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王道斜め38度  作者: 北海
第一章:始まり
3/43

王女様とわたし

「来たか、アレク」

 その人は、騎士団の訓練場に仁王立ちして不敵な笑みを浮かべていた。

 背後に従えるのは獅子の刺繍が入った緋色の腰布をお揃いで身につけた親衛隊の騎士の方々。皆一様に厳めしい顔つきで、その、何て言うか……控え目に言っても、脛に傷のある方々としか思えない、大変強面な人ばかりである。

 だというのに、その集団の一番前で堂々と腰に手を当てているその人は、出るところは出、引っ込むべきところはきゅっと引っ込んだダイナマイトボディを窮屈で武骨な鎧に押し込んで、それが返ってエロくさいという妖艶過ぎる美女である。そこに手持ち無沙汰に弄んでいるのが乗馬用の鞭とくれば、誰がどう見ても「女王様」だ。ウェービーな赤毛とぽってりした唇が非常に性的です本当にありがとうございます。

 対するアレク君は引きつり顔だ。はは、と洩れた乾いた笑いが嫌に虚しい。

「私を待たせるとはいい度胸だな。そんなに鞭が欲しいのか」

「いや、俺馬じゃないんでそれはちょっと」

「そうだな。馬の方がお前より余程役に立つ」

 にやりと笑う。その僅かな動作で鎧の胸板に押しつぶされた胸がふるんと揺れて――あああ王女様マジ性的! エロい! エロ過ぎる!

 ……駄目だ、落ち着こう。ドレス姿の時には見えない、惜しげもなく晒されたふくらはぎから太股へのラインが眩しいですとか思ってない。つ、と滑るように投げられた流し目に心臓が飛び跳ねたとか、そんなまさか。相手は同性だぞ、わたし。

 控え目に王女様の親衛隊の面々を見る。きっとあの方々はみんな王女様によく調きょ……ごほん。教育されているんだろうなあ。今だってほら。王女様が片手を上げただけで一斉に散って各々鍛練を始めたし。何あのツーカー。一対一ならまだしも隊員全員がそれだけで王女様の意志を汲むとか、凄過ぎるでしょう。

「で、今日は実戦を意識した手合わせでしたっけ?」

「ああ。できれば混戦時を想定して多人数同士で打ち会わせたい」

「了解です。何人くらいがいいんですか」

「お前の差配に任せるさ。……ところで」

 ふいに、王女様の視線がわたしに固定された。

 王族と視線を合わせるのは不敬なので、間違っても視線がかち合わないよう俯き気味だったわたしの視界に、カツカツと良い音をたてて王女様の軍靴が入り込んでくる。

(し、死亡フラグが……絶対不可避な死亡フラグが近づいてくる……!)

 内心ガクブル。ああ、こんなに怯えたのは理事長に求婚された時以来じゃ……いや嘘だ。さっきまでの聖女様による聖女様のための尋問の時も怯えてたわ、わたし。

 ただ、今の方がもっと直接的な恐怖を感じているけどもね!

 くい、と顎に何かがかかって顔を強制的に上げさせられた。いや、現実逃避してる場合じゃない。何かっていうか、王女様の持っていた鞭だけど。んでもって眼前には王女様の不敵な笑顔。……わたし業界の人じゃないでご褒美にはならないんですけど……!

「久しぶりだなあ、ライラ」

「お久しぶりにございます、殿下」

「ああ、本当に久しぶりだなあ。互いに女学院を卒業して以来か、こうして言葉を交わすのは」

「……左様でございますね」

 ううっ、冷気を……怒気をびしばし感じる……! やっぱり怒ってるよねえ、王女様。笑顔が薄ら寒いです。っていうか悪役顔が似合い過ぎです、相変わらず。

「知り合い……ですか?」

「ああ、知り合いだとも。女学院時代の四年間、同室で寝食を共にした仲だ」

「へえ」

 興味無さそうな相槌である。自分から聞いたクセに。

「何故か卒業後は連絡が取れなくなっていたが」

「…………」

 さっと視線をそらす。黙秘だ、黙秘!

