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王道斜め38度  作者: 北海
第一章:始まり
7/43

懸念事項などない

「え、と。それってすごいのか?」

 困惑した表情をするアレク君。あれ、意外な反応だ。

 前世の感覚だと、偉人の子孫っていうだけですごーい! ってなるというか……いや、すごいのは先祖の方であって子孫ではないだろうとかいう突っ込みもわかる。わかるけど、いざ自分が有名な○○の子孫でしたとか言われると、ちょっと興奮しない

 すわ転生特典か!? と思って浮上した気分に一気に冷水をかけられた気分だ。

 もうちょっといい気分に浸らせてくれよと恨みがましくアレク君を見る。意外なことに、ディエナディアちゃんも似たような表情で彼を見ていた。

「ま、いいわ。アンタ、ライラだっけ。コイツの補佐官やるのはホントにひと月だけなのよね?」

「そのような契約になっております」

「……回りくどい言い方」

 いやあ、わたしもそう思うけど、そこら辺はほら。いろいろ契約内容とかの裏事情とかがごにょごにょ。

 アレク君もねー。もうちょっとウチの弟のことを疑ってかかるといいよ。あの腹ぐ、もとい、いろいろ考え過ぎてしまう節のある弟君が、ただ単に自分の血縁者だからなんて理由でわたしなんかを推薦するわけないのに。

 ほら、ディエナディアちゃんの視線がキツくなった。やっぱり不審だよねえ、今回の人事。

(そう思ってるから、朝からいろんな人がアレク君を訪ねて来てるんだろうなあ)

 王女様の部屋からこの部屋に来るまでの間に、アレク君の攻略対象っぽい女文官さんとかメイドさんとか、その他にも訓練終わりのアレク君の部下の人たちとか、いくら王宮内でも多過ぎだろうという人数とすれ違ったのだ。愛されてるなあ、アレク君。

 だがしかし。わたしは確かに弟の手先だけど、我が弟の企みなんてまったく! 一切! 知らされていないのだ! ふはは、だからいくらわたしに探りを入れようとしても無駄なのだよ!

 虚しくなんてない。お前弟に良いように使われてんじゃね? とか、トカゲの尻尾切り要員なんじゃね? とか思ってない。探られて痛い腹だけどいくら探られても出せるものがないからひたすら胃がキリキリ痛んで、たった一日でストレスで死にそうだとかそんなことない。

 懸念事項などない!

 ……だからそろそろ、泣いていい?






「女難の相が出ておる」

「……今お帰りですか、聖女様」

 うむ、今から帰るのだ! とか爽やかに言い放つ聖女様。うお、笑顔が眩しい。ぺかー、っていう擬態語が背中に見えるよ。

 外見年齢十二、三歳、実年齢二百歳越えの聖女様は夕方でも元気だ。今日一日で心身ともに疲れ果てているわたしには刺激が強すぎる。

「悪いことは言わん。一番身近な異性との縁を切れ。さすればお主の運も上向くじゃろう」

「…………」

 その助言ピンポイント過ぎない? いいの? 聖女様がそんな「今日の占い」みたいなノリでそんなこと言っちゃっていいの?

 「一番身近な異性」って言われて、真っ先に思い浮かんだのがお父さんだったなんてそんなまさか。父親離れしたつもりで実は今でもファザコンとかそんな……いや、薄々自覚はしてたけど。

 でもここは、多分我が弟君ことジークヴァルドのことを言われてるんだよね?

「それは命令でしょうか」

「堅苦しいのお。普通に話せ、普通に。お主の祖母に話すようにじゃ!」

「祖母、ですか」

「うむ。ちょっとばかりサバ読めば、わらわもそのくらいの年齢じゃろうからな」

 えー……いやあ、それは無理じゃないかなあ。「ちょっと」って。御歳二百歳越えで「ちょっと」って。

 今まで築き上げてきた聖女様イメージがガラガラと音を立てて崩れていくことに生温い気持ちになる。ううん、こういう人だったのか、聖女様。

 どうしてもゲームでの「隠れヤンデレ」イメージが強くて、加えて何かの行事とかの時の神懸かった聖女様の様子しか知らないから、こういうお茶目なところを見ると戸惑ってしまう。うう、先入観持ち過ぎるの、よくないってわかってるんだけどなあ。

