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初めてのVRMMORPG  作者: gumi
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006

 ようやく冒険者ギルドの知識を得たシバターは、ギルド内の喫茶スペースにて注文したホットレモンティーをふうふうと冷ましているリコリスと対面していた。リコリスは随分長い時間かかって冷まし、そろりと一口だけ口に含んで、(あつッ)とつぶやいた。猫舌のようだ。

 リコリスはシバターが目的を思い出したといった時には驚きに嬉しさを含んだ表情をしていたが、目的を聞くと不可思議なものを見たような困ったような起こったような、それでいて奥歯に苦いものをつめ込まれたような、とくるくると表情を変えたあとには、考えこむように黙りこんでしまっていた。

 静かな時間がしばらく流れていた。

 放置されていたシバターは言葉を続けることができず、結局はリコリスが考えがまとまるまで待つことにした。

 リコリスに教授された冒険者ギルドを始めとしたいままでの知識を反芻したり、ギルド内の様子を眺めているだけでもあっという間に時間は過ぎていく。

 アイテムを販売している区画にはガラスの瓶、少しだけ宝飾品が売っているようだった。冒険者プレイヤーは店の番をしている店員と話をしてその宝飾品をつけて鏡で確認していた。アバターを着飾るという概念がある、ということはシバターのやっていたRPGとは異なり、ただ強いだけの装備を整えるというわけにもいかないだろう。例えば、過去のRPGで最初の頃に手に入る装備品であっても『ただのぬのきれ』『ひのきのぼう』『おなべのふた』……これでは、実際に身につけてしまえば子供のごっこ遊びみたいな様になってしまうし、どんな屈強な鎧と剣を装備した戦士であってもアクセサリーとして『リボン』をつけていては様にならないだろう。着こなしも考えないとちぐはぐになっていまいそうだ、と考えてるが、今のシバターの装備は『ぬののふく』『きのぼう』なので『ごっこ遊び』とそう対差はない現状だと気づく。装備の組み合わせは選べるところまで行かないと意味が無いな、と苦笑する。


 シバターは『メニュー画面』を意識によって開くことに挑戦することにした。

 『メニュー表示』の頭のなかで唱えてみる、が表示されない。

 メニュー表示と唱えてみよう!と頭のなかで思い立った際に表示されないことから、頭で考えるだけではできないのだ。

 そのあとも唱えるキーワードを変えてみたり、頭の中で唱える際に勢いづいた雰囲気をつけてみたりと幾つか思いつく限りやってみたものの、意識によるメニュー画面のオープンは、うまく行かなかった。 

「シバターさん」

「はいっ、」

 そうしてメニュー表示を頭のなかで指示することに失敗して肩を落としていたシバターだったので、リコリスの声に驚いてしまった。

 心持ち大きな声で返事をしてしまったが、リコリスはそれを気にする様子もなく、いっそ思いつめたような表情であった。

「正直に答えて欲しいのだけれど、いいかしら」

「え、ええ」

 その気迫に押されてシバターは頷く。


「その、シバターさんの知り合いの方はシバターさんを知っているの?」

「はい、知り合いですから」

 詰問されているようだ、とシバターは不快感を抱く。


「知り合いの方はシバターさんの友人?」

「はい。……あれ、ううん……顔は浮かんで来るのですが、」

 リコリスからの圧迫感への不快感よりも、自分の回答が矛盾していることにシバターは愕然とし、不可解さに心がうめつくされた。思い出したことに間違いはないと確信めいたものがシバターにはあった。だというのに、シバターはその対象者とどういう関係であったか、というのがわからない。

 憎からず思っていた、というシバターの主観的な関係についての印象や交流の内容はおぼろげだけ思い出せる。だから知り合いあるいは友人に近い関係であることはわかるがその細かい交流内容まで説明できないのだ。どこで知り合ったのか、どんな会話をしていたのか、そういったことがわからない。

 そのくせ知り合いの顔がはっきりと頭のなかにある。

 シバターが首をかしげて、また悩み始める。その様をリコリスは観察する。


「シバターさんはその知り合いの方にあって、どうしたいの?」

「はい。……確かめたいことが、あるのです」

 リコリスの言葉がきっかけとなって、シバターの中にあった『おぼろげな記憶』の中から『探している理由』が突然形を成した。

 シバターの眉間にシワが寄る。

 自問自答では思い出せなかったことが『外部刺激』によって思い出される。今はリコリスの『問いかけ』、先刻は『似た冒険者プレイヤーの顔』だった。記憶はそういった刺激から思い出されることが多いけれど、あまりに唐突で劇的な反応すぎて戸惑いと疑問が生まれるが、リコリスは矢継ぎ早に質問を重ねられ、そのことは頭の隅に追いやられる。


