エンディング後のことの発端
同タイトル短編の加筆修正版です。誤字訂正、一部記述の変更のみなので既読の方は読み飛ばしても問題ありません。
前世の記憶を保ったまま、ゲームの世界に転生。わたしの今の状況は、これだけ並べるとまさに王道系の主人公だと思う。
ここでその舞台が恋愛シュミレーションゲームだったりとかしたら、うっかりモテモテ人生が始まっちゃったりして、冒険ファンタジーとかだったらいわゆる「俺TUEEEE!!」な感じで伝説の勇者様になっちゃったり。ああ、前世の知識を生かして内政チートなんかもいいなあ。とりあえず料理とか装飾、服飾関係の改革も定番だよね、女の子なら。
……女の子ですよ? 年齢考えろとか聞こえない。前世の記憶があるのは確かだけど、前世の年齢が今の年齢に加算されるわけじゃないし。既に今の世界の常識じゃ成人済みだとか聞こえない。
平凡なモブがひょんなことから才能を見いだされて、って展開でも美味しくいただけます。ちょっと苦手なのは復讐とか陥れとかかなあ。甘っちょろいのは重々承知だけど、でもね。やっぱり、どんな悪役でも「ざまあ」なんて展開になるのは気分が良くないっていうか、なんていうか。
傍観していたかったのにい!って主人公が嘆きながらなんだかんだで巻き込まれていくのも面白いよねえ。勘違いとか、知らないところでハーレム展開とか。とかとか!
「現実逃避はもう終わり?」
「もうちょっと待ちなされ、弟よ」
「なにその口調」
面白いなあ、とかにこにこしながら、正面に座っているのはわたしの弟。……らしい少年。わたしに似ずに美少年だって? 知ってるよ! っていうか似てるわけないから、血の繋がりはないし!
はい、転生系定番その一。複雑なお家事情。キター!とか喜べないのは、それがわたしの身に降りかかっていることだからだろうか。現在進行形で。
えーと、つまりお父さんと結婚した弟君の母親は再婚で、わたしは父親側の連れ子だったのである。で、再婚後に弟誕生。これだけなら異母姉弟ってことになるのだろうが、実はわたしの出生にもまた事情があったりする。
わたしの生みの母親という人は、ちょっとばかり病弱な人だったらしい。結婚したはいいけど、子どもを産むのは諦めた方が……とは、ずっと言われていた。うん、ここまで言えばもうわかると思う。
今生でのお母さんは、わたしを文字通り命と引き換えにして生んで、息を引き取った。残されたのは乳飲み子と最愛の妻を失った男。
んでまあ、この男とやらがわたしの血の繋がった父親にあたるのだけど、どうやら奥さんが亡くなった後ヤケになったらしい。誰もが無謀だと思うような任務に志願して、そのまま行方知れず。失踪宣告、だっけ? 一定期間生死不明の失踪者が死亡とみなされるってやつ。あれを今のお父さんがお役所に提出したらしいから、一応故人ってことになってるみたい。
そんでまあ、今のお父さんは、いくらいろいろと事情があったとはいえ、まだはいはいもできない赤ん坊を放り出すとは何事だ! って激怒した、お父さんの幼馴染なんだとか。ひゅーひゅー。格好いいよ、お父さん! そこに痺れる、憧れるぅ!ってやつだよね!
……こほん。ごめん、ちょっと落ちつく。いくら育ての親たるお父さんが前世のわたしの好みど真ん中ストレートで、父娘だということをいいことにべったべた……それこそいっちゃいちゃべったべたして下手なカップルより鬱陶しい父娘生活を送っていたからといって、そこにあるのはあくまでも家族愛なので。
わたし、お母さんの顔は写真で知ってるけど、実の父親の方は顔どころか名前すら知らないからね。わたしにとってのお父さんはどうしたって今のお父さんしかいないのだ。近親相姦、ダメ、絶対。
これじゃいけないと気がついたのは、女学校で一緒になった友達にぼそりと「……紫の上計画?」って呟かれたからだ。否定できなかったあの時のわたし、プライスレス。
それからわたしは頑張った。反抗期なのかな、ってちょっと落ち込んだお父さんをうっかり見かけちゃったりして決意はぐらぐら揺れに揺れたけど、くだんの友達に協力してもらってなんとか頑張った。
お父さんがようやく娘離れして、周囲の女性に目を向けるようになってからは早かった。学生結婚したはいいけど社会人になってからのすれ違いで不仲になり、相手の不倫をきっかけに離婚した今のお母さんを、娘から見ても惚れぼれする用意周到さで恋人にして、わたしとの相性も悪くないとしっかり確認した途端、さくっと入籍してしまっていた。
結局その年齢差は犯罪レベルじゃないかと思わなくもないんだけどねー……アラサーで十代後半のお嫁さんとか、いくら見た目が若くてもなかなかフォローし難いものがある。この世界の常識的にはアリなのか、年齢の差をあげつらう人はいなかったけどさ。
「貴女は真っ直ぐに育ってね」とか切実過ぎる表情でウェディングドレス姿の花嫁さんに懇願される五歳児って、どうなんだろう。しかも結婚式当日。「新しいお母さんだよ」とかにこにこ微笑むお父さんが遠く霞むインパクトだった。うちの中年がすみません。
それから十数年。親離れ計画はそのまま推進中だったから、わたしが上の学校に進学するために家を出てひとり暮らしするって言った時とか(味方になってくれたのはお母さんだけだった)、お父さん達の結婚式から半年後に生まれた弟が我が家の事情を知った時とか(本人曰く「ちょっとした反抗期」。弟とわたしの「ちょっと」には越えられない深い溝があると判明)、まあそれなりにあったけれど、概ね順調な人生であった。今日この日、弟がひとり暮らし中のわたしの家に押しかけて来るまでは。
「悪い話ではないと思うんだけど。いいじゃない、姉さん。どうせ今まで恋人のひとりもいたことないんだし」
「それとこれとは話が別だと思うんだけど」
「嫌だなあ、大切なことじゃないか。姉さんが『穢れなき乙女』かどうかっていう」
「んな……っ、け、お、おと……っ」
「んー。つまり、処女かどうかってことなんだけど」
なんてこと。さらっと弟が口にした言葉に、わたしは絶句するしかない。
しょ、しょしょしょしょ、処女だなんて、そんな! そんな破廉恥なことを口にするような子に育てた覚えはない!
