉を寄せる。

まず一番新しい記憶は【鬼】の顔。



日本神話に出てきそうな風貌の怪物を相手に殺し合った記憶だけが、より鮮明に脳裏に焼き付いている。

あそこまで彷彿とした闘いは生まれて初めてだっただめ、今でも全身が震え、指先の感覚が麻痺している。

だが最後の最後で青年が渾身の正拳突きを食らわせたと同時に腹の肉をもぎ取られ、最終的には相討ちという形で殺し合いの幕は閉じた。



だがーーーーその後の記憶はない。

気が狂いそうになる痛みに耐えられず、青年は気を失って倒れたと思いきや、目が覚めたらベッドの上。

考えられるとしたら、あの場で唯一生き残っていた少女、彼女が青年をこの屋敷まで連れてきて、治療してくれたなのか。

布団を捲り上げ、自分の格好を確認すると寝間着に着替えさせられていた。

傷も確認するために腹を触っても、全くと言っていいほど違和感がなない。



「……………」



包帯を巻かれている感覚もなく、あれほど……死んでもおかしくない怪我を負って痛みすら感じないというのは異常だ。

青年は寝間着の下から手を入れ、腹部を確かめるように撫で回すと、やはり包帯も傷痕も全くなかった。

傷痕がないとまでくると、夢でも見ていたと言うほうが信憑性が湧いてくる。



「ねぇ、たしか僕ってたしか……お腹を……」

「あぁ、そのことならもう大丈夫だよ?完璧に治っているはずだから」


まぁ、異世界なのだから、傷を完璧に治す魔法ぐらいありそうだ。

高級な家具に高級な内装、高級なベッドに明智水樹は寝ていたのだがさきほど目の前にいた少女にキツい言葉を掛けたばかりだ。


しばらく寝ていたせいか、意識がぼやけ、身体が少しダルい。

青年は身体を起こし、先ほどの無礼を少女に謝罪するが、彼女も大して気にしてない様子で、一安心する青年。

安心すると、急に喉が渇いてしまうので、ベッドのわきに置いてある丸テーブル。

その上に水が入ったコップが用意されており、青年は遠慮など一切せず、ごくごくと美味そうに飲み干す。



「ぷはーー♪」



空になったコップをテーブルの上に戻すと目が覚めたように会話を再開する。


「この家広いんだねぇ♪もしかしてメイドさんとかも居るの?」

「……普通にいるけど?」



まず第一の情報を獲得したと言うべきか。

メイドのどこが情報なんだ?と思う人ももいるだろうが、この情報は非常に重要だ。


我々の世界、仮に『人間界』とでも呼ぼう。

メイドとは明智水樹の住んでいた『人間界』でも発展した立派な文化の一つだ。メイドにも様々な歴史があり、制服にも定まりがなく、なかなか奥深いものらしい。


つまり、『人間界』で存在する文化がこの異世界にも存在するという確証を得た。


視線を部屋の至るところに配って見ると、『人間界』の文化がちらほら。


他にも何か共通するものがあるなら探してみたいものだ。

それに、気まぐれとはいえ命をかけて助けてやったんだ。この機会を逃さず、たっぷり利用させてもらう。



「……ミズキ?」



名前を呼ばれたことに一瞬驚いたが、そういえば洞窟で名乗った覚えがある。

青年は顎を触り目を細めると、その仕草に少女は少し不信感を懐いたのか、怪しむような眼差しをジリジリと送ってくる。が、青年は不適な笑みを浮かべて返す。



「あぁ、助けてくれてありがとう♪改めて名乗るね。明智水樹。それが僕のお名前♪」

「えっ、いや……助けてもらったのは私のほうで……えっと、アリス・エヴァンジェリン!!それが私の名前で……その、ありがとうございました!!」



畏まってお礼を告げる少女。勢い余って髪の毛が顔にバシッと当たり、少し痛かった。

頭を下げる彼女の頭部には可愛らしい旋毛があった。なんとも微笑ましいのだろう。

それに少女の名前、アリス・エヴァンジェリンとはなんとも大層な名前なのだろうか。


青年は部屋を眺め、隅から隅まで観察する。

家具から何まで普通とは違うとわかるほど、豪華な内装になっている。これは、彼女の両親がかなりの大金持ちということは濃厚だ。上手く取り入れば、今後の異世界での生活は安泰と言える。



