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王道斜め38度  作者: 北海
第二章:人形屋敷

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ブリキの箱馬車

(そうして押しの強さに負けて現在に至る、と……)

 いい加減この押しに弱いところは何とかしないと行けないなあと思ってはいるんだけれど、そう思ってもなかなか治らないのが欠点というものである。

 堂々と自分のためとか言っちゃえるディエナディアちゃんは強くたくましい。多分、そのくらいじゃなきゃ史上最年少の研究員なんてやっていけないんだろう。あそこも権謀術数と無縁ってわけじゃないんだし。

 必要最低限のものだけ持って、出発したのは彼女が訪ねてきた翌日早朝、日の出前。

 別に夜逃げじゃない、夜逃げじゃないぞ。お父さんに見つかったら絶対面倒くさいことになるってわかってたから、気づかれない内に王都を出ようと思っただけで。……夜逃げかなあ、これ。

 乗合馬車の荷台には、今のところわたしとディエナディアちゃんしか乗客はいない。それをいいことに地図を広げ、話を聞いてなかったわたしのためにもう一度旅程を説明してくれる。

「お菓子の森、迷いの森、悪魔の揺り篭……いろいろ呼び名はあるけど、全部この森のことね。カルゴア帝国のちょうど中央東部から北部にかけて〈闇の森(ドゥンケル・ヴァルド)〉は広がってるけど、クラウス・アーヴィングの屋敷があったと言われてるのは、その内のこの辺り」

 とん、とディエナディアちゃんが地図の一点を指差す。

 縮尺の問題もあるけれど、この国の王都から帝国の帝都までを切り取った地図の、ほぼ中央を占める広大な森。〈闇の森〉とはよく言ったもので、有史以来、この森の全貌を把握できた人間はいないとされている。

 ディエナディアちゃんが指差したのは、その森の帝国側。便宜上、〈闇の森〉は森の端から最も近い貴族の領地になっているはずだ。

「ヴァイルハイト男爵領?」

「昔のヴァイルハイト女男爵が、まだ無名だった頃の〈人形師〉の後援者だったのよ。だから今でも、男爵の血筋には彼の遺作が代々受け継がれてるわ」

 なんと、それは知らなかった。〈闇の森〉の方なら、幾らか知ってるんだけどなあ。帝国史と密接にかかわる王国史には、度々登場する名前だし。

 帝国が版図を広げる上で、最初の障害となった森。同時に、大陸の東から何度も帝国への侵入を繰り返してきた草原の民への防壁。帝国の盾とも言われる広大な森は、確かに不気味な伝説に事欠かない。

 曰く、広大な森の何処かに、魔王と英雄の戦いの最中に滅んだ亡国の王城が廃墟となって残っていて、最後の女王が今もなお怨念を抱いて彷徨っている。

 曰く、森の奥深くには、木々はもちろん、地面すら全てお菓子に変えて住む魔女がいて、訪れた者たちも皆お菓子に変えて食べてしまう。

 曰く、地の底に眠る死者たちが迷い込んだ生者をたぶらかし、地下にある冥界に引きずり込んでしまう。

 他にもたくさん、狡猾な狼だとか血に酔った猟奇殺人鬼の猟師だとかいった怪談話の舞台として、あそこ以上に有名な場所もそうないんじゃないだろうか。

 魔術士なんてものが当たり前にいる世界なのに、幽霊話が怖い話に含まれるのかって? もちろんそうだ。わたしからすればどっちも同じレベルのファンタジーでも、なまじその魔術によって死霊の存在が証明されちゃっているこの世界だと、幽霊譚っていうのはなかなか笑えないリアルな怪談話だったりする。

 今では外法とされて使うことも学ぶことも禁じられている魔術のひとつに、死霊術がある。なんでも暗黒時代と言われる長い戦乱の時代、その終わり頃に大流行した魔術なんだとか。なんで大流行したかって? そりゃあ、死霊術っていうのがいわゆる〈生ける屍(リビング・デッド)〉、ゾンビの大軍を作り出すのを専らの目標としていたからに決まっている。

