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王道斜め38度  作者: 北海
第二章:人形屋敷

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平民男爵(前)

 そこからの行程は、拍子抜けするくらい順調に進んだ。

 一日の移動距離が減った分、地図と睨み合って新たにディエナディアちゃんが割り出した道筋は、最短距離で闇の森(ドゥンケル・ヴァルド)を迂回するもので、道の整備どころかそもそも道が存在しないところだった。でも確かに、がたごと上下に揺らされることにさえ耐え続ければ、確かに相当な時間の節約になった。

 え、上下どころか左右にも振れる振動に耐え切れたのかって? 耐え切れなかったから移動中はほとんど横になってたよね! 状態は常にグロッキー。気分転換に二人乗りするかとソルヴェール卿に頂いたお誘いは速やかにお断りした。身体的負荷に加えて精神的負荷まで掛かった日には、過労で死ぬぞ私は。

「ひっどい顔」

「自覚はしてる……」

 だからそんなに鼻頭に皺を寄せないでくれませんか、ディエナディアちゃん。

 馬車の中、ソファベッドもどきがあるのをいいことに、私は半死半生寝転がっている。

 追いついてきた当初は別として、この強行軍をずっと騎獣に乗ってついて来てるジークやソルヴェール卿がピンピンしているというのに、馬車の中特にすることもなくのんべんだらりと座っていただけの私の方が疲労困憊っていったいどういうことだろうね?

 ディエナディアちゃんの目元にも疲れがうっすらにじみ出ているけれど、それ以上にこれから向かう先への知的好奇心で心が浮き立って仕方ないらしい。遠く彼方にあるゲーム知識(前世の記憶)よりも、言動はかなり興奮気味だ。本当に尊敬してるんだね……その〈人形師〉とやらを。

 〈闇の森〉への境界線ギリギリを迂回するように走らせた先、かろうじて雑草に侵食されきらない程度に人通りがあるのだとわかる荒道は、深い渓谷に繋がっていた。

 その渓谷を、今度は川沿いに通り抜ける。雨に降られなかったのは幸運だったと、少し水量が増えただけで決壊しそうな高低差のない川岸を見て、ジークが呟く。

「水を汲んでいこう。こういうのは、できる内にやっておいた方がいい」

「流石、昔はあちこちふらふらしてただけありますね」

「ははは!」

 ジークの賞賛に聞こえない嫌味満載の言葉に、ソルヴェール卿の笑い声は場違いなくらい明るい。私はグロッキーな状態に耐えながら、ディエナディアちゃんが馬車の窓から「うっさいわよ!」と怒鳴りつけるのを傍観していた。

 え、ソルヴェール卿怖くない? あのジークですら、「グランロッソ博士の声の方がうるさいですよ」とか呆れてるのに、「はは、いやあ、博士は元気だな!」とか朗らか過ぎない? 大丈夫? サイコな感じするのは私だけなの?

 ひとまず、経験者の言には従おうと、水袋に残っていた水を捨て、新しく川から水を汲みなおす。その僅かな休憩で、私は馬車から降りて地面に両手両膝をつけていた。うおおお……きもちわるい……。

「姉さん、水」

「……弟よ、私はもうダメかもしれない……」

「外にいた方が少しは楽かもしれないな。やはり私と」

「あははソルヴェール卿、お忘れかもしれませんが、姉はこれでも未婚の若い娘ですよ?」

「安心してくれていい。私は紳士だ」

「……どーでもいいけど、そういうのって自分で言うもんじゃないでしょ」

 ディエナディアちゃん、もっともです。

 あきれを隠す気がさらさらない彼女から投げて寄越されたお薬を受け取って、ジークから水を貰って無理矢理飲み込む。うう、苦い、えぐい、変な味い……でもこの世界のお薬なんてこんなもんだ。素材の味が生かされてますね!

「本当に辛くなったら、いつでも言うんだよ」

「お気持ちだけいただいておきますね……」

 だから頼むから、無駄に整った顔面をぐいぐい寄せてこないでくれませんかね!?

 結局、私はまた馬車に戻って、ぐったりと身を横たえる。同乗するディエナディアちゃんにはまことに申し訳ない。ごめんよお、頼りない年長者で……。

「……魔力持ちと機工機関は相性が悪いっていうの、あながち嘘でもないみたいね」

「んえ?」

「気づいてる? アイツら、絶対に一定以上ここ(・・)に近づこうとしてないって」

 言って、ディエナディアちゃんは馬車の外を流し見る。

 護衛役だ、という宣言通り、左にソルヴェール卿、右にジークをがくつわを並べて進む以外、特に変わったことなどないように思えた。

 でも、言われてみればと思い出す。追いついてきた初日、ジークはまだ青い顔のままだっていうのに早々に馬車を降り、ソルヴェール卿に至っては一度も「疲れているから少しそちらに移らせてくれ」みたいなことは言ってこない。

