平民男爵(後)
領主の屋敷は、村の中心に置かれるものだと相場は決まっている。
ところがそんな常識どこ吹く風。ヴァイルハイト男爵の領主館は村の端、やや小高い丘の上に建てられていた。まるで〈闇の森〉を背にするように。
羊の群れと一緒に私たちをも先導しながら、牧童が笑う。
「こんな辺鄙なところにわざわざ来るなんて、オネエサンたち変わってるね」
「そういう君は、ここの生まれなのかな」
「当然。ここで生まれてないのなんて、それこそ今の領主サマくらいじゃない?」
ほら、あそこだよ、と。牧童が指し示す建物をしっかり確認してから、道案内の礼をジークが言った。牧童は屈託なく笑うと、ベルのついた杖を振る。
「それじゃ。女神の加護があらんことを」
「女神の加護を」
おや、聞いたことのない言い回し。私が不思議に思ったのと同様に、卒なく返したジークも不思議に思ったんだろう。声が届かないくらい牧童が遠ざかってから、ふうん、と意味ありげに目を細めた。
「女神、ねえ」
「帝国の国教は、性別のない唯一神だったはずだけど」
それこそ、前世でいう新約聖書を教典とする某宗教みたいに。
もちろん、定型の言い回しとして「父なる神」みたいなものがあるから、絶対無性だ、とは言い難いのだけれど。なんてことない日常の挨拶として「女神」なんて称されるのは珍しい。
「もしかすると、この土地は古い慣習が今もまだ残っているのかな」
「古い慣習?」
鸚鵡返しに聞き返す。すると、ソルヴェール卿は相変わらず太陽みたいな笑顔で私が顔を出す機構機関の窓を振り返った。
「大昔、にもうなるかな。〈闇の森〉には〈森の賢者〉と呼ばれる王国があったんだ。確かその国の奉じていた神が女神だったはずだよ」
「〈闇の森〉に、人が住んでたんですか!?」
俄かには信じ難い。ソルヴェール卿の言葉に、私は領主館の背後に広がる森に視線を向けた。
黒々とした森は、一番手前にある木々数本だけがかろうじて見えるだけで、後は闇に包まれている。日が傾き空が茜色に染まっているせいもあるんだろう。住処に帰ろうと飛んでいく鳥の影は、森の闇に飲み込まれていくようだった。
――森で一番恐れるべきは、狼じゃない。魔力に満ちたあの森には、人を惑わす魔物がいる。
魔物が何か、については、実はよくわかっていない。家畜用の獣はもちろん、他の野生の獣とは明らかに異なる外見をしていると聞くけれど、実際目にしたことがないから、実感としてもよくわからない。
頭が二つあるだとか、大岩でできた巨人だとか。大陸の北の果てにある大穴から生まれるんだとか、いや大気中の魔力が凝って発生するんだとか、荒唐無稽なものから思わず信じてしまいそうになるものまで、俗説だけはいっぱいある。
〈闇の森〉に限らず、そういう魔物がたくさん棲んでいると言われる場所は、この大陸には他にもある。それこそ、魔物の生まれるところとして有名な北の果てから、大昔、勇者と呼ばれる若者が最後に魔王を討ち滅ぼしたと言われる山――俗に言う〈魔の山〉ってやつだ。某名作文学とは無関係なのであしからず――まで。そのほとんどが、禁足地になっている。あまりに危険すぎるからだ。
「大昔の話だよ。それこそ、勇者と魔王の伝説がまだ伝説になっていなかった時代の話だ」
「暗黒時代以前ってことじゃないですか。よくそんな時代の記録が残ってましたね……」
「ははは。辺境と言われるけれど、むしろそれが功を奏したみたいだな。多分、家の戸口に掲げられていたのも、何かのまじないだろう。文化風俗的に見ても、なかなか興味深い土地だ」
ソルヴェール卿が研究者の顔をしている。ははあ、この飽くなき探求心が、今のハイスペックさにつながるんだな。なんにしてもバイタリティー溢れることで。
それにしても、女神か。それってやっぱり、大地母神みたいなものなのかな。
海の近くなら海の神、山の近くなら山の神を信仰しそうなものだけれど、生憎この村にはそのどちらもない。ぐるりと〈闇の森〉に囲まれてるからね。
しかし、そうなると〈闇の森〉を神様に見立てての「女神様」という可能性も……ううむ。その女神さま、森同様に怖い神様だったりしないよね?
