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王道斜め38度  作者: 北海
第二章:人形屋敷

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緑の瞳のルクレツィア・前

 私の養父、ディノイア・フォン・レーヴィが王都の士官学校に潜り込んで青春を謳歌していた頃、その高すぎる鼻っ柱を見事にへし折ったのが父だったらしい。

 本人曰く、無駄に能力の高いクソガキだった養父は、それはもう好き勝手楽しく学生生活を過ごしていたそうで、善良さ以外欠点のない私の父に初めての挫折を味わわされ、それはもう大興奮したのだとか。

 コイツを逃せば自分に友人と呼べる相手はいなくなる! ……その直感が正しかったことは、今の養父が体現してくれているので、ひとまず置いておこう。そうして、先輩後輩という立場を利用してあの手この手で友情を押し付け、根負けした父が折れ無事友人関係に至ったというのだ。

 そんな現レーヴィ伯爵、実は私の母とは犬猿の仲だったらしい。父が押しに弱いのを良いことになんて図々しいヤツだ、と挨拶代わりに罵り合うレベルだったと、レーヴィ伯爵家の家令が遠い目をしていた。それ同族嫌悪って言わない? と思った私はきちんとお口にチャックしておきましたとも。

 私があんまり両親について知りたがる子どもじゃなかったからか、ふとした時にポロリとこぼされるエピソード以外、私は彼らについて知らない。当然顔も、と言いたいところだけれど、これだけはちょっと話が別だ。

 この世界、この時代、まだカメラのようなものは発明されていない。

 だから、故人をしのぶよすがになるのはいわゆる肖像画だけ。当然安いものではないから、ある程度お金があるお家じゃないとそんなもの残っていない。

 私の母、ルクレツィア・アーヴィングは平民だった。手先が器用で、女だてらに細工師の仕事をしていたらしい。王室御用達まではいかないけれど、貴族からの注文もぽつぽつある程度には評判が良かったから、ある日強盗に狙われたんだそうだ。

 そして、駆け付けた騎士にひとめ惚れ。それ吊り橋効果とか言わない? なんて娘の私は思っちゃうんだけど、とにかくまあ、母はそれから押して押して押しまくった。どっかの誰かさんを彷彿とさせる手口だけど良い子はお口にチャックだよ!

 最近は平民出身者も珍しくないとはいえ、騎士っていうのはやっぱり変わらずエリート職だ。構成員は貴族や準貴族、大手商家出身の人間がほとんど。本来、腕の良いだけの細工師なんてド庶民、相手にされるはずがない。よくて愛人、最悪一時遊ばれた挙句捨てられて、泣きを見るのが関の山。

 そのはずだったんだけど、どういうわけか私の父親だという人は母の猛アタックに絆されて、あれよあれよという間に恋人に、婚約者に、そうして養父が気づいた時にはとっくに夫婦になっていたんだそうだ。

 まあその時にね、実に見苦しいキャットファイトならぬハブとマングースなバトルがあったりなかったり……そんなんだからお義父さん、名門伯爵家当主なのにあの年齢まで結婚できずに独身だったんだよ……?

 話を戻そう。そしてそんな押しに弱い私の父、実は生家を継いだ兄と折り合いが悪くて勘当されていたらしい。なお、私にとっては伯父にあたるその一家は、私が生まれるちょっと前にとんでもないことをやらかして、現王陛下にプチっと潰されていたりする。もし父親なる人が勘当されていなかったら、私は生まれる前に処刑されていたかもしれない、とお義父さんが冗談めかして言っていた。

 ……胎児すら容赦なく処刑されるような罪状って、それつまりアレだよね、とか思い当たってもお口にチャック、見ざる聞かざる言わざるですよいいね?

