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王道斜め38度  作者: 北海
第一章:始まり

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解答

「最初に『あれ、変だな』って思ったのは辞令が中隊長じゃなくて部隊長だったところなんだ」

 アレク君は話し始める。多分、彼にとっての今回の「始まり」を。

「それまでたかだか五人の部下しかいない小隊長だった俺が、いきなり中隊長をすっ飛ばして部隊長に任命されるなんて、幾らなんでも飛び石昇進過ぎるだろ? だから、なんでなんだろうなって」

「自分の力が認められたとは思わなかったのかな」

「俺の? まさか! ただ運と勘が良いだけだってのに」

 あれ、それはまさか運も勘も良くないわたしに喧嘩を売っているんだろうか。そうなんだろうか。

 ちなみに、お父さんもあんまり運が良いとは言えない方だ。勘は良いけどね、でもそれはあくまで長年の経験とかその他の能力に裏打ちされたものであって、アレク君みたいな運の良さを活かしたものじゃない。きっと親子そろって幸運値は底辺だろう。仕方がないね、親子だものね。似通っちゃうよね不本意ながら。

 だからか、アレク君のその否定にお父さんの眉がぴくりと動いた。ちょっとだけ。そこはスルーできるくらいには大人だから、無言で先を促している。

「独身寮を出されたのはまあ世間体とかがあんのかなーって思ったし、使用人雇えとかもそういうもんかって納得はした。諸々公費で賄ってもらってたから、気にしてもどうしようもなかったってのもあるけど」

 でも、とアレク君は声のトーンを落とす。

「使用人を雇う伝手なんて俺にはないから、ジークが手伝いを買って出るのはいい。でも、そこに身内を――それも俺個人の使用人じゃなく、補佐官として推薦してくるなんて、どう考えてもおかしいだろ」

 アイツは公私混同するタイプじゃないしなと言うアレク君は弟のことを盛大に勘違いしているとわたしは思う。いいえ、あの子は結構公私混同するタイプです。行動基準が常に自分の意思だから、って言った方が的確かもしれないけれど。

 でもまあ、公的な役職に身内を推薦するのは誰がどう見てもグレー、下手をすると一発アウトだってのは間違いない。アレク君から見ればもの凄くわかりやすい違和感だったんだろう。

「アイツの家族の前で言うのも何だけど、最初は正直ジークを疑った。学生時代だけど、色々前科があるからな。また何かやらかすつもりなのかって。そうなりゃ、ジークの姉ちゃんだっていうライラさんのことも当然怪しくなるだろ?」

 そりゃあ、わたしはわかりやす過ぎるくらいわかりやすく弟の手駒だったし。弟を疑ったならわたしのことも警戒するのは当然の流れだ。

 だけど、とアレク君は苦笑する。どれだけ様子見をしても、それこそ今日この日まで粘ったのに、わたしは何もしなかったと。

「整理してもらう書類にパッと見重要そうに見えるのとか、良く見ると機密スレスレのとか混ぜといたんだけど、全部スルーするんだもんなあ」

「お仕事ですから」

 むしろ重要そうな書類を見つけるたびに肝を冷やしていたくらいですが何か。なるべく文面に焦点を合わせないようにしつつ、わたしは何も見ていないって自己暗示をかけてお仕事していましたとも。

 でもまさかアレがわざとだとは思わなかった。あーまだ書類仕事慣れてないんだなーと生温い目でスルーしていたというのに。やっぱりこの子、なんだかんだであのジーク()の友達だわ。

「だからライラさんは白。ジークはやっぱり何か別の思惑で動いてるみたいだけど、ライラさんが風邪って言って休んだ時本気で荒れてたからな。古い付き合いだし、俺が警戒しなきゃならないようなことじゃないってのも何となくわかった」

