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王道斜め38度  作者: 北海
第二章:人形屋敷

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人形屋敷1

 ディエナディアちゃんは文字通り、五分とかからず準備を終わらせた。

「最初からちゃんと荷物を別に作ってあったに決まってるでしょ」

 つまり、さっきまでの散策で濡れた衣服を着替えただけ。いやあ、気合の入れ方が違う。せめて足を引っ張らないようにしないと。

 かく言う私はといえば、日帰りなのか野宿しなきゃいけない距離なのかわからないので、ちょっと荷物は大きめにしておいた。これでもレディですので! 諸々必要十分なだけを揃えても、それなりの量になってしまう。お肌のお手入れ用品とか、一日でもサボったらあとが怖い年齢になりつつあるし……。

 肌がね、弱いのだ、私。おしろい要らずの真っ白お肌に生まれた者の宿命……思春期は必死でにきびと戦ってましたとも。今よりもコンプレックスまみれだったとか、学生時代の私、強く生きてほしい。ぽっちゃりとか言うな。必死でこの標準体型を維持してるんだから。

 むふー、と腰に腕をあてて得意げに顎をそらすディエナディアちゃんに誘われてか、どれどれ、とジークが彼女の荷物を覗き込む。そして、ひょいひょいと幾つかの機工機関を取り出した。

「ちょっと、なにすんのよ!」

「なにすんのよ、じゃないよ。森に入るのに、火器系統の機工機関持って行こうとするとか、馬鹿なの? はい、こっちもね。どれくらい歩くかわかんないのに、こんなに重いの邪魔になるに決まってるでしょ」

「汚い手でアクアに触んないでよ! この子の濾過機能は繊細なのよ!?」

「じゃあそんな繊細な機工機関を、何があるかわからない冒険に連れて行くべきじゃないのもわかるよね?」

「うるさいうるさいうるさい! わかったわよ!」

 がるがる、と怒りながらも、ディエナディアちゃんはどっかと床に座り込み、荷物を開いた。

 山ほどの機工機関を取捨選別していく手つきには迷いがない。一緒になって選別するジークも慣れたもので、私はのほほんとお茶をしばいてふたりのやり取りを見物していた。

「仲良しねえ、ふたりとも」

 ディエナディアちゃんも、アレクくんに対しては照れとか色々あって素直になれないこともあるけど、ジークに対しては意外に素直だったりするんだよねえ、今みたいに。同じ天才型だから気が合うのかな。

(同年代、異例の若さで国内有数の頭脳の持ち主たちの仲間入りしてるってとこも、共通点だし)

 そんでもってふたりとも、友だちと言える相手が極端に少ない、っていうのも共通点だったりする。それぞれ性格に難があるからねえ、別ベクトルに。男女間の友情、お姉ちゃんは成立するって信じてるよ。

「他人事みたいな顔してるけど、姉さんもだからね」

「え?」

 ぽん、と予想外に話の先を向けられて、素っ頓狂な声が出た。いつもよりオクターヴ高かった、恥ずかしい……!

「体力も根気も根性もないんだから、せめてその半分くらいに減らさないとうっかりぬかるみで足を滑らせて転んじゃうんじゃない?」

「そうよ。ただでさえどんくさいんだから人の倍以上は気を引き締めてよね」

「ふたりともお姉ちゃんに対して塩対応すぎない?」

 どうしたことだ、四面楚歌だぞ? でも言われたことはいちいちごもっともなので、粛々と荷物の選別に取り掛かった。うう、パッと行ってパッと帰って来られるといいなあ……!

「私が荷運びにも長けていたら、ライラちゃんの分を代わりに運べたのですが」

 残念です、という言葉通り、少し気落ちした声の調子でエヴァが言う。それなら、と手を挙げたのはソルヴェール卿だ。

「私がライラを運んで歩けばいいのではないかな」

「ははは。冗談の才能には恵まれなかったみたいですね、ソルヴェール卿」

「ジーク、せめて暴言は身内までにしておこう……!」

 確かに冗談にしては気持ちわる、いやいや、本気で言ってるんだろうけど冗談ってことにして流す以外どうしようもない発言だったけども!

 ソルヴェール卿の荷物はとってもコンパクトだ。ジークもそう。貴族男子として騎士訓練を受けているんだから当然、なんだそうだ。

「君が気にすることはないよ、ライラ。畏まられるより、気軽に接してくれた方が私も気が楽だ。いずれ家族になるんだから」

「なんと。ライラちゃん、よい男性を捕まえましたね。伴侶に対してだけではなく、その家族にも遺憾なく発揮される寛容さ。素晴らしい。全世界の男性とまでは言いませんが、どこかの誰かにも是非見習ってほしい爽やかさです」

「捕まえてないから。伴侶でもないし、ただの元上司と元部下でしかないから」

 そんでもって、エヴァのそのソルヴェール卿に対する人物評は私情マシマシ過ぎじゃない? さっきの「マスター」さんに対する人物評に加えて、ますます「マスター」さんの人物像に不安を覚えてくるんだけども。