 ともかく、私の両親はちょっと裕福な庶民程度の生活をしていたわけだ。当然、母親の肖像画なんてものがあるわけもなく。

 むにゃむにゃと平和な寝顔をさらす赤ん坊の私を眺めて、お義父さんはそのことをとても不憫に思ったらしい。そうして、お抱えの絵師に銘じて、棺に入れられたお母さんの肖像画を描かせた。

 ……うん、確かにそのおかげでかろうじてお母さんの顔は知ってるけど、よりによって死に顔かとか、棺に入って花に囲まれた姿かとか、いろいろズレまくってるのはわかってる。お義父さん、そういう機微はとことんないから……合理主義に寄りすぎて情緒とかなにそれおいしいの? 状態だからしょうがない……。

 娘を大切にしなかったら呪い殺してやる、なんて遺言を残して息を引き取ったんだよ、とかにこにこしながら三歳になったばかりの私にその肖像画を見せきたお義父さん。実物はもっと鬱陶しくてうるさくて粗暴だった、と続けたのは本当に蛇足だったと思います。

 もう一度、私は目の前に座る老人を見た。

 部屋の暗さにやっと瞳が慣れてきたのか、さっきは気づかなかった細かな部分が目につきだす。

 指先の黒さは機械油が染みついたものだろうかとか、シャツの仕立ては少し甘そうだとか、眉をしかめているのは不機嫌だからじゃなく、ルームランプの光がまぶしいからのようだとか。

 瞳の色が、私や母、ルクレツィアと同じ、鮮やかな翡翠だとか。

「森を出るなら名は変えろとあれほど言ったのに、あのおてんば娘が」

「あ、いえ。王都で細工師をしていた時は、きちんと偽名を使っていたらしいです。結婚する時に初めて本名を明かした、と聞いてます」

「まあ。だから追いかけて行っても捕まらなかったんですね、マスター」

「その結婚すら、ヴァイルハイトの娘経由に事後報告だ。とんだ不良娘だな」

「家出の件は、わからず屋で頑固なマスターも悪いのですよ」

「家出、ですか」

 なるほどつまり、私の母はどうもこのご老人――推定、母の父、つまり私の祖父かもしれない――と喧嘩して家出、偽名を使って隣国の王都で生活、結婚初夜に初めて本名を夫に告白した、と。うん、えーと、適切な表現が思い浮かばないんだけど、かなりパワフルっていうか、ファンキーな人生だね……?

「それで、ライラ。お前は何のために私に会いに来た? どうせあのバカ娘に何か言われて来たんだろう。人工破魔石を作ろうとしている愚か者の尻尾でも掴んだか」

「え」

「マスター、あの子だったら、単騎で特攻して研究所なりをつぶしてきたので事後処理よろしく、くらいは言ってきかねませんよ」

「違いない。私たちはとうに隠居の身だと何度言ったら理解するのか」

「あの」

 はた、と会話が途切れる。

 エヴァと老人、ふたりの視線が集まって、私は悪戯を咎められた子どものようにギクリと身をすくませた。

 こういう時に限って、ソルヴェール卿は口を出して来ない。だから、私は乾いた舌がもつれないよう、なんとか口を動かした。

「母は、……ルクレツィア・アーヴィングは、亡くなりました。私を産んで、産褥が明けずに、そのまま」

 正面で、エヴァがゆっくりと瞬く。

 数拍の沈黙の後、老人は静かに、「そうか」と呟いた。

 呟いて、そして、椅子の背もたれに深く身を沈ませる。

 キリキリ、とエヴァの首が微かな音を立て、老人の方を見た。

 けれど老人は何も言わず、そのまままた、エヴァは私の方を向く。

「では、ライラちゃんは今まで、ずっとひとりで?」

「あ、いや! 幸い、父の友人が養父として育ててくれて……父の行方はその、わからないんだけど、義理とはいえ弟もいるし、養母も数少ない常識人同士仲良くやれてるつもりだし、色々あったけど友人にも恵まれ……? た、多分恵まれてるから!」

 友人、と口にして思い出したのが黒幕志望な某王宮侍女だったり、ゴーイングマイウェイ王女様だったりしたのは多分気のせい。他の学生時代からの友人たちは良家の子女らしくみんな嫁いじゃったからちょーっとばかり疎遠になってるだけ! 大丈夫季節の挨拶とかはまだやり取りできてるから……!

