ギャルゲー主人公と聖女様
「本日付けで、将軍閣下の傍仕えを勤めることになりました。ライラ・アーヴィングと申します」
女学院で教師をしてました、なんて言うと、「じゃあ優秀な女性なのね」とよく勘違いをされる。特にわたしが勤めていたのは貴族のお嬢様達を教育する、まあいわゆる淑女養成学校みたいなところだったから、そこの教師だったイコール素晴らしい淑女、みたいな。非常に胃が痛くなる期待を持たれてしまうのである。
……だからそう。目の前で微妙な、びっみょ~な表情でわたしを見る少年も、きっと我が麗しの弟君辺りからないことないこと吹きこまれて「ザ・女教師」みたいなのが来ると……思ってたんですよね見ればわかります。
「えーと。アンタがライラさん? ジークの姉さんだっていう」
似てないな、とかぼそりと言わない! 悪かったですねえ、美少年な弟君に似ず可愛いとも不細工ともコメントし難い微妙な顔立ちで!
とりあえず、失礼千万にもわたしを指差していた人差し指は、彼の隣にいた女の子が「ばか、失礼でしょ!」と言いながらぐきっと曲げて反らしてくれたので良しとしよう。人体の関節的に曲がっちゃいけない方向に曲げられていた気がするけど、気にしちゃいけない。
にこ、と微笑む。というか、口角を上げる。なにせ元日本人ですから。営業スマイル? 任せろ、得意だ。これで女学院時代を乗り切ったと言っても過言じゃない。
「ジークからは、閣下の礼法の指導も申しつかっております」
「げっ」
嫌そうに顔を歪める将軍。ギャルゲー主人公君を、またまた隣にいた女の子が「ちょっと」と小声で諌めている。あの子が幼馴染だっていう攻略対象かな? うん、美少女。 ストロベリーブロンドって言うんだっけ? ピンクがかった金髪とか初めて見たわあ。目の保養、目の保養。
主人公君は、何て言えばいいのか。役職に見合った住居をぽんと国の上層部からもらって困惑半分、諦め半分、といった様子だ。わたしの隣にピシッと立つ家令のスチュワードさんに引け腰ながらも「俺、ここで暮らすの?」と尋ね「もちろんです」と即答され肩を落としている。嘘だろ、とか本音だろうけどわざわざ口にしないの! ちょっと強引な方法で集められたわたし達使用人の立場がないでしょうが!
がりがりと頭をかいて、主人公君は顔を上げた。表情に覇気はない。まあ、いきなり仕事終わりに「ここが今日からお前の新しい家だ!」とか同僚たちに担がれて運ばれて来たら、こうなるよねえ。
よれっとした衣服だとか、イマイチやる気の感じられない瞳だとか、美少女な幼馴染ちゃんの隣に立つといっそう際立つ特徴のないところが特徴です! な容貌だとか。最年少将軍の名を冠する少年だとは思えない、普通っぽさが逆に怖い。
みなさーん、この子、こんなぼやっとした顔してるけど、実は八人もの美女美少女を手玉に取るハーレム男ですよー! 天才レベルの女たらしですよー! 従僕として雇われた男の人の何人もが幼馴染ちゃんを見て頬を染めているのを見ると、悪いことは言わないから諦めろと、そう忠告してあげたくなる。ハーレム主人公に勝てるのは、更なるハーレム主人公だけじゃなかろうか。
「まあその。頼りない主人だとは思うけど、よろしく」
「こちらこそ。まずはひと月、よろしくお願いします」
変わらぬ無表情で、スチュワードさん以下、使用人集団が一斉に頭を下げる。もちろんわたしもそれに倣った。主人公君はもちろん、今度は幼馴染ちゃんまでもがぎょっとした表情でさらに引け腰になっている気がするけれど、こればっかりはどうしようもない。使用人としての礼儀というやつなのである。
まずは、あのよれよれの服をどうにかすべきだろうか。
傍仕えとしての一日は、家令のスチュワードさんとの早朝打ち合わせから始まる。
普通、使用人というのは家令が統率する執事、従僕などの男性使用人と、メイド頭が統率する女性使用人に分かれるのだけれど、主人公君のお屋敷は生憎そこまで人がいない。そもそも女性使用人ってわたしだけだし。下手な女性を主人公君に近づけられないとかいう理由で。
ならば何故全員男性使用人にしなかった……!とかすっごく思ッテナイヨ。一部のお腐れ様、もとい男性同士のあれやこれやが好きなお嬢様方に格好の獲物を提供すれば良いのにとか思ってない。
