表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王道斜め38度  作者: 北海
第二章:人形屋敷

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

29/43

追いかけてきた理由

「ほんと、姉さんって浅はかで考えなしなところが可愛いよね」

「痛い痛い痛いちょっと待って文官なのになにこの握力痛い痛い痛い」

 ぎりぎりと。片手で人の頭を掴んで力を入れてくる弟に涙目になりながらなんとか手を放させようとする。これだから文官でも戦時従軍義務のある貴族のボンボンは……!

 疲れ知らずの機工機関で移動してた私やディエナディアちゃんを追って、夜通し馬を走らせてきたという弟ジークと理事長は、どうやらついさっきこの街に着いたばかりらしい。途中で何回か馬を替えたにせよ、それなんて強行軍?

 そんなわけで、いつも余裕綽々、汗どころか服の裾、髪の一筋すら乱れ知らずだった弟くんは、今は結構満身創痍で疲労困憊状態である。おっと、目元に隈までできてる。

 多分、こんなに弟が不機嫌なのは疲労もあるんだろう。完全に目が据わってる。しかも目が笑ってないのに、はははははと単調な笑い声だけ上げているのなんて、軽くホラーだ。

「貴族たるもの、王宮の承認なしで国外脱出とか、下手したら叛意ありとみなされて国家反逆罪に問われるかもとか、考えなかったのかなあ、この軽い頭は」

「私、ただの平民! 貴族違う!」

「あはは。なんか面白いこと言ってる、この人」

「痛い痛い痛い痛いって……!」

 ぎりぎり。ぎりぎり。握る力をさらに強めてから、弟はパッと手を放した。

 ずきずき痛む側頭部を手で押さえて蹲る私の頭上から、聞こえよがしなため息ひとつ。あ、舌打ちまでしよったぞ、この弟サマ!

「レーヴィ伯爵に実の娘同然に思われてる養い子で、王女殿下とも親しく、うっかりあの(・・)ソルヴェール伯爵に求婚までされてる人のどこが、ただの平民だっていうのさ」

「でも私自身は平民じゃんかあ……」

 嫌だよそんな、周りにたまたまいる人たちで自分の対外的な評価が引き上げられた、みたいなこと。

 基本的に私が他力本願の事なかれ主義なことは否定しないけれど、それにしたって自分自身の能力云々じゃなく、周りの人たちがどうのこうので評価されるのは、なけなしのプライドがじくじく痛むというか、何というか。

 そんなようなことをもごもご反論してみるけれど、ジークはどこ吹く風。アホの子を見る目で私を見て来る。

「あのねえ。ルルとロロがいなきゃ戦闘能力マイナス寄りのゼロ、適度に疑い深いけど大体考えが足りなくて押しに弱い姉さんなんて、正直絶好のカモなんだよ? 王女殿下はまあ無理にしても、父さんとかソルヴェール伯爵に対しての取引材料としてなら、十分価値と効果のある人質候補だって自覚してくれないかな」

「人質!?」

「父さんはアレでも有力貴族、ソルヴェール伯爵なんて言わずもがなでしょ。姉さん以上に頭の悪い人間なら、単純な身代金目的でも狙ってくるだろうね」

 ぐうの音も出ない。

 完全論破されて黙り込む私。ジークはまたため息を吐いた。

「でもまあ、グランロッソ博士の国外調査研究許可願はとっくに通っちゃってたし、助手の欄には姉さんの名前がどう誤魔化しようもなくバッチリ書かれちゃってたから、こうして僕とソルヴェール伯爵が護衛兼お目付け役として派遣されたわけだけど」

「……その人選も納得いかないんだけどなあ、お姉ちゃんは」

 護衛を兼ねるなら、貴族男子として最低限度の戦闘能力しか持たない文官のジークが派遣されるのはおかしい。いろいろ大変な役職を兼務してるソルヴェール伯爵がたかが小娘ひとりについて来るのは、もっとおかしい。なにかジークが言った以外の本音と裏事情があるのではないかと邪推してしまう。

「姉さんが土壇場でとんでもない大ポカでもやらかさない限り、引きずって逃げ切るくらいはできるよ」

「前提がひどい!? いくら私でもそんなことは……しないように気をつけます……」

 じとり。非常に、ひっじょうに疑わし気な目を向けられれば、反論しようという威勢もしおしおと萎えてしまう。うう、弟が怖い。

 常にない乱雑な仕草で、ジークは髪をかき上げる。……やっぱり、なんだかんだ疲れてるんだろう。いつも私に対しては結構ズバズバ痛いことを言ってくる弟だけど、今日はいつにも増して攻撃的な口調だし。