 いったん言葉を切り、アレク君はわたしに向かって苦笑した。

「アイツ、とんでもないシスコンだもんな。今こうして無事でいるっていっても、そもそもライラさんを危ない目に遭わせるようなこと、自分から計画するわけがない」

 だから、わたしを何かに利用しようとしていた弟のさらに背後に、他の誰かがいるのではないかと思ったのだそうだ。

 ……ジークが「とんでもないシスコン」ってとこは、お姉ちゃんとしては異議申し立てをしたいところなんだけども。隣でお父さんが口を挟まず最後まで聞く姿勢を取っているので、ひとまずお口にチャックしておこう。

 ここまで合ってる? とアレク君は首をかしげる。お父さんは薄く笑うだけ。わたしが言うのも何だけど、お父さん、その笑い方すっごく性格悪そうデスネ。

 明確な返答は得られなかったが、お父さんの様子に問題なしと見てアレク君は話を続けることにしたようだ。

「ジークに何か指図できる奴ってなると、かなり限られてくる。上司とか、さらにその上の人たちだな。推測だけど、その人たちは何かもっと大きな事を企んで――いや、試してみたくて、俺やジーク、それにライラさんとかを配置したんじゃないか? で、その結果は遅くとも一ヶ月以内には出るだろうって思ってたから、ライラさんの任期をひと月だけにした、ってとこかな」

「では、その『何かもっと大きな事』とは何だと?」

「それなんだよなあ」

 アレク君は頬をかく。

「最初はさ、ライラさんを試してるんだと思ったんだけど」

「わたしを? いったい何のために」

「王女殿下の女官にするために」

 あらまあ。アレク君の言葉に、わたしは外面を取り繕うのも忘れて目を丸くしてしまった。

 何だ。知ってたのか、アレク君。わたしが以前、王女様直々に専属女官にならないか打診されたことがあるって。

 王女様はあれで結構な気難し屋で、身の回りの世話をする侍女はもちろん、公の場での補佐役に当たる専属女官の入れ替えはほとんどない。皆、昔から今まで長いこと王女様に仕えている人たちばかりなのだ。

 そうなると困るのは、そう、世代交代。実際、結婚を機に辞めていった人たちもいて、あの職場は慢性的な人手不足である。でも、王女様は第一位の王位継承権を持つ次期女王様だから滅多な人は近づけられないし、王女様自身も選り好みする。

 仕事はね、ちゃんとする人ですよ、王女様も。だけど侍女や女官っていうのは多分に私的な領域に関わってくる役職だ。そうなると、か弱い貴族のご令嬢は試用期間一日目、親衛隊に混じって鍛錬する王女様を見て一発アウト、なんてことも珍しくない。

 最も、そういった諸々の事情をわたしが知ったのは王女様の勧誘をお断りした後なんだけど。だって、女学院卒業前夜、自分は王女なんだっていうカミングアウトと同時に勧誘してくるんだもん。……ハイムダール・フォン・ゲルトハルトの脅しに盛大に怯えてたってのも、あるけど。

 今は王宮の地下牢にいるだろう人のことを考えると、今でも背筋が寒くなる。あの温度のない瞳。

 あの世界、アレク君を主人公にしたゲームの中で描かれていたハイムダール元公爵は、もっと何というか、如何にもな悪役だったのに。仮面を剥がせば、そこには野心にぎらついた瞳があった。傲慢なほど現世に執着する感情が。

 でも、あの瞳は。

 手が微かに震えているのが見えて、わたしはテーブルの下でそっとお父さんの服を握った。

 気づいたお父さんはちらりと視線を一瞬だけくれた。手を握って慰めてほしいわけじゃないから、そのままアレク君に視線を戻してもらえて助かった。

「ライラさんは俺の補佐官をやることで仕事の要領を掴めて、上の人たちはライラさんの様子を見て機密を守れるかとか、非常時の対応とか、そういうのも見える。ジークがわざわざ管轄外のはずの兵団の武器庫資料なんて持って来たのも、きっとアイツなりに少しでもライラさんが巻き込まれることに関わっていたかったんだ。手出しはできなくても、情報があるかないかだけで結構違うから。……だと、思ってたんだけどな」