 額を押さえてため息をこらえる。ああ、ゆっくりお風呂に入って惰眠を貪りたくなってきた。

「……なるほど。つまりこの青年はライラちゃんに片想いを拗らせていらっしゃる?」

「求愛者のひとりだと考えてくれ、レディ・アルク」

 こてん、と首を傾げるエヴァの邪気のなさ。ソルヴェール卿もソルヴェール卿でやましいことなんてひとつもありません、と言わんばかりのにこやかさで応じるものだから、ひねくれコンビはとんでもなくマズいものでも食べたかのようなしかめっ面をしていた。私? ふっ、人生諦めとかスルーするとかそういうことも大事なんですよ……。

 なるほど、なるほど、としきりに頷いた後、ぽん、とエヴァが左手に右手でつくった拳を打ち付けた。

「得心しました。ぜひ、ライラちゃんはこの青年から離れないようについて来てください。他のおふたりはライラちゃんたちの前を歩くと良いでしょう」

「行軍演習でもあるまいし、わざわざ並んで歩かされる理由は?」

「万が一の備えです。なにせ」

 中途半端に言葉を切り、エヴァはぐるりと私たちを見まわした。

「マイマスターはとっても偏屈でひねくれ屋で素直じゃない人の上、身内に分かり難く甘く、それ以外にはわかり易く厳しいどうしようもない方なので」

「身内のはずの相手からすこぶる評価が辛いところはアンタそっくりみたいね」

「身内外からも辛い評価投げてくるの勘弁してくれないかな!?」






 雲の向こうにある太陽もそろそろ沈むだろうという頃合いに、私たちは黒々とした森に足を踏み入れた。

 本当なら、明日の朝まで待ちたかったところ。魔の森と名高い〈闇の森〉に、日暮れ間近、雨の降る中入っていこうなんて無謀の極みだ。でも、今回に限ってはできるだけ早く出発すべきだとエヴァが譲らなかった。

「なにせ私、マスターに何も言わず抜け出してきておりますので」

「それは……もしかして私たちを連れて帰ったらものすごく怒られることになるのでは……」

「まあライラちゃん。これもマスターのことを思うが故ですよ」

 否定しないとかこの自動人形さんもすっごく自由かー、そっかー。ルルとロロといい、ほんと製作者の嗜好が反映されてたり……するのかな……。

 遠い目になる私の前で、ディエナディアちゃんは指で唇を触る。

「完全な自由意志を持った自動人形ってわけね。ある程度の思考パターンはあらかじめ組み込まれているんでしょうけど、意思なきモノ(無機物)に後天的に意思を付与するなんて……メス=アメス理論はずいぶん前に実現不可能だって結論が出てるし、じゃあアラクマ術式、は単純な反射行動しか刻み込めないはずだし……そもそも高度な思考活動に堪え得る素材……」

 思考を声に出して整理するのはクセなんだろうか。確か遠い記憶のゲーム内でもそんな描写があったような。ゲームのストーリー進行上の都合とかじゃなかったんだねえ。

「考え込んでると転ぶんじゃない? グランロッソ博士」

 ぶつぶつと呟きながら思考に没頭するディエナディアちゃんを見かねたのか、ジークが揶揄するような言葉をかける。が。

「……小型破魔石の並列回路? 消費魔力が高すぎるわね。節約可能な術式があるとしたら……もしくは、帝国国宝レベルの破魔石なら、あるいは……」

「聞いてないね、こりゃ」

 そう言って肩を竦めて後ろにいる私に見るものだから、私も似たような表情で「ちゃんと前見て歩きなさい」とたしなめる。

「ディエナディアちゃんの護衛なんだから、転びそうになったらちゃんと支えてあげるのがジークの仕事じゃないの」

「冗談でしょ。姉さん相手じゃあるまいし」

「私相手にジークがそんな優しかった記憶が一切な、ひゃっ!?」

 ずる、と右足が前に滑る。

 ぐるんと視界が回って、来たる衝撃に備えて反射的に身を固くした。けれど。

「やっぱり私が抱えて歩いた方が良いと思うんだが」

 木々の影が見えた、と思った次の瞬間には横を歩いていたソルヴェール卿に腰を引かれて、視界いっぱいを無駄に爽やかでハンサムな顔面に占拠されていた。

 私を見下ろす瞳には呆れの感情なんて微塵もなくて、それがかえって私の羞恥を増大させてしまう。

(へ、平然とした顔しおってからに……!)

 八つ当たりだって? 心の中だけに収めるので許してもらいたい! せめて役得~! とか思ってそうなにやけた顔してていただきたい! 恥のかき損じゃんか!