「アリスちゃん……だね。僕はキミを助けて、キミは僕を助けた。チャラでいいんじゃないかな?」

「ちゃ……チャラ?」



ーーーえ、本当にあるんだ。


「私のパパもギルドの団長やってるよ。しかも結構大きなの」


ーーーまじでか。


『太陽の獅子』(サンシャイン・ウルフ)団長……『獅子王』デイヴィット・エヴァンジェリンって聞けばわかるかな…?」

「んーん、わかんにゃい」

「そんにゃ!」


自慢げにどや顔を決める少女が可愛くてつい、イジメたくなる。

そしてあからさまにガッカリする少女に青年は呆れつつ、ごめんごめんと頭を撫でると、そうすると少女は元気が出たように立ち上がる。子供とは全く単純なものだ。


「もう!せっかく助けてもらったからお礼をしようと思ったのに……」


「お礼だったら、お金がいいな」


「え!?」


「嘘だよ」



こんな冗談を真に受けて、信じ込んでしまう少女が少し心配だ。

青年はこの先の少女の将来が不安になった。



「ーーーーーあら、お客さまの目が覚めたのですね?」


奇妙な空気が漂うなか、途中で加わってきた声がこの状況をうち壊す。

扉が開く音と同時に部屋の奥から聞こえてきた女性の声。

視線を扉のところに集めると、『人間界』で目にした"メイド"の姿がそこにはあった。


アリスのメイドを雇っているという話しは本当だという確証を得て、青年はこの世界のメイドも同じような格好なのだという事実も発覚し、少しばかり安堵する。あまり全世界の男の憧れ、メイドのイメージを崩してほしくない。


「あ、カトリナ!」

「お嬢様、旦那様がお呼びです。ギルドホールに御越しください。お客様と少しお話しがしたい……それと礼の件も兼ねて。だそうです。」


旦那様。それは彼女の父親のことで、エヴァンジェリン家の現当主に当たる方だと推測される。そしてカトリナと呼ばれたメイドは、察するにアリスの父親の命令を受け、青年を迎えに来たというところだろう。



「…………ふむ」


少し腑に落ちない点があった。


ーーーーーータイミングが良すぎる。


青年が起きてから5分も経っていない。アリスはずっと青年と会話をしていて、この部屋からは出ていないため誰も青年が目を覚ましたことなど知らないはず。なのに彼女はタイミング良くこの部屋に入った。



ーーーーつまり、見張られていた?


どうやら娘の命の恩人といえど、素性も知らない男は監視対象に入るらしい。よほど警戒されているのか一筋縄ではいかないらしい、貴族は。


この異世界でも、波乱が起きそうだ。


「ん~、でもミズキも起きたばっかだし……もう少し休ませてあげたら?」

「……ふむ、たしかにそうですが旦那様が大至急と……」


あっさりと承諾した青年に驚く二人の女性であった。




◆    ◆    ◆    ◆    ◆    ◆



ゴトゴトと石を踏む音を立てながら建物を通り過ぎる馬車。

通常の馬車の速度より早く馬を駆け、激しく揺れる車内はお世辞でも乗り心地が良いと言うには無理があった。

街の賑わう声が窓の外から聴こえてくるが、今はその声に耳を傾けることも、窓の奥から見える景色を楽しむ余裕は、今の青年にはない。


なぜなら青年は、乗り物にとても弱いからだ。


「おぇ……」

「ミズキ……大丈夫?手握っててあげようか?」


高級感溢れる内装の馬車、足をだらしなく伸ばし、背もたれにもたれ掛かる青年の顔色はとても悪かった。

今にも嘔吐しそうな虚ろな瞳に先程から定期的に室内で流れるうめき声。

隣で座るアリスは最初は心配そうに見ていたが、途中からは吐かせることを積極的に勧め始めてきた。

だが青年的には吐くという行為はキャラ的に背徳感があり、あまり人前でするのは単純に恥ずかしい。

未だに紙袋を握り締め、甘い言葉で誘惑し、青年を吐かせようと試みるアリスの視線が恐ろしい。



「……馬車って……こ……んなぁ…揺れるんすか……オェッ」


「通常ならもう少し速度は抑えているのですが、旦那様から大至急と仰せ遣っていますので、ご容赦を」



揺れるにしたってこれは青年的には厳しい。

映画で観た馬車はもう少し優雅な雰囲気だったのだが、現実はここまで激しいものなのか……いや、異世界だから現実ではないのかもしれないが。とにかく今はこの酷い酔いを治まらせなければならない。青年はぐるぐると回る思考を集中させ、結果前の席に座るメイドに甘える形となる。



「あの……カトリナさん……膝枕的なものを……頼めますかぁ?」


「……えぇ、構いませんが」


「え!?」


青年はメイドの許しが出ると酔っている状態とは思えないほど、素早い動きで前の席に座り、カトリナの膝に頭を乗せた。彼女のスカート越しでもわかる柔らかい太ももが心地よく、心なしか酔いが冷めたかもしれない。