 言って、アレク君はお父さんを見て眉を下げた。

「いくらなんでも、そんな理由でレーヴィ伯爵まで出てくるはずがない。おまけに家令とかやっちゃってるしさあ」

 ああうん、そうだよねえ。

 手以外を動かす労働は下々の民がすること、なーんて考えが未だに強いのがお貴族様なのだ。騎士とか文官とかは例外だとしても、流石に使用人の真似事をする貴族なんて聞いたことがないんだろう。

 頭を抱えるアレク君には悪いが、お父さんはしてやったりとでも言いたげな実にイイ笑顔を浮かべている。人の裏をかくことが大好きだもんね、お父さん。

「……あーもーわからん! そもそもどんな理由があったらレーヴィ伯爵なんて大物が俺の家令やるような事態になるんだよ! 有り得ないだろ、常識的に考えて!」

 あ、壊れた。

 ポーカーフェイス保ったままだけど、お父さんが内心にやにやしてるのがわかるだけにアレク君には同情せざるを得ない。

 お父さんお父さん、小声で「なるほど、ジークが気に入るわけだ」とか呟かないであげて。からかうの超楽しいって思ってること丸わかりの目配せとかやめて。頷かないから。お父さんのことは好きだけど、同類になるのはお断りするからね、全力で。

 ふむ、とお父さんはわざとらしく顎をさすった。あ、無精髭発見。夕方だもんねえ。

「四十二点」

「はい?」

「今の君の推測への評価だよ」

 アレク君、絶句。

 ぱくぱくと口を開閉して動揺していることは明らかなのに、お父さんは容赦なく「もう少しできると思われていたみたいだけれど」と追い打ちを続ける。

「まず、昇進に疑問を持ったのは良しとしようか。だが、寮を出されて屋敷まで用意された時点で君はもっと不審に思うべきだった。普通はそこまで上も口出しなどして来ないに決まっているじゃないか。いくら君が王女殿下のお気に入り(・・・・・)だとしても。挙句、次におかしと感じたのが私の可愛い天使が推薦されたから? もっと前におかしなところはたくさんあったはずだがね」

「う。そう言われると……」

「結論から言ってしまおうか。君はこの一連の動きを私の可愛い天使を試すためだと思っていたようだが、とんでもない。今回の件はね、全て君を――アレックス・ゲインズを試すための茶番劇だ」

 お父さんが指を鳴らすと、部屋の隅からティーセットがふわふわと浮かんで来て、本職のメイドさん並みに手際よく人数分の紅茶を淹れた。

 カップを傾け、匂いを堪能すつお父さん。正面に座るアレク君は膝の上で両手を拳に握りながら、戸惑いを押し殺してお父さんを窺っている。

「将軍位の意味を、君は知っているかな」

「有事における指揮権のランク付け、だと」

「そうか。では身も蓋もなく言ってしまおう。

 将軍位とはね。罪もない善良なる部下に、死んで来いと命令するための地位だよ」

 その言い方はあまりに身も蓋もなさ過ぎる。

 眉をひそめるわたしと、真剣な表情でお父さんを見続けるアレク君。ふ、とお父さんが息を吐いた。

「有事において指揮を執る者に求められるのは広い視野と積極的な情報収集及び処理能力。その他洞察力や作戦立案能力など、まあ実に様々だ。行使する力の大きさと、そのために求められる素養や能力は比例する。その良い例だね。だからこそ、将軍位を与える時もそうだが、与えられた後も、不定期にその素養を図る必要がある。今回のようにね」

