最悪の科学者
「いやいやぁ、私はですねぇ魔王軍で【嫉妬の罪】という派閥を担当させて頂いてる………科学者でもあり、《七将》の一人でもあるーーーーーダンダニル・アルバネルという者ですハイ♥」
男の奇怪な笑みは……何ともおぞましく、不快で、全身が硬直するような恐怖を与えた。
暗い色のぼろ布を羽織り、長い白髪が無造作に揺れている。頬も痩せこけ、目も嫌らしい形だ。
口は大きく、主にそのニヤついた表情が見る者すべてを不快の境地に叩き落とす。
その場の全員が彼の見た目に釘付けだったがその中で唯一、青年だけが不気味な科学者の
不可解な点についてずっと考え込んでいた。
なぜ、さっき砕いたハズの顔面が元通りになっているのか。
「魔王……軍…!」
ビビアナは後退り、動揺した様子で"魔王軍"の名を口にした。
「嘘でしょ………!」
青年とアリスは彼女の動揺の激しさに、ただ事ではないと勘づく。
そのビビアナの心理を見抜いた科学者が、ノロノロとした動きで近寄って来た。
「おんやぁ?そこのお嬢さんはぁぁ……魔王軍のことを知っているらしぃでぇすねぇぇ?」
男は奇怪な笑みを浮かべ、ケタケタと笑いながら言った。
その笑みを見た瞬間、反射的に青年とビビアナは各々の持つ武器を構えるが科学者の掌はビビアナの腹部に重なっていた。
『風魔法 風穴拳』
「ッッッがぁ!!」
ビビアナは悲痛の叫びを上げながらよろめく。
ふらつきながらも、あの科学者を自称した男から一刻も早く離れるために震える足で後ろに下がっていく。
腹部に手を触れると、真っ赤な血がべっとりと掌に付着し、口からも大量の血が溢れ吐血した。
ビビアナの腹、正しくは横腹には小さい風穴がぽっかり空いていた。
その傷口から血が地面に零れ、ビビアナは杖から手を放す。
一歩後ろに下がり、もう一歩、二歩と徐々に後ろに後退していく。
だが、傷口から零れていく大量の血に足を滑らせ、ようやく地に転がる。
「ーーーーーーーービビアナッッ!!」
「あれま」
アリスは倒れるビビアナのもとへ駆け寄るが、ビビアナにはもうアリスの声など届かない深い闇の中に落ちてしまった。青年は今までに沢山の人間を傷付けてきたからか、怪我の具合を見れば、それがどれほど危ない状態か直ぐに見分けられた。内臓を傷つけられ、僅かだが肋も削られている。出血も激しく、呼吸も荒い。思った以上にビビアナの怪我の傷の損傷は激しいようだ。この状態になってもまだ死なないのは、さすが冒険者と言ったところか。
普通なら助かる確率のほうが低い。
自分の状態なんて、ビビアナが一番わかっている。
ビビアナは一人静かに『死』を悟り、目をゆっくり閉じていった。
ーーーーー自称魔王軍の男は少女が泣こうが、喚こうが、殺すことを躊躇わない。
さっき言った呪文のような暗号を唱え、男は笑いながら薄い掌をアリスの頭上に接近させた。
だが、その掌は少女には届かない。触れようとしても乗り越えられない壁が、そこにはある。
「放していただけますかな……」
「いやいや~、僕の玩具に気安く触れないでくれます?」
男の木の枝のように細い右腕を意図も容易く防いでみせる青年。
接近してきた掌に触れることなく手首を掴み、相手の攻撃を回避する。
しかも相手の動きを制限することが出来る。一石二鳥とはこのことだ。
「《完全再生》ッッ!!《完全再生》ッッ!!……なんで、なんで治らないの!?」
「油断しちゃあぁぁぁぁぁぁダメですよぉぉぉぉおじょぉぉぉおさぁん♥」
「!?」
ダンダニルが動かすのは、青年に止められている右手ではなく、空いている片方の手でもない。
顎を外し、口を大きく開いた。そしてその口からは大量の毒液が吹き出し、アリスを襲う、ハズだった。
「おりゃ」
「ゴボォッ!?」
ーーーーー紙一重だった。
青年がダンダニルの僅かな悪意にいち早く気付き、冷静に対処した。
彼の喉の奥から覗かせる毒液に、青年はアリスの肉体が醜く溶かされていく未来を予測した。
青年はそれを阻止するべく右足を大きく振り上げ、ダンダニルの顎を蹴り上げた。
すると、放射されるはずだった毒液はダンダニルの口内に溜まり、逆に本人の口が溶けていった。
じゅわ~という何かが溶ける音がすると、ダンダニルは塞がった口を開き、大量の汗をかきながら青年を睨み付けた。
「あなだぁ……なぁんで邪魔をずるのでず!?」
「邪魔をしない理由がないから♪」
青年はそう耳元で囁いた後、強烈な蹴りを腹部に叩き込む。
「ビビアナ……みんなぁぁぁ!!」
「アリスちゃんうるせぇなぁ………」