 ジークはともかく、ソルヴェール卿はいろいろ規格外だから気にしてなかったけど……疲れてないはず、ないのに。

「アンタほど顕著なのはアタシも初めて見たけど。一般的に、魔力持ちはその保有魔力が強大であればあるほど、機工機関の傍には寄りつこうとしないのよ」

「それまた、どうして……」

「さあ。そんなの、魔力なしのアタシにわかるわけないじゃない」

 平坦な声。私はそっとディエナディアちゃんの様子を窺った。

 ……魔力なしであること。それが彼女の物語で大きな意味を持つ鍵だ。どうして彼女が、僅か十歳足らずの時からひとり、研究に明け暮れる日々を過ごしていたのかという、理由のひとつ。

(他人のトラウマ同然の過去を、一方的に知ってる罪悪感ときたら……)

 救いだったのだ、と物語の中で、彼女は言った。魔術師の名家に私生児として生れ落ち、魔力なし(能なし)であったことから捨てられた彼女にとって、機工機関というものは。

 普通の人間は、どれだけ鍛えていようと魔術師には敵わない。これが通説。ひとりの魔術師を殺すためには、百人の兵が要るとも言われている。戦略次第では、誇張でなく一騎当千の兵になるのが魔術師だ。

 だから、どの国も魔術師の獲得には血道をあげている。確実ではないとはされながら、それでもある程度血統によって受け継がれると考えられていることから、魔術師の家系では血族婚が珍しくない。

 だけどそれだって、確実じゃない。優秀な魔術師を両親に持っても到底魔術師になどなれない弱い力しか持たない魔力持ちが生まれたり、突然変異のように強大な魔力を持つ子供が市井に現れたり。それでも年々、じりじりと魔術師の総数は減り続けている。

 そんな中、発明されたのが機工機関だ。それまでは、魔術でしかできなかったこと、魔力持ちにしか成せなかったことが、財力さえあれば誰にでもできるようになった。軍事転用できるような技術こそまだ開発されていないが、それも時間の問題だろう。

 ディエナディアちゃんの夢。それは、世界一の機工機関士になること。……そうして、魔力なし(能なし)の自分が発明した機工機関で、魔術師たちを今いる地位から追い落とすこと。

 バッドエンドではとんでもない殺戮兵器を生み出し、この大陸を文字通り焦土と化してしまう天才少女は、〈人形師〉に、その遺作に、何を求めているんだろうか。

「……魔石から滲み出る魔力との相性、かも」

「なに?」

「本来自分のものじゃない魔力が、ぐいぐい入り込もうとしてくる感じがする、ようなしないような」

 もちろん、才能皆無な私にそんなことわかるわけがない。これは物語からの受け売りだ。

 ああそういえば、ディエナディアちゃんのルートだと、この謎いっぱいの魔石の秘密も明かされるんだったっけ? 違う、王女殿下のルートだったかな。覚えてないや。

 私の言葉に、ディエナディアちゃんは顎に手を当ててすっかり考え込んでしまった。

 馬車酔いで気持ち悪いところに、ひょっとしたら機工機関酔い? 魔石酔い? みたいなことになってる中、無理に記憶を掘り起こしたせいで体のだるさが増してしまった。気のせいか、頭痛までする。

 少しでも気を紛らわせようと、窓から外を見てみれば。やや小高い丘の上に木製の十字が立っていた。

 野辺の十字。野垂れ死にした旅人の墓標だ。そして、境界を示すマーク、つまり、あそこを越えれば人里だという目印でもある。

 ディエナディアちゃんルート、しかもバッドエンドの方なんか思い出してしまったせいか、なんだか不穏でおどろおどろしいものを感じてしまう。空が曇っていて遠雷が見えたのも影響してると思う。まさにホラー映画導入、って感じだ。

 でも、そんな私の想像をよそに、やがて見えてきたヴァイルハイト男爵領は、魔物や魔獣が徘徊してるわけでも、意味深にお墓があちこちにあるわけでもない、本当に小さな村だった。

 多分、前ソルヴェール卿が言っていたように、あまり訪れる人もいないんだろう。別に交通の要衝というわけでもない、普通の田舎町なんてそんなものだ。呪われてるだのなんだの、不穏な噂の多い〈闇の森〉に、わざわざ近づこうなんて人もそういないだろうし。

 馬車の窓から見たところ、かろうじて自給自足ができるくらいの狭い土地が畑として耕されていた。この感じじゃ、主要産業は農作物じゃないのかも。

 ログハウスのような木組みの家々は皆、軒先に枯れ枝を複雑に絡み合わせたリースを掲げていて、この村特有のお呪いみたいなものなんだろうかと不思議に思う。あんまり見たことのない光景だ。

 農道と見分けがつかない細い道を行く馬車を、住民らしき人たちはもの珍しげに見送っている。来客自体が珍しいのか、はたまたこの時代の先端を行くディエナディアちゃんの機工機関が珍しいのか、その両方か。馬車の前後にいる馬上のジークと騎獣上のソルヴェール卿のことも目で追ってるみたいだから、単純によそ者が珍しいのかもしれない。

