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王道斜め38度  作者: 北海
第一章:始まり

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15/43

休前日

「うわ、なんか随分すっきりしたなー」

 アレク君たちが戻って来たのは、その日の夕方のことだった。

 詰所の掃除もひと段落し、交替で鍛練に行っていた部下さん達も全員が揃っていた。そこにアレク君と一緒に外に出ていた部下さん達も増えたのだ。一気に上がった人口密度に引きつりそうになる頬を堪える。うう、男臭いよう。

 そんなわたしの内心をよそに、ようやく戻って来たアレク君の第一声を聞いて部下さんが苦笑した。

「アーヴィング補佐官の功績ですよ」

「あ、やっぱり?」

 やっぱりって何だ。じとりと発言者である弟を見る。

 この二人は昔から、つまりゲーム本編の時間軸からずっとニコイチ扱いされていたけど、社会人になっても変わらないらしい。同じように疲労を顔に滲ませて、片や兵団の隊服の裾を泥で汚し、片やそこらの一般庶民が着るような簡素な服を雑に着崩している。

 はてさて、何をしてきたのやら。わたしの視線に気づいた弟はこっそりわたしに片目を瞑ってみせた。お茶目を気取るにはでかく育ち過ぎてるぞ、弟よ。

「隊長、そこ掃除したばっかなんすから泥落とさないでくださいよ」

「ええ!? 無茶言うなって」

「ああもう、入って来る前に泥くらい落とすもんでしょうが」

「えー……何だよお前ら、その変わり身……」

 昨日までのお前らはどこ行った。アレク君がそうぼやく。まあ、自分で掃除をするとやっぱり気になるもんだよ、そういうこと。

 汚さないように気を付ければ、掃除だってそんなに手間じゃなくなるのだ。散らかさないようにっていうのも同じこと。やっぱり一部の人達だけじゃなくてそこにいた部下さん達全員にやってもらったのがよかったみたいだ。アレク君について行っていた部下さん達も、そこかしこで汚すな散らかすなって怒られておどおどしてる。

 でも、目の前にいる部下さん――ううん、ややこしいな。ええと、わたしがアレク君の執務室と彼の部下さん達の詰所から出ないように見張ってた、無表情がデフォルトでどことなく武士っぽい人が、「それで、首尾は」と淡々と尋ねる。ううん、マイペースだ。

「この流れでそれ聞くか? ロッズ」

「流れ、ですか」

「あーうんすまん。そういうの苦手だったな」

「はあ、まあ」

 そっか。この武士っぽい人、ロッズさんっていうのね。

 よくわかっていない反応をするロッズさんに、アレク君は今度こそため息を吐いた。今のやり取りでどっと疲れが襲ってきたみたいだ。

「流石に一日じゃどうにもなんないな。中途半端な状態で挙げるわけにもいかないし」

「そりゃ、王女殿下が許さないでしょ」

「だよなー」

 せめてもう少し背後関係を、とぶつぶつ呟くアレク君の机にそっとコップを置く。せめてもの労わりの気持ちだ。ご苦労さまです。

 短いお礼をもらいついでに今日一日で溜まった執務の書類もさり気なく横に置けば、これにはうげっと呻かれた。気持ちはわかるけど、わたしが肩代わりできるようなものでもないからね。頑張ってくださいとしか言えない。もちろん心の中でだけでだけど。

「ライラさんは明日休みだっけ」

「予定通りなら」

「うーん、どうすっかな」

 言って、アレク君は弟のことを一瞥した。弟が彼に返すのはにこやかだが含むところのあり過ぎる笑み。片頬を引き攣らせて、アレク君がわたしを呼ぶ。

「大丈夫だとは思うけど、明日は十分気をつけて」

「何に、とお尋ねしても?」

「色んなこと」

 ちょっと危なさそうな事件なんだと苦笑して、アレク君はわたしに「きっかけはジークの持ってきた帳簿だったんだけど」と説明する。

「いろんなとこたらい回しにして誤魔化してあったけど、数が合わないんだよな。倉庫にあるはずの武器弾薬の類が」

「……それは、わたしが聞いても良いことなんでしょうか」

 むしろ聞きたくなかったんですけど!

