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王道斜め38度  作者: 北海
第二章:人形屋敷

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自動人形〈オートマタ〉2

 男爵夫人はまるでこの部屋の主かのように泰然としていらっしゃる。確かに客間とはいえここは夫人の家なのだし間違ってはいない。いないんだけど、こう……仮にも私たちの部屋、ってことになってる場所でのこのアウェイ感……居たたまれない。特に思い当たることなんてないのに昼休み校内放送で生徒指導の先生からお呼び出しかかった、みたいな不安感、って言えばいいだろうか。ワタシ、悪イ人間ジャナイヨ!

 こくりと唾を飲み込んで、そっと深呼吸。落ち着け私。動揺してる場合じゃない。今はそう、男爵夫人のセリフにあった突っ込みどころについて質問しておくべきだ。

「物資の授受があるということは、くだんの〈人形師〉は存命ということでしょうか」

「さて。どう考える?」

 ディエナディアちゃんに詰め込まれた浅い知識を引っ張り出す。ええと、確か最後に〈人形師〉が確認されたのはだいたい百年前。〈人形師〉としての活動が認められる最も古い記録がさらにその二十数年前。流石に年齢ひと桁の頃に百年先の技術とまで評されるものを作れたはずもないから、若く見積もっても最初の人形を作ったのは十代後半から二十代以降ってことになる。

 計算すると、もし〈人形師〉が今も生きていたとすれば、少なくとも百四十代前後ってことになる。うん、ないね! ……ってなるとこなんだけどなあ、普通は。

(この世界、一部平均寿命おかしいから……)

 剣と魔法のファンタジー、ってほど便利でも大仰でもない魔術と、機工機関なんていうスチームパンクに片足突っ込んだ技術に惑わされがちだけど、この世界、どうも大別して二種類の人間がいるようなのだ。

 ほとんどの人は、前の世界の人間と大差ない。魔力の有無くらいかな? 髪とか瞳の色だって、二次元にありそうな色彩は染めてでもいない限りあり得ない。血も赤い。平均寿命は大体六十歳くらい。文明レベルは前の世界でいう近代辺りをイメージしてくれればそれで問題ないと思う。

 問題は、俗に「古い血族」とか呼称される血筋だ。外見上の相違はほとんど見られない。血が濃い方が比較的緑系の瞳で生まれることが多いらしいけど、絶対でもない。身体能力に優れているわけでもなく、なんとなく魔力持ちが多いかも? ってくらいだ。

 じゃあ何が違うのかと聞かれれば、ずばり、寿命だ。これがまあ、ちょっとびっくりするぐらい長い。

 正確に調査した記録なんかは残ってないんだけど、歴史書なんかに登場する人物で時々、三桁の年齢で死亡した、なんて記述が登場するのだ。百をちょっと過ぎたくらいじゃない。普通に、二百十何歳とか三百歳代なんてのもいる。学生時代、なんてあてにならない歴史書だと半目になった私の気持ち、わかっていただけるだろうか。

 ファンタジー定番、エルフみたいなもんかなとぼんやりイメージはしているのだけれど、どうやらこの古い血族、不老不死の妙薬だか賢者の石の材料だとか噂されたせいで、暗黒時代──文字通り、これ以前の文献がほぼ残っていないという時代のことだ。戦乱の時代だった、っていうのが定説。戦火に焼かれてしまったんだろう、って──以後は大幅に数を減らして、ひっそりとただの人間たちの中に紛れて暮らしているとか、いないとか。血も大分薄まって、かつては古い血族だったんだよ、っていうお家もあるけど、じゃあこの現代において歴史書にあるほどの長寿なのかと聞かれると、なあ。

「……〈人形師〉は古の血族かもしれない、ということで?」

「あらゆる可能性を考慮しておくのが、年少者を導く者の務めだぞ」

 その理屈で言うと、私が導かなきゃいけないのはディエナディアちゃんか。まあねえ、そもそも今回のお仕事、〈人形師〉の子孫かもしれない私の先導なら、人形屋敷にたどり着けるかも? あわよくば〈人形師〉の持つ技術の真髄を見たい! ってやつだもんね。ここに来てる時点で、私が導くこと確定みたいなものだ。