「まずは男爵にご挨拶、だっけ」

「筋は通しておかないと、後が面倒になったら困るもの」

 意外にもまっとうなお言葉である。なるほど、流石は年齢一桁の頃から研究員として勤めていた天才少女。きっと何度もその「面倒」にぶち当たったことがあるんだろう。

 さて、そういえば本当に今更なんだけれども、ディエナディアちゃんは付き添いが私だけでよかったんだろうか。

 結構忘れがちだけど、彼女だってこのギャルゲー世界におけるヒロインのひとりなのである。役どころは、まあ大体お察しのことと思うけど、王道ツンデレ枠。どうして天才科学者みたいなポジションって、ツンデレ属性を付けられることが多いんだろう? きっと昔、伝説的なツンデレ天才少女キャラみたいなのがいたんだな。ツインテールはツンデレ、ぐらいに避け難い世の真理なんだ、多分。

 そうしてまあ、ヒロインであるからには、彼女にとって重大なターニングポイントになり得る出来事には、主人公の関与が不可欠なわけで。じゃないとヒロインにとっての存在感が増せないもんね。「ア、アンタがいたから、あの時……ありがと」みたいな。ううむ、王道ですな! 是非、最後の感謝は聞こえるか聞こえないかギリギリくらいの声量でお願いしたい!

 まあ、冷静に考えたら、如何に天才美少女といえど、研究活動の護衛に、今や部下も抱えるアレクくんを付き合わせるなんてこと、そうそうできなかったんだとわかるんだけども。意外にも、ディエナディアちゃんは結構常識人だったって今はもうわかるし。私を連れて行くために、研究旅行の同行者申請なんて、いつの間にしてたの、ディエナディアちゃん。

 給料を出す、つまり労使の関係が成立する以上当たり前のことだと言われて、私はもうホールドアップ、完全お手上げ全面降伏するしかない。やだ、この子私よりピー歳も若いのに、ずっとしっかりしてる……。

 具体的な数を伏せたのは仕様です。ちょっといろいろ気になるお年頃なのですよ、はい。

「でも、例の機工機関士の技術はヴァイルハイト男爵にとっての虎の子でしょ? 調査したいなんて言って、許可なんて出るのかな」

「はん! 許可なんてものはね、貰うんじゃないの。もぎ取ってくるものよ」

「うわーお……いっそ清々しいね……」

 つまり、手段は問わない、と。

 筋は通しておかなきゃと言った舌の根も乾かぬ内のこの発言。いやあ、流石である。

「そもそも、〈人形師〉の後援者は先代の家系じゃない。爵位と領地が転がりこんできただけの人間が、威張りくさって独占できる技術だなんて思う方が間違いなのよ」

「ディエナディアちゃんの暴論は、ちょっと聞くと『そうかも?』って思えちゃうところが曲者だよね」

「アンタは気弱そうな顔して言うこと言うわよね」

「ある程度の自己主張はしないと、死活問題だから……」

 どうして私の周り、押しが強い人間しかいないの? 最早作為を感じるレベルで、ぐいぐい来る人ばっかりだよ? 主にお父さんとか弟クンとかソルヴェール卿とか王女殿下とか。

 ふふ、と遠い目をしてみると、ディエナディアちゃんは再び鼻を鳴らした。

「ま、いいんじゃない。貴族のお嬢さまなら、『はしたない』んでしょうけど」

「仮にもお嬢さま養成学校に勤めていた身としては、その評価も複雑だなあ」

 まあ、今日日自己主張もできないか弱いお嬢さまなんて絶滅危惧種なんだけども。知ってる? 美徳っていうのはね、みんなが当たり前に持ってるようなら、わざわざ美徳なんて言われないのよ。

 それに、そんなことを言うディエナディアちゃんだって、とてもじゃないが「淑女」とは言い難い。研究に夢中になるあまり寝食を忘れ、ひどい時は一週間以上部屋に篭りきり、なんて話だし。

 この一行、代表者はディエナディアちゃんということになっている。つまり、男爵と交渉するのも彼女なので、私はだるい体に鞭打って身を起こすと、ディエナディアちゃんの身なりを整え始めた。

「自分でできるわよ、これくらい」

「まあまあ。そう言わずに、これくらいはお姉さんのお世話になっておきなさいな」

「うっざ……」

「照れ隠しだってわかってても、そういう何気ない暴言は心に刺さるから控えてくれるかなー!?」

 そっちは対して深い意味込めてなくても、向けられたほうはそれなりに傷つくんだからね!

 跳ね放題の髪を梳かして、顔は薄く粉をはたく。ああもう、今気づいたけど眉もロクに整えてないよこの子。

 なんでずっとこんな狭い空間でふたりきりだったのに今更そんなことに気づくんだって? 私、シャイだからあんまり人の顔見て素直にお話できないんだ……誰だコミュ障って言ったの。ディエナディアちゃんの目力の強さを体感してから言ってよね、そういうこと!

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