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王道斜め38度  作者: 北海
第一章:始まり
6/43

天才少女と転生特典(仮)

「将軍、ライラです。ただ今戻りま――」

 した、と言い切る前に、扉を開けた途端飛び込んできた光景があまりに予想外過ぎて、ビシリとその場で固まってしまった。

「アンタ、まさかこのアタシに隠し事なんてするつもりじゃないでしょうね!」

「だから、そういうんじゃねえって!」

 まあ、賑やかね。なんてとぼけてみるけれど、それもなんだか白々しい。

 ここはどこだったろうかと考えて、王宮にあるアレク君の執務室だよねと再確認。さっきまでいた王女様の執務室に比べれば格段に狭くて質素な部屋だ。部屋の中央にドンと置かれた執務机の真新しさが、彼がこの部屋を与えられてからそう時間が経っていないことを知らせてくれる。

 他に室内にある調度品は、ローテーブルとソファだけ。このソファはきっと仮眠用ベッドと兼ねているんだろう。アレク君の身長からすると、横になるには少し長さが足りない気がするけれど。

(……現実逃避してても仕方ないぞ、わたし)

 息を吸って、吐く。不覚にも動揺してしまった精神を立て直して、頑張って冷静な声を出した。

「せめて今日の分の執務を終わらせてからいちゃついていただけますか」

「げ、ライラさん!?」

「あん? 誰よ、アンタ」

 もう言っちゃおう。執務机とローテーブルの間。まさに部屋の中央ど真ん中で、アレク君が白衣を着た女の子(推定十六歳)に押し倒されて胸ぐらを掴まれております。これどんな修羅場?

 本当なら職場でいちゃつくな! と叱るべきなんだろうけど、あの白衣の女の子はアレク君の攻略対象だ。百歩譲って大目に見るから、せめて仕事を終わらせてからにしてほしい。そうしたらわたしもさっさと帰るから。

 というか、アレク君は声をかけるまでわたしが室内に入ってきたことに気がつかなかったんだろうか。そんなにラブラブ、もとい、二人の世界だったんだろうか。う、羨ましくなんかないんだからね!

 不審者を見る目で白衣の子から見られてるけど、その隙にアレク君が女の子の下から這い出す。かと思えば、「あ、待ちなさい、コラ!」とすかさず女の子が腕を伸ばして腰布をはっしと掴んだ。

「逃がさないわよ……!」

「お前のその無駄な情熱はどこから来るんだよ……!」

 ぎりぎり。ぎりぎり。アレク君の腰布が嫌な音を上げている。……あれ、確か第二兵団内での階級章代わりとかじゃなかったっけ? 破けそうな不穏な気配がするんですけど……。

「無駄!? このアタシの研究に対する飽くなき情熱のどーこが無駄ですってええぇぇ!?」

「うわ、馬鹿ヤメロ!」

 バリッ! と何かが破れるような音と、閃光が走る。突然のことにわたしは咄嗟に目を瞑ってしまい、次に目を開けた時には、アレク君途方に暮れた表情で黒く焦げた腰布の切れ端を手に持っていた。

「勘弁しろよ……またおっさんにどやされるじゃねえか」

「ふんっ」

「ディディ」

「ディエナディアよ。人の名前を勝手に略してんじゃないわよ」

 そう言いつつ、ディディと呼ばれた女の子、ディエナディアちゃんはちらちらとアレク君の持つ黒焦げの布切れを見ている。腕組みをしてそっぽを向いているのなんて、決まりの悪さを誤魔化すためでしかないんだろう。

 仕方がないな、とでも言うようにアレク君がため息を吐く。ピクリとディエナディアちゃんの肩が揺れた。

 彼女の方に視線を向けたアレク君が口を開くけれど、そこから言葉が飛び出てくる前に、ディエナディアちゃんはぷいと顔を背けて――って、わたし?

「それで、誰よアンタ」

「…………」

 おーけーおーけー。びーくーる。冷静になるんだ、わたし。

 たとえ明らかにわたしより年下の女の子、しかも初対面に開口一番「アンタ」呼ばわりされたとしても、それが何だ。女学院時代はもっと当たりのキツい子がいくらでもいたじゃないか。……う、思い出しただけでまた胃が痛く……。

 気を取り直して、とりあえず、背筋を伸ばした。

「失礼しました。期限付きでアレックス将軍付き補佐官を務めます、ライラ・アーヴィングと申します」

「アーヴィングですって!?」

「っ!?」

 名乗った途端、勢い良くディエナディアちゃんが食いついてきた。

 アレク君にしていたようにわたしの胸倉も掴み、ぐいぐいと引っ張ってくる。ちょ、苦しい、痛い、痛いからもうちょっと力緩めて!

