表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
殺人鬼異世界転生!?  作者: 多勢翔太
異世界ファンタジー
2/13

第1殺人『異世界と殺戮者の始まり』




この世界は主にシンプル、争いと争いによって成り立っている。



 小国27ヵ国、大国5ヵ国、主に歴史を動かすのは5つ在る大国であり、5つの勢力が秩序と世界の均衡を保つのに必要不可欠なものとなっていた。しかし、大きな力が存在すれば、当然問題や争いも起きる。

 遥か昔、古の時代から武力を誇る国こそが支配権を得る、そんな短絡的な思想が当たり前とされていた。人々は争いに勝つために、大事なモノを失わないために、武器を造り、拳を振るい、知恵を絞った。暴力という暴力が交錯し、複雑に絡み合い、只々醜いだけの『醜悪の歴史』が詰まれていった。



だが数百年後、戦争の真っ最中ーーーーーーーーーーー神様が《恵》を落とした。



 削って鋭利な刃物に見立てた石を木の棒に括り付け、敵の胸を突き刺していたような原始的な戦いは、もう終わった。四足歩行の機動力に長けた動物を飼い、地を駆けるような幼稚な真似は、もう終わった。そう思わせるほど、神からの恵みは理不尽なほどに、戦の戦況を一変させる切り札に成り得た。



超常を現実に、奇跡を現実に、神に与えられた能力。

300年前、突如一人の兵士から特殊な力が発現した。次々と各国で神の恵みが確認され、その異常な力はいつしか《異能力》と呼ばれるようになった。


平民だろうが奴隷だろうが、その力を使える者は《異能力者》として国から利用される。またはその《異能力者》が王となり、民を率いた事例もいくつか確認されている。しかし《異能力》は魅力的過ぎた。強すぎる力は"争い"を引き起こす。


ーーーー《異能力者》を使い、対立していた隣国を討ち滅ぼす国が現れた。


『異能力』とは未知の力。解明もされなければ理解もされていない。だが、その圧倒的に優位に立てる力に魅力を感じない者はいなかった。火炎を自在に操る《異能力者》。雷を纏う《異能力者》。未来を予言する《異能力者》。戦争となれば大いに発揮できるだろうその力を、数々の国家は独占しようと企てた。



その結果……《異能力者》の奪い合い。

戦争に勝つための戦争を、何度も何度も繰り返した。国の宝とも言える《異能力者》を引き抜きあい、数百年の血塗られた歴史を経て、繰り返した戦争は一時終焉を迎えたのだが、それは次の戦争への準備期間に過ぎないのである。


5つの大国はこれ以上犠牲を出すのは愚行と判断したのか、互いに納得のする条約を結び、一時的な平和を取り戻した。



ーーーーーーー水上都市国家 《マグネフィア》。


ーーーーーーー軍事国家《竜円帝国》。


ーーーーーーーギルド大国《レグリス王国》。


ーーーーーーー和平国家《和ノ国》。






そして王国を守るのは主に2種類の人間。



王に忠誠を誓い、鋼のような精神と強靭な肉体を兼ね備えた国の守護を担う《王国騎士》。


依頼されればどんな汚い仕事も引き受け、練の魔法と戦闘技術で国の戦力担う荒くれ者《冒険者》。



その2つこそが、今の国の価値を左右すると言えよう。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




ホルダン山脈付近に広がるハートン森林の麓、その外れにある『モルネ村』。




地図にも載っていない辺鄙な村、人口は赤子を入れても24人、飼っている馬を数に入れたとしても26人。特徴らしい特徴もなく、特に誰からも、国からも関心など持たれるような村ではなかった、はずだ。



「ギシャァァァアアッッ!!」


「ハンズは右の3体お願い、アリスは村人に被害がいかないように守りに撤して」



村の畑付近に赤い髪の女性が腕を

その静かで冷めた声音からは想像出来ないほどの剣激を繰り出し、無数に沸き出す小鬼を蹂躙していく。

剣を振ろうとすれば腕を切り飛ばし、逃げようと背を向ければ問答無用で斬りかかる。

一切の逃げ場がないこの村で、小鬼たちの数がどんどん減っていく。


その戦いぶりを見ていた仲間の3人はエクレアに主な攻めを任せ、村人の避難を最優先する。



「さすがエクレアだな……やっぱ《 Lv2 》は動きのキレも違う」


「あぁ、そうだな。」



整えた緑色の髪が特徴的の真面目そうな男ーーーーハンズは魔獣たちを一網打尽にする女戦士、エクレアの身震いするほどの戦いぶりを見て素直に尊敬の念を抱く。



髪がボサボサで目の下に酷い隈を浮かび上がらせる長身の男はため息を吐きながら、小鬼を蹂躙していく戦いぶりに露骨に嫉妬の表情を浮かべた。



その遠くで村人を守りながらも、エクレアの戦闘を見守る紅瞳と白い肌が特徴的な白髪の少女ーーーーアリス。




心配そうに眺める彼女の甘ったるい視線に気づいているエクレアは、剣を振り続けながら小さな舌打ちをした。



「うじゃうじゃうじゃうじゃと……鬱陶しいッ!!」



長剣を豪快に振るう筋肉質な金髪の女性、エクレアは猛々しい咆哮を小鬼達に浴びせる。


彼女はずば抜けた戦闘センスを有し、どんな武器でも巧みに扱える器用さを持った女戦士。

若干24歳でありながら《 Lv.2 》の階級にまで上り詰めた実力者だ。



何故彼女達がこの村でゴブリンと対峙しているのかと言うと、それは数時間前に遡る。

最初は、ギルドに発行されている依頼書、同じ依頼を受けたことがきっかけだ。




"1週間ほど前から、モルネ村に畑を荒らすゴブリンが現れた。2~3体とのこと。すみやかに撃退するべし"




こう言っては何だが、かなり初心者向けの仕事だ。

数多く存在する魔獣の中でも【鬼種】最弱の"小鬼"と呼ばれるゴブリンの退治など、冒険者からしてみれば簡単極まりない。ゴブリンは力が弱く、知性も子供並み。3年間、ほとんど依頼を達成出来なかったアリスにすら、丁度良いと思えるほどに、ゴブリンの討伐はレベルの低いものだ。



なので、こんな簡単で報酬も少ない依頼が誰かと被るはずもない、そう思っていたのだが、なんとベテラン冒険者3人が、アリスと同じ依頼を指名してきた。しかもほとんど同時に。



最初は揉めた、それにアリスも何故こんな依頼をベテラン冒険者たちが受けるのか、それだけが気になった。彼らほどの実力者なら他の依頼を受けるべきだ。だがそんなことも言えず「みんなでいくのはどうかな?」というアリスの何気ない発言により、場は丸く収まった。




そして様々な不安が募るなか"モルネ村"に向かい、数時間の徒歩によりなんとか到着した。




そこで畑を荒らしに来るゴブリンを待ち伏せするために、民家で隠れていたのだが、周りを見渡せば大量のゴブリンのが村を囲んでいた。その意味がわからない状況下のなか、仲間3人は最初に取った行動は、武器を構えるでもなく、鎧を着るのでもなく、ただーーーーーアリスを睨んだ。



「これでーーーーー最後だッ!!」



「ギシャァァァアーーーーーッッ!!!」



最後の1体を何の躊躇もなく斬り捨て、薄汚い魔獣の血が畑にまで飛び散る。

ゴブリン口は裂けるほど断末魔を叫び、倒れる最期の瞬間まで怨めしそうにエクレアを、村人を睨んだ。

その小鬼の必死な眼に血の気が引き、村人は顔を青白くさせる。



「………ふぅ」



汗まみれになりながら戦った女戦士は剥き出しの剣を空の鞘に仕舞い、静かな呼吸を繰り返す。

不足した酸素を取り入れるため空気を吸い、体内の二酸化炭素を多量に吐き出す。

その単純な作業を繰り返すことによって脳は正常に作動し、エクレアは閉じていた瞼をゆっくり開く。




暫くすると寄り添う村人の中から一人、初老の男性が申し出てきた。

その顔色は悪く、脂汗が額に浮かばせている。ゴブリンの死に際を目の当たりにしたことが原因ではなく、何か申し訳なさそうに目を泳がせていた。



「すいません……いつもは2~3匹が畑から作物を盗んでいく程度なんですが……なぜか今日は群れでやって来て、村人に危害を加えるなんて………大した額ではございませんが、追加報酬をお納めくだされ……」



