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王道斜め38度  作者: 北海
第二章:人形屋敷

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自動人形〈オートマタ〉1

 日没から降り始めた雨は翌朝も止まず、焦れるディエナディアちゃんをよそに私たちは男爵邸での待機を余儀なくされていた。

「せっかくだから、この機会に村を見て回ってもいいんじゃないかな」

「それ、アタシの研究にいったいなんの影響があるのよ」

 ふてくされたようにクッションを抱えるディエナディアちゃんに提案した気晴らしは、一考の余地もなく却下された。まあ、雨降ってるから森に行くのやめたんだもんねえ。それで村には散策に行くとか、ちょっとよくわからないよね。この子の興味関心の方向性にはかすりもしてないし。

 とはいえ、このまま男爵の好意に甘えて邸内でイライラしながら過ごすのもよくないんじゃないかな。

「だって、その〈人形師〉さんが終の棲家に選んだ土地でしょ? 村人にとっては普通のものでも、ディエナディアちゃんみたいな外の研究者から見ればすごいものとか、あるかもしれないよ」

「……アンタ、たまには年上らしいことも言うじゃない」

「あ、ははは……情けない年長者でほんとごめんね……」

 一行の中でソルヴェール卿に次ぐ年長者なのに、スペック的には底辺なお姉さんです、よろしく! ってヤケになってもしょうがない。ええ、私は自分の不足を認められる底辺の凡人です。ディエナディアちゃんのわかり難い貴重なデレだって、ちゃんとわかっていますとも。

 ちょっとは気鬱が晴れたんだろう。いそいそと出かける支度を始めたディエナディアちゃんのために、熱いお茶を淹れてポットに詰めておく。干しイチジクとかもいるかな、いらないかな。念のためつけておこう。

「フードはしっかり被ってね。ジーク、暇してるならついて行ってあげて」

「ひとりで平気よ」

「だってさ、姉さん」

 打てば響くように、ってこういう時に使う言葉じゃないんだろうけど、まさにそんな感じで即座に返ってきたふたりの返事に、お姉ちゃんは頭が痛いよ、ほんと。

「だめ。知らない土地を女の子ひとり歩かせるのは紳士じゃないよ、ジーク。ディエナディアちゃんも、ひとりで森に入りかねないから却下です」

 ぷい、とディエナディアちゃんが顔を背ける。ま、まさかその反応は図星ということじゃあるまいな……!? 油断も隙もない。

 ジークの方はといえば、文句を言った割には素直に寝転がっていたソファから立ち上がった。なんだい、思春期にありがちなとりあえず一回反抗してみるパフォーマンスかい、と呆れたのは言わないでおこう。

(大人ぶってるけど、まだ十五歳だもんな、ジークも)

 前の世界なら、そろそろ本格的に反抗期に入る年頃だ。藪をつついて蛇を出すならぬ、下手につついて反抗期に突入されても困るのであるよ、お姉ちゃんは。

「なに、ほんとについて来るわけ?」

「建前上、君の護衛だからね、僕は」

「ふん。邪魔だけはしないでよね」

「はいはい」

 文句を言いつつ、知らない相手じゃないからだろうか。ディエナディアちゃんは強硬に拒絶することもなく、憎まれ口を叩きながらジークのことを待っている。

 ジークもそんなディエナディアちゃんには慣れっこなのか何を言うでもなく肩をすくめて、、剣を腰に佩いて外套を羽織ると、それじゃあ、と私に顔だけ振り返った。

「姉さんはおとなしくしててね。まあ、根暗な引きこもりだから心配することもないとは思うけど」

「根暗なのも引きこもりなのも否定しないけど、それはわざわざ口に出して確認するまでのことかな弟よ」

 言われるまでもなく外出するつもりなんか小指の先ほどもないともさ! ディエナディアちゃんをそそのかしておいてアレだけど、雨の日は基本的に自分の部屋にこもってだらだらしていたい人ですよ私は。

 雨除けの外套をしっかり着込んだふたりを見送り、やれやれと息を吐く。ああ、やっとひとりになれた。

 働くようになって、ひとり暮らしを始めてはや数年。四六時中誰かと一緒、っていう状況が年々苦痛になってきている私です。おひとり様まっしぐらじゃねーの、って突っ込みはナシで。とっくにありとあらゆる友人知人から耳が腐るほど聞いておりますので。

 私とジークに割り当てられた客間の窓からは、黒々とした森の木々がよく見える。雨風にざわざわ揺れているのを見ると、こう……なんとも言えない不安な気持ちになる眺めである。

「ホラー映画みたいなシチュエーションだよね、今」

 その場合、ヴァイルハイト男爵がシイリアルキラーで体調を崩しているらしい奥方は既に亡くなっている、とか。いや、この村自体がゾンビとか喰人鬼(グール)の巣窟だった、みたいなオチもありそうだ。B級ホラーにありがちだよね、こういうの。

 窓辺に立ってぼうっとしていたからだろうか。窓枠の隙間から入り込んできた冷気に肌寒さを感じて、私はそそくさと暖炉の前に戻った。すると、そのタイミングで部屋のドアがノックされる。