「ぼうっとしてないで、支度が終わったんならさっさと降りてくれない? 後がつかえてるんだけど」
「あ、ごめんごめん。つい考え事を」
「なんとかの考え休むに似たり、っていうわよね」
「毒舌なのは義弟で間に合ってるかなあ!?」
なんてことだ。心なしか、ディエナディアちゃんの私への当たりが厳しい。慣れてきたから甘えてくれてるんだって思い込んでおこう。その方が平和だ、私の精神状態が。
横からの手を何も考えずに借りて馬車を降りる。そのままごく自然な流れで領主館の前までエスコート……されてる途中で、はっと気づいてソルヴェール卿から手を取り返した。ええい、腰から手を離したまえよ!
「姉さんの間抜け」
「流石にちょっと否定できない、我ながら」
空になった手を、ソルヴェール卿が眉をへにゃりと下げてじっと見つめている。っく、そんな脅しには屈さぬぞ……!
私たちのアホなやり取りを、ディエナディアちゃんは半目で眺めていた。ふふ、目は口ほどに物を言う、って本当だね。何も言われてないのに、心の底からめちゃくちゃ呆れられてるのが手に取るようにわかるよ?
四人を代表して、最年長のソルヴェール卿がノッカーを叩いた。林檎型かな? そういえばこの館に来る道中、林檎の木をよく見た気がする。
一拍、二拍。風が森の木々を揺らす音だけが聞こえる中、互いに顔を見合わせる。
「……誰も来ないね」
「聞こえなかったのか?」
もう一度、とソルヴェール卿はさっきよりも強めにノッカーを叩いた。
ドアの向こうは変わらず無音。領主はともかく、使用人たちすらいない、ってことは流石にないと思うんだけど……。
「事前に連絡は入れてあるわよ」
「日時もバッチリ?」
「大体ではあるけどね」
そりゃそうだ。王都からこのヴァイルハイト男爵領までの道のりを考えれば、下手に正確な日時を指定できるはずもない。
お父さんの、つまりレーヴィ伯爵領にある領主館に比べると、ヴァイルハイト男爵の館はずいぶんこじんまりとしている。雇っている使用人は全員通いなんだろうか? この大きさじゃ、男爵一家の部屋と客間の他に、使用人が寝泊りする部屋があるようには思えないんだけど。
奥行きがある建物なのかもしれないが、館のすぐ後ろには〈闇の森〉がある。流石にこんな森の端まで魔物が来ることはない――そうじゃなきゃこんなところに集落ができるはずがない――んだろうけど、森に棲む獣がいつ何時、食料を求めて人里に下りてくるかわからないのだ。森ギリギリまで館を広げるとは、あまり考え難い。
とりあえずもう一回だけ鳴らしてみようかと相談しあっていたその時、館の裏手からバタバタとあわただしい足音が近づいてきた。
見知らぬ人影から領主館の庭先から。こっちの姿が見えたのか、最後の方はさらに走る速度を上げたみたいだ。
「いや、申し訳ない! 少し裏の畑を見ていて、出迎えるのが遅くなってしまった」
そう言って、野良着を着た初老の男性は被っていた麦藁帽を脱いだ。
麦藁帽の中にまとめていたんだろう。ばさ、と灰色の髪が首筋にかかって、それをちょっと鬱陶しそうに払いのけている。ううん、この髪色、ひょっとして初老じゃなくてもうちょっとお年? 元は黒髪だったと見た。あの灰色は、加齢による退色に違いない。
す、とディエナディアちゃんが一歩前に出た。そうして、懐から一通の書状と徽章を取り出す。