「ほら、こけた。他人の心配してる場合じゃないのは姉さんの方だね」

「うぐぐぐぐ……アリガトウゴザイマス、ソルヴェール卿」

 昨夜からの雨は、厚い木々の葉に守られた森の地面をもしっかりぬかるみに変えている。

 さっきのは完全に背中側尻餅コースだったから、もしソルヴェール卿に助けてもらってなかったら、悲惨なことになっていただろう。泥汚れって洗濯してもなかなか落ちなくて困るんだよね。泥だんご投げつけられる典型的ないじめの被害経験者だからこそよく知ってる。

 だから素直に感謝したいのに、ソルヴェール卿はといえば体勢を崩した私を支えるだけじゃ飽き足らず、片腕でひょいと私を担ぎ上げてしまったものだから、喉の奥から声にならない声を出してしまった。

 私のお尻の下にはソルヴェール卿の二の腕。いくら体格に恵まれたソルヴェール卿といえど普通にバランスが悪くて不安定で、私は半ばパニックになって彼の首にしがみついた。

「お、おち、おち、おちますってこれ……!」

「落とさないさ」

 信用できるかバカヤロウ。ふざけたこと言ってんじゃないぞハンサムガイが。

 いけない、口が悪くてよライラ・アーヴィング。仮にもレディならどんな時でも泰然自若に……できるわけがないのでせめて理論的にソルヴェール卿を説得しなければ……!

「自分で歩いて転ぶよりここから落ちた方が危ないので是非とも下ろしてほしいのです、が!」

「伯爵。姉はこれでも未婚の若い淑女なので過剰な接触は控えてくれませんかね」

 私の言葉に続けて、ジークも面倒くさそうに苦言を呈す。もうちょっと積極的にお姉ちゃんの面倒見ようとしてくれても、何の罰も当たらないのよ?

 私たちの言葉に、ふむ、とソルヴェール卿はちょっとだけ思案するような顔をした。ちょっとだけ。

 すぐにパチンと指を鳴らすと、お尻の下から伝わってきていた震動がなくなった。加えて、背中に見えない支えができたような不思議な感覚がする。

「無詠唱魔術。さすがライラちゃん。良い男性を捕まえましたね」

「だから捕まえてないってば……」

 げんなりする私を見上げて、ソルヴェール卿がにこりと微笑んだ。

「これで、私の魔力が尽きない限り落ちることはないな」

(……解決方法ナナメウエ過ぎてドン引きぃ……)

 それでやっぱり下ろしてくれないわけデスネ。

 口の端が引き攣ってるって? 一瞬とはいえもっとわかりやすくドン引きした表情したジークには言われたくはないかな!

 上機嫌なソルヴェール卿を眺めて、エヴァも満足そうに二度頷いている。いったいどういう反応なんだろうねアレ……悪戯っ子めいた雰囲気を感じ取るのは私の心が薄汚れてるからかな……。

 ともあれ、ソルヴェール卿の肩に魔術で固定された私には、落ち着いて周囲を見回す余裕ができた。

 迷いのない足取りで、頻繁に私たちがはぐれずついて来ていることを確認しながら歩くエヴァ。彼女の先導があるからこそ、森に埋もれた細道をたどっているけれど、きっと私たちだけではすぐに迷ってしまうだろう。

 こうして視界が広がった今だからこそわかる。奇妙なことに、エヴァが進む先には僅かにも道らしき様子なんて見えない。だというのに、彼女が通った後を見れば、分かり難いけれどそこには確かに道がある、とわかるのだ。

 そっと後ろを振り返れば、数歩後ろすら歩いてきた道は森に埋もれてしまっている。

「この森は、本来招かれて入る土地だからな」

 前を歩く三人に聞こえない声で、ソルヴェール卿が呟く。

「北限にある深淵、大陸中央の〈闇の森〉、東の果てにある孤島──おとぎ話の舞台ですね」

「しかるべき管理者たちによって管理されなければならない土地だ。古き盟約の下に、粛々と。そうでなければ」

「『世界が滅ぶ』、でしたっけ」

 深淵の底に眠る女神、〈闇の森〉に封じられた魔王の欠片、孤島に隠された異界の門。

 帝国国教でもある一神教に言わせれば、邪教の迷信ということになるのだけれど。どうも土着の伝承だのおとぎ話だのに共通して、これら三つの内どれか、もしくは複数の世界観があるみたいなのだ。

 ……RPGだったら絶対どれかに最強武器があるやつだよね? 異界の門は裏面ならぬ隠しダンジョンへの入り口に違いない。魔王の欠片を集めて魔王復活! とか、目覚めとともに世界を滅ぼす、なんて言われている女神様を祀る狂信者たちとの死闘とか。うっかり女神様を目覚めさせちゃって、世界を守るために神に挑む、なんて展開とかも王道じゃない?

「うっかり魔王の欠片を見つけても、気づかなかったフリをするんだよ」

「流石にそんなもの、うっかり見つけられたりしませんよ」

 フラグが建ったって? 全力で気のせいです!


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