「どうぞ、開いていますよ」

 きっとソルヴェール卿かヴァイルハイト男爵だろうと。門前払いできるような立場でもないのでそう言えば、予想に反して落ち着いた女性の声が返ってきた。

「誰何の言葉ひとつかけずに許可を出すのは感心しないよ、お嬢さん」

 こつり。廊下と室内の狭間、カーペットの切れ目に杖をついた音がする。

 開いたドアの向こうにいたのは見覚えのない女性で、私は慌てて居住まいを整えた。

 一見して目に付くのは彼女のかけた眼鏡と、さっきの音の原因でもある杖だろう。見た目の割りに、音からしてかなりしっかりした材質と作りの杖のようだ。そして、ゆっくりと歩み寄ってくるその動きのぎこちなさから、足が悪いのだということも察せられた。

 すぐに一番上等なソファを勧めれば、鷹揚な笑みが返ってくる。……ああもう、これは間違いない。

「おひとりで訪ねて来られるなど……お呼びくださればこちらから伺いましたのに。ヴァイルハイト男爵夫人」

 やめてやめて本当に勘弁して……! アポなし突撃訪問とか、せめて私以外にジークとかソルヴェール卿とかがいる時にお願いしたかった……!

 心なしかシクシクと痛み始めた腹部にそっと手を添えて、一礼。うなれ、私の外面となけなしの大人の無難な社交術。

 ひくつく頬をなんとか宥め、口角をわずかに上げれば一応不恰好ながら淑女の微笑にはなったはずだ。なってなくてもこれが精一杯なのでどうしようもないとも言うね!

 ソファに腰を下ろしても、男爵夫人は杖を手放さなかった。しかも、座り方が浅い。うふふ私知ってる。この座り方、軍人さんがよくやるやつだって。

 男爵夫人はもしかしなくても軍人上がりなんだろう。確か、男爵も爵位を授与されたきっかけは先の軍人として武功を立てたから、だったはずだ。つまり職場結婚? ひょっとして職場恋愛経由だったりする?

(あの男爵の惚気っぷりからするとありえない話じゃないよね)

 ぴんと伸びた背筋はとてもじゃないけど体が弱い人には見えない。昨夜崩していたとかいう体調は、もうすっかり回復していそうだ。

「お茶を用意しますね。干しイチジクはお嫌いじゃありませんか?」

「気を遣う必要はないよ。なに、私はただの伝書鳩だからね」

 ふ、と。目元を和らげた男爵夫人の目尻に、微かに皺が見えた。でも、加齢を感じさせるのはそこくらいで、肌も綺麗なら容色に衰えたところはまるでない。二十代ではあり得ない落ち着きがあるから同年代じゃないことはわかるし、もっとずっと年長者なんだろうとも感じるのに、では男爵と同じ中年なのかと聞かれれば首を傾げてしまう。そんな年齢不詳な雰囲気があった。

 気を遣うなと言われても、と戸惑う私に、男爵夫人は座るよう目で示した。ここで逆らえるようなら私はもっと大物になっている。もちろん、すぐに男爵夫人の向かいのソファに座りましたとも。

 男爵夫人はまっすぐに私の目を見てきた。眼差しの強さに圧倒されつつ、ここで目をそらしたらとんでもなく失礼だぞと自分を奮い立たせて、必死に見返す。

「……なるほど。ルシアスの言う通り、よく似ている」

 ひとり言のような声量だった。多分、思わずこぼれてしまった言葉だったんだろう。でも、この部屋には今男爵夫人と私しかいない。外の雨は耳障りな激しい嵐なんかじゃ到底なかったし、私はよくいる難聴系キャラでもない。ばっちり聞こえましたとも。

 意識してゆっくりと瞬きをする。男爵夫人は今度こそ、はっきりと笑みを刻んだ。

「ライラ・アーヴィング」

「はい」

「アーヴィングの姓を騙った連中の末路を知っているか?」

「……存じません」

 うん、全然知らないけど、なんとなく不穏な言い回しですねご夫人。つまりあんまりよくない末路なんですねご夫人。

「〈人形師〉の遺産目当てに今まで少なくない数が乗り込んできたが、五体満足に帰った人間はひとりもいなくてね。そろそろあの森だけでなくこの男爵領も『呪われている」だのと言われ始めている」

 はい、予想通りですね! っていうか、「少なくない数乗り込んできた」って〈人形師〉ってそんなに有名人なの? 遺産目当てにするくらい? そりゃあ誰それ? みたいな反応した時にディエナディアちゃんにゴミを見るような目もされますわ……ひょっとして一般常識だったりするのかな……。

 しかし、はて。「乗り込んできた」? まったく歓迎していなさそうな言い回しですね、男爵夫人。

「その者たちは皆、この屋敷を訪ねて来られたのですか?」

「相手にしなかったけれどね。この屋敷に迎え入れたのは、君たちが初めてだ」

 じゃあ、なんで私たちは受け入れたんだろう。

 私の疑問を察しなかったはずもないだろうに、男爵夫人は答えてはくれなかった。代わりに、謎めいた光を目に宿し伝言だよ、と続ける。森の奥に住む、奇特な変人から、と。

「〈人形師〉の自動人形(オートマタ)がじきにこの屋敷に来る。定期的に物資のやり取りをしているんだ。会ってみるといい。うまくいけば、案内してもらえるかもしれないぞ」

「案内?」

「森の奥。〈人形師〉の屋敷だから、〈人形屋敷〉だ。単純で覚えやすい名前だろう?」

 覚えやすいというより、安直なのではないでしょうか、その名称! いわくつきの森にひっそりたたずむお屋敷とか、このお屋敷以上にホラー映画感マシマシですね!

 頼まれても行きたくないぞ、ととうとう我慢しきれず頬を引きつらせた私に、男爵夫人はにやにやと笑っていた。イイ性格していらっしゃいますねご夫人……!

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