一瞬、皺が刻まれた老人の手から差し出される布袋、追加報酬を受け取ろうとしたが、エクレアは伸ばす手を止め、受けとるのを躊躇する。



殺したゴブリンの死骸を数えると合計14匹、依頼書に記載してあった内容の"畑を荒らすゴブリン2~3匹の退治"とは桁違いの数だった。



ここまで依頼内容の異なる仕事は経験上、エクレアはもちろん一緒の依頼を受けた仲間たちも受けたことはない。だがマニュアル通りなら、依頼者のミスで仕事内容が大幅に変更された場合、追加報酬を請求する権利が与えられるはず。


だが、エクレア達にはそれを受け取る資格がないため、真面目な女戦士はきっぱりと断る。



「いえそれに関してはこちらから謝罪します。魔獣が多かったのはこちらに原因があります」


「……はい?」




エクレアは申し訳なさそうに謝罪をすると、頭を下げたまま隣にいる少女を睨みつけた。



その鋭く意図的な視線に感づいた少女は頬を引きつらせ、唇を噛んで不安な感情を抑制した。


なぜ追加報酬を請求しないのか、なぜエクレアが隣の少女に嫌悪の感情を向けているのか、この面倒な状況を作り出した張本人は紛れもない、白髪の少女ーーーーアリスだからだ。




「あの、エクレア……」



「では我々はこれで。ゴブリンの死骸の処理を頼みます」




アリスの言葉を遮り、冷めた口調で村人に別れを告げるエクレアは剣の鞘を左右に揺らしながらすぐに村を出る。


そのあとを追って2人も村を出るが、重い荷物を背負っている少女には三人の足取りはあまりにも早すぎた。



「わ、たいへん……傷が残っちゃう。エクレア、腕を出して…」


「触らないで」



触れそうになるアリスの小さな手を振り払い、エクレアは今にも殺しそうな殺気を放ちながらアリスを怒鳴りつけた。

村を出たばかりで、さほど距離も離れていないため、恐らく今の怒鳴り声は村にまで聞こえてしまっただろう。



急に人の怒鳴り声が聞こえてきたら不安になるだろう、ハンズは早くこの場から離れるように提案すると、エクレアはそのまま歩き出し、一言呟く。



「この傷も、妹が死んだのも、全部全部…………お前のせいだ」



ーーーーーエクレア・ラージェンは紅瞳の少女、アリス・エヴァンジェリンを許さない。

この幼い少女のせいで、彼女の妹は死んでしまったのだから。




◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆






ーーーーーーーー明智水樹。



ーーーーー明智水樹。



ーー明智水樹。



明智水樹。明智水樹。明智水樹。明智水樹。明智水樹。明智水樹。明智水樹。お前だけは絶対に許さない。なんで彼らを見捨てたんだ。君なら救えただろうに。お前が殺したんだ。お前が奪ったんだ。私から彼らを。かえせ。かえせ。返せ。お兄ちゃん。おにいちゃん。殺さないで。食べないで。たすけてよ。お願い。助けて。お願い!!殺さないでぇぇぇ!!




「ーーーーーうるさい」



眠っていた意識を激しく刺激してきた幻聴を振り払うが如く、覚めきった一言。

そのたった一言で脳で騒ぎまくっていた"声"は鳴り止み、僕は目を覚ます。

閉じていた瞼をうすく開くと、視界に日光が染み込んでくるのがわかる。



「ーーーーーーーー」



草の上に寝転がり、チクチクとした感触が首もと付近に感じる。

僕の短かった眠りの時間は気まぐれに終わりを告げ、身体を横にしたまま手を光が指してくる方向に伸ばす。

目に映る手を握り締め、開く、その単純な指の運動を軽く行う。



「………頭痛いなぁ」



割れるような脳の衝撃、頭を押さえながらその痛みに耐え、次第に意識がはっきりといていく。

手先から順に身体を慣れさせ、肉体が十分にほぐれたことを確認すると身体を勢いよく起き上がらせ、初めて自分がいるその場の景色を目にする。




「ーーーーは」




ーーーーーー童話の森。

そう表現するのが最も相応しい言葉だろう。

幼少期に妹に頼まれて読んだ絵本に、この光景に似た絵が描かれていた気がする。



「………………っ」



懐かしい記憶が脳を横切った、だがその記憶は僕にとって、思い出せば心を蝕む悪夢にすぎない。

笑顔で僕に微笑みかける妹の甘ったれた顔がとてつもなく不愉快で、腹立たしい。

脳に纏わりつく靄を誤魔化すように首を左右に勢いよく振り、頬を強く叩く。



そして耳を澄ませ、精神を穏やかにすれば、風の音と小鳥の囀ずりが自然と心を癒してくれた。

その辺の茂みなんか、静かにしていれば妖精がひょっこり顔を出しそうなくらいに幻想的だ。



「異世界………ね」



 5秒ほど沈黙が続いたが、青年にとって5秒とは、状況を分析するのにさほど短い時間でもない。自分がなぜこんな森で倒れていたのか、何故気を失っていたのか、気を失う前の記憶を掘り起こす。




オルガナとの出会い。




奇妙な部屋で彼と出会い、話しをして、異世界に行くことに決めた。

扉を開けたところまでは覚えているが、そのあと何かに呑み込まれるような感覚に陥り、そこから記憶が途絶えている。

それにこの激しい頭痛も恐らくは脳への負担。別の世界に飛ばされたんだ、何らかの負担がないほうがおかしいのかもしれない。



「あ」



青年は何かを思い出したように自分の服装を確認し始めた。



「装備や持ち物確認はRPGで常識だよね♪ほうほうこれが初期装備ってやつね……」



青年は自分の現在の所持品と服装を確認するため、見慣れない上着を脱ぎ、首もとからポケット、全身の至るところに道具がないか調べる。



すると色々なものが発掘され、草むらの上に上着を敷いて、その上に所持品を置く。



いつの間にか着ていた、黒い薄めの生地を使われた上着。

上着の右ポケットに入っていた、小さな果物ナイフが2本。

同じく上着の左ポケットに入っていた銀で出来た円状のコイン。



衣服、武器は全て、あの黒い部屋の主……オルガナが青年に託した、いわゆる『初期装備』と言えるだろう。



だがしかし、読んだことのあるイマドキのライトノベル等である展開では転生する主人公は何かしらの反則級のアイテムや能力を得たりして、異世界で最強になる………というのがお約束のはずだ。




