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王道斜め38度  作者: 北海
第二章:人形屋敷

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国境の街

 国境の街、ロワン。

 街全体がぐるりと外壁に囲まれ、中央に行くほど土地が沈んでいく。地下に水源があるのだ。まるで円形闘技場のような地形が地盤沈下だと思うと正直ぞっとしないけど、いきなり地面が崩落するようなことはないそうなので、ひとまず安心しておく。一応、だけど。

 ディエナディアちゃんお手製の馬車型機工機関に乗り換えて、この街まで三日。最初の宣言通り、生理現象と最低限の水補給以外、まさに不眠不休で馬車は走った。

 そんな状況だもの。この三日、乾きもの以外食卓には上がっていない。流石にそろそろ温かいものが恋しい。ホットミルクが飲みたいよお。

 干し肉をがじがじ噛みながら、何やら地図片手にああでもないこうでもないと悩むディエナディアちゃんの隣で三日もなにしてたって? ガタゴト揺れる馬車に三半規管をシェイクされるのを無心で耐えていたとも。三日も。三日間も!

(ディエナディアちゃんの三半規管強すぎ……)

 うぷ、と喉元までこみあげてくるたび、何かを察したディエナディアちゃんに水筒を投げつけられた。飲み下せってか。まあ言われた通りにしましたけども。

 酔い止めの薬なんてとっくになくなっている。これ、次の街で補給しないとヴァイルハイト男爵領に着くまでの間に三回くらい死ねるな。

 夏はとっくに過ぎ去ってしまって、これからは冬に向かうだけの気候の下、手早く川で水浴びなんていう苦行もきつかった。でも、街に入る前にある程度身ぎれいにしたいっていうくらいの乙女心は流石に持ってる。ディエナディアちゃんは渋ってたけど、衛生状態が悪いのはマズいって突っ込んだら、観念してくれた。うん、そこは研究者としても同感だったらしい。

 そんな苦行を乗り越えて、ロワンの街である。遠目に外壁が見えた時はうっかり目尻に涙が滲んでしまった。長い三日間だった……。

 ディエナディアちゃんお手製の機工機関は、街門で検閲を受けるのを待っている間、これでもかというほど目立っていた。そりゃそうだろう。江戸時代の日本に、自動車を持ち込んだみたいなもんだ。

 悪目立ちしているとしか思えない私がひやひやしてるのをよそに、ディエナディアちゃんはさっさと王室研究員証を提示していた。魔力証明さえ終われば、荷台の検査すらされずに街に入れる。まったく、王室研究員様様である。

 街に入れば、流石に自動操縦というわけにはいかないらしい。ディエナディアちゃんは御者台に行ってしまった。その間に、私は荷物の整理をする。

「男装できれば楽なんだけど、そうもいかないんだよなあ」

 例えるならば、イベントでもなんでもない日に街中でコスプレして出歩くみたいなものだ。痛い、痛すぎる。謝肉祭(カルナヴァレ)の時でもない限り、女性は基本的にワンピーススタイルである。

 コルセットにワンピースみたいな下着、ブラウスの上に厚手のワンピースをスポっと被って、スカート部分を覆うエプロンを着けるのが一般的。服だって安いものじゃないからね。だから、このエプロンを着けてるかどうかで、労働階級かどうかの判別もできるってわけだ。

 まあ、そんなわけで、どんなに荷造りを工夫したところで私もディエナディアちゃんもある程度大荷物にはなってしまう。ヴァイルハイト男爵領は森の傍だっていうから、防寒用の上着だってかさばるかさばる。

 少しだけ馬車内に広げていた荷物をもう一度鞄に詰め直して、ついでにディエナディアちゃんの分もまとめたところで、外から声がかかった。

「今日はここに泊まるわよ」

「……うわあお、まさかの軍施設」

「機工機関狙いの盗人はどこにでもいるもの」

「ごもっともで」

 しかも、この馬車型機工機関はディエナディアちゃん発明、制作の正真正銘一点ものだ。市場価値は計り知れない。流石天才少女だぜ……。

 帝国との国境に面した、外壁のすぐ下。

 石造りの軍施設にでも臆することなく堂々と入っていっちゃうディエナディアちゃんに連れられて、私はなんとかポーカーフェイスを意識しながら、荷物持ちよろしくとっとこ付いて行く。