(まあ、もし本当に私が子孫なら、だけど)

 家名だけで、ってのは根拠に乏しい気がするんだけど、どうなんだろうねいったいそこんところ。

 確かめようにもこれ、母方の姓だから義父さんも知らないだろうし、母方の親戚なんてそもそも存在の有無すら知らないし……家族に縁がないんじゃないよ、血縁ってものに縁がないんだよ! うん、何のフォローにもなってないな。やめよう。

「もっとも、それを言うならソルヴェール伯にこそ忠告すべきなんだろうが」

 にわかに、男爵夫人が苦笑した。私も突然出て来たソルヴェール卿の名前に目を瞬く。

 察しの悪い私でもわかるくらい、男爵夫人の雰囲気が柔らかくなる。さっきまでが峻厳な山脈背負ってたとしたら、今は穏やかな春の草原、とか? そのくらい、ガラッと纏ってる空気が一変した。

「昨夜、ずいぶんうちのと意気投合したようでな。同病相憐れむというか、似たような男に目を付けられたよしみで、老婆心を起こしたというわけだ」

「それはまた、その……何と言っていいのか」

 言葉がない、文字通り。

 こんなに雰囲気が変わったのだ。男爵夫妻は多少温度差はありつつも、きちんと相思相愛なんだろう。でも、ですよ。それを踏まえて私に対して出て来る言葉が同病相憐れむとか、絶対いい意味じゃないですよねそれ! しかもソルヴェール卿関連とか!

「あのテの人間はな。まあまず『諦める』だとか『妥協する』という言葉を知らない。よくも悪くも常に全力、全身でこちらの関心を買おうとするし、やめろと言っても勝手に滅私奉公してくるんだ。まだうちのは早くに下僕根性がついていたから、終わりのない献身と躊躇ない自己犠牲精神を矯正するくらいで済んだが、な」

「もともと抱いていた不安が倍増どころでなく増大したのですが、夫人」

「ああ、その勘は大事にした方がいい。私の経験則から言うと、おおむね合っている」

「ハズレた方が喜ばしい方面の話だということは、察しました……」

 男爵と意気投合したとかいう内容、知りたくないのに知ってなかった方が怖いとかいうジレンマ。いったいどんな話題で盛り上がったんですかソルヴェール卿……!

 にしても、男爵は昨日接した限りではそんなに言われるような人には思えないけど……ソルヴェール卿と意気投合したとか、男爵夫人のこの言い様とかから考えると、忠犬系愛が重いタイプだったりするんだろうか。下僕根性ってナニ。確かに夫人はちょっと女王様タイプっぽいけど! 言葉の節々が!

「うまく作用すれば歴史に名を残すことも可能な性質だ。そう邪険にするものでもないさ」

「同病相憐れむ、とまで表現され、そこまで前向きには考えられません」

「なにごとも最初が肝心だ。嫌なことは嫌と伝えることも大事だが、時には褒めて喜んでみせねばな」

 まるきりペットの躾けじゃないですかヤダー! あんなでかい図体我が家にいらないでござる! 着痩せするけど筋肉すごいの知ってるんだからね私は!

 若いなあ、とでも言いたげな男爵夫人の眼差し。そうとも私はまだ若いのだ。諦めるにはいろいろ早すぎるくらいには!

「あまり邪険にしてやるな。飼い犬ですら手を噛むものなのだから」

「ご忠告、痛み入ります」

 それはもしかしてヤンデレフラグなんです? 社会的地位と名声と金持ったハイスペック男がヤンデレ化ってまるきり悪夢じゃないのそれ……。フラグは折るもの。世の真理です。大丈夫だよ私なら。だって義父さんの近親ほにゃららフラグだって華麗にぶち折ったんだもの。そうそう、だいじょうぶだいじょうぶ──ぜったい諦めないからね、私は!