「それに、魅力的な求婚者もいる?」

「ご自分で自分のこと『魅力的』とか言っちゃうのはどうかと思います理事長! ……じゃない、ソルヴェール卿!」

「謙遜は過ぎればただの嫌味だよ、ライラ」

「だからそれもご自分で言うのはどうかと思いますが!?」

 ええい、口を挟むならもうちょっと私が話し難そうに口ごもってた時にしてくれないだろうか! 話を混ぜっ返すのはやめていただきたい!

「ライラ」

 不意に、老人が私の名前を呼んだ。

 閉じられていた瞼は開き、覗いた瞳はどこか物憂げで、けれど再び身を起こし、すっと伸びた背筋からはある種の風格すら感じられる。

「ルクレツィアが死んでいるなら、お前から伸びるその魔術の糸は一体誰と繋げている」

「魔術の糸?」

「あるだろう、そこに」

 そこ、と言って老人が示した先は、私の心臓。

 それで、なんとなく私にも相手が言いたいことがわかった。

「母が遺してくれた自動人形たちにつながっている、魔力の道のことでしょうか」

 ライラは出力がダメだね、と言ったのはお義父さんだ。

 体内で魔力を生成し、外界から取り込むことはできるけれど、放出させる機能がポンコツで、縫い針一本通ればよいくらい、とまで言われたのだ。

 だから、本来なら任意で魔力を自動人形――ルルとロロにご飯としてあげなきゃいけないんだけど、ふたりに十分な量の魔力を渡そうとしたら丸一日かかってしまいかねないと、お義父さんはかなりの荒業に出た。

 心臓にバイパス手術をするがごとく、魔術で縒った管を体内の魔力生成機関、つまり私の心臓に直接刺し、ルルとロロに繋げたのだ。

 外法一歩手前の荒療治、とか片目つぶっていたけれど、今目の前に座る老人の苦虫を嚙み潰したような表情を見る限り、一歩手前レベルじゃなかったんじゃないかな、これ。

 なお、具体的にどうやって繋げたかとか、私は一切知りません! 四歳の誕生日にルルとロロをお義父さんからプレゼントだよ、とかって渡された時にはもう繋がってたからね、仕方ないね。お義父さんそういうとこあるしね……。

 こちらへ、と老人が手招く。

 エヴァがこくりとひとつ頷いたのを確認して、私は恐る恐る彼に近づいた。

 老人の視線が私の体の頭の先からつま先、爪先から胸元へ移動する。全身を巡る魔力を見ているんだよ、とソルヴェール卿がこっそり教えてくれた。目の前にいてこっそりも何もないけどね!

「……その自動人形はどこにいる。男爵邸にでも置いてきたか」

「ええと」

「いや、それにしては糸が細いな。もっと遠く……まさか、王国に置いてきたのか?」

 そのまさかである。いやだって、ルルとロロ連れて行こうと思ったらジークにも筒抜けになっちゃうし……結局お見通しで追いかけて来られてんじゃないか、って突っ込みはナシで。やろうとして失敗するのと、最初から諦めるのは雲泥の差があるんですよ!

 うろり、と目を泳がせても、腕を伸ばせばすぐ届く近さにいるから、どこを見ても視界から目の前の老人を外せない。しまった、自分で自分の首を絞めまくってないかな、これ。

 ちっ、と、老人が隠すことなく舌打ちする。元々寄っていた眉間の皺は、もはや山脈だ。

「あの娘がこの屋敷から持ち出したのは、()()だけしかない素体だ。まだ破魔石すら組み込んでいなかった。ふたりの内どちらを起動させたのかは知らないが、何か不都合が起きても知らんぞ」

「……そのー、ものすごく言い難いんですが、私と繋がってる自動人形はですね、あの……ルルとロロって名前で、ふたりいまして……」

「…………」

「まあ」

 ご老人、もはや絶句である。

 たっぷりの沈黙にいたたまれなくなってエヴァを見ても、真顔で見返されるだけ。いや、自動人形だからね! 表情変わるわけないんだけど気まずいんだよ!