アリスは大粒の涙を流し、その場に座り込んでしまう。
彼女の涙と共に吐き出される。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
男は頭を抱え出した
その奇怪な唇からは不気味なうめき声を上げる
「あぁぁぁぁぁぁぁぁ………」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!」
男は泣いた
丸く大きな眼球から大粒の涙を大地に落とす。
泣き声はクグラ村中に響き渡った
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」
「悲しい!!!!!凄く悲しい!!!!!!悲しすぎます!!!!!!!!!!!!」
「仲間の突然の死………こんな残酷な結末があっていいのでしょうか!!!!???」
「いいんです!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「あの女性が死んだことで、そこの可憐な少女は悲しみに打ち勝ち!!!!!!!!!!」
「少女は大いに成長する…………」
「あぁぁぁぁ……」
「なんて素晴らしいのでしょう♥♥♥♥♥♥♥♥」
「人は人の死によって成長し、大人になる…」
「これだから人を殺すのは止められません♥♥♥」
男はケタケタと笑い、奇妙な笑い声を口から吐き出す
「すば…ら…しい……?」
その男のふざけた様子を見て、アリスは怒りを覚えていた。
「素晴らしい……ワケ……ないでしょ……!!!!!!!」
「人が…………」
「人が……死んでるんだよ!!!!!!!!!!!!」
アリスの怒りの叫びはダンダニルへとぶつけられた。
「ふむ…………」
「みなさーーーーーーーーーーーーーん」
「集まってくださーーーーーーーーーい!!!!!!!」
ダンダニルは誰かへ呼び掛けた
その声は大きく、村どころか周りを取り囲む
森全体にまで届いていた。
「ぁぁあああぁぁあぁあああぁぁぁぁ※©$‰£€‰☆∞¶§†∀∀∂⊂」
森から足音と奇妙な鳴き声が聞こえてきた…
その時、明智水樹は何かを感じ取っていた。
(う~ん………ちょっとヤバいかなぁ……)
「ぁぁぁあぁぁぁああぁぁぁぁぁあああ※〆◇♀◎¥‰÷∀∂⊂§ю■♡♂ゞ※」
森から赤黒く色が変色したオークの群れが出てきた
「ッッッッーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!」
数は数百体
明智水樹はあまりの数に手に汗を握る
「ちょっとちょっと~嘘でしょー」
「オークが……!!!!!!!!!!!!」
アリスも顔を真っ青にしていた
目の前のあり得ない異様な光景に驚愕を隠せなかった。
「どうです!!!!!??」
「ワタクシの可愛い可愛い子供達は♥」
ダンダニルは変わり果てたオークの頭を可愛がるように撫でる。
「ワタクシは…不老不死の研究をしていたのですが………」
「なかなか…研究は成功せず………」
「長い間…研究に研究を重ね、やっとの思いで生み出したのです♥」
「不死の魔獣を♥♥♥」
「不死の魔獣…か…でも完全に再生しなかったよ?」
「えぇ、まぁ…まだまだ不完全なのですよ。」
「なるほどー」
「あぁあと!!!!!!あのミノタウロスも!!!!!!!」
「ワタクシが改造した実験体です♥♥♥♥」
やはりあのミノタウロスはこのイカれた科学者の仕業だった。
「あの3体中2体は…ワタクシが今まで作った実験体の中でも一番の成功例!!!!!!!!」
「失敗作のほうは普通のミノタウロスより少し力が強い程度でしたが…」
「成功した方の一体は力と速度、回復力が大幅に上がりました♥」
「特に一体は"知能種"のミノタウロスだったので、期待していたのですが……」
「ここにいないということは………アナタが殺したのですね?」
ダンダニルの質問に明智水樹は答える。
「まーね…」
「なるほど……」
ダンダニルは顎を指で触れ、何かを考えるような素振りを見せる
その奇怪な顔は目玉が左右別々に動き、口からヨダレを垂らしている。
「オークちゃん達ぃぃ……………」
「そこの二人を殺せ♥」
男は冷たい声でオーク達に命令した。
「あぁぁああぁぁあぁああああぁぁぁぁぁああぁぁぁあ」
オークはうめき声を上げながら、
明智水樹とアリスの方に向かってきた。
「やばっっっ!!!!!!!!!!!!」
オークとは思えない速度で斧で斬りつけてくる。
だが、明智水樹は予想外だっただけで速度自体は