そのはずなのだが、今の自分の現在の装備は明らかに不相応過ぎる。



鎧や剣、財産や能力も授かっていない自分が、どうやって見知らぬ土地で生きていけようか。



普通、もしこんな最悪な状況に陥ったのなら、普通の人間は取り乱し、冷静で居られなくなるだろう。

だが青年にとってこれはハンデに過ぎない。これはゲームをより一層楽しくくるための負荷として青年は捉える。



「ま、ぶっちゃけ装備なんて天才な僕にはいらないのよね~……まずはこの異世界について学ばなきゃね♪」



視線を左右へと移動させ、改めて周囲の景色を確認する青年。



自然は豊かで見た感じではファンタジー要素の強い世界のようだが、青年が期待していた怪物らしい怪物は全く見当たらない。



そもそも"異世界にはモンスターがいる"なんて考え自体が間違っているのだろうか。そもそも異世界やモンスターなど人間にとっては空想の産物に過ぎない。


今現在来ている場所が異世界だとしても、モンスターが存在するかはまた別の話しだ。

確証もない話しを信じるほどーーーーーー否である。



「モンスターとか男のロマンだよねぇ、存在するかわからない……そこに人は魅力を感じるのよ♪!」



自分以外誰も居ないというのに、べらべらと喋る青年は、この一面緑で埋め尽くされた森に、少し疑問を抱いていた。



「というか、この森どこまで続いてんだろねぇ……」



見渡しても見渡しても森、上を向けば青空しか見えない。

変な鳥が飛んでる、うける。

しかも初めての土地で所持金も無しに放り出されるというこの不安感。


ーーーーー何かバラエティー番組で見たことがあるような、こういう無謀なの。

とりあえず周りを探索してみることにした青年は、怪しそうな茂みに足を踏み込む。






◆    ◆    ◆    ◆    ◆    ◆





村を離れて数時間が経った頃、一人の少女の異変が仲間たちの歩みを阻んだ。

殺気立つ空気、重苦しい雰囲気に身を委ね、少女は顔色の悪い顔を揺らしながら息を吐く。



「おいアリス、顔色が悪いぞ。大丈夫か?」



ふらふらと跡をついてくる姿にハンズは不安を覚え、心配そうに具合いを訊ねる。

さきほどから何度も声をかけているが、アリスの返す返事は生気が感じられない。

だがハンズ以外の仲間たちはアリスの様子には無関心といった様子だ。

一度は止めた歩みも直ぐに再開させ、エクレアはため息を吐きながら言葉を発した。



「ほっときなさい。そんなやつ、いざとなったら置いてくわよ」



振り返りもせず、淡々と冷たい言葉を吐くエクレアの歩く速度はさらに加速する。

彼女の辛辣な言動はどこまでが本気なのかわからないが、本当に置いていきかねないのが心配である。

エクレアという戦士はアリスに深い憎しみを抱いている。いや、何か問題を起こしたり、足を引っ張れば、エクレアは容赦なくアリスを置いていく可能性が高いだろう。


最初は気にかけていたハンズだが、次第にその温情も薄れていき、後ろを振り返るのを止めた。



ーーーーーー何故、こんなことになったのだろうか。



雪のように無機質な白銀の髪と肌、そして血を溢したような真っ赤な《紅瞳》。

神秘的でガラス細工を思わせる異質な風貌を持つ彼女の名は、



ーーーーアリス・エヴァンジェリン。



世界の真実を知る者、大貴族の世界権力者エヴァンジェリン一族の当主、デイヴィット・エヴァンジェリンの実娘にして、冒険者の職に就いている。



「私は……大丈夫だから………みんな、先行ってて……」


「……あっそ」



まず、何故貴族である彼女が冒険者をしているのか、という疑問についてである。

貴族である父親も冒険者ギルドの団長をやっている、というのもあるが、単純に、彼女が《冒険者》という職業に子供の頃から強い憧れを抱いているからでもある。



 彼女が幼少期の頃、自分の容姿に深い絶望をした。

 怪物のような真っ赤な瞳に、人間味を感じさせない色素の抜けたような頭髪と雪のような肌。母に貰った絵本に出てくる【魔女】と丸っきり同じ容姿だった。



父親に聞いてみたところ《エヴァンジェリン》一族というのは数千年の歴史を誇る由緒ある貴族で、赤い瞳と真っ白な容姿は一族が《竜》を討伐したときに受けた【呪い】の名残だとか。



だが、子供からしてみればそんな大昔のことなど到底理解出来ない。

アリスは毎晩部屋に籠っては泣きじゃくり、屋敷中の鏡を割った。

自分の容姿が気に入らない、絵本に登場する【魔女】に酷似している………ただそれだけの理由で、自暴自棄に成り果てていた。


アリスの読んでいた絵本の内容は『幾千もの魔物を従える【魔女】が世界を滅ぼし、最後は勇者に殺される』という意図の掴みにくい物語だった。子供の読む本にしては難しく、何故母がこんな絵本をアリスに渡したのか、そんなことはわからない。だがこの本を貰ったとき、母はまじないでも掛けるように、幼子だったアリスにこう囁いた。



『この本を読んだあと、100回読み直しなさい。そして、一字一句脳裏に焼き付けなさい。私たち"一族"の呪いを決して忘れてはいけない』



目を剥き、蒼白とした表情で囁く母の様子が、幼い女児にも異常だと理解出来た。

母の汗ばむ白い手に握られ、アリスの手首は軋むような音を立てる。

アリスはその痛みをぐっと堪え、下手なつくり笑顔で母から貰った絵本の礼を告げた。



脳裏に浮かぶ母親との短い思い出が、心の中で這いずり回るように不快に思える。

大好きだったあの優しい微笑みから一変した冷たい表情。

初めて目にした母の恐ろしい表情に、アリスは胸を締め付けられた。



「ーーーーーーー」



母が死んで暫く月日が流れたあと、アリスは父の反対をおしきって冒険者となった。


父は母が死んでからというもの、アリスに滅法厳しくなり、外出すらも禁ずるようになっていた。

最低限の自由も許されないことに反発したアリスは、より一層外の世界への期待を膨らませ、2年間の説得によりようやく冒険者になることを許されたのだ。



ーーーーそして、アリスはようやく王都から離れ、依頼として付近の街まで仕事に行ったのだ。



初めて訪れた王都以外の街に少女は心震わせた。

建築物は王都より貧相だったが、目新しい外観にアリスは心踊らずにはいられなかった。


初めての依頼も順調に終わり、王都に帰還したあとは屋敷の使用人にその日の出来事を自慢話のように語った。

初めて触れ合った人々、初めて見る光景、初めて経験した仕事、初めて味わった充実感。


全てがアリスにとっては新鮮で、誰かにその気持ちを伝えなければ夜も眠れないほどに楽しかったのだ。



暫く依頼をこなしてから、父からギルド《太陽の獅子》への入団を薦められた。


目の届きやすいところに置いといたほうが色々と好都合、そう思っての提案だったのか未だにわからないが、アリスはそれを承諾し、入団した。



それからと言うもの、辛くも楽しい日々が続いた。

ギルドに入ってからというもの、同じく入団している仲間達との接点が多くなっていった。



初めて出来た友達、仲間、女の子同士の冒険者となんかは楽しくお茶をしたり、お喋りしたり、普通の女の子らしい体験も出来た。最初はこの恐ろしげな容姿に怯えるものいたが、冒険者にとってこれぐらいでは臆しないらしい。すぐに慣れるものが多かった。



ーーーーーーーだが、悲劇なんてのは唐突に降り注ぐものだ。



事件だ。耳を塞ぎたくなるような残酷な事件が、少女の目の前で発生したのだ。

いつも通り、仲間達と任務に向かっていたはずだった。



道具整備をしていた1人の班員が誤って《火石》に衝撃を与えてしまい、二人の班員の顔が吹き飛んだ。

聴こえてくる悲鳴に気付いたアリスは、急ぎ二人の元へ向かったが、手遅れとなった仲間の亡骸を唖然と黙視した。

アリスはすぐに状況を理解すると放心状態になり、爪で自分の頬を掻き毟った。



その亡くなった二人の中に、アリスの最初に出来た友達であり親友のーーーーーネイル・フリーダの亡骸があったからだ。



誰もが口を揃えて悲しい事故だと言った。

だが、アリスにとってはそんな次元の話ではない。

突如突きつけられた初めて出来た親友の死にアリスの精神は平常を保てず、泣きじゃくり、発狂した。



『ーーーーーーーキャイァァァァァァァァアッッ!!!』



女の悲鳴、というよりは魔獣の断末魔に近いだろう。

鼓膜がおかしくなりそうなアリスの奇声に冒険者たちは耳を塞いだーーーーーその突如だった。



数十体にも及ぶ巨大な魔獣が森から姿を現したのだ。

何故これほどの数が姿を現し、この場所に集まったのかわからず、一瞬で冒険者たちは蹂躙され、食い散らかされた。



草原が血で染まり、翌日、任務で通りかかった他の冒険者が現場を発見し、王国全土で猟奇的事件として取り上げられた。



幾つもの原形を留めていない死体、山のように積もった肉塊の中から、気を失ったアリスは発見された。

現場を調べていた王国騎士は直ぐに引っ張り出し、急ぎ王都の医療施設に連れていったところ、アリスの体からは傷という傷が一つも見つからなかった。



ギルド協会の上層部ではこの異常とも言える事件に頭を抱えていた。


調査からわかった"食い荒らされたような死因""魔獣の痕跡"等、魔獣による仕業だと位置付けるものが明確だった。しかし、ならば何故一番弱かったアリス・エヴァンジェリンという少女は傷一つ負っていないのか。そこがこの事件の最大の謎だった。