 激しくなるばかりだった雨は、昼過ぎにはどしゃ降りになっていた。

 バケツをひっくり返したような、という表現ぴったりに、激しく屋根を打つ雫が窓も叩き、日没までまだ時間があるにも関わらず空は厚い雲に覆われて真っ黒に変わっていた。

「ふたりが帰って来ない?」

 昼食後、応接間にある暖炉の前で男爵とチェスをしていたソルヴェール卿は、私の言葉にぱちくりと瞬いた。

 そうなんです、と私も頷く。この際、ソルヴェール卿が苦手だとかそういう個人的な感情は後回し。出かけてからもう五時間以上経って、しかもこの天気なのにいっこうに帰って来る様子のないふたりの方が重要だ。

「どこかで雨宿りしているのならいいんですが」

 チェスを片付けて、男爵が窓を見る。この領主館からそう離れていないはずの領民の家屋すら、影も窺えない。

 昼食の時間には既に、今ほどではなくとも雨はずいぶん激しくなっていて、大丈夫だろうかと心配し始めていたのだ。なにせ、今はどうあれ前の世界ではディエナディアちゃんもジークも未成年。見知らぬ土地で大雨に降られて途方に暮れる、なんて十分あり得ることなのだから。

 それでも一応、ふたりとも立派な社会人でもあるのだからと、昼食後一時間はまんじりと待っていた。心配性すぎるのかと、さらに三十分。ソルヴェール卿に相談してみようと思いつくまで三十分。午後二時を過ぎた現在、ふたりはまだ戻って来ていない。

 三人ともが思案するような間がしばし。けれど次にソルヴェール卿が口を開くより前に、玄関扉をノックする音が響いた。

(帰ってきたのかも! きっとびしょ濡れだ)

 タオルは必要だろうか。ああ、お風呂を貸してもらえるか聞くのが先? そう考えて男爵を見ると、男爵は首を横に振った。

「おふたりではなさそうですね」

 ぎい、と扉の開く音がする。通いで来ているという召使いの誰かが開けたんだろうか。

 でもその考えは、続いて聞こえてきた靴音で否定される。

(ううん、館の主がここにいるのに、確認もせずに招き入れるなんて流石にあり得ない)

 音はひとつ。こっちに向かってる? 男爵夫人、じゃないな、これは。だってあの女性なら、杖をつく音も聞こえて来なきゃおかしいし。

 ソルヴェール卿が立ち上がった。男爵も同じく。私も、部屋の入り口を注視する。

「ヴァイルハイト男爵、御在宅ですか」

 最初に見えたのは、つるりとした光沢のある白い腕だった。

 見覚えのある質感にぎょっとする私をよそに、開けたままだった部屋のドアの陰から、女性らしき人影が姿を現す。

 端正な顔立ちだ、とまず思った。鼻は小さめで、唇は薄い。右肩に載った髪の結び目はゆるく、柔らかく波打つ栗色の髪が胸元にかかっている。ハッとするほど鮮やかな空色の瞳が、くるりと室内を見回したのがわかった。

「ああ。やっぱり君か、エヴァ」

 男爵の声音は穏やかだ。やっぱり、と言っているから、予期せぬ来訪者、というわけでもないんだろう。

 エヴァと呼ばれた彼女のむきだしの腕。本来ひじがあるはずの場所を見て、私は今度こそ息を呑んだ。

(球体関節……? ってことは、この人……)

 きゅい、と乾いたもの同士が擦れる音がした。

 礼儀正しい距離まで近づいてきたエヴァさんは、膝を曲げて首を傾げる、貴族式のお辞儀をする。気のせいでなければ、私に向かって。

「マスターの命によりお迎えに上がりました。どうぞ私とともにいらっしゃってください、アーヴィングのお嬢さま」

(やっぱり、男爵夫人の言ってた自動人形のお迎え──!)

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