 とうとうソルヴェール卿に助けを求めようかと考え始めた頃、なるほど、と老人がようやく口を開いた。

「この俺に、森から出て会いに来いと。つまりそういうことだな」

「いいえ全然そんなつもりではなかったんですが!?」

 なんならディエナディアちゃんに連れられて何も考えずにやって来ただけですが!? なにを納得してしまったんですかご老人⁉

「アーヴィング翁がシジェスに来られるなら、陛下もきっとお喜びになられますよ」

 とっても朗らかにソルヴェール卿がお誘いしている。ところで今、しれっとご老人のことアーヴィング翁とか呼ばなかった?

 でも、ご老人は否定しない。思い返せば自己紹介してもらってないな……でも否定されなかったし、私のこと孫娘って言ってたし、家名がアーヴィングってことは間違いなさそう。うん、ここはソルヴェール卿に倣ってアーヴィング翁って呼んでおこう。

 そのアーヴィング翁は、ソルヴェール卿のお誘いに口をへの字に曲げた。あ、これは断られるな、と思った瞬間、すかさず口を挟んだのはエヴァだ。

「とうとう引きこもりを卒業されるのですね、マスター。思えば最後に森どころかこの屋敷からマスターが外出したのは年単位の昔……あ、感激のあまり涙が」

「堂々と嘘を吐くな。お前の目は水晶製だろう、エヴァ」

「嫌ですねえ、マスター。それは言わないお約束ですよ」

 うふふ、と小首を傾げて微笑む……ような声を出すエヴァは、やっぱり無表情である。もちろん、その瞳が潤んでるなんてことは一切ない。物理的に無理だろうし。

「……俺は行かん。だが、どんな使い方をされているかわからん自動人形を見て見ぬ振りをするつもりもない」

「では、どうするんです?」

 エヴァが問いかける。アーヴィング翁はふと右腕を持ち上げた。

「遠くにいるのなら、呼び寄せればいい。ライラ」

「はい」

「手を」

 言われるまま、パッと両手を差し出す。

 思いがけず大きなアーヴィング翁の右手が私の両手をまとめて掴み、左手が上に重ねられた。

「魔力糸をたどって、ルルとロロとやらを呼び寄せる。できるな?」

「わ、わかりません……」

 アーヴィング翁の片眉がピクリと上がる。うう、そんな反応されたってわからないものはわからないのだ。

「魔術の鍛錬は、したことがなくて」

 この時代、ほとんどの人間が魔術なんて使えないし、幼年学校で魔術の才能がありそうだ、って子が万一見つかった場合――それだってひとつの学校から何十年にひとり出るかどうか、ってくらいだけど――王都にある魔術師養成学校に送られる。それ以外の子たちは教科書でしか触れることなんてないのが普通。私は入学以前にルルとロロのマスターとして繋がれていたから、保有魔力量ほぼゼロってことでいたって普通の学校生活を送っていましたとも。

 本来、任意に行う自動人形(ルルとロロ)への魔力譲渡も、「僕が繋いだ魔力の道から勝手にふたりに流れていくからね」なんてザックリ説明しかされていないから、魔力のイロハすら知らないのである。うん、改めて現状把握すると結構アレかもしれない。自覚しているのでコイツ本当に何にも知らないんだなあ、と言いたげな視線は勘弁してもらいたい。

「私がお手伝いしましょうか」

「卿がこの娘の夫か婚約者ならば頼んだかもしれんがね」

 隣に座るよう、アーヴィング翁が目で合図する。

 隣も何も肘置きしかないぞ、と一瞬迷ったけれど、逆らう勇気もないので粛々と腰を下ろした。うう、不作法で申し訳ない。

「今からこの魔力糸をたどって、お前の自動人形たちに呼びかける。お前が本当に俺の孫娘なら、拒絶反応は耐え難いほどではないはずだ」

「拒絶反応とはその、具体的にどういう」

「最初の波で素直に気絶するのが一番幸せ、とだけ言っておこう」

「全力でお断りさせていただきたい……!」

「遅い。もう繋いだ」

 次の瞬間、私の意識は暗転した。

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