精神が不安定でまともな事情聴取も出来なかったなか、やっと聞き出せた証言が"魔獣が全員を殺した"だった。

生存者の証言があれば魔獣関連の事件で確定のはずなのだが、もしそうなら何故そのメンバーの中で最も脆弱なアリスが傷を一つも負っていなかったのか。



おかしな点しか見つからない。

それ故に、アリスは常にギルド協会から監視され、月一のカウンセリング。同じギルドの団員たちからは厄介者扱い。父はあの日以来まともに会話もしていない。



この世界に、彼女の居場所は、もうない。




「…………なぁ、なんか聞こえねぇか?」



一際目つきの悪い男がそう告げると、エクレアは一旦移動を止め、周囲を見渡す。

研ぎ澄まされた本能、並外れた聴覚で周りに敵がいないか探りを入れるが、エクレアは獣の気配を微弱だが感じ取った。



「たしかに………何かが近づいてくる。数は1匹の単体、だけど今までに感じたことのない気配ね」



静まり返る空気。


その中で唯一状況を理解できていないアリス。



「………来る!!」


「ーーーーーグルルガガガァァァァァァッッッ!!!」



突如、森の中から姿を現したのは《赤い怪物》。



血を浴びたような真っ赤な皮膚と成人男性の数倍はあろう巨躯。

丸太のように太い四肢に生々しい牙、それに加えて頭部に生える巨大な角が二本。

それらの要素全てが不気味で、怪物に対する恐怖心がさらに沸き立てられる。



「はっ、なん……っ!!」


「なんなんだよ!この化け物は……っ!?」



【怪物】の眼光に気圧され、生物としての格の違いを思い知らされた。

全身の筋肉が硬直し、構えていた武器も草の上に落とした。拾うことも忘れ、ただ唖然と立ち尽くした。


ーーーーーーそれはエクレアとて例外ではない。


戦士としてかなりの死闘を繰り広げてきたつもりだったが、目の前に現れた【怪物】に恐怖し、冷や汗を流した。

だが、数秒で平静を取り戻したエクレアは構え直し、仲間に向かって叫んだ。



「ーーーー殺せぇっ!!」



その怒鳴り声に刺激され、固まっていた筋肉が解れた仲間達は一斉に【怪物】に向かって走った。

武器を拾い【怪物】に剣を突き立て、攻撃を始める。


エクレア自身も直感している。この【怪物】に勝てる確率は無に等しい。

だが、ここでこの【怪物】を見逃すのは冒険者として抵抗、義務感に反する。

故に焦ったエクレアは撤退ではなく戦闘を余儀なくした。



「がぁっっ!!」


「ーーーーーハンズ!!」



エクレアが戦闘を指示して3秒後、ハンズは遥か彼方に飛ばされた。

そして間もなく、一瞬視線を反らした隙にエクレアの左腕が草むらの上に溢れ落ちた。



「がぁぁぁぁっ!!コイツ…いつの間にぃ……!!」



腕が熱い。湯気が噴き出しそうだ。熱気が、傷口から漏れ出していく感覚。痛すぎて汗が止まらない。エクレアは今にも叫び出したい気持ちを抑え、直ぐに怪物への攻撃を始めた。



剣を思い切り降り下ろし、怪物の脛を斬った。





ーーーー何故、こんなことになってしまったのだろうか。

片腕を失ったエクレア、【怪物】のその一瞬の動作で圧倒的な力を見せつけられ、冒険者達はほとんどが戦意を喪失していた。だが、エクレアだけはその瞳から光は消えず、握った剣を放していなかった。



「アルオォ!!ハンズを担いでアリスと一緒に逃げろ!!」


「お前は……どうすん…だよ……」


「時間を稼ぐ!!」



エクレアは剣を振り上げ、怪物の腹部を切り裂いた。

だが返ってきたのは弾かれた剣と金属音。火花が散り、エクレアは反動で後ろに後退するが、続いて剣を横に振り、今度は右腕を狙った。


「くっ!」


今度は生々しい音が鳴ったが、筋肉が硬すぎて刃が通りにくい。

比較的筋肉量の少ない関節を狙ったはずがかすり傷程度しか負わせられなかった。

怪物は丸太のように太い豪腕をエクレアに向かって振り上げてくるが、エクレアは間一髪回避した。



「……なんだこの反射神経は……魔獣の域を超えてるぞ……!!」



一発でも食らえば骨数本は骨折確定。それほどの怪力、腕を振り上げた風圧だけでもその力は伝わってくる。

エクレアは彼らが見えなくなるまで時間を稼ぐつもりだが、アリスは未だに走っていない。



「アリス!!なにしてる!!早く逃げろと言っているだろう!!」


「え……エクレア!」


アリスは震える声でエクレアの声を叫ぶ。遠くではアルオがハンズに肩を貸して移動を続けているが、アリスはまだ動くつもりはないようだ。何を伝えたいのか、彼女はスカートの裾をぎゅっと掴んで、泣きそうな顔で叫んだ。



「えっと……あの……私……エクレアともっと話したいことが……ぜ…ぜったいに………絶対に戻ってきてね!!」


「お前に言われる筋合いはない!!さっさと行け!!」



アリスは嫌い。それは今でも変わらない。憎んでもいるし、一生馴れ合う気もない。


妹を殺したーーーーーーーいや、あの少女のせいとは、本当は思っていない。

だが、彼女を悪者にすることで、自分の中にある悲しみや責任を全てアリスに押しつけていた。


醜い行為だったと自覚しているが、やはり彼女を逆恨みしてしまう。

彼女だけ生き残ったことに、怒りを覚えてしまった。




◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆





「ほんと、どこまで続くのかねぇ………」


青年は似たような道、道と言うには些か無理があるが、同じような草むらをただひたすら歩いていた。

裾の隙間から草が入り、足首をくすぐるのだけは本当に勘弁してほしい。


「まさか、モンスターに文明を滅ぼされて街とかない系の世界だったら泣くよボク。というかそれはどっちかっつーとSF系なんじゃない?あまりグロちんなの出てこられても迷惑なんですけど……」



膝辺りまである茂みを進み、誰が聞いてるわけでもなく独り言を呟く。

これは決して彼が危ない人だからとか、そういうわけではない。ただ、彼はこういう変わった生物だった。

基本的に何でも出来るし、努力をしようとしない。遺伝子的にも名家の生まれだったのだが、その特別な一族の中でも際立った才能を持ち、《新人類》とまで言われた。



中学、高校はより一層才能が高まり、雑誌やテレビ局の取材も殺到。明智水樹は大人たちからも期待され、同年代からは尊敬の眼差しだった。



だが何故だったのか。彼にはそれがとてもつまらなく思えた。




人に期待され、その期待通りに道を歩いても、たどり着いたその先に何があるのだろうか。

夢、希望、富、名声、そんなもの喜ぶのは人間だけだ。



人間(・・)じゃない明智水樹には、とても無意味で無価値なものだった。



「んで、色々あって殺人鬼やってんだけどね~……人の命は尊いから好きなのよねぇ♪」


意味不明なことを呟く青年だが、さすがに茂みの中で歩くのは鬱陶しそうだ。

足に絡み付いてくる草に少し呆れながら、せっせと前へ進み続ける。


「なにこの森……30分近く歩いてるのに全然景色が変わんない……」


短期な性格の青年にとって、30分の徒歩は精神的に充分堪える。

それに異世界に飛ばされた反動のせいか、体が少し重く、強い眠気が脳を揺らす。



「んー、どうしたもんか………あ!!」



何かを思いついたように表情を明るくする青年。

周囲に立ち並ぶ木の一本に近寄り、着けてあった手袋を外すと、その剥き出しになった白い手のひらを木の表面に重ねた。


その後、青年は撫でるように木に触れると、次は手の甲で軽く木を叩いた。



何かを納得したように頷くと、木との距離を取り始め、茂みの上でぴょんぴょんと跳ねる。



準備運動のような仕草をした後、青年は助走をつけ、高く飛び上がる。



「じゃーーーーーんぷ♪」




恐るべき跳躍力により、最低でも2mは跳んだ青年の体躯は、木の太い枝に身を投じた。だが足を着けると直ぐに違う枝に飛び移り、また飛び移る。その繰り返しだ。数mも離れている枝に飛び移っている青年の身体能力も異常だが、木の枝に乗ったとき、少しも軋む音が漏れていないのが不思議でならない。