この世界に膝枕という概念があったことに青年は深く感謝し、青年は完全にカトリナに身を委ねた状態で腑抜けた声を漏らす。


「あ~~、なんか楽になったような気がするよ~~♪」


「お役に立てて嬉しいです」


「ちょっと!!膝枕なら私がするよ!?ほら、こっち来なよ!!」



前の方から何か言っている阿呆がいるが、青年は気にすることなく膝枕を堪能した。

するとカトリナは気を利かせたのか青年の髪を撫で、リラックスを促してくれている。





場所は屋敷から馬車で数分の距離にあるギルド。そのギルドホールーーーー天井は高く、幅も広い高級な造りの空間。

そして招かれた青年を待っていたのは、周囲を取り囲み、円のように群れる屈強な戦士たち。

服装のまとまりがないことから、兵士ではないことがわかる。恐らくだが、アリスの父が持つギルドの者達と思われる。改めて見渡すと60人近くあることがわかった。



「にゅ~………。」



招かれたと思えば、この待遇。

これは囲まれ、一気にバトル展開に突入してしまうのか、それとも歓迎されているのか。


まずそこを見極める必要がある。見たところ正面、奥のほうに一人の大柄な男が椅子に座っていた。



「……………。」



まるで王様が座るような高そうな金ぴかのイスに座っている男は後ろに前髪を下ろしたオールバックヘアー。白い髪に白い顎髭を生やし、まるで百獣の王を思わせる風貌。拵えている衣類もまるで王族のよう。これが大貴族の厳格というものか。それとも屈強な戦士達をまとめ上げる団長としての風格か。どちらにしても只者ではないことだけはわかる。



「君か。……娘を助けてくれたという男は。」



ーーーーアリスの父親と思われる人物が静かに口を開け、言葉を発する。

その低く、凍りつくような重い声に凄まじい威圧感が青年の身体にのし掛かる。だが青年にとってこの程度の威圧など、子犬の威嚇程度にしか感じない。

 


「恩人の名を聞いておきたい。娘からは聞いたが、君の口から直接な。……貴殿の名は?」



「明智水樹、しがない"物書き"さ♪」

 


「え!?」



手を真っ直ぐ挙げ、可笑しく奇妙な姿勢で自分の名を名乗る青年。


いきなりの奇抜な行動に、周囲の人間は目を点にしていた。意味不明な行動をとる青年を不振に思ったのか、周囲の厳つい人間たちは顔を固し、人をまるで変な生き物を見るような視線を送ってくる。しかしそんな視線には青年は全く動じない。


そんな中、アリスは一人だけ違うリアクションを取っていた。



「え、ミズキは旅人じゃなかったの!?本当は"物書き"さんなの!?」

「あ、やっべ。間違った。」

「"間違った"ってなに!?」

「どーどー」


わなわなと騒ぐ少女を宥めるように頭を撫でるカトリナ。

荒い呼吸は次第に整っていき、少女の赤く火照った顔もいつもの白い肌に戻っていく。

そして最後に紙に包んだお菓子?のような物を彼女の口に突っ込み、落ち着かせている様子を見ると、完全に彼女の扱い方をカトリナは熟知しているらしい。


青年は何故かわからないが、尊敬の眼差しで見つめてしまう。


その視線に気付き、照れたのか目を逸らすメイド。頬が僅かに紅潮しており、非常に可愛い。



「アケチミズキ殿。……娘からは、君が"旅人"と聞かされたのだが……本当は"物書き"なのか?」

「いやぁ……そそ、それは~(汗)」


わかりやすく戸惑った風なリアクションを取る青年を睨み付けるように観察する当主。


人を小馬鹿にしような態度を取られたのが駄目だったのか、場の雰囲気は益々悪くなっていく。

周囲のギルドメンバー達の視線も痛く突き刺さり、アリスからの心配も鬱陶しい。



「失礼を承知で今一度聞くがアケチミズキ殿。貴殿の名は真の名か?」

「ぼぼ、……僕が嘘を言ってるって言うんですかぃ?ちょちょ、勘弁してくださいよ大将ぉ(笑)」

「……なっ!」



青年のふざけた態度を見て″名前は偽名ではないか″という疑惑が掛けられた。注意を向けるべきは奥の椅子に座る男だけではない。ーーーー周囲の男達が目を剥いた。


青年のふざけた態度に我慢の限界を超えたのか、彼らは鬼のような形相だ。


気づけば距離も詰め、腰に差していた剣を抜き始めている者もいる。


さすがに失礼も度が過ぎたと少し反省する青年の言い分も聞く耳持たず、彼らの激しい剣幕は収まる気配がない。


そう思われたがーーーーー、

 