 武器弾薬の数が合わないって、そんなさらりと言うことじゃない。どうして(・・・・)数が合わないのかなんて理由は、どう楽観的に見積もっても大事じゃないか。

 良くて、担当官か兵士が小銭稼ぎの横流し。でも武器弾薬なんて早々売れるものじゃないし、特にこの国は特別な許可を国からもらった商人しか売買できないことになっている。闇市場に流そうにも、足もと見られて買い叩かれるのが落ちだ。ハイリスクローリターン過ぎる。

 最悪の場合、その裏にはどこかの貴族か、さらに悪ければ他国がいる。第二兵団どころか第一騎士団が出張る事件かもしれない。

 その可能性に気づいているのかいないのか。ポーカーフェイスの限界に挑戦されている気分だ。

 弟が視界の端っこでにやついている。わたしが内心盛大にビクついていることを見透かしているに違いない。なんて弟なのだ。わかっちゃいたけど、意地が悪いにもほどがある。

 思考を切り替えるために、そういえば、とわたしは昨日のことを思い出した。アーノルドは結局、アレク君のところまでたどり着いたんだろうか。

 スチュワードさんの話ではまだ戻って来てないということだったしと。ぺらりと書類を難しい表情でめくり始めたアレク君に、わたしはなんでもないことのように聞いてみた。

「アーノルドが屋敷に戻っていないそうです」

「は?」

 ぴたり。アレク君の手が止まる。

 意味を理解するまでの一瞬。ゆるゆると見開かれる目に、懸念が当たっていたことがわかって胃の底が重たくなった。

「昨日、世話役として付けていたスコットの目を盗んで抜け出したそうです。王宮内に入り込んでいたことまではわかっているのですが、その後は」

「王宮内、って」

「警備体制の見直しを進言すべきですね」

「いやあ、ここでその感想出てくる辺りがロッズだよねえ」

 今回ばかりはわたしも同意する。弟の言う通り、今着目すべきは警備体制の方じゃなくてアーノルドが行方不明ってとこでしょうに。

 確かに、通行証を持っていないはずのアーノルドが王宮内に入り込んだのかってのは、気になるところだけど。いくら兵団の建物が王宮の外縁にあって、比較的警備が緩いとはいっても、だ。

「偶然かもしれないけど、時期が悪いな」

「巻き込まれたかな?」

「探しますか」

 ロッズさんのひと言で、アレク君も弟も一瞬口をつぐむ。

 そして、アレク君は首を横に振った。

「市中警備と王宮内警備に注意しといてもらおう。こっちの人員を割いてる余裕はないしな」

「では、そのように通達を」

「頼みます、ライラさん」

 ちょっと意外な気持ちでアレク君の横顔を眺める。

(自分が探しに行くって言うと思ってた)

 だって、アレク君はアーノルドを気にしていたから。

 アーノルドの仕事なんだからと注意した初日を思い出す。前世の常識から考えると、アーノルドは仕事をするような年齢じゃない。小学生くらいでしかないのだ。

 だけどここはあの世界じゃない。小学生どころか、ものごころつくかつかないかの年齢から仕事をする子どもなんて珍しくない。靴磨きに煙突掃除、商店の下働きなんて、ほとんどが小学生かそれ以下の子ども達だ。

 それを考えれば、自分の仕事を放り出して王宮内に忍び込むなんて、即解雇(クビ)ものの失態で。冷たい言い方かもしれないけど、それでトラブルに巻き込まれたとしても自己責任なのだ。それが、この世界の常識。

 ……残念だとか意外だとか思うのは、なんとなく、アレク君は違うんじゃないかとわたしが勝手に思っていたから。根拠もなく。これじゃいけないと小さく息を吸い、吐く。

「ライラさんも気をつけて」

 念を押すようなアレク君の言葉を背に、一礼する。今日は、この通達を各部署に回したらそれでわたしの仕事は終わりだ。

 アレク君と弟、それにロッズさんを始めとする部下さん達はまだ仕事。終業の鐘で王宮を去ったのは私だけだった。

「『気をつけて』って、言われてもなあ」

 いつの間にか、夕日は沈んでしまっていた。

 空の色はまだ藍色になりかけ。夕焼けの名残りが空にあって、朱色がかった紫のグラデーションがとても綺麗だ。

 とぼとぼと歩くわたしに、今日ばかりは弟の乗った馬車も寄っては来ない。久しぶりに、正真正銘ひとりでの帰り道。

 それを良いことに、わたしは少し脇道にそれることにした。

 気をつけろと言われたそばから、なんて言わないでほしい。目的はちゃんとあるのだ。自分へのご褒美、という名目の、大事な用事が。

 そのお店は大通りから一本離れた通りにある。もちろん、貴族街の外だ。俗に言う市民街の、知る人ぞ知る名店。温かみのある白壁と、店先にある姫林檎の木が特徴のお菓子屋さんだ。