「リオ・グランデの機工機関士、ディエナディア・グランロッソよ。こっちは、うちの国王陛下からの親書。アタシの研究に協力してほしい、ってことが書いてあるわ」
「この前手紙をいただいた方ですね。ということは、そちらのお嬢さんが?」
「ライラ・アーヴィング。私は、間違いないと確信してるわ」
ディエナディアちゃんの言葉を受けて、その人が私に顔を向ける。
夏の空のような鮮やかな青い瞳が、なるほど、とゆるりと細められた。
「それならば、まあとりあえずはどうぞ中へ。長旅、お疲れでしょう。客間に案内しますから、ひとまず旅装を解き、一息ついては如何ですか」
「そう。じゃあ、ありがたくお世話になるわ」
とんとん拍子に話が進む。
視線が自分から外れたのをいいことに、私は横にいるジークのわき腹をちょちょいとつついた。
「弟や、まさかとは思うけど」
「……アレがヴァイルハイト男爵、みたいだね」
……控えめに言って、さっきの牧童の方がいい服着てたんだけど……それでいいのか平民男爵!
不穏な空だと思っていたら、夕食の準備ができたと呼ばれる頃には雨が降り出していた。
「この辺りでは十日ぶりです。我々にとっては幸運でしたが、博士たちには幸先の悪い結果になってしまいましたね」
使用人は、馬番と男爵夫人付きの侍女ひとり以外、やっぱり全員通いなんだそうだ。
簡単なもので申し訳ないと、なんと男爵自らが用意してくれた夕食はまさにざ・家庭料理。食前酒として供された黒スグリの果実酒は大変結構なお味でした。せっかくだから、お土産に三本くらい買って帰りたいなあ。
晩餐は私たち四人と男爵で。夫人は、どうも体が弱い人なんだそうで、ずっと寝込んでいるのだとか。大変なところに押しかけて申し訳ないと恐縮する私たちに、男爵は鷹揚に笑った。
「博士の調査研究に協力することは、その妻の意見なんですよ」
「男爵夫人が?」
「ほら、私はこの通り貴族とは名ばかりの平民ですから。領主としての仕事は、ずっと妻に頼りきりで」
う、う~ん。確かに現ヴァイルハイト男爵は後継ぎのいない男爵位をぽんともらっただけの元平民なのだけど、ここで素直に「そうですね」などと同意していいものか。反応に困る話題だ。よし、とりあえず曖昧に微笑んでおこう。
こういう時こそソルヴェール卿! と期待を込めて横目で見れば、さりげなく酒器を私の方へスライドさせつつ、興味をひかれた様子で男爵の話題に食いついていった。
「〈人形師〉クラウス・アーヴィングといえば、歴代最高を誇る機工機関士ではないですか。他にも調査研究許可を求めてきた研究者もいたでしょうに、何故グランロッソ博士には許可をいただけたんです?」
「そうですね。仰る通り、帝国内外問わず、少なくない数の依頼が寄せられてきます」
「でも、今のところアタシしか許可はもらえてないみたいだけど」
何か意味があるのか。そう問うディエナディアちゃんに、男爵は眉尻を下げて頭をかいた。
「それは多分、グランロッソ博士だけが、『鍵』を見つけられたからでしょう」
「多分?」
「私の妻は素晴らしく美しく機知に富み聡明で慈悲深く、それでいて揺るぎない意志を持つ女性なのですが」
おっと、ここでナチュラル惚気が。男爵、ちょっとその美辞麗句、十割本気で言ってる真顔やめてください。他人事ながらなんか照れる。
「女性に対する褒め言葉としては微妙な評価だね」