「王室研究員、ディエナディア・グランロッソよ。研究員権限において、アタシの機工機関の保護とひと晩の滞在を要請するわ」

「はい、門衛から伺っております。証明書はお持ちですか」

 守衛さんの対応は丁寧だった。ディエナディアちゃんの差し出した証明書を確認して、掲げていた槍を引っ込める。

「では、大佐の元へご案内します。侍女の方も、どうぞご一緒に」

 軍施設の中は薄暗かった。

 窓が小さいのは、もしもの時のことを考えてなんだろう。最低限、明り取りになる程度の大きさで、もちろん高価なガラスなんてはめ込まれていないから、冷たくなり始めた外の風が容赦なく吹き込んでくる。

 思わずぶるりと体を震わせた私に、後ろについて来てくれていた兵士さんがマントを貸してくれた。ありがたや……ちょっと汗臭いのもしょうがないよね、男所帯だもんね。

「アンタ、外套は?」

「荷物の中です」

 あ、呆れた目で見られた。いやいやだって、まさか馬車内と外気にこんなに温度差があるなんて思わなかったんだよ。

 並んだ扉をいくつか通り過ぎて、兵士さんは立ち止まった。ノックをするまでもなく、室内から入室を促す声がする。

 国境防衛の長は、確か第二兵団に所属していたはず。アレクくんの補佐官をやっていた時に叩き込んだ名簿をどうにか頭の隅っこから引っ張り出している私を放って、ディエナディアちゃんは顎髭が立派な大佐さんにさっさと挨拶をすませてしまう。

「国外視察の許可は取得しておりますかな」

「証明書ならこれよ」

「……なるほど、なるほど」

 一瞬、大佐さんの目が私に向く。

 加齢で灰色がかって見える瞳が細められ、ふふ、と小さな笑みがこぼされた。

「若さというものは恐ろしい。グランロッソ博士は、今まで誰もが見て見ぬふりをしてきたものに近づこうとなさるのか」

「それが自動人形研究のことを言ってるなら、そうよ」

「まあ、我らは上の命に従うだけではありますが、老婆心ながら、ご忠告を」

 大佐さんの目が、ゆるりと細められる。

 たったそれだけのことなのに、言い表しようのな寒気が背筋に走って、私はぎゅっと拳を握った。

「墓守の一族は身内に甘く、他者に冷酷だと聞きます。連れているお嬢さんが貴女の予想とは別人であれば、二度とあの森から戻れない可能性も、ぜひ考慮なさるとよいでしょう」

 ご武運を。そう言って、大佐さんは人を脅迫しておきながら、どこまでも穏やかに微笑んだのだった。





「なにか知ってるわね、アレは」

「知ってるよねえ、絶対」

 軍施設の端、来客用の簡易宿泊所にて。

 ベッドの上に腕組みして胡坐をかくディエナディアちゃんと、鏡台に座って髪を梳かしていた私は、似たような難しい顔をした。

 あんなふうにあからさまに脅しておきながら、大佐さんにこちらの邪魔をする気はないようで。ベッドと鏡台、それに申し訳程度のクローゼットしかない二人部屋に案内された後は、特に構われることもなく夜を迎えた。

 好意でもらった夕食はスープとパンにチーズがひと欠けという質素なものだったけど、温かいものが出るだけでもありがたい。三日ぶりに湯気のたつ食事にありつけて、私はそれだけで満足だった。

 シャワーなんてものもないから、兵士さんたちはお湯を運んでくれた。始終、男所帯で申し訳ない、何か不備があれば遠慮なく言ってくれと声をかけられるものだから、こっちの方が恐縮してしまう。……ディエナディアちゃんは全然全くそんなことはないみたいだけれども。

 マントを貸してくれた兵士さんにお礼を言って、代わりにホットミルクまでもらってしまった時にはまさに平身低頭、拝み倒す勢いで感謝をささげてしまった。逆に困らせてしまって申し訳ない。

「墓守の一族、って何だと思う?」

「あの話の流れなら、クラウス・アーヴィングの一族ってことね」

 心当たりは? 聞かれて、首を横に振る。そもそも私、自分の実の両親について知ってることなんてほとんどないんだよなあ。

 とんとんと人差し指でこめかみを叩きながら、ディエナディアちゃんは考え考え言葉を紡ぐ。

「……クラウス・アーヴィングは、その来歴のほとんどがわかってないの。最初の作品はヴァイルハイト女男爵が護身用に持ち歩いていた魔導銃。それだって製作されたのはもう百年以上前のことだわ。彼がいったいどこで生まれて、誰に師事して、いつ死んだのかもわからない」