嘘です、思ってます。わたし自身はそういった同性同士のほにゃららに興味はないけれど、きっと一部お嬢様方にはこの職場堪らないんだろうなあと察することができるくらいには前世の知識はいらんことをしてくれる。
……今さらだけど、前世のわたしっていろいろひどいと思う。なにがひどいって、この知識の偏りだけど。転生チート? 何それ美味しいの? っていう知識しかないってどうなの、わたし。
「本日は王女殿下率いる親衛隊との合同訓練がありますね。持ち物に救急医療道具を増やしておきましょうか」
「では、朝食は軽いものを。夜は如何でしょう」
「訓練の内容次第ですけど……」
「夕食と夜食の二度に分けましょうか。礼法の指導はいつも通りで?」
「はい。そうですね、夜食が出るなら、その前に済ませておきましょうか」
「それが良いでしょう」
打ち合わせは、こんな感じ。ほとんど食事の話題だって? だってわたしの担当はほぼそっちだからね。
女性使用人がわたししかいないこのお屋敷では、普通ならメイドがやるような仕事も全部従僕や執事達でこなしている。洗濯然り、掃除然り。ところが、そんな彼らではどうしても門外漢なこと――例えば突然の客人に備えた客間の飾り付けだとか、食事内容の調整だとか、衣服の管理とか。そういったことを一手に引き受けているのがわたしだ。
とは言っても、そんなの全部ひとりでやってたら時間がいくらあっても足りないから、今のところ指示出しわたし、実行他の人、確認わたし、という形を取って仕事を覚えてもらっている。
他人任せにしてないのは、屋敷の各所に置いてある花瓶とそこに生ける花の飾り付けくらいかなあ。わたしもあまりセンスがあるとは言えない方だけど、苦手だからこそ人一倍頑張った分野なのでそこそこ出来る。花瓶の配置場所とか、季節とか天気とかいろいろ考えて花を生けると、この殺風景な屋敷でもどことなく華やいだ雰囲気になるのだから不思議なものである。
主人公君を起こすのは執事の仕事。家令のスチュワードさんは、わたしとの打ち合わせ後は大抵他の使用人さんへの指示出しに行く。わたしも同じ。洗い場と厨房に顔を出して、掃除担当の従僕達と本日の分担打ち合わせをした後、庭師の人と相談しながら花を摘んで、持ってきてもらった花瓶にいそいそと花を入れ替えて。そうしていたら、あっという間に主人公君の出勤時間になる。
「行ってくる」
「行ってらっしゃいませ」
お辞儀をして見送られることに、主人公君はまだ慣れないみたいだった。なんだかなあ、と表情が言っている。
「ライラさん、やっぱりそれ俺が自分で持つよ」
「アーノルドを解雇なさるおつもりですか?」
「え。なんでそんな話になんの?」
「閣下。これはアーノルドの仕事です。それを閣下がご自身でなさるということは、アーノルドの仕事を取り上げるということですよ」
「いやでも、やっぱり子どもに自分の荷物を持たせるのはさあ」
「これが彼の仕事なのです。ご理解ください」
あああもう、もう、もうっ!
口が痒い! ……じゃなかった。堅い、堅過ぎるよ、わたし!
きりっとした表情で静々歩いてこのございます口調。肩凝るわー。ほんとないわー。
主人公君の言いたいこともわかるしなあ。さっきから話題に出てるアーノルドっていうのは従僕のひとりなんだけど、どう見てもまだ十二、三歳の男の子なのだ。そんな子が、将軍閣下の荷物を両手で抱えてえっちらおっちら隣を歩いていれば、気になって手を貸したくなる気持ちもわからないでもない。わたしだって心が痛い。
でも、ここで甘やかしたら彼のためにならないことは、わたしもよっく知っている。主人に荷物を持たせる従僕なんていやしない。ついでに言えば、性別女性なわたしが手を貸すってのも無しだ。そんなことをした時点で、アーノルド君には「使えない従僕」のレッテルが貼られてしまう。
わたしはアーノルド君に視線をやった。すると彼は心得たように頷いて、抱えた荷物の後ろからひょいと顔を出して主人公君を見上げる。
「僕は大丈夫です、アレク様。お気遣いありがとうございます」
「……キツくなったら言えよ」
「はい!」
キラキラ。主人公君を見つめる瞳は尊敬と憧れに満ちている。……そうか、君も主人公君、もといアレク君信者か。
正面に向き直る際、わたしをちらっと見たアレク君の視線は複雑だ。対するわたしは女学院教師時代に磨きあげた鉄壁の無表情。なんだね、何か言いたいことでもあるのかね?
