005
冒険者ギルド。
それは困難な事柄の解決を冒険者に依頼する際の仲立ちをしたり、荷物やお金の預かり所の役割を担ったりしていて、その他には武器や防具などの素材やアイテムの売買、新人冒険者に武具防具に合わせた戦闘方法の指導を行う互助組織で――。
「変わった組織ですね」
リコリスの説明は簡潔なものであった。それがよけいに冒険者ギルドが風変わりだと感じられた。
「何でも屋の仲介屋みたいな組織が、どうして武器の使い方指導やアイテムの売り買いをするのでしょう?それに、お金を預かる銀行と物品の管理をあつかう貸し金庫業みたいなことをしているなんて、手を伸ばしすぎて信用できるんでしょうか」
シバターが疑問点を述べれば、リコリスはちょっと唖然とした顔になってから考えこむように顎に手を添えた。
二人は赤レンガの冒険者ギルドなる建物の、喫茶のスペースに腰を落ち着けていた。
冒険者ギルドの内装は倉庫を思わせるほど飾り気が少ない。入ると建物の半分ほどはあろうかという大きなホールになっていて、そこには1体の人の大きさほどもある像が飾られ、美術館の入り口を思わせた。さらにホールの突き当たりには重厚な造りのオープンカウンターがあって、そこには受付然とした人が座っている。受付に並んでいる人々がリコリスのように鎧と長剣を下げた戦士だったり、水晶のはめ込まれた長い杖を持つ魔法使い風の人でなければシバターは人気美術館の入場チケット購入の列だと思ったとしても仕方がないだろう。
シバターとリコリスのいる喫茶コーナーは二人はその列から少し離れ、背の高い観葉植物と低いものを交互に置いた仕切りで作られた場所になる。喫茶内は結構な混雑を見せていて、オーダーを取りに来る様子が見られない。リコリスは特にそれを気にすることもなく、『冒険者ギルド』の一般的な説明をおこなった。その説明に対してシバターは不可解さに首をかしげて先ほどの疑問点を含めた感想を述べたのだった。
「冒険者ギルドって、きいたことない?ピンことない?」
リコリスの確認に、説明を聞いてもわからないからピンとも来ないのだけれど、とシバターは困ってしまった。「もしかして、冒険者ギルドって常識で、こういった組織は当たり前なのでしょうか?」 とうとう、そう言って、リコリスは額をおさえて答えた。
「いいえ、違うわ。そうよね、こう、クラドラってだいたいそういうメディアに詳しかったり元々他のオンラインRPGを経験してるからこの説明でわかってもらったんだけど、普通、冒険者ギルドっていっても冒険者ってところからまず意味がわからないわよね。ああ、私は一般論をわきまえてる人種だって信じてたけど、思い違いも甚だしくて恥ずかしいわ……」
クラドラはVRあるいはMMO、RPGといったゲームを体験済の『玄人向け』であること。また、ゲームの知識としては未熟であっても中世ファンタジーのメディアの影響を受けて剣と魔法の世界に憧れたプレイヤーが手に取ることが多いタイトルであること。そういった事前知識を前提としているために、シバター(予備知識のない一般人)のプレイを想定していなかった。
ふう、リコリスは軽く息を吐き出し、苦笑する。シバターは申し訳ない気持ちになって謝ると、リコリスは首を横に振った。
「いいえ、私がちゃんと確認しなかったせいで、シバターさんは悪く無いわ。これでもシバター(初心者)さんを案内には自信があったんだけど、まだまだね。シバターさんは私の説明でわからなかったり、不足しているところがあれば質問してくれたら嬉しいわ。そのほうがシバターさんに知らないってことの不安がなくゲームを楽しめると思うし、私も勉強になるし」
「はい、もちろんです。よろしくおねがいします」
よろしい、とリコリスは気を取り直して笑う。ガイド(案内)というよりは先生といった風情で詳細な説明を始める。
「うん、まず冒険者。これは、職業ね。
クラドラのゲームプレイヤーの初期のメイン職業は必ず冒険者。シバターさんもクラドラにログインした瞬間から冒険者というわけ。
冒険者は、広義的にいうと難しいんだけど、狭義、さらに言えばクラドラの世界で最も多い活動といえば、モンスターの退治になるわ。モンスターっていうのは討伐する必要性があるほどの攻撃的で過激な衝動をもつ生き物のこと。で、冒険者ギルドっていうのはそういったモンスターと戦うための互助組織として運営されてる、っていう設定なの。