 おかげで、戦争は泥沼化。再生が完全に不可能なくらい、完膚無きまでに体を破壊しない限り消滅しないことに加えて、糧食もいらず恐怖も疲労も感じない死者の軍隊に攻め込まれ、滅んだ国は星の数ほど。そうして国が滅んで人が死んだら、攻め込んできた軍は消耗した分以上の兵を手に入れるって寸法だ。史上最悪な人間のリサイクル。

 暗黒時代の終焉が、死霊術師たちの根絶と同義だったって言えば、どれほど彼らが危険視されていたかもわかってもらえると思う。

「でも、それなら私を連れて行くんじゃなくて、そのヴァイルハイト男爵に繋ぎを取った方が現実的じゃない?」

 なにせ、私はその〈人形師〉とやらの推定子孫だ。たまたま名字が同じだけの赤の他人なんてオチが目に見えてる気がする。

 私の問いに、ディエナディアちゃんはぎゅっと眉根を寄せた。それができたら苦労はしない、と苦々し気な表情になる。

「……〈人形師〉を保護してたヴァイルハイト女男爵と、当代のヴァイルハイト男爵は、家名こそ同じだけど、まったくの赤の他人なのよ。アンタ以上に、知ってる可能性なんて皆無よ、皆無」

「赤の他人って、いくらなんでも薄い血の繋がりくらいは」

「な・い・の! 当代男爵は二十年以上前にあった帝位争いの時の功績を買われて、後継者の絶えた男爵領を皇帝から押し付けられたド素人よ」

「素人、とは」

「貴族の次男三男どころか、元平民」

「……うわーお」

 それは、なんとも。帝国の皇帝もずいぶん思い切ったものだ。

 腕組みをして、ディエナディアちゃんは憤然と息を吐いた。

「今じゃあの皇帝も賢帝とか言われてるけど、冗談じゃないわよ。魔の森とも言われてる森の番人が、ちょっと人殺しが得意なだけの人間に務まるわけないじゃない」

「務まってないんだ、やっぱり」

「全部とは言わないけどね。古い領主貴族には、それなりにその土地の領主におさまり続けてるワケってもんがあんのよ。アンタんとこもそうでしょ?」

「どうかなあ。そういうのは、後継ぎくらいにしか伝わらないものだし」

 実際、レーヴィ伯爵家が何らかの特殊な役割を担う貴族なのかなんて、私は知らない。いたって普通の貴族だったとしても、そのことすら秘するのが貴族ってものらしいから。

 とにかく、目的地に行くには大きく迂回してから帝国側、ヴァイルハイト男爵領から〈闇の森〉に入るしかない。森の中を突っ切るなんて自殺行為だ。

「ああ、だから南に向かってるのか」

「次の街であたしが改良した機工機関に乗り換えるから、迂回路を使っても三日で帝国との国境に着くはずよ。そこから二日でヴァイルハイト男爵領に着くから」

「まずは情報収集?」

「わかってるじゃない」

 順調にいけば、移動に五日。現地調査はどれくらいの予定なんだろうか。

 疑問に思って尋ねると、ディエナディアちゃんは少しだけ難しい顔をした。

「見つかるまで……って言いたいところだけど、他の実験も抱えてるから、そうもいかないのよね。だから、国境の街に貸し部屋でも借りて拠点にして、そこから王都とヴァイルハイト男爵領を往復するつもりよ」

「えーと、それはもしかしなくとも……」

「アンタに拠点の管理を任せるわ」

「ですよねー!?」

 女学院教師、武官補佐官と来て、拠点用家屋の管理人、かあ。

(我ながら、謎すぎる職歴になりそう……)

 これ、ディエナディアちゃんの依頼が終わった後、再就職できるんだろうか、私。







 ディエナディアちゃんが用意した移動用の機工機関は、一見してただの箱馬車に見えた。

「どうして王都じゃなく、隣街に?」

「手ごろな大きさの貸し倉庫が王都になかったのよ」

 あったとしても、馬鹿みたい賃料だったから潔く隣街に借りたらしい。

 彼女の完全オリジナル機工機関は、それだけ希少価値も高い。セキュリティがしっかりしていて、二頭立ての箱馬車サイズのモノが入るとなると、確かに王都で貸し倉庫を探すのは難しいだろう。