「そのための一か月?」

「いいえ」

 突然口を挟んだのに、アレク君は迷惑そうな表情なんてしなかった。

 お父さんに向けていたのと同じくらい真剣な瞳がわたしに向いて、ちょっとばかりびくついてしまう。もちろん、表には意地でも出してあげないけれど。

「貴方に関しては、三ヶ月ほど前から」

 わたしが関わったのは、その最後のひと月だけ。あ、わたしの準備期間も含めたら二カ月か。

 三ヶ月、とアレク君が繰り返す。多分、気づいたんだろう。今回のことが、本当はいつから始まっていたのかを。

「そう。君が兵団長から直々に辞令を受け取った日だ」

 ――そこからのことは、もう説明するまでもなかった。

 独身寮を出て、用意された屋敷に移って、ジークが手配した使用人が集まるまでの間幼馴染のミリアちゃんを始めとするハーレム要員さんたちが入れ替わり様子を見に来てくれたりして、平常業務をこなして。その中にいったいいくつ、アレク君が本当は自分でやらなきゃいけなかったことがあったんだろう。

 偉そうなこと考えてるけど、わたしは審判役なんかじゃない。だから、アレク君のどんな行動が将軍位を持つ人間としてアウトだったのか、もちろん正確なところはわからない。

 でもその中の幾つか、或いはほとんどが積もり積もって、審判役の人たちは本来登場させるつもりのなかったわたしを巻き込まざるを得なくなってしまった。

「君が最低限クリアしなければならなかった課題は三つ。その内君がなんとかクリアしたのは、私の子ども達が絡んだ最後のひとつだけ。評価できるのは解決までの早さくらいだろう。後は、そうだね。君自身が築き上げた人脈か」

 アレク君のために、誰がどう動くのか。その情報も欲しいと思ったんだそうだ。だからわかりやすい撒き餌(ブラフ)を投下しようとした。アレク君が無自覚女たらしってのも把握してたから、焦らせるためにもその撒き餌は妙齢の女性が良くて、でもアレク君にうっかり揺らがないような、まかり間違って巻き込んでも最悪どうにかできる人。その条件で白羽の矢が立ったのがわたし、というわけ。

 説明を聞いた時は涙目になった。だって推薦人がわたしの女学院在学時代の恩師だよ? しかも理由が「彼女の恋愛方面に関する感受性は死滅していますから」とか何とか。事務能力とかはともかく、そこだけは太鼓判が押せると言われたわたしって……。

「周囲の人間に恵まれるということも、その相手を信頼できるということも確かに美点だろう。けどね、今まではともかく、仮にも『将軍』を名乗るならば、君のやり方はあまりに受け身過ぎる。現に、少し君の情報源を制限しただけで取りこぼしが幾つもあった」

「……そのためだけに、隣国にまで手を回したんですか」

「だから、この三カ月どこでも爆音を聞かずに済んだだろう?」

 隣国、爆弾とくればそれが指すのは隣国のモニカ将軍以外にない。もちろん彼女もアレク君のハーレム要員です。しかも、アレク君とはいわゆる「殺し愛」がしたい人という、非常に傍迷惑なお方だったりもする。

 ああそっかあ、だからなんだか平和な気がしてたのかあ、と遠い目をするアレク君。ギャルゲー主人公も楽じゃないんですね、わかります。でもあそこまで美女美少女より取り見取りだとあんまり同情はできないかな!

「とまあ、ここまでを総合して……先程の言葉は撤回した方が良さそうだな」

 その言葉に、アレク君の瞳が揺れる。

 彼の視線を受け止めて、お父さんはにっこり微笑んだ。

「おめでとう。無事、不合格だ」

「……あの、それ全然めでたくないと思うんですケド……」

「おや」

 心外だ、と言いたげにお父さんは片眉を上げる。

「騙し討ちのような試験でうっかり合格した挙句、妻子と生き別れになって未だに自分の子どもに名乗り出ることも許されない君の先輩がいるんだが、彼のようになりたいと?」

「不合格で良かったです! わあ、すっごい嬉しいなあ、不合格だなんてー!」

 うわあ、すっごい棒読みだあ。

 でも聞く限り、ロクなことにならなさそうだよね、合格したら。お父さんが挙げたやたらと細かい具体例のパターンも嫌過ぎる。

「とりあえず、一件落着?」

 小声の問いには、お父さんは答えてくれなかった。

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