「はっ、はっ、はっ!!忍者っぽーい♪もしくはニンジャ!?ニンニンニン♪」


笑いながら森を駆けるその姿は、実に奇妙で不思議な光景だ。

現代の日本人が見たら天狗と思ってしまうぐらいに、今の彼は速く、間違いなく《異形》だ。



『ゴァアアアアァアアアッッ!!!』

「ん!?」


突如、獣の様な不快感極まる鳴き声が青年の鼓膜に入り込んで来た。

あまりにも大きな鳴き声に青年は思わず、飛び乗る足を止める。

器用にも安定した体勢で木の枝で棒立ちになる青年は、声の聞こえた方向に振り返る。


「声の振動からして1Kmってとこかな♪」


聴こえてきた音の振動数を感じ取り、素早く距離を言い当てた青年。

青年は聴こえてきた獣の鳴き声に胸を弾ませながら移動を再開する。






「ーーーーーーーーあぁ、興奮しちゃうなぁ♪」




◆    ◆    ◆    ◆    ◆    ◆



あっという間に森を抜け、飛び乗る木も無くなったため、再び茂みに降りることにする青年。



「なにかな?なにかな?この"面白そう"な匂いは♪」



明智水樹は"面白そう"な予感を感じ取り、妖しい笑みを浮かべながら全速力で鳴き声がした方角に走り出す。青年の全速力は金メダリスト顔負け。直ぐに目的地付近まで辿り着き、青年は自然と走る足を緩めた。



「たしかたしか~、こっちだった気がするんだけどぉ~?」



全速力で走るのを一旦中断し、途中からスキップで目的地に向かう青年はキョロキョロと当たり一面を見渡す。どこを見ても草原と花畑が広がり、先ほどの声のもとが見当たらない。


残っているのは血の痕だけ。

白い花に塗られた赤い血が視界をちらつく。



「んー、もしかして逃げちゃったのかしら……」



ーーーー少し残念な気もするけど、逃げたのなら仕方ないね。

青年は潔く諦め、再び探索を続けるために、周囲を調べることにする。

だがさっきまでは美しい森と褒め称え、感動を覚えていたものの、ずっと同じ風景ばかりだと流石に飽きる。観光気分の青年にとっては退屈なものだった。



「ゴァアアアアァアアア!!」

「ん?」


ーーー近い距離、さほど遠くもない距離から聴こえてきた獣の声。右300mほどの距離。この距離なら数秒で到着する、そう確信した青年は草を力強く踏み、疾走した。



「ーーーーーーーー!!」



走る衝動と風圧で草が舞い、芝生には青年が走り去った決定的な跡が残っていた。その跡を作った青年の足は直ぐに活動を停止し、すぐそばの花畑に視野を集中していた。



「……………………。」



青年はしばらく沈黙という選択肢を選んだ。

草の上で立ち尽くしたまま、青年は一言も言葉を発さず無言で、“獣の声が聴こえてきた場所″の花畑を凝視する。



風に紛れ、微かだが鼻孔を擽る鉄の匂い、青年はその香りを辿って花畑を踏んで歩く。


「……そういえば、ボクって死んだんだよな~。異世界にって言われてもあまり実感ないっていうかぁ~、本当はボク普通に死んでるんじゃないの?な~んかここ天国に見えてきそうだぞ~♪」


花が潰れていく音が蔓延するなか、青年は笑顔で花畑を進み続ける。



しばらく歩くと溢れている血の量が次第に多くなっていきーーーーー木に寄りかかる女の人を発見した。



屈強な体つきをした女性の後ろ姿、衣服が破け露になっている肩甲骨が僕の心を揺さぶった。下唇を強く噛み、痛みによって意図的に自尊心を保つ。この場は我慢することが必要で、最優先はこの世界で初めて見たの人間との接触。友達作りは第一印象が大事とよく兄に言われていた。



そっと近づき、足音を一切立てずに彼女の背後に立った。

だがどう声をかければいいのかわからず、そのまま固まっていると彼女は僕の存在に気づいた。


「貴様……何者だ!!」

「んへ?」



全身傷だらけ、左腕を失った橙色の髪の女性が剣を握り締めながら僕に向かって睨み付けてきた。

その野性的な眼力に根負けしたわけではないが、僕は軽く身を退いた。


女から発せられたとは思えない殺気に驚き、一歩、また一歩と後退り、僕は彼女に向かってこう言い放った。


「ヘイヘイ、そこのお姉さん♪その怪我どうしたの?大丈夫?」


「さ……触るなっ!」


一度離れようとしたものの、僕は再び彼女に近づき、手を伸ばした。

すると彼女は怪我を庇いながら僕の手を払い、鋭利に光る剣を向けてきた。

予想以上に拒されたことに僕は少し傷つくが、軽く苦笑いを浮かべながら両手を上げ、今は敵意が全く無いことを主張した。


「ごめんごめん♪そんなに嫌がるとは思わなかったから……でもその怪我はほっといたら死んじゃうよ?」

「うるさい……黙れ……」


こっちは敵意がないことを主張しているのに、一向に警戒を解いてくれない。

これはこれで悲しいものがあるが、まずは貴重な人間とのコミュニティを築かなければならない。

僕は再び彼女に近づいた。

 


「あんま暴れると傷に響きますよ?」


「私のことは構うな……そんなことより……助けを………」



彼女と初めて目が合った。

ずっと下を向いていたか、虚ろな目で辛うじて僕の姿を視界に捉えていた程度で、僕の顔をはっきり見たのは今が初めてだ。女性と目が合うなんて少しばかり気恥ずかしい気もするが、決して気分は悪くない。そのまま彼女は僕のことを見つめーーーーーーーそして突然、彼女は僕のことを信じられないモノを見るかのような目で凝視してきた。


「ッッ!!」


気づいたときには彼女は握っていた剣を素早く振り上げ、一気に降り下ろした。


「はひっ!?」


間一髪で避けることが出来たが、僕の首もとを僅かに掠めた。

その突然の奇行に僕は目を剥き、さすがに同様した。



「と……突然、何をするんでっか!?」



わざと大袈裟に驚いた様子を見せ、相手の反応を伺う。

彼女は口元をぐっと押さえ、嫌悪感を剥き出した眼差しで僕を睨んだ。



「……その強く濃厚な血の臭い……お前ーーーーーーー人を殺しているな?」



彼女は確信を持ったような目でこちらを睨み、言い切った。

女性にそんな目で見られるとやはり少し悲しい。



「突然……なにを言い出すかと思えば……あなた頭おかしいんじゃないの?」



せっかくこの世界で初めて出会った人だったのに、とても残念だ。

だけど、気づかれたからには生かしておけない。

僕は喉に当てられてる刃を手の甲で弾き、素早く前に前進する。



「……がっ!!」

「お姉さん……"鼻"がいいんだね♪」



僕は一瞬で手の伸ばし、彼女の首を掴んだ。

手足に力を入れられると抵抗する恐れがある、なので死なない程度に首を締めつける。

握力機は何度も壊してしまうので正確な数値はわからないが、ゴリラよりは上だといいな♪

女は呼吸もままならなくなり、必死にそのゴツゴツな手で僕の腕を掴んだ。



「が………あ……ぁ……!!」



先程までは本当に敵意などなかった、それは事実。

だが血の臭いを嗅ぎ取られてしまったら、これはもう見逃すことができない。

記念すべき異世界生活一日目だというのに僕が人殺しだとバレて、この世界でも追われる身となるのならば、僕は萎えてしまう。



萎えるのは危険だ。萎えるのは御免だ。面倒なトラブルは御免だ。

萎えると死にたくなる。萎えは退屈に似ている。退屈は死ぬのと同じだ。

こんなにも綺麗な女性を殺めるのはとても心が痛むが、だが仕方ない。

僕も死ぬのは嫌だからね。



「ほらほらほらほらほらほらほらほら、はやく死んでくださいよ、はよ、はよ、はよ、はよ、死にんさいな」



指に力を込め、強靭な握力を駆使して彼女の首を締めた。

本当の本当に、心が痛むが、生かしておく理由がない。

彼女の全身に刻まれている獣に引っ掻かれたような傷は深く肉を抉り取っており、出血が激しい。そのせいなのか、動きの反応が鈍い。そのおかげで、意図も容易く彼女の不意を突けた。



「………本当に残念だなぁ♪お姉さん、けっこう僕の好みだったんだけどなぁ」


本当に好みだったんだ。

好戦的な印象を持たせる鋭い吊り目、悪い口、生意気な面構え。

こういう女ほど屈服させたくなる。



「僕が人殺しって気づいた時点で」



僕が人殺しだって勘づいたのが駄目だったねぇ♪何も知らずにいれば助けだって呼んできてあげたのに……」


「だま……れ……」



驚いた。こんなにも力を込めて首を圧迫しているのに、まだ気を失っていなかったのか。もし違う形で出逢っていれば、それはそれは素敵な殺し合いが出来ただろうに。本当に惜しい。

