自動人形〈オートマタ〉3
〈自動人形〉なのだと意識して彼女を見れば、なるほど、エヴァの顔貌は確かに整いすぎている。
良い悪いの話じゃなくて、なんと言えばいいのか。人工的な端整さに、なんとも表現し難い違和感を覚えてしまうのだ。いやいや、私が偏見に満ち溢れた心を持っているからとか、そういうことじゃなくて!
人形独特の表情、ってあるでしょ? 彼女はまさにそれ。無表情というにはあどけなく、かといって愛嬌に満ち溢れているかと言えば素っ気無い。薄い知識を紐解けば、人間の顔がいかに複雑な筋肉構造をしていたかぼんやり思い出せる。あれを人工的に作り出せるのか? って考えれば、まあ無理だよねって話なのだ。
仮に不完全でも再現できていたとすれば、それはルネサンス期のダ・ヴィンチよろしく人体解剖した結果ってことになる。この世界の価値観としてはそんな人間ただの狂人だ。流石に推定先祖がそんな人間だったとかいうオチは勘弁願いたい。
(時期はずれかつ時代遅れにきっつきつに首の詰まったドレスも、「らしさ」を誤魔化すためなのかも)
顔のパーツと首のパーツが一体でないことは、彼女が割りと自在に顔を左右に動かしていたことからも推測できる。接続部分を隠すにはちょうどいい服装だ。
とはいえ、それにしては腕の方はまるだし、ってのが気になるんだけど……いや待て。エヴァの袖口、なんかずいぶん斬新な形していやしませんか? まるで力任せに豪快に引きちぎったみたいな……。
何かで破ったの? それとも破れちゃったの? そんでもってそのことを一切気にしてないの? って脳内突っ込みが忙しい。気の置けない関係なのかもしれないけど、仮にも領主邸を訪ねようっていうのにその状態はどうかと思うよ私! ルルやロロといい、こういう一般常識への無頓着さが自動人形っぽいと言えばそうかもしれないけどさあ!
視界の端っこにいるソルヴェール卿はどうも静観するつもりらしい。男爵も口を挟む様子はない。いや、男爵はせめて彼女の袖口について指摘してほしか……そういえば初対面で農夫同然の野良着身に着けていらっしゃったお貴族様でしたね、男爵。突っ込みなんて入れたら盛大なブーメランになっちゃうじゃないの。
彼女が一歩一歩と歩を進めるたび、微かなきしみが追いかけて響く。ルルとロロからは聞いたことのない音だ。
「……あの」
「はい、なんでしょう」
エヴァの表情は変わらない。変わらないんだけど、心なし、声がウキウキしているような気がする。
半歩ほどの距離を置いて真正面まで来た彼女は、そっと私の手を取った。すっごいうやうやしいぞ、と思った次の瞬間にぶらぶらと揺らされる。
ふふ、とこれまた表情が変わらないままやけに楽しそうな微笑がこぼれて、彼女の空色の瞳がきらめいた。
「お名前を伺ってもよろしいでしょうか、お嬢さま」
「あ、申し訳ありません。私はライラと」
「ではライラちゃんとお呼びしますね」
食い気味にお返事されましたね!? そんでもってずいぶんフレンドリーというか、ぐいぐい来ますねお姉さん! あいや、お姉さんなのか? 外見年齢私とあんまり変わらないというか、同年代っぽく見えるけども。
表情は変わってないけど、これ絶対にこにこしてらっしゃる。間違いない。うふふあははと背景にお花が飛んでても驚かないよ私は。
「ちゃん付けは、その、私ももうそんな年齢では」
「私から見れば、ライラちゃんはとっても可愛らしいお嬢さまなので、なにも問題ありません」
「……あの」
「はい。なんでしょう、ライラちゃん」
お、押しが強ぇ……。
思わず私の頬も引きつるってもんだ。こら、そこ。ソルヴェール卿。なるほど参考になるとか呟いてしきりに頷いてるんじゃない。見えてるし聞こえてるからね。
うん、わかった。私には無理だ。貧弱と笑わば笑え。所詮私は小市民。なんとなくいやだなあ、程度でこんなに強い押しをはねのけられるほど、意志が強くないのである。
ルルとロロといい、エヴァといい、自動人形ってのはフリーダムなのがデフォルトなんです? 〈人形師〉の好みなのかな……そういえば今のところ私の知ってる自動人形ってみんな女性体モデ……やめよう、この話題。誰も幸せになれないやつだ。特に私が間接的にダメージを受けるやつだこれ以上考えると。
遠い目をした私をどう解釈したのか。大丈夫ですよ、とエヴァは穏やかに続けた。
「マイマスターはとっても偏屈でひねくれ屋で素直じゃない人ですが、ライラちゃんのことは歓迎してくださいますよ」
「なにひとつとして安心する材料がないのですが……」
偏屈って形容詞にわざわざ「とっても」が付く辺りお察しである。マイマスターっていうのが推定〈人形師〉であるからして、すごい偏屈老人ってことでしょ? そんな人に「私親戚かもしれない小娘でーす」って会いに行くの? ハードル高すぎてもう帰りたいね?