実際の運営の多くの部分はゲームの運営会社が行っていて、お金やものを預けるっていうところは一番信用がおけるし、モンスターを倒すための支援としてアイテムの販売や倒したモンスターから取れる素材の買い取りを行っているの。モンスターからとれる素材は武器や防具の素材になるから、倒してから持って帰ることが多いけど、溜まっていく一方になることもあって。そういった素材の買い取り口になるってわけ。
そして冒険者ギルドのメインが『冒険者の依頼仲介』ね。戦う術をもっていない町の住民からの依頼でモンスター退治をしたり、素材をあつめにいったりするの。報酬としてお金や珍しい物をもらえるの。
この依頼は町や国ごとで内容が異なるから、そういった違いを楽しむ人もいるわ」
リコリスの話を聞いて、シバターは疑問点がフォローされ、納得がいく。
「冒険者の支援のための組織だから戦いかたの指導も行っているわけですね」
「その通り」
リコリスはシバターが導いた答えに満足気に頷いた。
シバターは気になったことを聞いていく。
「攻撃的で過激な衝動をもつ生き物ってすごく曖昧な表現ですね。モンスターってスライムとか、ゴブリンとかじゃないんですか?」
「オーソドックスなモンスターは知っているのね。じつはスライムだから、ゴブリンだからって言うだけだとクラドラの世界ではモンスターに該当しないの。理性的であればね」
シバターにとって大きな驚きだった。シバターが親しんだRPGではモンスターといえば、種類が決まっていた。例に上げたスライム、ゴブリンを代表とする醜悪で恐ろしい化物は戦って倒して、レベルを上げるための経験値の足しにしていた。
「まあ、スライムやゴブリンとかの人型から大きく離れた種類はだいたい凶暴で、理性的なことはレアケースだけどね。見分け方としては、目が赤く光っていたり、スライムのような目がないタイプであればコアが赤く光っているわ。あとはシステムのマップ上で赤のマーカーで自分から見て敵っていうステータス表示がされるから、それで見分けるしかないかな」
「マップ?」
シバターが知らない単語に首をかしげると、リコリスはようやく気づいたようだった。
「そうだった。ウインドウの話をしたときにメニュー画面の表示についても話そうと思っていたのに。
メニュー画面は『メニュー表示』って言ってみて。慣れると考えるだけで出るんだけど」
「はい。メニュー表示、……おわっ」
言葉に反応して目の前に先刻クレープ屋で見たものと似た半透明の四角い枠が視界に現れた。
「お、出た?」
「目の前にでてるじゃないですか」
「メニュー画面は先刻の対話ウィンドウと一緒で、対象者にしかみえないの。メニューの場合は自分だけってわけね。そこに地図みたいな表示があるでしょう」
画面にはステータスをはじめとする幾つかの項目の上に時刻と円状の簡素な地図が表示されている。
地図の中心には白い点が置かれ、そのすぐ近くにその点よりは二回り大きい白色の丸が1つ。周囲に4つの白丸が光っている。
「そこの白い点が自分自身、シバターさんね。で、丸がほかの生き物を表すんだけど、これが赤い場合はシバターさんに対して攻撃行動を仕掛けようとしている生き物になるわ」
シバターはなるほど、と頷いた。この白丸は目の前のリコリスだ。そして周囲を見渡すと喫茶スペースに座っている4名がのこりの白丸だとわかる。
「これ、表示される範囲が狭いですね」
「そうね。あんまり使い勝手はよくないかな」
リコリスもその点は苦笑して同意をしめした。およそ半径5メートルといったところだろうか。
「だから敵性対象は目視が一番いいかな。あと、その丸はマーカーって呼ばれるんだけど、色には意味があって、白は敵性なし、青はパーティメンバー、黄色はペナルティってかんじになるかな。いま私からはシバターさんは黄色に見えてるわ」
確かにペナルティ中のプレイヤーであるかをどうやって判別するのか気になっていたが、こんなふうに見えていれば対象を警戒することができるだろう。そう思って周囲を見渡すとこちらを注視しているプレイヤーと目があって、視線をそらされた。やはり、ペナルティをおかすと肩身が狭くなるのだと実感した。
「ふふ、周りが気になるなら視線だけで見ないとだめよ。無駄に警戒させちゃうんだから。普通に振舞っていなさい」
「……はい」
リコリスはシバターの肩を叩いて励ますと、ちょっと肩の力が抜けた。
シバターの調子が戻ったことを確認してから、リコリスは説明を続ける。
「メニュー画面は『メニュー終了』って言うか意識すると閉じれるわ。基本的に画面は出しっぱなしにしている人が多いかな。シバターさんも時間のあるときにでも触ってみて」
「はい。わかりました」
メニュー画面は意識するとすぐに閉じることができた。リコリスは説明を続けても良いかと聞いてきて、シバターは疑問がないのでおねがいしますとこたえた。
