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寝物語は夫の過去です。


「王冠はこれからのことに関係があるのかしら。わたし、あれがどうなったか、聞いていないものね。」

王冠をどうしたいのか、夫に尋ねられたときに答えられなかったわたしの代わりに、夫は王冠についてなにがしかの処理をしたらしい。

その内容について、わたしが質問したことはなかった。


保留にできるようなことではなかったと思うのだが、夫は「落ち着いてゆっくり考えればいい」と言ってくれたので、それに甘えていたのだ。

だが、それによってわたしたちの未来になんらかの影響がでるのであれば‥‥。

わたしが知ってもどうにもできないかもしれないが、聞くのは怖いが‥‥やはり知っておきたいような気がする。


「‥‥王冠のことについては、自由に考えて欲しいんだ。可能、不可能ではなく。きみが、どうしたいか。だから、きみの気が進まないんだったら、あえて知る必要はない。」


「でも、危険はないの?」

「どうかな。‥‥ベッドの中でこんな話をしていたら、眠れなくなってしまうよ?」

すでにベッドの周囲にはカーテンが落ち、暗闇に包まれている。

ふっという吐息で、夫が苦笑したのが分かった。


「日中は、あまり落ち着いて話せないもの。」

「そうだね。危険かどうかは、なんとも言えないな。僕が生きてきたなかで、安全だったことはあんまりないしね。」

「どういうこと?」

そういえば、夫の過去は聞いたことがなかった。


「声変わりもしていない頃に領地を飛び出したんだ。定住せずに旅をしていたから、盗賊や猛獣と遭遇したこともあるし、寝る場所はいつもあるとは限らない。食料が尽きて、分けてくれないかとお願いして辺りの家を回ったこともあるよ。たいてい門前払いだ。」

冬の夕暮れ、寒そうに息を白くした少年が、凍える手で木の扉を叩く姿が脳裏に浮かんだ。

いまの夫の姿からは、想像がつかない。


たしか、夫は伯爵家の次男で、早くに父と兄を亡くしたために、爵位を継ぐことになったはずだ。

「どうして領地を離れるだなんてことになったの?」

「昔から僕は、父や兄にはあまり馴染めなくってね。そこに、名の知れた芸術家であり、発明家であり、医師でもある男が領地に立ち寄ったんだ。旅の途中だと言っていた。僕は、その男を師と仰ぎ、付いていくことにしたんだ。」


「あなたの医者としての技は、そのかたから学んだのね。」

「その通り。もっとも、師に従っていたのは僕だけではなかったよ。そこそこの一団になっていた。師は宮廷にも招聘されたこともある権威だったから、ゆく先々で領主に厚遇されて、衛生管理などの助言をおこない、調合した薬を分けた。それでもやはり、常に分厚い屋根の下にいられたわけじゃなかった。」


「それで、旅を終えて、領地に戻ったの?」

「領地に戻ることは、あまり考えてなかったよ。いずれどこかに定住するかもしれないと思いながら、できる限りは師について行きたいと考えていた。でも、旅の通過点である村に滞在したときに、旅を中止せざるを得ないことが起こった。‥‥村の紛争に巻き込まれて師をうしなってしまった。」

「そんな‥‥。」

「思慮深い師だったけど、キレイな女の子に泣きつかれると弱くってね。その村で、両親を謀殺されたって訴える子のために、墓を暴いた。死因を調べるためだ。そうしたら、まあいろいろあって、邪悪な存在として裁かれることになった。ほとんど脅しだったから、逃げようと思えば逃げられたんだけどね。それに、師は大貴族に援助者がいたから、そのかたたちの力を借りれば、どうとでもなった。それなのに、師は自ら処刑場へ向かった。まぁ、いま思えば、あれは‥‥。」


そのときわたしの口から、ふぁ、とあくびがもれた。

それに気付いた夫が「長くなってしまったな。さぁ、もう寝よう。」と寝る体勢になった。


せっかく夫がこれまでしなかった昔の話をしてくれているのに、なんだかもったいない。

「続きが気になるわ。」

「また明日の夜にでも。話はいくらでもあるよ。師なき後、領主を断罪した話。それから、領地に戻った後。おじによって死んだことにされていた僕が、どうやって復権したか。それから、きみのお父様と対立した話もあるね。でも今夜はここまで。」


口を開こうとすると、言葉の代わりにあくびがでた。

それでわたしはあっさり諦め、いつの間にか眠っていた。




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