「ディディ、いい加減落ち着け」

 ぽん、とアレク君がディエナディアちゃんの頭に手を乗せた。

 すると、ディエナディアちゃんの手がパッと離れる。

 咳払いひとつで体勢を立て直したわたしが見たものは、顔を真っ赤にして硬直するディエナディアちゃんと、そんな彼女に一切気がつく様子なくわたしに「大丈夫ですか?」と尋ねるアレク君だった。

 これが、ギャルゲー主人公の実力……! 背景に雷を背負って戦慄するわたしをよそに、アレク君はとりあえず座ってくださいとわたしとディエナディアちゃんをソファに向かい合わせに座らせてくれた。

「ディディ、自己紹介」

「なんでアンタにそんなことっ」

「ライラさんに名乗らせておいて、自分は名乗んないのか?」

「っ、ディエナディアよ。ディエナディア・グランロッソ。王室研究所で研究員をしてるわ」

「グランロッソ博士でしたか」

 わたしでさえ知ってるその名前。確か、最年少で王室研究所入りした天才、じゃなかったっけ。

 言われてまじまじとディエナディアちゃんを見てみれば、幼い顔立ちの中で瞳に宿る賢そうな光が異様に老成して見える。笑えばきっと可愛らしいだろうに、への字に曲がった口と猫のようにつり上がった目尻がやたらと彼女を無愛想に見せている。不機嫌な猫みたいだ、とわたしは思った。ツインテールが猫耳みたいに見えたからっていうのもあるけどね。

「それで、アンタ。アーヴィングなのよね?」

「確かにわたしの家名はアーヴィングですが」

 それがさ、とアレク君は頭をかいた。

「ディディの奴、どっかからライラさんの名前聞いてきたみたいで。会わせろって押しかけて来たんだ」

「アーヴィングの名前を聞いて興奮しない機工機関士がいたら、ソイツはただのモグリよ」

 わたしが「機械」だと思うものが、この世界では「機工機関」という名前だから、それを開発したり作ったり、修理したりする人たちのことをまとめて「機工機関士」と呼んでいる。

 この機工機関というものも中々厄介で、動力は電気とかじゃなく「魔力」なんだとか。

 魔力というのは、言いかえれば生命エネルギーみたいなものらしく、生命ある生き物なら何でも魔力を持っている。でも、人によってその魔力量はバラバラ。だから大抵、機工機関を使うには特殊な鉱石に魔力を込めて魔石と呼ばれるものが必要になる。

 ちなみに、魔力があるのだから魔法もあるんだろうとわくわくして調べた結果、「常人離れした某大な魔力量の持ち主のみ魔術の行使が可能」という容赦ない現実に打ちのめされたのはわたしだ。魔法は魔術の上位に当たるらしく、有史以来魔法を使えたとされるのは何百年も昔の魔王だとか勇者だとか……それ最早史実じゃなくて伝説扱いされてる人達ですよね?

 まあ、魔術にしろ魔法にしろ、物凄く燃費が悪いから大体の人は初歩魔術を使うだけでも命がけとわかってわたしのリアル魔女っ子計画は呆気なく終わりを告げたのである。厨二病を患おうにも厳し過ぎる現実に一瞬で打ち砕かれたわけだ。いくら憧れでも、ロウソクに火を付けるためだけに死にたくはない。人差し指に火を灯すってやつ、やってみたかったのになー。

 で、その魔術の代用品として発明されたのが機工機関。魔術に比べれば格段に少ない魔力で使用できるものばかりとあって、今ではちょこちょこ庶民の間にも広まっている。一番ポピュラーなのはランプかな、やっぱり。流石に街灯はまだ機工機関になってないけれど、噂では近々王都の貴族街の街灯を試験的に機工機関のものに入れ替えてみるのだとか。

 おっとっと。閑話休題。とにかく機工機関っていうのはそういうもので、ディエナディアちゃんが研究員として所属する王室研究所っていうのは彼女のような機工機関士を始め、穀物の研究をする植物学者だとか新薬の開発と病気の研究をする医学博士とか、とにかく「研究者」と名のつく人たちがいる、国王公認の研究機関なのだ。