「あら、いらっしゃい」

「ご無沙汰してます」

 アンティーク調のドアを押し開けば、迎えてくれるのはこのお店をご夫婦で切り盛りしている奥さんの笑顔。ふわりと香る甘い匂いに、知らず頬が緩むのがわかる。

 このお店を見つけたのはわたしがまだ学生だった頃。一緒に来たのはレイチェルだったかな? お店の外観の雰囲気がひと目で気に入って、お小遣いを握りしめてこわごわドアから顔を出したのが最初。

 奥さんはひょこりと縦に並んだわたしとレイチェルの顔にも驚くことなく鷹揚に笑って、注文したものの他にオマケだと片目を瞑ってクッキーを一枚ずつくれたんだっけ。懐かしいなあ。

 お店の名前は「姫林檎の木」。店先にある植木鉢が看板代わりというわけである。そのまんまでしょ?と笑う奥さんの後ろで旦那さんがむっつりと黙りこんでいた辺り、お店の名付け親は旦那さんの方らしい。

 ショーケースに並んだケーキたちを眺めるのは至福の時間だ。奥さんはいくらわたしが悩んでいてもにこにこ笑って待っていてくれるし、作り手である旦那さんもそれは同じ。見た目四十代前半の二人からすればわたしは娘か、姪っ子みたいなもんなんだと言われ照れ臭い思いをしたのもそう昔の話じゃない。

 さてさて。お菓子やケーキとひと口に言っても、冷蔵設備が前世ほど発達していないこの世界では生クリームを使ったお菓子は滅多にない。それこそ貴族街にある、夏場でもふんだんに氷を使えるような高級店くらいでしか売っていないのである。

 当然、この「姫林檎の木」で売ってるお菓子は日持ちのするものが多くなる。ひと口サイズのエッグタルトから、いろんな種類のクッキーを始めとする焼き菓子、ケーキだって洋酒漬けフルーツのパウンドケーキに生クリームより日持ちがするバタークリームでデコレーションしたケーキとか。

 作り手がひとりだから日によって売られているお菓子の種類はがらりと変わる。お気に入りのケーキが売っていればラッキー、そうじゃなくても新しい味に挑戦してみるのも楽しいものだ。

 でも。空白の目立つショーケースに、わたしは情けなく眉を下げた。

「あちゃあ……レモンパウンド、売り切れちゃってますね」

「有り難いことにねえ」

 一番のお気に入り、レモンパウンドケーキの値札の後ろがぽっかりと空いている。美味しいもんなあ、アレ。売り切れるのもしょうがないかあ。

 うう、やっぱりちょっと来るのが遅かったか。でもなあ、出勤前じゃあまだこのお店も開いてないし、予約しようにもその日にどんなケーキを焼くかは完全に旦那さんの気分次第だし。その辺、職人気質で融通が利かないのだと奥さんもよく言っているのだ。

 もう少しだけ悩んで、結局クッキーの詰め合わせとベリータルトをホールで買うことにした。もちろん、わたしひとりで食べるわけじゃない。ルルとロロ、ついでに弟のジークと一緒にお茶する時に一緒に食べるつもりだ。……クッキーは自分用だけども。

「これ、試作品のポピーシードクッキー、おまけで入れとくから今度感想聞かせてちょうだい」

「うわあ、ありがとうございます!」

 奥さんが入れてくれたのは、丸くて小さいころころとしたクッキーだった。

 ポピーシードはゴマよりも小さな黒い花の種。貴族街にあるお店では、スポンジ生地と生クリームに混ぜ込んでたっけ。ウィンドウショッピングでしか見たことがないけど、こうしてクッキーになるとまた違った雰囲気で面白い。

 奥さんは笑顔で、旦那さんは厨房の奥から声だけでわたしを見送ってくれる。「姫林檎の木」を出たわたしは、今度こそルルとロロの待つ別邸に向かった。

 明日は、公休日だ。


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