アキズカ~ドSな武闘~
ここは学園一神聖な場所、体育館。一般的なものよりは少し小さいながらも十分な機能性を備えている。そんな場所で今、学生にとって唯一の娯楽、通称アキズカ祭が始まろうとしていた。
「農業部部長、ライスフィールド田中だっぺ。よろしくだ」
甲に農業、田中米。
「こんな茶番、早く終わらせるに越したことはないわね。新体操部、相見丹祢」
乙に新体操、相見丹祢。
相手、両者共々不足無し。観客も体育館の外まで詰めかけている。中には制服を脱ぎ、上半身裸になって半ば狂乱の渦に呑まれたかのように興奮している者もいる。
とても文武両道、秩序第一を校訓に掲げている学校には見えない。だがこれが光賢山第一高校の実態だ。
「去年も思ったけどこの雰囲気には慣れないものね」
「なに言ってんだ。早く始めるけ」
「へぇ、そんなに早く私とやりたいんだ。一年生なのに勇敢なのね。ダブル田んぼ君」
「違う。ライスフィールド田中だっぺ。絶対に日本語に直したぁいけねぇ」
あら、案外弱そう。それにまだ一年。この勝負は楽しいものになりそうだ。丹祢は今までの勝負を振り返り、そう確信する。
「――ゴホン、静粛に。ではルールの確認をします。一対一のタイマンで本当に殺さない程度に、先に相手を戦闘不能にした者の勝ちです。武器の使用は許可します。以上です。では勝負を開始します、二人とも指定の位置へ移動してください」
説明を聞くのはめんどくさい。そんなもの、丹祢の身体に嫌と言うほど染みついている。彼女は理解しているのだ。この祭りは新体操部の悲願を達成出来るのと同時に『自分の心を最高に満たせる』ということを。
「それでは始めます。用意、プレイボール」
勝負の開始直後、丹祢の方が僅かに早く動いた。
――さら、さらら。
小川のせせらぎのように美しく、雪崩の如き苛烈さ。その二つを持ち合わせた動きと自前の俊敏さで丹祢は田中との距離を瞬く間に詰める。
「負けてらんね。怖いけどやるけ」
丹祢が距離を詰めてくる僅かな間、田中は懐から試験官のような瓶を取り出し……
「お姉さん。くらうけ、田舎の香水」
田中はそう叫ぶと手に持っている瓶を床に叩き付けて割った。
「こけおどしかな。でも遅いッ」
田中はすでに攻撃範囲内。次の一撃で戦う意欲を確実に削ぐ。そう丹祢が考えたその時。
「こけおどし上等。ざまあないっぺ、さよなら美人なお姉さん」
――なに?
何か異様な感じがして一旦動きを止めた直後。丹祢の鼻になんとも言えない、いや言わせないほどの異臭が飛び込んできた。
いったい何なのこれ。身体の力が急速に抜けていって身動きが取れない。丹祢はその場に跪き田中を睨みつける。
「そんな眼するなっぺ。これは地元の田舎の匂いをおれの能力でブーストさせたもんだ。嗅ぎ慣れてるおれはでーじょぶだけど、都会もんにはちときついかな」
ちょっとどころじゃないってば!。試合を見ていた生徒達までこの匂いでダウンしている。
「うんうん、効果上出来。じゃとどめだ。衝激の車」
田中が丹祢の脇腹を狙って緩慢な動作で殴りかかる。その様子を穴が開くほど見つめていた丹祢は持てる意志を全てつぎ込み、
「この程度の匂いなんかに、この私が屈してたまるかぁッ」
動かぬ身体に鞭を打ち自分を狙う拳にわざと突っ込み、身体をうまく捻りギリギリのところでそれを避けた。
「さっきのお返しだよ。坊やちゃん」
拳を避けた状態からそのまま、田中の顔面にラリアットを入れる。次に身体を床に叩き付け、足を組み伏せ腕をとる。
これで完全に田中は動けなくなったはずだ。
「ふんごぅっぺ、痛いぃ。お姉さん、おれの香水から逃れられたのは分かったけ。でもなんであの状態からおれの渾身の一撃をあんな避け方で躱せたんだっぺ。反射神経だけじゃあんなん無理だ。どうやって?」
「いいわ。答えてあげる。でもその代わり両手の親指の関節もらうね」
そう言うとほぼ同時に田中の親指の関節を外す。
「ひ、ひ、痛いっぺ」
「うーん、いいわねその顔。最高にそそるわぁ」
田中は痛みに顔を引きつらせる。丹祢の頬が僅かに高揚して赤み掛かった桜色に染まる。それが彼女の着ているピンクを基調とした着物風の服と相まって、丹祢を最も美しく可憐に見せている。
「それじゃあ教えてあげる。なぜ私があんな避け方を出来たかって?そんなの簡単よ。私は新体操部よ。身体の柔らかさには自身があるの」
「そ、そんな理由で」
「そんな理由よ。
そして口答えした罰に次は両腕の関節ね♪
あーでもみんな起きてきちゃった。ここらへんで潮時かしら。でもいーや、やっちゃお。えいっ」
勝負は相見丹祢の圧勝で幕を閉じた。
さっきの戦いでついた異臭をシャワーでさっと流し、服も新しい物に着替える。 家に帰ったらゆっくりお風呂に入りたいと思いつつ、丹祢は戦い終盤の田中の顔を思い出す。
お気に入りの服に変な臭いがついてしまったことは残念だが、それでもあの戦いは最高の思い出、至福の時を丹祢に残した。彼女はその想い、感情に恋をしているのかもしれない。
恋焦がれるからこそ輝くものがあるように。
「次はどんな顔、声で私を楽しませてくれるのかなぁ」
そんな風に満面の笑みを浮かべながら丹祢は次の戦いに想いを馳せる。