「落ち着け、私は彼と話している。彼の軽薄な態度は本心ではない。彼も彼なりに、私を試しているのだろう」

「!!」

「………試す?」



ーーーーー鋭いなクソジジイ。

心のなかでは毒づく青年だが、表情には一切漏らさない。

そのはずだったのだが、これが経験による観察眼か、異世界特有の特殊能力か、青年の本心を見透かされてしまう。


だが青年はそれが気に食わないのか、怯むような態度は止め、笑顔に徹底した。


「ーーーーあぁ、なるほどなるほど、これ以上の無礼は痛手ですね♪すいません、度が過ぎました♪」



「……………」


「あ、名前の件に関しては本名ですよ♪あと、職業については嘘は言ってません。旅をしながら書いていたもので。」


「………そうか、それはすまなかったな。うちの団員が無礼を働いたな、謝罪しよう」


「ありがとござまーっす♪」


今のはお礼なのか……お礼だとしても褒めてねぇだろ。と言いたげな顔を全員がする。ついでにアリスやカトリナまでしているのが少し面白い。


「アケチミズキ殿。此度の我が娘……アリスをお救い、誠に感謝する。アリスは我が一族の大事な跡取り、命など落としたら一族の危機。エヴァンジェリン家当主として、『太陽の獅子』(サンシャインウルフ)団長として……一人の父親として……礼を言おう。本当にありがとう。」



「いえいえ~♪そんな気にしないでくださいよ~♪」



「礼をしたい。君の欲しいものを言え。何でも差し上げよう。金でも。土地でも。領地でも。」




ーーーーーこれは是非ともアリスの父親の厚意には甘えたい。


だが何を貰えば、この異世界で上手くやっていけるか。慎重に選択肢を選ばなければならない。今後の人生が左右される。



「………僕、この国にはまだ来たばかりで、まだ泊まる宿とかないんですよ~~♪大変言いづらいことなんなんなんなんですけどぉ~~~~僕をあなたの屋敷に居候させてください♪」

「!?」


電流が走ったようにビリビリと迸る空気。

明らかに周囲の青年を見る目は変わり、突き刺さるような視線が青年に集まっている。

そして不満は爆発するように冒険者たちの怒鳴り声が響いた。



「おいてめぇ!!ふざけんな!!図々しいぞ!!」


「貴族の屋敷に居候だなんて畏れ多いと思わんのか!?」



これはいわゆる敵対視というものだ。ふざけるなよ。図々し過ぎる。無礼者。調子乗りすぎ。

様々な暴言が飛び交い、カトリナは彼等に対して胸糞悪いとでも言いたげな表情をするがアリスは悲しそうな顔で俯き、カトリナは恐ろしい形相をしている。



「……キミは先ほどこの国に到着したばかり。と言ったな………話の流れからすると……キミはレグリスに着いて間もなく、ステラの森で死体を発見。血の跡を追って洞窟に辿り着き、謎の未確認の魔獣と遭遇。偶然にもアリスがその場に居て、怪物と相討ち……でいいのか?」