 うう、女学院時代は間違ってもこんな、すっごく綺麗でまさに妖艶! って感じなのに背中に獅子とかハブとかマングースを背負ってるような子じゃなかったのに。

 昔話をするならば、その始まりは曖昧だ。学生時代、王女様は本来の身分を隠してただの貴族の令嬢としてふるまっていたので、わたしと彼女はごく普通の、特別仲良しではないけれど仲が悪いわけでもないルームメイトとしてそれなりに交流していた。

 ところがこのそれなりというのが、ちょっとややこしかったりする。

 わたしの実の両親は、父親は騎士で母親は騎士の娘だった。騎士位っていうのは大概どこかの貴族の跡継ぎにならない次男か三男が騎士学校に入ってもらう一代限りの爵位で、準貴族とは言われるけども厳密には貴族じゃない。母親に至ってはただの騎士の娘で、扱いはほとんど平民みたいなものなのだ。

 そんなわたしが生粋の貴族のお嬢様方しかいない女学院で平穏無事に過ごせるかと言えば、当然そんなことはないわけで。苛められたわけじゃないけれど、積極的に仲良くしてもらえたとか、そんなことは一切なかった。

 多分扱いに困ってたんだろうなあとは、今ならわかる。平民風情と軽んじるにはお父さんの位は伯爵とそれなりだし、かといって同じ貴族の令嬢だとするにはプライドが許さない、みたいな。そして、同じようにもてあまされていたのが、身分を隠して学院にいた王女様だった。

 彼女が仮の身分として用意したのは男爵令嬢という肩書き。男爵位は王族の傍系一族に与えられる公爵以下、侯爵、辺境伯、伯爵、子爵、男爵と並ぶ貴族位の一番下。当時学院には公爵家の姫君がひとりと侯爵家の姫君がふたり在籍していたから、男爵令嬢ということになっている本当は王女様な彼女をどう扱うべきか、教師陣は頭を悩ませたことだろう。

 そして、そういう大人の微妙な態度というものは、案外子どもに伝わり易い。どこか構えて彼女に接する大人たちの態度に、令嬢たちは敏感に「何か」を察し、やんわりとした壁を作った。関わりを持つことで生じるかもしれない利益より、不利益の可能性を回避しようとしたのである。

 もちろんわたしもそうしたかった。でも、腐ってもルームメイトだ。十二歳で入学してから卒業までの四年間、居たたまれない気持ちを抱えて日々過ごすより、なあなあでもそれなりに交流を持って、自室でくらい居心地良く過ごしたいと思っても罰は当たらないと思う。

(なのに、卒業前夜に『実は王女なんだ』とか打ち明けられるとか)

 なんてことないように、おやすみの挨拶のついでに告げられた言葉は、わたしの脳をオーバーヒートさせるくらいには衝撃的だった。いや、薄々わかってはいただろうがとは言われたけれど、事情有りってことはわかっても、正体が王女様だとは思わないでしょう、普通。

「なんか、怯えてるように見えるんだけど」

「ああ。きっとやましいことがあるに違いない」

「そんなことは」

 ……ありますけども。でも、ここでそれを肯定したらわたしに平穏な明日はない!

 頑張って無表情を維持しつつ視線をそらし続けるわたしをどう思ったのか、王女様はようやく鞭をどけてくれた。無理に顔を上げさせられていたせいで、首が痛い。

「まあいい、話は後だ。ディオン!」

 王女様に呼ばれて出てきたのは、なんだかくたびれた様子の男の人だった。お父さんと同じくらいの年齢かな?

「はいはい。お呼びですか、殿下」

「コレを私だと思って守れ。アレクは中隊を指揮してライラを親衛隊から奪還してみせろ。それが今日の演習だ」

「コレ……って」

 ディオンさんの視線がわたしに向く。いぶかしげなというか、不服そうな様子だ。わたしだって不服である。

 カミラ王女、とアレク君は少し慌てて反論した。

「それはマズいですって。ライラさんは普通の女の人なんですよ? 怪我でもさせたら……」

「ほう。それは私の親衛隊を侮っているのか? それとも自分の中隊の実力を過信しているのか」

「そういう問題じゃないでしょう!」

「殿下。俺も反対です。護衛対象には誰か若い騎士でも」

「ライラ・アーヴィング」

 アレク君とディオンさんの言葉を一切無視して、王女様はわたしを呼んだ。

 呼ばれたからには答えなきゃいけない。嫌な予感がしてたまらない内心を押し隠して「はい」と答えれば、王女様はただひと言、「できるな」と言った。反論の余地がまるで残されていない声音だった。

「それとも、四年間の不義理の代償に私の下僕にでもなるか」

「演習に協力させていただきます」

 二択になってないからね、その選択肢!






「お嬢ちゃん、意外と度胸あんのね」

 作戦会議、と引っ張って来られた先で、ディオンさんはそう苦笑した。

 そうでしょうか、と答えるわたしの声は我ながら湿っぽい。どよんとしてる。王女様の親衛隊の方々が厳ついお顔に眉間を寄せて「ご安心ください」とか「我らを信じて」とか声をかけてくれるけれど、そのたびにいたたまれなさ過ぎて地面に埋まってしまいたくなる。

「まあ、作戦会議って言っても俺たち護衛側の話だからさ。お嬢ちゃんは気楽にどーんと構えといてくれれば大丈夫」

「それでは、打ち合わせなどは」

「んー。お嬢ちゃん、護身術の腕前は?」

「大声で助けを求めるのは得意です」

 むしろそれしか出来ませんが、何か?