 箱馬車に繋がれているのは、馬を模した機工機関だ。足の部分が車輪になっていて、蒸気機関車のように前後の車輪が繋がれ、連動して動くようになっている。

 後、特筆すべきところはといえば……ううん、普通の箱馬車が、全体的にブリキ仕様になってる、くらいかなあ。

 しげしげとブリキの馬車を眺めている私をよそに、ディエナディアちゃんはてきぱきと準備を進めていく。

 接続部分に油をさして、要所要所の動作を確認して。万が一を考えてメンテナンス用の工具は持っていくらしいけど、万全を期すに越したことはない。

「魔石、馬の目のところに埋め込んであるんだ」

 機工機関にとって、魔石は動力源にして心臓部。

 だから、実際の駆動部から離れたところに配置してあることが意外だったんだけど、ディエナディアちゃんはああ、と声を上げてからなんてことないように言った。

「この機工機関全体を覆う防風防御結界を張るための魔石だからね、それ」

「ちょっと想像以上にハイスペック過ぎて意味がわからない」

「一時期より減少したとはいえ、魔物と遭遇しない保証はないし、盗賊だっている。いちいち律儀に相手してたら、時間の無駄じゃない」

「あ。もしもの時、私まったく役に立たないので。戦闘能力的な意味で」

「箱入りお嬢さまに、そんなもん端から期待しちゃいないわよ」

「じゃあ、護衛を雇うの?」

「アタシひとりで十分よ」

 そんな言葉を、ディエナディアちゃんは自信満々、というわけでもなく、至極当然のことだとでも言いたげにさらりと言えてしまう。ううん、流石天才少女。

 ええと、ゲームでの彼女の戦闘スタイルは……確か、自作の機工機関を駆使してたんだったっけ。甲冑姿の機工機関兵とか、携帯型バズーカ砲とか、追尾式魔術砲とか。

 手榴弾みたいなのもあったけど、本家爆弾魔こと隣国のモニカ将軍より格段に威力は劣る攪乱用だったはず。閃光弾とか、催涙弾とか、いわゆる状態異常にする攻撃ができる貴重な戦力なのだ。もちろん、ゲームでは、っていう注釈付きだけど。

「移動中、最低限の休憩以外は休みなく走らせるつもりだから、襲い掛かってくる馬鹿も早々いないだろうけどね」

「あー、なるほど。だから、本来の半分の日数で到着予定なわけね」

「メンテナンスはするわよ。でも、一日中走らせても疲労知らずなのがこの機工機関の強みだもの」

「操縦はどうするの?」

「御者がいなくても勝手に動くわよ。そういう風にアタシが作ったんだもの」

 自動操縦の馬車とかなにそれ新しい。安全性はちょっと怖い。

 話している内に、ディエナディアちゃんの調整も終わったらしい。

 馬車の屋根から飛び降りてきた彼女に、機械油を拭うための手ぬぐいを渡す。最後に荷台を確認してから馬車に乗り込んだ。

「操作盤は馬車の中なんだ」

「当然」

 なんのためにあるのかわからないレバーとスイッチを操作するディエナディアちゃんの手に、迷いはない。

 普通の馬車なら、向かい合わせの座席が一組あるものだけど、この馬車は進行方向に向いた座席が一列だけ。その分後ろに奥行きを持たせて、背もたれがない代わり、寝転がれるようになっていた。

 荷台から取り出した毛布を隅に積んで、携帯食料と貴重品の入ったバッグだけを座席に持ち込む。

「三日間ひたすら移動、ってことは、途中の村とかには一切寄らずに行くの?」

「その分の食糧は買ったでしょ。水は心もとなくなる前に適当に水場に寄って汲めばいいんだから、寄り道なんてする必要ないじゃない」

「……実はこの先の村にものすごく美味しいチーズを売ってるので有名なところが」

「却下。馬鹿なの? アンタ。こっちは観光で来てるんじゃないのよ」

 まったくもってごもっともです、はい。


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