こいつはどうしたものか、と戸惑う私をよそに、開け放しだったドアがさらに大きく開いた。
「話は聞いたわよ!」
「ディエナディアちゃん、せめて挨拶を先にしようか!」
効果音がつくならババーン! である。
雨でびしょ濡れの外套はどこへいったのか──いや、彼女の肩越しにびしょ濡れの外套を顔面でキャッチしたジークが見えた。ひええ、あれ絶対キレてるよ……しばらく近寄らないでおこう──ディエナディアちゃんの脈絡のない登場に、驚いたのはどうやら私だけだった模様。
「存在を希薄化する機工機関とは、流石グランロッソ博士」「視覚的な隠蔽効果がないのが課題点かな」とか和やかに会話するソルヴェール卿と男爵はのほほんとし過ぎだと思う。っていうか、本格的に傍観者スタイルですねお二方! ちくしょう他人事だと思ってからに!
「村中駆けずり回った挙句大雨でびしょ濡れになって収穫ゼロかとイライラ、じゃないや、やきもきしてたけど、始まりに立ち返ってみるのもたまにはいいものなんだね」
「ジーク、歯に衣着せて。もうちょっと。もうちょっとだけでいいから」
無駄骨折らされてイライラしてるのはわかったから。一応他人様の前だから自重しよう。ついでにお姉さまの前でも常に自重しててくれていいのよ?
そんなジークなんかとっくに眼中にないようで、小走りに近づいてきたディエナディアちゃんはエヴァに向かってさっと手を差し出した。
「ディエナディア・グランロッソよ。〈人形師〉が作り出した自動人形の中でも原初にして唯一、一応の完成を迎えた後でも繰り返し〈人形師〉自身の手が加えられ続けたと言われている試作型──通称『エヴァ』。アンタがそうで間違いないわね?」
「……驚きました。お詳しいのですね」
「機工機関士で〈人形師〉とアンタのこと知らなかったらただのモグリよ」
ディエナディアちゃんの目が爛々と輝いている。応じて差し出し返されたエヴァの手を握って、しっかり彼女の目を見据えて自己紹介する辺り、気のせいでなければ人間相手よりよっぽど礼を尽くしている。
(流石、筋金入りの自動人形マニア……)
例のゲームの公式設定集いわく。ディエナディアちゃんは人間嫌いの機工機関マニア。機工機関と名のつくものならすべて愛しちゃってる彼女にとって、人語を解してコミュニケーションまで取れる自動人形は、人間よりはるかに親しみと好感を覚える相手なのだとか、なんとか。
その機工機関好きが高じて、いくつかあるバッドエンドのうちひとつでは、主人公アレクくんそっくりの機工機関人形を作っていちゃいちゃする、なんてのもあった。もちろん、バッドエンドに到達した彼女の技術じゃ自動人形はとうてい作り出せないので、決められた受け答えしかできない文字通りのお人形だったわけだけど。アレクくん本人? 人形の素材になった、って表現だけで察してほしい。自分を全肯定して愛の言葉を囁く人形と、地下にある研究施設で大量殺戮兵器を次々と生み出すマッドサイエンティスト、ってエンディングなのだ。なんでちょいちょい猟奇的なのかなあ、あのゲームのヒロインちゃんたちって。ある意味ハッピーエンドとかレビューしてた人の気が知れないよ、リアルにこの世界にいる身としては。
しかし、ともあれ。ディエナディアちゃんのセリフには、ちょっと気になることがある。
「試作型、ですか」
「永遠の未完成品、とマスターはおっしゃいます」
なるほどなー。つまりダ・ヴィンチにとってのモナ・リザみたいなものってことでおーけー? 一番気に入ってるけど、だからこそちょっとでもアラを見つけると直さずにはいられなくて、いつまでも修正を続けちゃう、ってやつ。誰かからの依頼品だったら永遠に引渡しができなくておお揉めに揉めるやつじゃないですかやだー!