「施政者としてなら、かなりの高評価だよ」
隣に座る私にだけ聞こえる程度の声量で呟いた弟の感想もごもっとも。ちょっとズレてるよなあ、この男爵。元平民現貴族だから、ってだけじゃないようなズレっぷりだ。
「残念ながら、夫である私にですら、真意を全て明かしてはくれないのです」
「なるほど。秘密主義なのか」
「ええ。信頼の証でしょうね。だからこそ、これは憶測にすぎません」
「いえ、男爵がそう仰るのなら、そうなのでしょう。何より、貴方が一番夫人のことをよくご存知なのですから」
お、おおう……ソルヴェール卿、敬語だとなんかいつもよりうさん臭さ三割増しだな、とか暢気に考えてる場合じゃなかった。ヴァイルハイト男爵が、ソルヴェール卿の天然褒め殺しに照れている。
男爵夫人とはまだ会えていないけど、夫婦仲が良いと褒められて赤面するなんて、多分四十代だろう男爵は本当に心から奥さんのことを愛しているんだなあ。何かと殺伐愛憎ドロドロ話が多い帝国貴族らしくない。なんだかほっこりしてしまった。
流石の弟サマも毒気が抜かれたみたいで、生暖かい目で男爵を見ている。あ、ディエナディアちゃん、可哀想なものを見る目はやめてあげよう。動機はどうあれ、男爵は私たちを快くもてなしてくれてるんだから。
「〈人形師〉の家に繋がる道は、この館の裏手にあります。とは言え、途中でその道も途切れているので……正確な場所は、私も知らないのですが」
「では、何故〈人形師〉の家がその先にあると?」
「使いが、いつもその道を通ってやって来るのです」
「使い?」
ディエナディアちゃんの目が鋭くなる。多分、知らない情報なんだ。
使い、っていうのは、〈人形師〉の家――通称「人形屋敷」を管理しているらしい。その関係で、男爵領に必要なものを買い付けに来るのだ。
「じゃあ、〈人形師〉はまだ生きてる、ってこと?」
「……もし生きてるなら、若くても百歳は超えてることになるわよ」
正確なデータはないけど、この世界の平均寿命は五十前後だ。ご長寿なんてレベルじゃない。
でもじゃあ、その「使い」っていうのが、〈人形師〉の子孫なんじゃないのかなあ。
私の疑問を、男爵は笑って否定した。それはないでしょう、と。
「なにせ、私がここの領主になってから、使いの方はずっと変わらぬ姿をされていますから」
年齢が近い分、私たちよりはソルヴェール卿の方が男爵と話が合ったらしい。まだ話し込むというふたりを置いて、私とディエナディアちゃん、それにジークは早々に与えられた部屋にそれぞれ引っ込むことにした。
とはいえ、辺境の領主館のこと。客間もそう多くはないようで、姉弟ならばと私とジークは同室にされてしまった。ディエナディアちゃんは元々誰かと長時間一緒にいることに慣れてなかったみたいで、日が経つごとに苛々が増幅していってたから、しょうがないね。ソルヴェール卿とジークが同室なんて本人たちじゃなく、関係者の私の胃が痛くなるような事態より遥かにマシだ。
「ここさあ……いくら男爵が元平民でも、姉弟に貸し出す部屋じゃないと思うんだけど」
「お、大きな寝台があるからふたりで仲良く使えると思ったんだよ、きっと」
「じゃあ、使ってみる? 『ふたりで仲良く』」
「お姉ちゃんはソファで十分かなあ!」
寝室にでんと置かれた、ふたり以上がゆったり眠れる寝台。どう見ても夫婦用の客室です本当にありがとうございません!