ミノタウロスの半分も行かない。
だがその直後、3体の直剣を持ったオークが青年に斬りかかる。
青年は小刀2本で2つの直剣を器用に受け止めるが……
「ッッッッーーーーーー!!!!!!!!!!!!」
もう一体のオークの直剣が青年の腹部を惨たらしく削り取る。
青年の腹部から赤い血が垂れ、青年の顔も若干引きつっている。
「ッッッッ痛ったいッッなッッ!!!!!!!!!!!!」
明智水樹は薄く綺麗な口から赤い血が吐血する。
そして青年は直剣2本を勢いよく弾き、跳ね返す。
空いた小刀を素早く持ち変え、2体のオークの首を
静かに、撫でるように斬り落とす。
「ギャンッッッッ!!!!!!!!!!!!」
地面に赤黒い血液がばらまかれ、オークの頭がドシャリと
脆く鈍い音が地面を通して身体に伝わってる。
「ッッッッーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!」
もう一体のオークの頭を、明智水樹は素早く掴み……
強く
握り潰す
「なんと!!!!!!!!!!!!!!!???????」
頭蓋骨が砕ける音
肉が潰される音
血の粒が周りへと飛び散る。
その光景を見ていたアリスは地面にへたり込んでいた。
「素晴らしい…!!!!!ワタクシのオークがあんな簡単に…!!!!」
「彼を………研究したい!!!!!!!!!!!!」
吐息を漏らし、頬を紅く染めながら…ダンダニルは明智水樹に見とれていた。
「あぎゃああぁあぁぁぁあぁあぁβƒ♀©♡☆$€‰♂×÷±*♭&」
他のオークも明智水樹に斬りかかってくる。
(残りのオークは百体以上………)
(こりゃあ……今のままじゃ勝てないなぁ……)
この数のオーク、そして明らかに強い科学者………
これは『抑えられない愛』を解除しないと勝てない……
(アリスちゃんの目の前でするわけには………………よし…)
「待って待って~♪」
明智水樹は両手を上げ、ストップのポーズ。
その素振りにオーク達は一旦動きを止めた。
「んん?なんですぅ?」
「キミの目的を一度確認したいんだけど…」
「目的?」
「ワタクシの目的は!!!!!!!!!!!!」
「忠誠を誓った魔王様の復活!!!!!!!!!!!!」
「そしてそのために必要な研究材料の調達!!!!!!!!!!!!」
「そしてあのミノタウロスに村人を補食させ!!!!!!!!!!!!」
「成長させ!!!!!!!!!!!!」
「魔王様への生け贄にするはずだったのにぃぃぃぃ……」
「アナタのせいで全てが水の泡でっっっす!!!!!!!!」
「そう……」
「で?研究材料ってのは?」
「何でもいいのです!!!!!!!!」
「猫の死骸でも馬の死骸でも人間の死体でも魔獣の死骸でも!!!!!!!」
「出来れば強く!!!!!!!!!!!!」
「欲を言えば生きてるほうがっっ!!!!!!!!!!!!」
「なるほど……」
明智水樹は静かに笑い、静かに頷く。
「ねぇ…ダンダニルさん」
「取り引きしませんか?」
「取り引きぃぃぃぃ?」
ダンダニルは首を横に傾ける。
「え…」
アリスは予想外の青年の発言に目を丸くする。
「実はね………」
「ビビアナとトニー、アデリーナとマルコはまだ生きてるんだよ♪」
「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「それは驚きました!!!!!!!!!!!!」
アリスも顔を青年の方に向け、瞳には光が宿る。
「あの傷で生きてるなど……さすが冒険者…と言ったところですか。」
「ですが………それは確かなのですか?」
「うん♪100%生きてるよ♪」
まぁ……あと5分もしないで死ぬだろうけど………
「で」
「それがどうしたのですか」
「マルコくん達、アナタにあげるんで、僕とアリスちゃんだけ見逃してください♪」
「ーーーーッッ!!」
「仲間を………売ると?」
「いやいや、そんな仲間ってほどじゃないですよ♪」
ーーーー仲間じゃない、その言葉を聞いた途端、アリスの瞳から涙が溢れ出した。
聞きたくなかった、聴きたくなかった、知りたくなかった、気づきたくなかった。
薄々わかってはいた、彼が自分たちのことを、アリスたちのことを仲間だと思っていなかったことには。
だが考えないようにしていた、いつか信じ合える中になれるんじゃないかと。
この時、アリスの瞳にはアケチミズキがどう映っていたかーーーーー。
すいません…最近、このサイト繋がりが悪くて遅れました…
次回の最新話は火曜日までに………