「二十歳にもなってカマトトぶるのって、気持ち悪いなあ」
「うぐっ」
「だから未だに処女で、独身で、恋愛経験皆無なんだろうけど」
「ううう~」
ああああ、もう!
本っ当にもう、この弟は! この弟様は!
「十六歳の若い身空で、側室ふたりも抱え込んでる弟には言われたくない……!」
「んーまあ、だって僕、これでも貴族だし。嫡男だし。そのくらい普通じゃない?」
「正妻さん迎える前に側室を、それもふたりも迎えてるところは全然普通じゃない!」
少しはお父さんを見習ったらどうなのだ! あの人はずっと弟の母親、つまりはお義母さん一筋だというのに!
それだけじゃない。わたしは知っている。この弟様が、わたしが転生したこの世界の主人公様――の、右腕ポジションだということを!
この世界がゲームの世界なのか、ゲームがどこかにあったこの世界を描いたものだったのかは知らない。ゲームタイトルだって正直なところ覚えていない。確かなことは、この世界がファンタジー要素ありの恋愛シュミレーションゲームだったってことだ。ただし、男性向け。つまり、ギャルゲー。ここが一番重要である。
恋愛シュミレーションっていうのは、プレイヤーの分身たる主人公のお相手役が複数いるのが当たり前らしい。プレイヤーは主人公を操りながら、「ど・れ・に・し・よ・う・か・な」で恋愛のお相手を決めるのだ。そのためかどうかは知らないけれど、ゲームに登場するキャラクターの男女比率はちょっとおかしなことになっていることが多い。
女性向けなら、やたら美形だったりする男性キャラクター達が。男性向けなら、貧乳から美乳、巨乳に加えグラマラスにスレンダー、お子様体型などなど、様々な美女美少女がわんさか集ってハーレム状態。真面目に男女比なんて出したら笑っちゃうくらい主人公と同性が少なかったりするものらしい。
なんでこんなに詳しいのか? え、この知識って一般常識じゃないの? 違う? 一部人間の非常に局地的な無駄知識? ……ま、まあ、そんなこといいじゃない。些細な問題だもん、今のわたしの現状に比べれば。
「いくら弟の友人だからって、既に八人ものハーレム要員を抱えてる色ボケ将軍のイケニエになるつもりは、全然、全く、微塵もない!」
「何言ってるの姉さん。失礼じゃないか、主に僕に。色ボケ将軍の友人だなんて。人聞きの悪い」
「そっち? 訂正するのはそっちなの?」
勘弁してほしい。本当に、心の底から勘弁してほしい。
ここでちょっとゲームの概要を説明すると、まあありがちな成り上がりものだと思ってくれればそれで間違いはない。最初の選択肢で下っ端兵士になるか下っ端文官になるかを選んで、自分のステータスを上げつつ攻略対象とコミュニケーションを図り、大小様々な事件を解決していくのだ。
ちなみに、最初の選択肢によって知り合える攻略対象も限定される。まあ、兵士と文官じゃあ生活範囲も違うしね。どちらのルートでも左右されない攻略対象といえば、最高ステータスで職業ランク最高、つまり兵士ルートなら元帥、文官ルートなら宰相にまで上り詰めるのが必須条件とされる最難関の王女様と、城下のパン屋で働いている幼馴染の女の子くらいなものだ。この幼馴染の方はチョロイン、つまり一番攻略が易しいヒロインとか言われている。最初からほぼ好感度MAXみたいなもんだしね。
後の六人は三人ずつ、それぞれのルート専用攻略対象ということになる。文官ルートなら世話役の先輩女文官(知的眼鏡のクールビューティ。ただしぶさ可愛いもの好き)、兵士ルートなら護衛イベントで知り合う教会の聖女様(合法ロリでいわゆる不思議ちゃん。隠れヤンデレ)辺りが人気キャラ。最高難度を誇る王女殿下ルートは別名マゾルートなんて呼ばれていたりする。意味は、まあ……その通りなので割愛。
天然ドジっ子からツンデレ、ヤンデレ、殺し愛までとりどり揃った攻略対象達、総勢八名。主人公は誰とエンディングを迎えるのだろうかなんて楽しみに思う時間なんてなかった。だって気づいたら既に幻のハーレムエンドを迎えてたんだから。