「大佐さんが『墓守の一族』って言うんだから、『一族』扱いできるほどには人数がいる集団ってことだよね」

「可能性としては、『クラウス・アーヴィング』の名前がひとりの人間じゃなくて、複数の機工機関士たちが属する工房名に近いものだった、ってところかしら」

「確かに、画家や鍛冶のギルド所属のとこは、そういうところが多いけど」

 ギルドと聞くと、RPGとかのイメージが強いけれど、この世界では単純な同業者組合程度の意味しか持たない。

 鍛冶屋なら鍛冶屋、画家なら画家のギルドがあって、個人で加盟している人もいないことはないけれど、工房主の名前を使って、工房単位で加盟するのが普通だ。で、制作物は工房主の作品として世に出るというわけ。仕上げしか手掛けていない作品でも、最初から最後まで工房主自身が作ったものでも、等しく平等に。

「『クラウス・アーヴィング』の名前がひとりの人間を指すものじゃないなら、来歴が知られていないのも不思議なことじゃないわ」

「でも、そうなると私がアーヴィングの子孫だっていうのはやっぱり勘違い?」

「むしろ、可能性が上がったわね」

 ふん、とディエナディアちゃんは鼻を鳴らして口角を上げた。

「『クラウス・アーヴィング』がひとりしかいないなら、その子孫だって数は限られるけど、複数人いるなら話は別よ。アンタだけじゃない、もっとたくさん、アーヴィングの子孫がいるかもしれないってことだもの」

「ディエナディアちゃんの中で私が『クラウス・アーヴィング』の子孫なのは確定なのね……」

 大佐さんにも、勘違いかもって言われたのに。そう言うと、だからじゃないと呆れられた。ふふ、もう何度目かな、ディエナディアちゃんに呆れられるの……。

「あの男は確実に、アタシたちの知らない何かを知ってるわ。それでわざわざ、強く止めるでもなく脅迫だけですませたのよ。アタシっていう、機工機関士の価値を知った上でね」

「ものすごい自信家だね!?」

「アタシが死んだら、この国にとっては大きすぎる損失だもの。だから、国外調査の手続きがあんなに七面倒くさかったんじゃない」

「その割に、かなり身軽に移動してる気がするけど」

 それこそ、貴重な機工機関士だっていうんなら、どんなにディエナディアちゃんが嫌がっても、護衛の騎士くらいついて来そうなものなのに。

 ゲームの本編では、確かそうしてディエナディアちゃんとアレクくんは交流を深めていった。あんまり気軽にひとりでうろうろする彼女を見るに見かねて、あちこち引きずられていく内にトラブルに巻き込まれていって……みたいな。ありがちって言わないで。でなきゃ、一般兵のアレクくんと王立研究所の研究員であるディエナディアちゃんに接点なんてほとんどないんだから。

(ん? そうすると、今回もほとんど戦力になんかならない私とふたりで調査旅行、とか……)

 俄かに嫌な予感がしてきた。なんていうか、トラブル再びっていうか、むしろアレクくんが追いかけて来るくらいの方がマシな展開になりそうな予感がするっているか。

「……軍施設に泊まるの、本当に大丈夫だったの?」

「機工機関士は国家をあげた保護対象よ。当たり前じゃない」

「えーと、そういう意味じゃなくて。帝国とは確かに友好関係だし、今はどこの国も小康状態で小競り合いもしてないから、そういう意味での危険じゃなくて……いや、国家をあげた保護対象って聞いて、このまま無事に国境を抜けられる気が全然しなくなってきたんだけど……」

「どういう意味よ」

 回りくどい、さっさと言えと目を据わらせるディエナディアちゃん。私は思い切って一気に言い切った。

「保護対象と明らかなお荷物ふたりを、このまますんなり他国に行かせてくれるほど、少なくとも王女殿下は優しくないと思う」

「…………」

 無言。ディエナディアちゃんは静かに腕組みを解いた。

「さっさと寝るわよ。王都からの追手に追いつかれない内に」

「あいあい、サー!」

 もちろん翌朝、慌ただしく出発の準備をする私たちの抱えた嫌な予感は、見事に的中してしまうのだけれど。




「やあ、おはよう! 出立の準備は済んだかな? 私たちはいつでも行けるから、遠慮なく声をかけてくれ!」

「ひどいなあ、姉さん。父さんには置手紙残しておいて、可愛い弟には何も知らせてくれないなんて」

「…………アンタ」

「これ絶対王女殿下の嫌がらせだと思うんだよね……!」

 よりにもよって、理事長――ユリウス・フォン・ソルヴェールと、我が恐るべき弟殿を送って寄越さなくたっていいじゃないか!

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