僕はこのなんとも言えない悔しさを噛み締めながら、指に力を込めた。



「最後に、言い残す言葉を聞いてあげるよ?」



「………………ね」



「はぃ?」



何か言ったような気もするが、気のせいだろう。

僕は気にせず首を圧迫し続けたが、彼女はやはり何かを呟いていて、その閉じかけていた目は一気に見開かれた。



「ーーーーー死ねッ!!」


「え?」



彼女は突然叫び、僕はその声量に驚いて彼女の首から手を離してしまった。その直後、彼女は握ったままだった剣を振り上げ、勢いよく僕の頭上に向かって振り下ろした。



「ーーーーーは?」



間一髪、反射的に回避しようとしたが、彼女の振り下ろした剣は僕の肩を物の見事に切り裂いた。


彼女は着地すると、そのまま僕を蹴り飛ばし、追い討ちをかけた。



「いってぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッ!!!あぁァァァァぉぁォォォォぉぁ!?」



血が噴き出し、僕は叫び声をあげながら草の上を転がった。

強い痛みが肩に集中し、傷口が熱い。溶岩を浴びたような熱、熱い。熱い。熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い。



「はぁ……はぁ……油断したな。あまり、冒険者を甘く見るなよ」



冒険者。その単語をしっかり覚えておくとして、まずはこの状況を何とかしなければならない。



現在、僕が所持している武器はナイフ数本。

肩を負傷していて、傷は深く骨にまで達している。



彼女は剣が一本、全身に傷を負っているが十分戦えることがたった今証明された。

油断したとはいえ、手加減していたとはいえ、首を絞められて呼吸困難だったくせに、剣を僕に振り下ろすなんて、

正直、この状況は非常に不味い。だけど最高だ。これは欲情しちゃう。



「ゲホッ……ゲホッ…………」



先ほどまで首を絞められていたため、十分な酸素を補給できていなかった彼女は噎せ、二酸化炭素を口から必死に排出している。そして、呼吸が整うと僕を見下ろし、話しかけてきた。



「さきほど、私の背後で何かおろおろしていたが……何故攻撃をしなかった?」

「…………はひ?」

 


僕がとぼけた態度をとると、彼女は不機嫌そうに眉間に皺を寄せ、剣の先を僕の首に当ててきた。



「あのとき不意を突いていれば……こんなことにはならなかったんじゃないか?」



彼女の視線がより一層鋭くなり、僕の嫌な予感は見事に的中した。



「………いや、まぁいい。質問なんてしてる場合じゃない……私には時間がないんだ。すぐに始末してやる」


「ひ……いや、待ってください……僕だって好きでこんなこと……僕はあなたが酷い怪我だったから……心配をして……」


「……心配していた人間が、剣を向けられた後に殺そうとするわけないだろ。あの動きは手慣れているな、貴様」



ーーーーごもっとも。何も反論が出来ない。

僕は泣きそうになりながらも解決策を探し続けるが、彼女はもう終わらせる気が満々らしい。

剣を振り上げる素振りを見せたので、僕は咄嗟に悪あがきをする。



「ーーーーやめてくださぁぁぁい!!殺さないでぇぇ!!お願いしまぁす!!!何でも……何でもしますがらぁ!!!」


「!?」


僕はその場に身を崩し、草の上で泣きじゃくった。

みっともなく涙と鼻水を流し、情けない顔で僕は彼女に命乞いをした。

必死に命乞いの演技に身を投じて、恥すら覚える名演技で彼女を圧倒した。




◆       ◆      ◆      ◆      ◆



「は……」


男は涙を流しながら頭を垂れている。

たしかに先程から弱々しい様子だったが、まさかこのような醜態を晒すとは……予想外だ。

男という生き物は到底理解は出来ないが、ここまで人としての誇りを捨てることが出来るなんて……呆れるを通り越して畏縮された。


「……貴様から漂う血の匂い……今さっきのものではない……な。常日頃から血を浴びている。しかも私たちとは違う人の血だ。経験から言わせてもらうと、お前は人を殺したことがあるな?それも沢山の人間を……その疑いがある貴様を、見逃すわけにはいかない」



そう、こんな危ないヤツを見逃す道理などない。

しかし、何故王国がこのような危険人物を野放しにしていたのかわからない。




「ーーーーーーーーー」




コイツの鼻を刺すような異臭は私のような人の血を浴び続けた人間にしかわからないだろう。

この強い匂いは明らかに数十人以上の人を殺した証、そんな事件は数年近く起きていない。

謎過ぎる、だが今はそんなことはどうでもいい。

早く王都に救難要請をしなければならない。




ーーーーーーーーーいや、救助要請を申請したところで間に合うのか?

彼らが上手く洞窟に逃げたとしても、あの怪物が血の匂いを追ってアリスは殺されてしまうかもしれない。

あの洞窟はそこまで遠くはない。私でも全力で走れば20分で辿り着く。

あの怪物の速度なら私より早く着くことは明白、要請などせず後を追うべきか。




しかし、私の力ではあの怪物を仕留めることは出来ない。

だがあと一人、サポート役がいれば仕留められるかもしれない。




私は焦り、まともな判断ができる状態ではない。

だから、こんな馬鹿げたことを思ったのかもしれない。



「ーーーーーーー貴様……腕は立つ方だな?」

「え!?立ちます!!僕ってば力は結構強いんですよ!!ほらさっきだって貴女を片腕で持ち上げたじゃないですかぁ!!」



その通りだ。

私がコイツに目をつけたのはそこが大きい。

本来女を片手で持ち上げるなど多少鍛えていれば容易いことだが、常に筋力トレーニングに励む私の体重は80キロ。軽量の鎧と剣を合わせて30キロ。体重と装備を全て合わせれば合計で110キロ。それを片手で持ち上げたのだから、この男の筋力は相当のもの。あの怪物に通用するかはわからないが、それは同時に通用するかもしれないということだ。



こんな曖昧な根拠でこの殺人犯を信用するわけではないが、十分な戦力になる可能性はある。



「貴様、取引をしないか?」


「と……取引?」


「私は………とある怪物を倒さなくてはならない。そのためにも……一刻も、速く……」



荒く乱れる呼吸が言葉を停滞させる。

汗が止まらず、脇腹、衣服の上から血が滲んできて出血が酷い。


恐らくさきほど急に動いたため傷口が開いたのだろう。治癒魔法で一時的に傷口を塞いだのだがやはり魔法は私に不向きだったようだ。正直、応急処置をしたいのは山々だが、今は一刻を争うとき、それすらも時間が惜しい。

痛みはあるが我慢出来ないほどではないし、そこまで深い傷ではないためすぐに止まる。



「か……怪物?……は……え……?」



何を言っているんだ、と言いたげな顔だ。

まぁ普通の反応だ。いきなり怪物と言われて理解をしろと言う方が無理がある。



「……私の仲間がある【怪物】に襲われている。普通の魔獣とも違う……異形の姿を持つ【怪物】だ。私は仲間を逃がすための時間を稼いだが、あと一歩のところで気を失ってしまった。……今すぐに助けに行かなければ……あいつらは殺されてしまう……!!」



今の私の判断は本当に冷静でないと思う。この選択はあとになって後悔するかもしれない。

しかし、歪んで、真っ当ではないとしても、これしか助けられる方法はない。



これにーーーーーーーこの男に賭けるしかない。



「そこで取引というわけだ。私に協力して【怪物】を殺すことが出来たら………お前を見逃す。金もやろう」



見逃してもらう上に金も貰える。

危機的状況に陥った犯罪者にとってこれほど魅力的な条件はない。

この取引に乗ってくるのは確実、もう取引は成立したようなものだ。



「ぁぁ……ほ……ほんとに助けて……くれるんですか?」


「……あぁ。貴様のような人殺しを見逃すのは心苦しいが、手段を選べるほど余裕もないんだ」



「あ……ありがとうございます!!是非とも協力を………へ!?」



そう言うと、突然男は顔色を変えた。

私の後ろに指を指し、震えるような声でこう言った。



「ーーーーーーー後ろに化け物が!!」


「なにっ!?」



ーーーーーーー化け物が戻ってきた!?