僕の友達、なんて弟に紹介された将軍閣下は当時若干十五歳。それで王女殿下含む八人もの女の子達とウハウハしていると聞いて、思わず遠い目をしてしまった気持ちもきっとわかってもらえると思う。いくらゲームだったからって、ちょっと主人公君チート過ぎるだろう。
「まあ、ここで姉さんがどんなに嫌がっても、辞令はとっくに下りちゃってるんだけど」
「でも私には、女学校教師という大事な仕事が」
「それも昨日付けで退職になったでしょ? せっかくの理事長からの求婚を断ったせいで」
「事実だけど率直過ぎる、その言い方!」
退職事由は一身上の都合。……ああそうだよ、気まずかったんだよ! そんでもってそれ以上に、きっぱりはっきり断ったはずなのにどう見ても諦める気配がない理事長サマに本格的に囲い込まれる前に逃げたかったんだよ!
協力者及び助言者はもちろんお義母さんである。経験者は語るというやつだ。……いやもう本当に、うちの中年が申し訳ありませんでした……。
義母の二の舞になるわけにはいかない。お父さんのことは確かに好きだけど、お父さんみたいな男性を実際に自分の相手として、って考えるとご遠慮したい。一途なのは確かに美点。だけど何でも、過ぎたるは猶及ばざるが如しって言うではないか。
不安なのは、理事長がそれなり以上に身分を持ったお貴族さまだという点だ。噂では結構手広く事業を展開しているとかいないとか。再就職先は細心の注意をもって精査しなくてはなるまい。せっかく転職した先でまたあの理事長の姿を見たら、今度こそ泣く自信があるからね!
「アイツも結構困ってるんだよ。元々平民だから、信用できる使用人を雇う伝手なんてないし。かと言って、今度陛下に叙爵されるのが決まってるのに、いつまでも下町の下宿で惨めなひとり暮らしをしているわけにもいかないし」
「弟よ。それはお姉ちゃんに対する挑戦かい?」
家を出て以来ずっと、わたしの下宿は下町にある。悪かったな、惨めなひとり暮らしで!
「なら尚更、ハーレム要員……じゃない、将軍の親しいご友人に頼めば」
「彼女達は彼女達で自分の仕事を持ってるし。その点姉さんはちょうど良く無職になったばかりだし、毒を盛るような度胸もないし、色仕掛けしようにも化石レベルの処女だし。適任じゃないかって話になって」
「ねえ、そんなにお姉ちゃんが嫌い? いい加減泣くよ?」
「姉さんこそ、何がそんなに不満なのさ。いいじゃない、別に。将軍付きの傍仕えになるくらい」
「もれなくお姉ちゃんに死亡フラグが立ちます。理不尽な嫉妬で八つ当たりされたり他人の恋愛を盛り上げるスパイスになんてなりたくないです」
「心配し過ぎだって」
「弟は女の子の嫉妬の激しさを舐めていると思います」
「将軍付きの傍仕えなんて、キャリア職だよ? 王女殿下の侍女には劣るけど、きちんと勤め上げたら王族や公爵位の貴族以外との結婚なら問題ないし」
「別にいいよー……貴族との結婚なんて、今更」
ただでさえ嫁き遅れなのに、これ以上選り好みして婚期を逃すわけにはいかない。……というのはもちろん建前である。本音だったら理事長の求婚断ってないし。
わたしはただ、無難に生きたいのだ。物語は物語だから面白い。今のわたしにとってこの世界はどこまでも現実で、自国の王女様や敵国の女将軍、国教の掲げる聖女様までがこぞって愛を乞う偉大なる将軍様に近づくことにメリットはない。
まあ、こうやって渋っても仕方ないのはわかってるんだけどさ。
辞令が出てるってことは、これは正式な依頼だってことだ。泣いても笑っても、わたしは将軍様のところに出仕しなきゃならないし、最低でも試用一ヶ月は傍仕えとして彼の家の家事一切を取り仕切らなきゃいけないのだ。他にも使用人は揃えたそうだけど、女性はわたしだけなのだとか。……それなんて死亡フラグ?
「とりあえず、弁護士かな。遺言状書いとかないと」
「あ、僕資格持ってるよー。ほら、万年筆と紙」
「ええい、お前には頼まん! この薄情者め!」
普通そこは止めるところだろうが!