 そもそもゲームで「隠れヤンデレ」になったのは、聖女様が文字通り神懸かりだったからなのだし。

 聖女として教会に入ってから二百年以上、彼女は自分を取り憑いた神様に好き勝手使われていて、自分の意思なんてないような生活を続けていた。周囲にいる人は聖女様本人じゃなくて、彼女に取り憑いている神様のことしか見ていなくて、実際に彼女が彼女自身の体を使える時間なんてほとんどなくて。その僅かな時間に出会ったのが、ゲーム主人公であるアレク君だったのだ。

 皆が崇める聖女様は、神様が表に出ている時の彼女。本当の聖女様にはアレク君しかいなかった。だから、自分をアレク君から引き離そうとする人達を許すことができなかったのだ。

 それが、聖女様がヤンデレになる理由。

 他の何を諦めても彼のことだけは諦められないと、ゲーム中でそう叫んでアレク君の愛を請うた聖女様の言葉はあまりにも悲痛なものだった。……その足元に血まみれで教会の人達が倒れていなかったら、わたしだってこんなに怖がったりしなかったんだけどね!

 でも、こうして元気に聖女様をやっている彼女を見ると、胸が熱くなったりもする。ハーレムエンドは別名ご都合主義エンドって言われてコアなファンの間なんかじゃ不評だったらしいけど、攻略対象の誰ひとりとして欠けることなく、みんな揃って笑っていられるんだから、別にご都合主義でもいいんじゃないかと思う。まあ、各ルートで結構深刻な問題になってた諸々があっさり解決されちゃってることに釈然としない気持ちもわかるけどね。

 聖女様に憑いてた神様は、彼女のルートだとアレク君と協力して無理やり体から追い出して消滅させるんだけど、このハーレムエンドだと平和的解決で円満に共存しているとか。アノ神様が説得でどうにかなるタマかよとかネットではいろいろ叩かれてたけど、現にこうして解決してるんだからそれでいいじゃないか。深く考えたらドツボにはまる。スルースキルって大事だよ。

「そうじゃ、いっそわらわのことを本当の祖母だと思って」

「勘弁してください」

 名案だ! と言わんばかりに瞳をキラキラさせた聖女様。ここは流されてはいけないとすかさずお断りすると、むう、と唇を尖らせて拗ねてしまった。くっそ可愛いなこの合法ロ……失礼、ナンデモナイデス。

「お主、気弱で流されやすそうな見た目に似合わずいけずじゃのう」

「流石に自分より外見が年下の方を祖母とは思えませんよ、普通」

「ならば、妹ならどうじゃ!」

「それこそ無理です」

「むう、我がままなヤツじゃな、お主」

 ええと、そろそろ本題に入ってもらってもいいだろうか。このままだと聖女様の押しの強さに負けてしまいそうなので。

 そうじゃそうじゃと聖女様はぽんと手を叩く。忘れるところじゃったとか、わたしはどこから突っ込みを入れればいいんだろうか。

「お主の身近にいる、誰かはわからぬが恐らく男じゃな。そやつとお主の相性がドン引きするほど悪いせいで、お主の対同性関係の運勢がすこぶる不調なのじゃ。簡単に言えば女難の相が常時付いて回っとる感じかの」

「それは、わたしの運勢だけが一方的に下がっているんでしょうか」

「というよりは、お主の運を相手の男が吸い取ってるみたいじゃの。つまり、相手の男にとってお主はただの金のなる木なのじゃ!」

 せめて幸運の女神とかにしておいてほしかった。金のなる木って。たとえだってわかってるけど、動物ですらないとか。

 でも、気の重くなる話だ。身近な異性って、お父さんと弟以外他に誰かいたかなあ。

「つまり、逆運命の相手、みたいな感じですかね?」

「おお、そんな感じじゃ!」

 そんな運命の相手要らない。切実に、要らない。

「それで、その逆運命の相手に心当たりはあるかの?」

「身近と言われると、父か弟くらいしか」

「……お主、その年で男友達のひとりもいないのか」

 ……痛いところをつかれた。

 ものすごく可哀相なものを見る目で見られている。そうです、年齢イコール彼氏いない歴です。え、異性の友人とかファンタジーじゃないの?