 ちら、と理事長――ソルヴェール卿のことを思う。王都からジークと同じく強行軍で駆け付けたはずの彼の人は、疲労の気配なんて微塵も見せず、今もこの機工機関の隣を悠々と騎獣に乗って付いて来ている。窓から覗けば、むしろ鼻歌でも歌いかねないくらい上機嫌に見えた。

 ディエナディアちゃんの箱馬車は、基本的に二人乗り。しかも小柄なディエナディアちゃんと、一応女である私の二人が乗ってゆったり過ごせるくらい。つまり、狭いのだ、乗車スペースが。

 そっちの事情に巻き込むなとばかり、顔を顰めたディエナディアちゃんは御者台に避難して、今馬車内は私とジークのふたりだけ。それでも余裕があるとは言えないから、体力が回復次第ジークも騎獣に乗り換える予定だ。

 移動速度が落ちることを、ディエナディアちゃんは嫌がった。彼女の機工機関とは違って、ジークとソルヴェール卿が乗って来たのは馬と騎獣。騎獣の方は、二足歩行するでかいトカゲを想像してほしい。この辺りじゃあまり出回っていないけれど、大陸南部では一般的な大蜥蜴だ。特徴は馬の数倍に及ぶ持久力と足腰の強さ。とはいえ、乗り心地の悪さと調教の難しさを考えれば、馬と比べて五十歩百歩といったところか。もちろん、れっきとした生物である。

 生物であるからには、休憩も睡眠も餌も水も必須なわけで。これで行程が一日延びるとぼやいてからは、より短距離で効率的な行路を割り出すために地図と終始にらめっこしている。

 がたごと。馬車が揺れる。国境を越えて、もう一時間は経っただろうか。

「……本当はあんまり聞きたくないんだけど、聞かなきゃならないと思うから聞くね。お父さんは……」

「ご愁傷さま」

「どういう意味!? それはいったいどういう意味の『ご愁傷さま』!?」

「今回の旅の間は大丈夫かもしれないけど、ねえ」

「無駄にいっぱい含みを持たせないで! 怒ってる? 怒ってるんだねやっぱり!」

「やっぱりって思うなら、書き置きとかズルいことしないで、ちゃんと面と向かって話せばよかったのに」

 これだから姉さんは、とか肩を竦めるんじゃない。顔突き合せたらどう考えても許可なんて出ないってわかってたから、書き置きに逃げたんじゃないか!







 そんなこんなで。うん? ま、まあ、そんなこんなで、進むことしばし。少しでも距離を稼ぎたいというディエナディアちゃんの主張で、夜は街道の傍で野宿をすることになった。

 自分たちだけなら夜も進めるのにと、残念そうではあったけれど、ディエナディアちゃんは無理を言わなかった。むしろ、大蜥蜴のことがちょっと気になるみたい? ジークを引きずって薪を拾いに行く時に、ちらちら視線をやっていたみたいだし。

 ……うん、そうだね。ジークとディエナディアちゃんが薪拾いに行ったっていうことは、この場にいるのは私とソルヴェール卿だね。つまりふたりきりだね。せっせと寝床と食事の準備を進める私を、にこにこ笑顔の大安売りで眺めてるソルヴェール卿とかも、残念ながら現実だね。

「ライラは手際が良いな。普段から料理をするのかい?」

「……まあ、ひとり暮らしですし」

「すごいな。私もひとり暮らしが長いが、自分ではお茶ぐらいしか淹れられない」

「ソルヴェール卿は、専門の使用人を雇われているのだから、それで良いのではないでしょうか」

 むしろ、自分でお茶淹れちゃうとかどういうことだ。変なこだわりでもあるのか?

「うん? ああいや、流石に領地の屋敷は人を雇っているが、王都は仮住まいだからな。正真正銘、ひとり暮らしだよ、私は」

 ライラと同じだな。そう言って、何が嬉しいのかソルヴェール卿は目を細める。……ひょっとして私と同じだから嬉しかったの? 王都にどれくらいひとり暮らしの人間がいるのかとか、わかってるのこのお貴族さま。

 角灯(ランタン)の光が揺れる。これも機工機関の一種だ。小指の先ほどしかない魔石でも、十分な光源になっている。

 機工機関の心臓部、これがなければ話にならない、というのがこの魔石。私は勝手に、電池みたいなものだと思っている。

 砂粒みたいな欠片でも、内臓魔力は桁違い。その分高価なものだから、流通の大部分は国が管理している。もちろん、同サイズの金銀宝石なんかより数倍高い。

 元々、機工機関は魔力の低い金持ち向けに開発されたものだ。理由はもちろん、魔石があんまり高価で稀少だったから。

 この角灯みたいなのは、最初の最初、最も原始的で単純と言われる機工機関だ。必要となる魔石も最低ランクでよくて――それでもダイヤや真珠以上の値段はするのだけれど――操作も簡単。なにせスイッチひとつで点灯消灯できるからね。まさに私でもできる、ってやかましいわ。