(それにしては、球体関節といい、顔貌のぎこちなさといい……今もまだ手を入れ続けてるようには見えないんだけど……)
比較対象はもちろんルルとロロである。あのふたりは顔貌こそエヴァ同様人形めいているけれど、彼女みたいに球体関節が露出しているなんてことはないし、各パーツの接続部分にいたってはどこがどうなっているのか皆目見当が付かないほど滑らかなのだ。それこそ、顔貌の違和感にさえ目を瞑れば、人間そのものと違いなんてほとんどない。少なくとも、外見上は。
ひるがえってエヴァである。まあ腕が見えちゃってるのは服が破れてるからだとしても、彼女の体の造りは見るからに人形である。黙って椅子にでも座っていれば、等身大の人形だと誰もが思うだろう。
(人形らしさを隠す気が微塵もない、とか?)
もしくは、ルルとロロを造った後、エヴァに何度目かの修正を加えることができなくなった何らかの事情がある、とか。普通に考えたら老衰病気その他の理由で他界した、って考えるところだ。多分、エヴァを見る限りルルとロロは〈人形師〉の晩年に近い作なんだろうし。
ところがそうすると、じゃあエヴァをわざわざお迎えによこした彼女の「マイマスター」とやら誰なのか? ってことになる。聞いたら答えてくれるかな?
「エヴァ。このふたりと、それからあちらにいる方も一緒に伺っても、あなたの『マスター』は気にしないでしょうか」
「大いに気になさると思います」
ですよねー! さっき「とっても偏屈でひねくれ屋で素直じゃない人」とか言われてたもんね! 招いた相手である私はともかく、四人も追加されて気にしない人間なら、そもそもそんな形容されませんよね! 知ってた!
なんだと、と目をむくディエナディアちゃんが口を開くより先に。ですが、とエヴァは続ける。
「みなさんはライラちゃんのご友人なんですよね?」
「ディエナディアちゃんはそうですね。後は義弟と元上司です」
「元上司、ですか?」
あっち、と示した先で、ソルヴェール卿が補足説明をしようと口を開きかけていた。シャラップ! 傍観者スタイル気取るなら、きちんと最後までお口にチャックしていてください!
精一杯にらんだのが通じたのか、ソルヴェール卿はおとなしく口を閉じた。よーし、そのまましばらく静粛に願いますよ、静粛にね。
「ご案内しましょう、皆さん。マスターはきっと歓迎なされないでしょうが、どなたに対してもそうなので問題ありません」
「大いに問題があるような気がするんですが……」
エヴァさん、マスター呼びしてる割にその人に対して結構扱いがぞんざいじゃないです? さっきの人物評といい、どういう主従関係なの?
「アタシは行くわよ。こんな絶好の機会、逃してなるものですか」
「なら僕も行かなきゃね。一応、今回はグランロッソ博士のお守り役だし」
「ふん。せいぜい足を引っ張らないよう気をつけるのね」
おっと、ジークのイライラポイントがとどまるところを知らないっぽいぞ。くわばらくわばら、ディエナディアちゃん、照れ隠しにしても、もうちょっと言葉控えよ? ね?
ソルヴェール卿は、と視線を転じれば、当然ついて行きますがなにか? みたいなきょとんとした瞳が返ってきたのでおとなしく目をそらしておいた。まあ、ここでじゃあ残るなんて言うようなら、そもそも私たちを追いかけてなんて来てないよね。
「では、ライラちゃんと同行者四名。雨が降り止み次第、マスターのもとへご案内いたしますので、どうかご準備をお願いします」