 でも、それにだって理由はあるんだからね!

「女学院育ちなもので」

「幼い頃からか?」

「はい」

「はあ。箱入りというか、過保護じゃのう。お主の父親は」

「それほどでも」

 あると思います。

 昔ほどじゃないとは思うけど、お父さんの過保護っぷりはうっかり油断するとただのニートにされてしまう程度にはすさまじい。

 ……恋人とか実家に連れてったらきっと……あ、存在しない相手のことを心配してもしょうがないね。ていうか無駄に虚しくなるね、やめておこう。

「うーむ。流石に家族相手じゃと、縁切りも無理があるか。他におらぬのか、誰かそれっぽいのは」

「それっぽいと言われましても」

 逆運命の相手っぽい人とか、それどんな人?

 でも、後関わりがある異性とか仕事関係しか……あれ、目の奥が熱くなってきたよ? はは、男っ気なさ過ぎとか、そんなの今更だし? いちいち落ち込んでなんか……うん、ちょっと気分が落ちるだけで……。

「何故じゃろうな。妾にはお主が嫁き遅れる未来がまざまざと想像できるぞ。主に過保護な家族のせいで」

「は、はは……」

「女難の相も確かに問題じゃが、若い娘がそんなことで良いのか? せっかくの青春をそのように枯れて……いや待てよ」

 ふむ、と聖女様が真顔になった。

 思案するように顎に指を添えて、じーっとわたしを眺めている。文字通り上から下まで。

「……むしろこれこそがわらわの使命」

「は?」

 今なんて仰いました? 嫌な予感がして堪らないんですけども。

 唐突に聖女様はわたしの両手をぐわしと掴んだ。ひい、なんですかその動き! 素早過ぎて目で追えなかったんですけど!

 きらきらなんてものじゃない。爛々と瞳を輝かせて、聖女様は「ライラ!」とわたしの名前を高らかに叫んだ。

「大船に乗ったつもりでいると良い! このわらわが、聖女の名を懸けてお主にとびっきりイイ男と妻合わせてやるからの!」

「どうしてそんな話に!?」

 女難の相だとか、逆運命の相手だとかいう話はどこに行った!?

 まずい。聖女様の思考回路が斜め上過ぎてついて行けない。っていうか、今通り過ぎたそこのメイドさん! 面白いこと聞いちゃった! って顔して去って行かないで! 嫌な予感が倍増したじゃないか! しかもその顔見たことがあるぞ、さてはわたしの女学院時代の同級生だな!?

「なに、心配することはない。変な性癖持ちやマザコン、シスコンの類は除外して、どこまでもお主のことを一途に愛する収入も外見も、ついでに家柄も文句なしの男を引っ張ってきてやるからの」

「むしろ心配しかないんですが!」

 というかその条件、当てはまる人が漏れなくひとり思い当たるので真剣にやめていただきたいです。

 あ、でも聖女様は確か理事長ことソルヴェール伯爵とは不仲らしいし、そこは大丈夫なのか?

 とかそんなことを考えたわたしが悪いのか。聖女様は再び心配するなと言って、慈愛に満ち満ちた微笑みを浮かべた。

「ひとまずソルヴェールを手玉にとって貢がせてみるとかどうじゃ。良い経験値稼ぎになると思うぞ?」

「そのままなし崩しに教会に引きずられる未来しか見えないのでお断りします」

「なに、婚姻の誓いは司祭以上の神官を立ち会わせなければ成立せ……そういえばソルヴェールは司祭資格を持っておったな」

 司祭資格とかなにそれ怖い。

 うっかりしておった、とか言ってるけど、このまま聖女様にお任せしちゃった場合、そのうっかりで大変なことになるんだろうなあと予測したわたしは間違ってないと思う。

 とりあえず、聖女様には丁重にお断り申し上げておこう。気持ちだけ受け取っておきますとか何とか、そういうやんわりとした断り文句だけは豊富だからね、前世の生まれ的に。

 ついでにわたし自身も、今後理事長と遭遇することがあったとしても、絶対教会には連れ込まれないよう注意しておこう。せっかくの情報、最大限利用させていただきます!


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