「お忙しいでしょうに、人を雇っていないんですか」

「掃除は、三日に一度通いで頼んでいるよ。他は、料理はともかく、洗濯は好きなんだ。落ちにくい汚れを試行錯誤してどうにか落とそうとするのが、とても楽しい」

「…………」

 ソルヴェール卿は微笑んでいる。にこにこと、人が好さそうに。

(……今の言葉に含みを感じる私が汚れているんだろうか……)

 粟立った肌を誤魔化すために腕をさする。うげ、鳥肌たってる。

 ソルヴェール卿は、目尻に笑い皺がある。笑い方も、何というか屈託がない。多分十人中九人は、彼に好印象を抱くだろう。

 そんな笑顔を前にして、うさん臭さとか悪寒を感じる私は相当なひねくれ者だ。自覚はしてる。

「そんなわけで、今後困った洗濯物が出た時は是非頼ってくれると嬉しいな」

「いえ、洗濯物は、ちょっと」

 っていうか、堂々と異性に洗濯物要求するとか、一歩間違えればそれはセクハラか変態ではありますまいか?

 遠慮しなくていい、とか爽やかさ前面に押し出してても、言ってることは変わらないからね?

 変態をドン引きした目で見ると、ソルヴェール卿はうん? と首を傾げた。とぼけているのか、本当にわからないのか……微妙なところだけれど、私の勘では前者だ。これは、確実にわかっていてとぼけてる。そうに違いない。

「でも、ジークヴァルドは義弟だからとしても、どうしてソルヴェール卿まで追いかけて来られたんですか?」

 地位も身分も金もある人間の常として、ソルヴェール卿は日々多忙すぎる生活を送っているはずだ。身内や肉親ならまだしも、友人ですらない私に付いて、ディエナディアちゃんの調査旅行に同行する余裕なんてあるはずもないのに。

 嫌がるとか気まずいとか、そういうことは置いておいて純粋に疑問だったと尋ねてみれば、ソルヴェール卿は「王女殿下のお力添えだ」と少しだけ眉を下げた。

「何を隠そう、殿下が密かに女学院に通えるよう手配したのは私だからね。その恩義を返しがてら、という話だそうだ」

「返しがてら、私で遊びたいっていう本音が透けて見えてるんですが……」

「ははは」

 はははじゃない。笑って誤魔化すにしては、下手すぎるぞソルヴェール卿。

 じっとり目で睨み上げても、ソルヴェール卿は動じない。それどころか、「そんなに見つめられると、どきどきするな」とか頭の沸いたことを言い出したではないか。

 そそくさと視線を外す私をよそに、しかしなあ、とソルヴェール卿は顎を撫でる。

「ヴァイルハイト男爵領か……当代男爵は、確か軍人上がりの元平民という話だったね」

「先の帝国の帝位争いと、それに端を発した一連の戦役で功を上げたことから、後継者のいない男爵領を与えられたと聞いています」

 帝国の帝位争いは、良くも悪くも大陸全体に大きな影響力を持つものだった。

 今でこそかつての栄光を取り戻しつつある帝国だけど、帝位争い以前は斜陽の帝国なんて呼ばれていたくらいだし。

「ヴァイルハイト男爵領といえば、闇の森(ドゥンケル・ヴァルド)に囲まれた、あまり訪れる人もいない辺境だったはずだ。名産は黒すぐりとその加工品。甘いリキュールは、ご婦人方にも人気がある品だね」

黒すぐりのリキュール(クレーム・ド・カシス)柑橘類の果汁(オレンジジュース)の相性は最高です」

「ははは。そういえば、ライラは結構呑める方だったか」

 そう言うソルヴェール卿は麦酒(ビール)ひと舐めで真っ赤になる下戸でございましたね、確か。

 大人しそうとか気弱そうとか押しに弱いとか、いろいろ言われる私ではありますが、お酒は普通に呑める方だ。

 どのくらいかと言うと、チョロそうな見た目だからちょっと酔わせれば簡単にヤれる――なんて考える不届きものを、逆に酔い潰せるくらいには普通に呑める。普通の定義がおかしい? アルコールの回りが早い安酒に、おかしな薬を混ぜ込もうとする下衆に容赦など不要なのだ。

 思えば、かつて私を目の敵にしていた元校長は、職場で行った歓迎会で私がそうやって潰した相手だった気がする。緊張し過ぎてたのと謎の危機感でほとんど覚えてないけども。

「お土産をしこたま買って帰ったら、お父さんの機嫌も上向いてくれないかな……」

「レーヴィ伯爵はなかなか記憶力の良い方らしいからなあ」

 ひとり言にまで追い打ちを駆けに来ないでくれますか、ソルヴェール卿。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