この部屋をソルヴェール卿とジークが使うかもしれなかったのか、と考えて改めてぞっとした。ディエナディアちゃんと私ならギリギリセーフな気がするけど、ソルヴェール卿とジークは無理だ。そもそもジークの方がソルヴェール卿のこと嫌ってる節があるというのに。
ひとつ息を吐いて、ジークは襟を緩めた。おっと、着替えるならお姉ちゃんは向こうを向いておこうかね。
「姉さんって、ほんと見通しが浅はかだよね」
「息をするようにお姉ちゃんを詰るのは本当にいい加減にしてほしいな、弟よ」
「そんなに自分の血筋についてこだわる人だったっけ」
「いやまあ、そこは正直、なんとも」
母方に限らず、父方だってよく知らない。小さい頃ならともかく、いい年齢してこの状況に甘んじているのは、興味がないからだ。
薄情なのは百も承知。でも今まで何も知らずに過ごしてきて特に何の不都合も感じなかったものだから、積極的に知ろうという気持ちが起きなかったのだ。調べたところで、そもそも何か出てくるとも思ってなかったし。
だからこそ、ディエナディアちゃんのお仕事依頼を受けたのだ。別に知りたくないってわけじゃないけど、きっかけがなかったから今まで知ることがなかった。それだけの話だったのだから。
「父方の事情はなんとなくうっすら後ろ暗い予感がするし、まさか母方のご先祖様かもしれない人に、そんな有名人がいるとも思ってなかったからね」
「相変わらず、興味のない分野にはとことん無知だね、姉さんは」
「世の中の人間、みんなそんなもんじゃないの?」
例えば私は、この世界の自転速度を知らない。もっと言えば、記憶にある前の世界の常識だって、どこまで通用してどこから通じないのかもわからない。物理法則なんて、魔法なんてものが実在する時点で全く別物なんじゃなかろうか。
「ジークだって、王都の淑女が丸暗記させられる扇言葉、知らないじゃない」
「元はただの不倫用の暗号でしょ? 周知させられてる時点で無意味じゃないか、くだらない」
「そこはほら、優雅で高貴な方々は見て見ぬフリをするのが礼儀だからさ」
「僕は、不倫に限らず不誠実なことして楽しもうなんて考え、虫唾が走るほど嫌いだけどね」
うっ、ジークの声が無駄ににこやかだ。不穏な気配しか察知できないので、話題を逸らさねば。
「お父さん、なんだって?」
「もしかして、僕が追いかけて来たのはあの人の命令だと思ってる?」
「そりゃ、だって」
そうでなきゃ、ここまでお父さんからの接触も音沙汰もないのがおかしいじゃないか。
背後で今日何回目かの、ため息。衣擦れの音はいつの間にか止んでいた。
「姉さんは本当に、興味がなかったら何も知ろうとしないよね」
「おっと、お説教に入る流れかなこれは」
「都合が悪くなったらそうやって茶化すのも、相変わらずだ」
……あーもう、なんだっていうんだ、いったい。
シーツが沈む。ベッドのスプリングは鳴らない。
振り返らない私の背中に当たったのは、多分義弟の背中だ。
「そろそろ覚悟決めてよね。僕たちが見逃してあげてる間にさ」
「僕『たち』?」
「わかってるのに聞き返すとこ、性格悪いよ」
「ジークのお姉ちゃんだからねえ」
しょうがない。だって人間、氏より育ちだ。
「僕は姉さんが思ってるより姉さんのことが好きだよ。わかってる?」
「私だって、ジークが思ってるよりジークのことが好きだよ」
「そういうことじゃないんだよ」
じゃあ、どういうことだっていうんだろう。ジークはたまに、難しいことを言う。
わかってるクセに? それは、私が見て見ぬフリをしてる、って糾弾だろうか。それなら甘んじて受けよう。見ないフリじゃなくて、見ようとしない、っていう意味なら、だけど。
深いところなんて見ようとしないで、お互いになんとなく、当たり障りなく付き合うのって楽なんだ。ゲームだったこの世界の知識なんて、余計なものでしかない。知らないフリが礼儀だって、建前掲げて踏み込まない。
それじゃ、ダメなのかな。
「馬鹿だな、姉さん。姉さんはそれで良くても、僕たちには全然足りないから言ってるんじゃないか」
だから覚悟してね、と。
喉を鳴らすジークの振動が背中越しに伝わってきて、私はふてくされるように膝を抱えた。