何故今さらになって……まさかすでにアリスたちを!?



「………は?」



後ろを振り向くとーーーーーーーーーーー何もなかった。

怪物の姿などひとつもなく、花畑が広がっている。




「ーーーー死ねゃ♪」


男の声が耳元で囁かれると、私の身体ががガクッと傾き、体勢を崩した。

急に足に力が抜けるような感覚に陥った後、私の身体を支えきれなくなった膝は下に下がり、花畑に身を転がした。

一瞬何が起きたのかわからなかったが、後から来る強い痛みに身悶え、私を見下ろしている男の笑顔が今自分の陥っている状況を裏付けた。



「ーーーーけいせいぎゃくて~~ん♪」


憎たらしく笑う男の笑顔。

私にはそれが、とても恐ろしく、気持ちの悪い悪魔のように見えた。



◆     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆



痛そうに這いつくばる女。

その姿にはもう同情もしないし、関心もない。



「貴様……私を……騙したのか!?」


「今さら気づいたのぉ?馬鹿だなぁ♪たしか貴女みたいな人種の人……脳筋って言うんでしょや?」



僕はケラケラと小馬鹿にした笑い声をBGMにナイフをくるくると回し、血の付いた刃を血色の良い舌で舐めた。

彼女も気づいているだろうが、これは彼女の血だ。忍ばせておいたナイフで彼女のアキレス腱を切り、身動きを封じた。一瞬のことで彼女も何が起きたのか今いちよくわかっていない、というより動揺している。



唾液が口の奥で溜まる。

胸の奥でざわざわと何かがくすぐっている。



「ーーーーあは♪」



僕は彼女の鎧に掴み、力一杯引き剥がした。




「ーーーーーひぃ」




初めて彼女は女性らしい反応を見せた。

僕はそれが堪らなく嬉しかった。




あんなに凛々しく自分を強く魅せようとしていた女の子の顔が一瞬で崩れ落ち、恐怖に満ちた表情に早変わり。あんなに脅えた目を向けられたら興奮せずにはいられない。




「ーーーーーあぁぁぁあ……そういうの凄くいいよ!!」




僕は頬を赤くしながら薄汚い衣服を掴み、袖や襟を破り捨てていく。

あまり頑丈に作られていないようで、少し力を入れただけで意図も容易く破くことができる。



嫌がる彼女の意見など聞かず、一心不乱に僕は布を剥いでいった。

徐々に露になっていく彼女の体躯、艶かしい腰、鍛え上げられた四肢。



惚れ惚れする仕上がり。現実の世界ではまずあり得ない筋肉のつき方、古傷の痕、僕にとっては新鮮さで一杯だ。まるで新しく買ってもらった図鑑を眺めるような感覚。




「やめ………やめ……ろ……」




脅えた表情でこちらを睨む彼女の潤んだ瞳。

両手を地面と一緒に串刺しにして身動きを封じているため、そう簡単には抜け出せない。

だが地面はそんなに固くはないため、抜けようと思えば抜けれるのだが、今の彼女にそんな戦意はないだろう。



「………こわいですか?」

「怖い……わけ、ないだろ!!……私は……冒険者…だ!!」

「冒険者冒険者なんて……そんな肩書きだけ語っても虚しいだけっすよ?僕は今の貴女が知りたいんですよ……好きな男性のタイプは?」

「……ふざ…けるな」

「はぁ……会話のキャッチボールもろくに出来ないなんて……おまえコミュ症かよ~(笑)」


本当に呆れる。会話もまともに運べない女なんてウォシュレットの付いてない牛丼屋のトイレ並みに気持ち悪い。

気分を害した。なので、僕はポケットに入っていた最後のナイフで彼女の肩に思い切り突き刺した。



「ーーーーーーあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあッッ!!!」

「さっきのお返しだよ~♪」



愉快な笑い声に包まれながら痛そうに唇を噛み締める彼女は実に滑稽だった。

そしてその姿も見飽きたので、僕は次の行動に出た。胸元に残った僅かな布を剥がし、傷だらけの薄汚い上半身を晒された彼女は泣き出した。悔しそうに、辛そうに、涙を流している。



「強そうに……していても、所詮はメスなんだよねぇ♪」



彼女は喘ぐように泣きじゃくり、情けない醜態をこの僕に晒している。

それはとても、心地の良い感覚だ。



◆     ◆     ◆     ◆     ◆






ーーーーーーーー何故、私はこんなことになっているんだ?




頼まれたんだ。あの人に。アリスと一緒に任務に行ってくれと。それをするだけで大金が手に入ると。

それなのに、魔獣とは違う怪物に遭遇して、弱いアイツらを逃がすために嫌々時間稼ぎをして、必死に逃げたと思ったらーーーーーーーーーコイツに出会った。



何が行けなかったのか。



この男に出会いさえしなければ、全て上手くいっていたんじゃないか?




助けも呼べて、みんな助かって、ハッピーエンドだったんじゃないか?



どうして、こうなったんだよ。




「………あぁ……は……ぁ……」


「酷い身体だねぇ……古傷だらけ……獣に引っ掻かれたような痕もあれば……刃物で突き刺されたような痕もある。あ、これは火傷のあとだね?ここまで酷いのも珍しいなぁ……ちょっと吐き気してきたよ♪」




傷。きず。キズ。獣に引っ掻かれた……魔獣との戦いでできた傷だ。



刃物で刺されたような……それは親父からやられた傷だな。妹に欲情したクソ親父。



妹を守ろうとしたら包丁で脇を刺されて……死ぬほど痛かった。死ぬかと思った。

火傷のあとは自分でした。女を捨てるために醜い火傷痕を身体に刻んだ。痛かった。



傷が身体に刻まれるとき、孤独で、痛くて、熱くて、最悪だった。



私の人生、最悪ばかりだ。



母は死に、父親に犯され、妹とは疎遠に。



金を稼ぐために冒険者になって、それなりに実力をつけて、ようやく私もまともになれたと、そう思ったのに。


妹に会いたくて、また暮らしたくて、必死にお金を溜めていたのに、なんで。



ーーーーーーーーなんで。



ーーーーーーーーなんで私ばかりが。



ーーーーーーーー大事なものを全て捨てて、無くして、悲しい思いばかりしてきた私が。



ーーーーーーーーなんでまた、奪われなきゃいけないの?




「……ぃ……ひ……なん……で……」

「悔しい?悲しい?辛い?死にたい?」




男が露出した私の腹部を撫でながら愉快そうに耳元で囁いてくる。

殺してやりたいが、恐怖で体が思うように動かない。



「ほんと……僕みたいな犯罪者に取引を持ちかけるなんて、君は本当に愚かだね♪」



やめろ。もうこれ以上、私を傷つけるな。



「仲間を助けるため?だったら何でもしていいの?犯罪者と共闘なんてプライドないの?」



頼むから、やめてくれ。



「さっき私は冒険者だとか偉そうなこと言ってたね♪鎧をひんむかれたぐらいで怯えちゃって……情けないとしか言いようがないなぁ♪」



ーーーーーーやめろ。

これ以上私の耳にその不快な声を流し込まないでくれ。



「あはははははははははははははははははははははっ♪」



どうしてこうなった。

何がいけなかったのか。



『早く治療しないと……傷が残っちゃうよ!!』



ーーーーーーーあの、女のせいだ。


アリス・エヴァンジェリン。


妹を殺したあの女のせいだ。



「くそが………」



ーーーーーー今思えば、なんで私はアリスたちを必死に守ろうとしているんだ?