 堂々と「何もできません」宣言をすると、ディオンさんはちょっと笑った。

「それは、守りがいのありそうなお姫様だ」

 ……なんだろう、この人。セリフの字面だけ考えると気障ったらしい軟派な人っぽいんだけど、目じりの笑皺とかわたしを見る目が微笑ましいものを見るものだったりとかして、面と向かってみるとお正月に会う親戚のおじさんみたいな雰囲気にしか思えない。

 そこからは真面目に親衛隊の人たちの作戦会議になった。わたしは輪の中にいるけれど蚊帳の外という手持無沙汰な状況に。どうしようかと一応わたしの上司であるはずのアレク君の方を見れば、あちらもあちらで作戦会議中だった。……その中に王女様が嬉々として参加しているのは、やっぱり見なかったことにすべきだろうか。

 指示を出すディオンさんの背中をぼんやり眺めつつ、空いた時間を有効活用すべくわたしはどうしたものかと考えを巡らせた。

 傍仕えとしての試用期間は一ヶ月。わたしの辞令は王国の軍務を司る元帥閣下直々のものだったから、この一ヶ月の間はどう頑張っても傍仕えをやめることはできない。でも、この一ヶ月を過ぎたらその後の裁量は全部アレク君に委譲される。つまり、アレク君がわたしの辞職を認めてくれれば、晴れて自由の身となれるのだ。

 頑張って無表情を貫いてるのも、切り捨てるみたいに事務的な受け答えしかしないのも、すべてはそのためだ。仕事の手を抜くっていうのは下手をすると職務怠慢で懲罰対象になってしまうので論外。なら、仕事はするけど取っつき難いお局キャラでアレク君に接して、辞職願を提出した時にすんなり受け取ってもらえるようにすればいい。根回しって大切だ。いや、この場合伏線?

 お仕事一日目を迎えるにあたって用意したのが遺言書と辞表だなんて、今思い返してみてもしょっぱい気持ちになるけれど、わたしの目標は一ヶ月後即離職すること。できればこうして傍仕えとして働いている間に次ぎの職場の目途もつけておきたい。貯金もなくはないが、そこまで余裕が持てるほどあるわけじゃないし。前の下宿は引き払っちゃったから、物件探しも進めておかなきゃ。ああもう、やることが多すぎて嫌になる。

(一回実家に戻るってのも……いやいやいや。それじゃニートまっしぐらだよ)

 無職になったからと実家に戻れば、お父さんはここを好機とばかりにあの手この手で実家に留めようとするだろう。ひょっとすると二度とひとり暮らしなんて許してくれなくなってしまう。

 普通の貴族令嬢は、女学院卒業後は親の決めた相手と結婚して家庭に入るものだけど、わたしみたいな事情有りの場合はそもそも縁談が纏まるかが微妙なところである。お父さんと縁を繋ぎたくても、血の繋がりもなくお父さんの家名を名乗っていないというところで二の足を踏んでしまうものらしい。わたしの場合はお父さんに疎まれてとかじゃなく、単純に実の母親の遺言なのだけれど。娘のわたしに家名を継いでほしいっていう。

 お父さんはわたしに甘い。きっと次の仕事が見つからなくても、何も言わずに援助してくれるだろう。でも、それに慣れたら立派なニートの出来上がりである。前世知識を持つ者として、それはちょびっとばかり情けない。

(……やっぱり、女学院教師が一番理想的な職業だったんだなあ)

 理事長さえわたしに目を付けなければ……!

「そんなに緊張してるの? 眉間の皺、すごいことになってるけど」

「……いえ。ただ、少し不愉快なことを思い出してしまっただけです」

「そう?」

 しまった。表情に出ていたらしい。

 ぐいぐいと指で眉間を押して伸ばす。うん、理事長のことを考えるのはやめとこう。

 演習は親衛隊から五名、中隊から四名とアレク君、プラス王女様でやることになったらしい。ちょっとプラスされるべきじゃない人が襲撃犯役の中隊兵士さん達に紛れてるんだけど、あれはアリなんだろうか。普通にナシだと思うんだけど。

「……殿下も参加されるのですか?」

 小声でこっそり。アレク君と楽しくお喋りしてる王女様に気づかれないようにディオンさんに尋ねると、彼は頭痛を堪えるように額を押さえた。

「アレックス将軍がいる時は、大抵」

「その、差し出がましいようですが、親衛隊の方々は殿下の護衛が任務のはず。訓練とはいえ、殿下に剣を向けるのは……」

「これも任務の一環ですから」

 いや、明らかにいろいろ間違ってると思います。


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