「その確かめたいこと、その内容ってわかる?」

 シバターはリコリスの言葉という外部刺激によって形づくられた内容をすぐには口に出来なかった。

「……はい。確かめたいことは……クラドラをしているかどうか、それだけです」


 リコリスはキョトンとした表情を浮かべ、それから怪訝げにシバターの顔を覗き込んでくる。

「……それだけ?」

「はい」

「その知り合いとクラドラで一緒にゲームしたいとか、交友関係をしりたいとか、そういう……」

「いいえ、ゲームをしているか確認する。それだけですよ」

 シバターがリコリスの言葉という外部刺激から形作られたこと。

 それは至極シンプルで、わかりやすくて、単純なことだった。

「ただ、知り合いの顔はわかるのですが、相変わらず名前の方は全然思い出せないんですけどね」

 シバターが情けなさを笑ってごまかすと、リコリスは呆れたように、気の抜けたように、笑った。


「嘘は、言ってなさそうね。悪い気持ちで知り合いの方を探してるってわけじゃなさそうかな」

「悪い気持ちですか?」

 シバターはリコリスがする曖昧な表現を確認する。

 リコリスはそう、と頷き、「ストーカーとして、とかね」と笑みを酷薄なものに変える。

「まえに、冒険者プレイヤーの中で、特定の女性冒険者ばっかり追いかける人を見たことがあってね。結局その人は通報されてクラドラからアクセス禁止になって。そのアクセス禁止になったって人はその女性冒険者プレイヤーをリアルでも追いかけ回してたらしくて」

「それは、悪い気持ちというより、気持ち悪いですね」

 オンラインによって見えない人との繋がりはいつだって、だれだって、確かめられるお手軽なものになった。そしてVRという機能によって、ディスプレイを介するだけでなく、もっとリアルに出会える手段にもなるのだ、とシバターは思い至って、すこし効きにくいことを口にした。

「あの、ネットストーカーってVRMMOでもあるものなんですか」

「そうねえ、ある、と思うわ。

 私の言った例はリアルがありきだったから純粋なネットストーカーではないけど。

 むしろ、多人数参加型オンラインゲームであれば起きやすいことだと思うわ。

 話の合う人同士のコミュニティは自然と形成されるし、そうやって人と一緒にいるとどうしても他の人比べて。そうしたら不平不満が生まれるものだわ。極端な話、全く本人を知らない人まで聞きかじった情報だけで誹謗中傷に関わってくることもあるんだから、怖い話よね」

 紅茶のカップを両手で包み込むように持って、その水面の揺れをリコリスは見つめた。

「でも、そういう問題はクラドラだけの、VRMMOだけの話じゃないわ。それでもこうやってゲームを楽しもうって人がいて、私はみんなが楽しんで欲しいって思ってる。リスクに尻込みはしなくていいよって言ってあげたいって思ってる」

 そう言い切った表情は使命感にあふれているようにも、慈愛で満ちているようでもあった。

「だから、リスクの芽は見逃したくない、そう思ってるんだけど……あの、不愉快な気持ちになったでしょ、問い詰めるなんてこと」

 カップから視線をシバターに向け、申し訳無さそうに眉がハの字になっている。 

「はい、多少は」

「ごめんなさい」

「いいですよ。ここまで案内していただいていますし、リコリスさんの仰ることもわかりますから。それに、私も頭がポンコツなせいで、ちゃんとしたことをお伝えできないことで、ストーカーじゃないかと誤解が生まれてしまったんですから」

 シバターが苦笑いするとリコリスは申し訳無さそうな雰囲気はまだ残っているものの、少しだけ口元をゆるめた。

「知り合いの方には、リアルで連絡は取れないの?そのほうが確かだと思うし」

「確かに、そうですね。知り合いを見つけて、びっくりさせたい……っていうのがあるのかもしれませんね」

 少しだけいたずらっぽく笑うって「まあ、顔しかわかりませんけど」とおどけてみせた。リコリスはおもわず吹き出した。

「ふふふ。絵本の中から旅人を探す遊びみたいで、楽しそう。見た目じゃなくて、顔だけしかわからないなんて。でも、クラドラならまだクリア不可能なゲームじゃなくて、超絶ハードモードだけど、見つけ出せるかもね。

 普通のVRMMOはプレイヤーネームは別名を付けて遊ぶから、見つけるのは難しいだろうけど、クラドラの場合はアバターの背格好は大きく変えられないし、顔立ちはランダム値の補正がかかっちゃうけど、印象が変わるほどかけ離れられないから…種族がナオみたいに変わってないかぎりはわかるんじゃないかしら。アバターの容姿に関しての制限は、リアルにも影響が出るんじゃないかって話題が出たくらい雰囲気がにてるって評判なんだから」

 リコリスは自分のことではないのに自慢気に言って、それからシバターは彼女の美しさ、というかこのおせっかいなお姉さんという雰囲気はきっと地のものなのだな、と納得仕掛け、重大なことに気がついた。

「……あの、リコリスさん、ここに鏡ってありますかね」

「え、ええっと、あ、アイテム販売エリアの……」

 顔色を真っ青にしたシバターはリコリスの言葉に、先刻まで自分が眺めていたアイテム販売の場所では、冒険者プレイヤーが宝飾品を鏡で合わせていたことを思い出した。


「ちょ、ちょっと失礼します」「え、シバターさん?」立ち上がると足早にアイテム販売エリアに向かっていくシバターをリコリスは当惑するが、シバターはそれどころではない。

「いらっしゃ――」

「すみません、鏡をみせて頂いても?」

「は、はい」

 愛想よく挨拶した店員の言葉を最後まで聞かずにシバターは自身の要求を差し込む。店員は驚きながらも、カウンターの下に仕舞っていた鏡を急いで、丁寧に差し出した。

 シバターはそうして向けられた鏡をみて、想像通りの姿があった。


 鏡に写っていたのは、シバターだ。


 年齢という細部は異なるものの、『志波田シバター』が、呆気にとられた表情を晒していた。


※2015/12/11 改行などを修正しています。

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