「っても、俺別に機工機関には詳しくねえし……ディディがどうしてそこまでライラさんが『アーヴィング』だってことにこだわるのかわかんないんだけど」

「ったく。これだから素人は」

 ねえ、と同意するように見られても、わたしも素人です、グランロッソ博士。

 ピンと来ていないことがバレたのか、ディエナディアちゃんの眉間に一瞬で皺が刻まれた。学生時代、歴史や哲学の授業で先生方がよく見せていた表情そっくり……つまり、わたしとアレク君のあまりの無知っぷりに呆れてものも言えないという表情だ。

「このバカはともかく、どうしてアーヴィングの名前を持つアンタまで知らないのよ。機工機関士とアーヴィングって言ったら、〈人形師〉クラウス・アーヴィングのことに決まってるじゃない!」

「はあ。〈人形師〉、ですか」

 それはどこの人形劇の座長さんですか? とか聞いたら、盛大にどつかれそうである。ひとまず神妙に聞いておこう。

 さっぱり聞き覚えのないわたしと違って、アレク君は思い当たることがあったようだ。「それ、前に言ってたディディが唯一認める機工機関士?」と尋ねるのに、ディエナディアちゃんは「そうよ」と真顔で頷いている。

「世界で初めて機工機関を用いた自動人形(オートマタ)を発明した上、自律型自動人形を唯一創造したことから、ただの機工機関士じゃなくて〈人形師〉の異名がついたの。とは言っても、彼自身の来歴はほとんど一切が不明。しかも機工機関士としては寡作だったみたいで、現存する彼の自動人形は確認されてる限りで僅か四体。遺作でもある自律型自動人形は彼の死後、一度も確認されていないわ」

「自動人形ってアレだろ。文字書いたりお茶持ってきたりするやつだろ? まさに動く人形、みたいな」

「そんな劣化品と一緒にしないでくれる? あんなの、〈人形師〉の自動人形に比べたらただの木偶人形よ。彼の自動人形はそんなもんじゃないんだから」

 一度だけ見たことがあるの、とディエナディアちゃんは言った。抑えきれない興奮を思い出すように、声音には熱がこもっていく。

「彼の造った自動人形は掃除をしてたわ。箒で床を掃いてたの。それも、決まった場所だけじゃない。自分で歩いて部屋を移動して、隅から隅まで、まるで本職のメイドみたいにね。アタシが見たのは自律型じゃなくて他律型――つまり、造られた時にあらかじめ組み込まれた命令式に従った行動しかできないやつで、適宜魔石の取り換えが必要だったけど、そんなの問題じゃないわ。アレはもう、ほとんど人造生命みたいなもんよ」

 う、うーん。話が難しくなってきた。

 つまり、アレク君の知っている自動人形というのは完璧に決められた動きしかできない、たとえば「の」の字を書く自動人形なら同じ大きさ同じ字体の「の」の字しか書けないけれど、ディエナディアちゃん曰く、〈人形師〉さんの自動人形は紙の大きさや用途によって「の」の字を大きくしたり小さくしたり、はたまた明朝体やゴシック体などに書き分けが出来る、みたいな違いなんだろうか。

 でも、それってかなりすごいことなんじゃないだろうか。ディエナディアちゃんが「人造生命」って言うのもわかる。で、それが他律型で、自律型もいるってんだから、まさにその人は同じ道を志す研究者から見ると「尊敬する人」なんだろう。

「なんとなくその人が凄いのはわかったけど」

「なんとなく!?」

「あーいや、まあその人が物凄い人だとして。で、ライラさんと何の関係があるんだ?」

 至極もっとも。アレク君といるとわたしが喋らなくていいから助かるわあ。

「……アンタ達、ちゃんとアタシの話聞いてたわけ?」

「はい」

「まあ、そこそこ?」

「だったらなんで気づかないのよ!」

 ぎ、とディエナディアちゃんがわたしとアレク君をきつく睨みつける。

「〈人形師〉の名前はクラウス・アーヴィング! アンタの名前はライラ・アーヴィング! アンタはあの〈人形師〉の子孫なのよ! しかも、家名を名乗ることを許されてるってことは、直系のね!」

 どうだ、と言わんばかりにディエナディアちゃんは高らかにそう言い放つ。

 アレク君はパッとわたしを見て、わたしは思わず無駄に瞬きを増やしたりなんかして。

 ここで、空気を読まず敢えて言おう。

 え、今更転生特典ですか?


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