「ほいほい。そんな感じっすわ」


さきほどの森がステラの森という名前だったことを知り、青年は興味無さそうに返した。そして当主は少し考えるように、眉間にシワを寄せる。


「わかった。君をエヴァンジェリン家に置いてやろう」

「ありがとーございまーす♪」

「団長!!」



当主の予想外の発言に、周囲の面々は顔を歪める。

気に食わないといった様子で睨むその態度に青年は嘲笑ってやった。


「あともう一つ」


青年は人差し指をピンと立て、なんと2つ目の要件を提示する。

火花が散ったようなピリついた空気に臆することなく、青年は余裕といった表情で会話を続ける。




「僕をあなたのギルドに入団させてください♪」

「!!!」



さきほどの苛ついた雰囲気とは一転して、彼の思わぬ発言にその場の全員が困惑し、騒ぎ始めた。

厳つい顔の当主殿も心なしか驚いたようにも見える。


「ちょっとミズキ!!」


先ほどから黙りっぱなしの隣に立っていた少女が急に喋り出す。

青年の名前を叫んで、彼も少し驚いた。



「入団なんて無茶だよ!うちのギルドはこの国で一番か二番目に強いギルドなんだよ!?いくらミズキが強いからって………」



少女は青年の要求に反対していが、青年は要求を取り止める気はないようだ。

アリスの頭ガシガシ掴んで、最後にデコピンを食らわす。

少々周囲がざわついたが、青年は気にしていない。



「…それにミズキは冒険者ランクはどのくらいなの!?」

「……冒険者ランクってなに?」



「ーーーーーーーーは!?」



ーーーーーーー変な空気になってしまった。

先ほどよりざわつきが激しくなりアリスの隣に佇むカトリナすらも、出会った頃からの無表情は崩れかけ、目を見開きながら頬から一筋の汗を垂らしている。



アリスは開いた口が塞がらず、無言で青年を凝視しているのが少し不気味だ。

椅子に座っている当主殿、デイヴィット・エヴァンジェリンでさえ驚いたような顔で青年を凝視している。

親子とはよく似るものだ。


「え…ミズキ…あの…冒険者登録はしてないの……?」


「うーん……オラわっかんね♪」


「えぇぇぇぇぇぇぇぇッッ!!!」




周囲の全員が驚いた。



「……ハッ、話しにならねーなぁ」


鼻で笑いながら長身の男が人混みの奥からスッと姿を現した。

スラリと長い足に、筋肉質で鍛え上げられた肉体。目付きが悪く服装は至ってワイルドスタイル。腰には小刀二本を持っている。いかにも街のゴロツキといった印象を持たせる彼の髪は目に焼き付きそうなほど真っ赤だった。



「団長が急に召集するから……何が起こったのかと思えば……」



「自分の娘を助けた奴を皆で感謝の言葉でもてなそうってか!?ざけんな!こんな図々しいやつのためにわざわざ集められたってのか!?冒険者ですらねぇ奴が……生意気いってんじゃねぇよ!ぶっ殺すぞ!!」

「黙りなさい……この野犬が」


メイドの制服の長いスカートを靡かせながら、カトリナは長身の男の前に立ち塞がり、殺気立った目付きで睨み付けた。


「この御方はお嬢様の命の恩人です………彼への無礼は私が許しません」

「おー恐い恐い、メイド長ってのは随分と義理堅ぇんだなぁ………いや?それともーーーーーその男にでも惚れたか?メス豚」


カトリナな顔はますます恐くなっていくが、誰もがそのカトリナを恐れ、喧嘩を止めるのを躊躇っている。アリスは止めようと声をかけるがあたまに血が上った二人には彼女の声など聞こえてはきない。


「そこまでだ………カトリナ、マルコ」


その時、『獅子王』デイヴィット・エヴァンジェリンが声を発した。


「申し訳ありません…旦那様…」

「……チッ」


カトリナは深々と頭を下げ、自身の醜態を謝罪するが、マルコと呼ばれた赤髪の男は反省する様子が全くなく、舌打ちをしながら背を向ける。


「アレックス、次の試験は日はいつだ?」


当主の言葉に反応するように後ろから浮き出るように姿を現した男は手に持った分厚い本を開き、何かを探すようにページを次々とめくっていく。そしてページをめくる手を止めると、紙に記されている文字を声に変える。


「……3日後ですね。試験会場は闘技場になっています」


「3日か……」と重いため息と共に呟いたその言葉からは後悔の念が感じられた。額を押さえるように手を置き、考えるような姿勢を取る当主を呆れたような視線で見る男。たしかアレックスと呼ばれた男だ。


「アケチミズキ、その要求には条件がある」

「……なんですか?」

「うちのギルドの入団条件は厳しくてね。Lvは問わんが、実力と有力性が第一だ」


レベル……なんのことだがさっぱりだが、その単語が何かしらのヒントになるのかも知れない。だが、聞くのも不自然。何かきっかけがあれば……。


「3日後の試験、君にも受けさせてやろう」

「!!」


周りの男たち……その冒険者という者たちの表情は表情が一変した。ふざけるな、と視線で訴えてくるその目に、青年は少しだけ笑みを溢した。



「試験内容は、君を含めた参加者25人同士で戦うサバイバル。そして残った6人でうちのギルドの冒険者3人と戦ってもらう。安心しろ、手加減はする」

「そしてさっきから、そこで君を睨み付けてる………マルコに試験担当を任せる」


まさかの指名でギルドメンバー総員がざわつき、右隣ではカトリナが呆れ顔で吐息をつき、左隣ではアリスが心配の眼差しを送っている。


「ははっ!団長殿………感謝するぜ。このもやし野郎を徹底的に叩きのめしてやる!」


マルコと呼ばれた男は気性を荒く逆立て、地団駄を踏みながら

青年を睨み付ける。自分のほうが強者だと勘違いしている人間ほど滑稽なものはない。


一方、そのマルコの挑戦的な態度を見た明智水樹は………、


「♪」


彼の無邪気な笑みに、一切の曇りなし♪



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