アリス以外の他の班員とはほとんど他人に近い。


同じ依頼を行っただけで親しくもない、交流もない。


なんで彼らを救わなければいけないのか。



『エクレア!!お願い……約束して……絶対に………絶対に戻ってきて!!』



なんで。



なんで。



なんで。



死ぬときまで、アイツの顔が浮かんできやがる。

ろくに話したこともない。前に妹に会ったとき、死ぬほど話を聞かされただけだ。

ただ、それだけで、それだけなのに。



「ここから……東に向かって進むと………洞窟がある」


「は?」



声が震えて、上手く言葉を伝えられない。

だが、これだけは言わなければならない。



「そこに仲間がいる……頼む……」



もう死ぬんだ、最後ぐらい胸を張りたい。



「ーーーーーーーーーーアリス・エヴァンジェリンを救ってくれ」


「………誰やねん」



男はため息をつくとナイフの向きを持ち変えて、狙いを定める。

殺意を持った目で私を見下ろしている。



「まぁ、遺言はそれということで……そろそろ死んでもらうね♪」



ーーーーーーーあぁ、もう少しだけ、幸せになりたかったなぁ。


その瞬間、私の意識は途絶えた。



◆      ◆      ◆      ◆      ◆






「あ~~~~~~あ♪けっこう楽しかったなぁ♪でも血でベトベト……このお姉さんの服はビリビリに破いちゃったし……鎧はなんか薄汚いし………次会った人を襲うか!可愛い服がいいな~♪」



僕は彼女の血が付いたナイフを布で綺麗に拭き取っていき、錆びないように念入りに行う。

彼女の亡骸、裸の状態で横たわる女体を持ち上げ、木の影に隠す。



「さ~~てと、これからどうしようかな♪」



僕は歩き出しながらこれからの行き先について考える。

さっきまでは人の居るところ、街なんかに行きたいと思っていたが返り血で全身血塗れの状態の僕じゃ街には行けない。どこかで人を見つけて、殺して衣服を奪うしかない。だがこの森に彼女以外の人が都合よく見つかるだろうか。



「…………東の洞窟。ーーーーーーーー" アリス "ねぇ♪」



殺人鬼は笑った。







◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆





「怪我は大丈夫?痛くない?」

「あぁ、大した傷じゃないさ………酷い時は回復魔法を頼む」



薄暗い洞窟の奥に静かに響く会話。

花畑から遠く離れた巨大な岩の空洞に、怪物たちの魔の手から身を潜める男女三名。


右腕に巻いた包帯から血が滲み、別の清潔な包帯を巻き替える怪我人の男が一人。



その隣で心配そうに男の傷を見つめる少女が一人。



そして洞窟の隅で地に座り込み、ブツブツと独り言を呟く男が一人。




状況を一つにまとめると、この3人はさきほどまで、未確認の『怪物』に追われていた。



もとは4人だったが、逃げる途中で一人が怪物の足止めのために花畑に残った。仲間の尊い犠牲を糧にこうして三人はこの洞窟まで逃げ込むことができた。


最初は簡単な任務のはずだった。

"村の周辺に出没する下級の『魔獣』を討伐する"というごく簡単で初心者向けの任務。

そもそも4人で行うこと自体がおかしい。だが理由は謎だが報酬が通常の任務の3倍の額という事実に、目が眩んだのか複数での合同任務になってしまった。


任務の取り合いになった場合"みんなで仲良く行く"のが彼らの所属する組織の掟。

仕方なくこのメンバーで村まで行き、魔獣を討伐し、帰還することとなった。


その帰りの道中、彼らが今までに見たことのない『怪物』が姿を現し、4人を襲ったのだ。


4人は死にもの狂いで逃げ回り、森に身を潜めるが『怪物』の魔の手からは逃れられなかった。


結果、この中で最も強かった戦士『エクレア』が時間を稼ぎ、残りの3人を逃がす形となった。



「エクレア……大丈夫かな?ちゃんと逃げてくれたかな……」


「アイツなら心配いらないだろ、適当なところで切り上げて近くの町に逃げ込んでるさ」



口ではそんなことを言ってるが、生きている可能性のほうが低い。

あの状況では仕方がなかったとはいえ、乗り気ではなかったエクレアに無理やり囮を押し付けてしまった。

結果的に1人の仲間を殺してしまった三人には尋常じゃないほどの圧力、罪悪感が後を追うようにのし掛かった。


「……逃げる?逃げきることが出来なかったからアイツを囮にしたんだろ?いまごろ殺されてるに決まってる」


「やめて!……今はエクレアを信じようよ。エクレアならきっと生きてる!」


その言葉を聞いた途端、男は立ち上がり、地面に転がっている石ころを踏み潰し、恨めしそうな眼差しで少女を睨み付けた。


「……何を偉そうに………ダレの、誰のせいだと思ってんだよ!?」


「……え?」


「最初から嫌な予感はしてたんだ……なんでお前なんかと来ちまったかなぁ……」



男の吐いた呪いのような声が、少女の顔を歪めた。

その男の漏れた本音に反応したもう1人の男はすぐに止めに入るように迫っていった。


「……おい、その話はアリスの前でするなって言ったろ!!」


「どうせ俺らは助からねぇ、あの怪物の餌食になるんだ。だったらぜんぶ言ってやろうぜ!」


「え、ちょっと待って………二人とも何の話しをしてるの?」


少女の目の前で意味のわからない会話をする二人。

置いてきぼりになった少女は不安そうに顔色を悪くする。

何も知らない様子の少女にイラつき、我慢の限界に達した男は洞窟に響くほどの大声で怒鳴り散らした。


「俺らが好き好んでお前なんかと任務行くわけねぇだろ!?」


「ーーーーえ?」


男の鬼のような形相、顔面を皺でいっぱいにして口も裂けるほどに大きく開けている。

汗を垂れ流し、何かを必死に訴えるように、男は少女に罵声を浴びせた。

その酷い言葉を黙って聞く少女の表情は、唇を噛み締め、涙ぐんでいた。


「俺らはなぁ!金で雇われたんだよ!!お前ーーーーーアリス=エヴァンジェリンとこの任務を同行するだけで金貨50枚もらえーーーーーー、」



突如、男の声が途絶えた。


一瞬のうちに男の首は切り落とされ、洞窟内の壁に叩きつけられていた。


どちゃり、と頭部が潰れた音を耳で確認すると同時に仲間の死を悟る。



赤い血液が切断面から噴水のように吹き出し、少女の体半分は真っ赤に染まった。



何故、男の首が飛んだのか。



何故、男の胴体だけが転がっているのか。



ーーーーーーー【怪物】が、やってきたからである。



「ーーーーーあぁぁぁぁぁあッッ!!」


「え、うそ、なんで……もう、こんなところに。エクレアは?」



答えは聞くまでもない。


少女は腰を抜かし、地面に尻餅を着いている。


男は発狂し、取り乱している。


この世界の童話に出てくる空想上の怪物【鬼】のような角を生やし、全身を真っ赤な硬い皮膚で覆う未知の生物。3メートルはあるその巨体からでは考えられないほどの速度で、男の首を掴み取る。



「ぐぇッ!?」


「は…………ハンズ!!」



喉元が締め付けられ、【怪物】の爪が皮膚に食い込む。血が滲み、ハンズと呼ばれた男の口から掠れた声が漏れる。首を捕まれたまま、足が地に着かない高さまで持ち上げられる。恐怖で全身が硬直し、腰も抜け力が入らない。身動きの一切が取れないこの状態では仲間を救うどころか、自分の身も危ない。少女は涙を流し、"逃げたい"感情と"助けたい"感情が絡み合う。


「ぁぁ……私、どうしたら……」


「……に…げ…ろ……ぁリスぅ……」


必死に逃げることを訴えてくるハンズ。

だが、【怪物】はハンズの身体を弄ぶように右腕を意図も容易く引きちぎった。


「あぁぁぁぁぁあぁああッッいでぇぇぇぇえ!!」


「ハンズッ!!ハンズッッ!!」


「グルァァァァァア………」


獣のような呻き声が脳を揺さぶる。

立て続けにハンズの左腕、両足をもぎ取っていく【怪物】の姿はまさに絶望そのものだった。

ハンズの悲鳴も渇れ果て、叫ぶ気力も失われた。



「ハンズ!!さ……最後に教えて!!」



アリスはくしゃくしゃになった顔を伏せながら、死にゆく仲間に質問をする。



「さっき、アルオが言ってた……私と任務を同行したら金貨を貰えるって本当?」


「……………………」


「…………ハンズも、お金目当てだったの?」


「…………すまない」



次の瞬間、男の首が地面に転がり落ちた。

血の噴水が噴き、アリスの顔を真っ赤に染めた。

声にもならない悲鳴が響き、怪物の雄叫びと共鳴した。



「キャァアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーーッッ!!」


「グルラァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーッッ!!!」



「見つけた♪」



ーーーーー洞窟の入り口から高い声が聞こえてきた。


若い男、血塗れの男がナイフを持ちながらこちらを見つめている。



「君が、アリスちゃんかぃ?」



綺麗な男は不気味に笑いながら、洞窟の中に入ってきた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