城に出仕した後、アレク君は午前中将軍としての公務をこなす。大抵が書類仕事で、昨夜酔っ払いがどこそこの酒場で暴れたのを捕縛しただの、兵士同士の喧嘩で兵舎の一部が壊れただの、そういった細々とした報告書に目を通していく。
時々「はあっ!?」だとか「おいおい……」だとか、報告書にいちいち突っ込みを入れるのは、とりあえずスルーで。ほら、テレビ見ながら突っ込みを入れる人だっていたしね。そこまで変なことでもないから。
その間わたしが何をしているのかというと、本当に細々としたことだ。インクや紙を補充したり、報告書の束を仕分けたり、時々お茶を淹れたりなんかして。
「いっそ清々しいまでに雑用係じゃのう」
「暇なのか、お前」
「暇なわけなかろう。わらわは聖女様じゃぞ」
ほれ崇め奉れ、と聖女様は聖杖でぐいぐいアレク君の顎を突いている。……あれ痛くないのかな……痛いんだろうな、どう見ても。
合法ロリ、もとい聖女様は当たり前のような顔をしてアレク君の執務室に来たかと思えばお付きの人にソファを運びこませて堂々とくつろいでいらっしゃる。外見年齢はちょっと鯖読んで十五歳くらい? 前世の感覚で言えば従僕のアーノルド君と同じ十二、三歳くらいにしか見えない。とてもじゃないけれど実年齢三桁には見えない人だ。
そんな聖女様は、この執務室に来てからずっと、遠慮のえの字もなくわたしをじろじろ眺めている。その結果の感想がさっきのだ。雑用係。言い得て妙である。
「いやでも助かってるよ。予定の管理とか、正式な書類の書式とか、俺じゃよくわかんないこともやってくれるし」
「予定の管理はともかく、書類の方はそなたも出来ねばならぬだろうに。剣を振りまわすだけが将軍ではないぞ」
「わあってるよ。だからこうして教えてもらってんだろ」
なあ、と同意を求めるアレク君に、わたしは無言でうなずいた。不満そうな表情をされたけど知らん振りをする。そのやり取りを見てふうん? と意味深な声を聖女様があげたので、もう冷や汗ものだ。
「ライラじゃったか。女学院の教師をしておったと聞いたが」
「左様にございます」
「ならば、学院で何を教えておった?」
……これは、尋問だろうか。早くもあらぬ旗がお立ちになったのだろうか。
内心ビクビクしながら「一般教養を」と答えると、即座に「具体的には?」と返ってくる。
「基礎的な礼儀作法と、護身術でしょうか」
「なんじゃ。学問ではないのか」
「そちらは高等学院を卒業された専門の教授方がいらっしゃいましたので」
学院での教育は中等教育に当たるので、いわゆる学問系を教えるには博士の資格が必要なのだ。裁縫とか料理とかの実学系はまた別の女教師が担当していた。
そもそも特別優秀なわけでも突出した特技を持つわけでもないわたしがどうして女性のエリートが勤める女学院教師なんて職を持っていたかというと、弟君をして「器用貧乏」と言わしめた平均的なオールマイティさを買われたからだ。ついでに、人畜無害っぽいところと適度にビジネスライクな辺り。ある意味人柄採用かもしれない。
そんなわたしは別名「初年度担当」。文字通り、女学院入学したての良くも悪くも純粋培養なお嬢様方を一年で女学院という特殊環境に慣れさせるためのサポート役だったのだ。だから教師とはいえ要求されるのは高度な知識や技術じゃなくて、如何に生徒達の間のもめごとを事前に察知し、円満に解決に導くか、である。
……要は空気が読めるかって話なんだけどね! 子どもらしいいざこざはもちろん、小さくてもお貴族様なのか、身分がどうこう面子がどうこう、そういう面倒くさいことこの上ないごたごたもわんさかあった。元平民で貴族の養女、なんて子が入ってきた時はあわや学級崩壊かって事態にもなったし……あっ、思い出しただけで胃がキリキリしてきた……だと……?
なるほど、と聖女様は紅茶をひと口。それからにやりと悪どい笑みを浮かべた。
「そこな将軍は、女学院入りたての小娘と同レベルとみなされたか」
「はあ!?」
「…………」
うわー、反論できない。
そっと視線を外したことで、アレク君にもそれが正解だと伝わってしまったのだろう。パクパクと口を開閉していたかと思うと、すぐにがっくりと項垂れてしまった。
「なに、そう落ち込むものではない。ライラのいた女学院は貴族の子女を相手にしておるところじゃ。世間知らずの貴族令嬢並みには礼儀がなっておると判断したのじゃろうよ」
「全然フォローになってねえからな、ロリババア」
「誰がロリババアじゃと!」
アレク君は、意外と口が悪いみたいだ。まあ、今のは聖女様に対する意趣返しもあったんだろうけど。
「俺、そんなにダメか……いやまあそうだな。敬語もこう、未だにむず痒くなるっつーか」
「そうじゃ、少しはライラを見習え。遠い距離を感じさせる見事な慇懃無礼敬語じゃ」
「お褒めいただき光栄です」
「いや褒めてねえだろ、それ」
わかってますよー。でもあらぬ旗を立てないようにするために、他人行儀はとっても大切だと思うのですよ。