リコリスは喫茶スペースの仕切りになっている観葉植物の隙間から色とりどりの紙が一面に貼られた壁を指差す。
「あれは依頼書。さっき言ってた冒険者ギルドが仲介した依頼ね。冒険者の多くはあの依頼書に書かれている内容をこなして、お金とかものを受け取るの」
「紙の色がちがうのは?」
「紙の色は依頼のレベルが違うの。詳細は紙にも書いてあるからあとから実際に見てみましょう。紙の上辺に黒い線がつけられているものもあるんだけど、そういうのはプレイヤーズクエストっていって、プレイヤーが依頼したものなの。あそこから依頼書を取ると依頼を受けたことになって、期限までに依頼をクリアしたら、受付に依頼書を持って行くわ」
そうしてずらりと並んでいる列をみた。列の回転は早いが、後続が途切れないので列の長さは変わらないままだ。
次に謎の像(袋を担ぎ、手のひらにコインを持ったすこしふくよかな男の姿)を指差す。ふくよか像の周りに人が群がっていて、宙に指先を動かすとすぐにその場所から立ち去ってしまうので回転率は早いが、次々に人がやってくるので途切れることはない。
「あれはお金の出し入れができる像なの。一応、クラドラの世界で金銭を司る神様の像なんだって。目の前に立つと自然とウィンドウがでてくるから指示にしたがえば、お金を預けたり、引き出したりできるわ。ATMがわりね。そのほかのやりとりはその横の窓口にいくといいわ」
冒険者ギルドの中を見回して、だいたい説明が終わったかな、と息を吐き出したリコリス背中に立つ影があった。
「あらァ、リコリスちゃんたら珍しくイエローちゃんを連れてるのねェ」
「ナオちゃん」
リコリスがナオちゃんと呼んだのは、長身の猫だ。
猫は額から目元にかけて赤茶の混じった毛並みだが、鼻から首にかけて長毛の白い毛が豊かになびいて、丁寧に服の中に流している。紺を基調としたシックなワンピースに白のフリルがあしらわれたエプロンをつけて、給仕であることを示す様に注文票を手に持っていた。
「ほらァ、喫茶に来たのだから注文なさいィ」
間延びする声が猫の口からこぼれる。ピンとのびたがしゃべるたびに優雅に揺れ、口の形も言葉に合わせて形を変えているようだった。
「じゃあ、私はレモンティー」
「はァい」
手袋をつけた指がペンを走らせて注文を書きつける。
猫は足首まであるワンピースの裾や長袖の先から覗く手足はすらりとしているが手袋をしていて、その下が猫に類似しているか、また尻尾の有無は確認できない。服装や立ち振る舞いから女性らしさがうかがえるにもかかわらず、金の双眸は鋭くシバターの背筋をピンと伸ばさせる力があった。
「……なァに坊や。獣種が珍しィ?」
シバターは視線があっているにもかかわらず、自分に言葉をかけられていることに気づいていなかった。「っ、はいすみません」ワンテンポ遅れて、シバターは自分が猫(彼女)を注意深く見すぎていたことを理解した。
「ナオちゃん、新人さんなの。あんまりいびらないであげて。シバターさん、この子はナオっていって、結構なんでもやってるなんでも屋さん」
「こ、こんにちは」
「どォも。そォ、新人ちゃんなのねェ。分かったみたいだからいいけれど、そォんなに露骨に見ちゃうのは、マナー違反だからねェ」
もちろん、そうじゃない見せたがりの子たちもいるだろうけどォ、と補足すると目が細められて楽しそうな笑顔を作る。狡猾さを含んだネコ科独特の笑顔にシバターは頭を下げる。もはや体の反射運動。頭よりも先に本能が対応した。その姿を見たナオは笑いを少し面白そうな色を含ませた。
「……リコリスちゃんが一緒にいるのにペナルティづきっていうのは、なにか理由があってなのォ?」
「シバターさんはバグの犠牲にあって、ペナルティ付きなっただけなんだから」
リコリスは少し声を大きくして話す。そうすると周りからの視線が減った様に思われた。
「ふゥん。ほらァ、あなた注文は?」
「は、はい。コーヒーでお願いします」
「はいはい。マ、この町、っていうかシバ共和国は一番の多種国家だからこれからどれだけでも驚く機会があるはずよォ」
ナオは楽しげに笑いながら、去っていった。
シバターは視線でナオを見送り、ふとその途中で通りかかった冒険者の横顔が知り合いに似ていると感じた。その瞬間、霞がかっていた点が晴れた。
「リコリスさん」
「な、なにかしら?」
真剣な表情のシバターに身構える。
「思い出しました。私のゲームの目的を。私は、知り合いを、人を探しに来たんです」
2015/12/12 獣族→獣種に修正
20150102 誤字脱字を再修正