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神殿の人々・1

「夢の中での言葉が普段と違うなんて、思っても無かったからなあ」

 

 とか何とか言って、俺は大神官の質問をはぐらかした。

 帝国とはかけ離れた平成の日本について説明するのも面倒だし、えてして神官っていうのは自分に理解できない事柄だと「魔物がついた」とか「魔神に操られた」とか言っちゃったりするものらしいから、用心に越したことは無いような気がしたのだ。

 育ての親のハキムほどは信用してないっていうのも、大きいのかな。


「かような経験は、長い神殿暮らしでも初めての事でして、いささか戸惑っております」


 大神官の爺さんは、俺の様子が気になって一睡もできなかったらしい。


「そんなに俺って、声を出して色々しゃべっていたのかな?」

「ええ。深い眠りにお入りになったようだと思いましたら、すぐに濃い神気が立ち込めまして、そのあとはずっと、聞いた事も無い言葉で、何やらお話になっておられました。私は神気のためか、布団から這い出す事もかないませんでした」

「濃い神気とか、わかるもんなの?」


 神気って言いきってるから、俺が「魔物に魅入られた」とは思っていないみたいでホッとする。


「普段ですと、この『試練の間』で休む事につきましては、私自身、何の不都合もございません。ですが神が降臨あそばされると、こめかみのあたりが締め付けられたように痛むのです。私へのお告げはいつも、私が理解できる言葉でして下さいますが、昨夜の場合は、神が殿下お一人にだけお伝えになりたい何事かが色々有ったのではないかと推察いたしました」 

「神の姿って、見た事ある?」

「強い光を感じるのみでして、どのような御姿かは、しかと存じません。殿下は神の御姿を御覧になりましたか?」

「俺の夢に出てくるときは、子供みたいな声がするんだけど、姿は見てない」

「おお、さようで。私も神の御声が愛らしい童のようだと感じております」


 大神官の爺さんが他人を評価する尺度は、神とその人物との関係性らしい。名門の生まれだが、名門出身でも「神気になじめない」人間は評価が低いようだ。中には神殿の入り口付近で烈しい頭痛を起こす……なんて貴族もいるらしい。ハキムの事は優れた宰相だと認めても『試練の間』には漂う神気には耐えられない体質のため、自分の方がレベルが上だなんて思っているみたいだ。


 で、俺の評価だが……大神官たる自分ですら、こめかみ付近が痛み、布団から起き上がれない程の濃い神気でも平気なので、びっくりしているらしい。


「こう申しては何ですが、殿下は歴代の皇帝陛下よりも神の御加護が強いのではないかと愚考いたします。それだけの御加護が必要という事なのかもしれませぬが、良からぬ者どもの良からぬたくらみからお守りすべきだという神意なので有りましょうな」

「何回も殺されかけているのに御加護が強いって、本当なのか?」

「強くなければこうして御無事では無かったのかと思いますがな」


 そういわれると、そうなのかもしれない気もするが、どうも頼りないんだよなあ。あの神様。

 俺が御加護なるものに疑念を示すと、明らかに爺さんは不機嫌な顔になる。不敬だって思うらしい。わかりやすいって言えばそうだが、大人げないとも言えそうだ。神殿で純粋培養されて老け込んだ所為で、良くも悪くもピュアなんだろう。


 朝食は庭の見える広間で大神官の爺さんと、毒見役のキアーの三人で食べた。

 俺と爺さんは分厚い敷物が二枚重ねされた上に座るが、キアーは敷物なしだ。



「普段は毒見などさせませんが、昨日の事も御座いますからな、今回の御滞在の間はこのキアーに毒見も含めて、御身辺の警護一切を任せようと思います」


 蓋付きの深い器から熱々のレンズ豆のスープを二つの銀製の椀に注ぎ分け、それぞれの椀から毒見用の皿に専用の銀の匙で取り分け、その毒見皿分をキアーが食べ終えたところで俺と爺さんが食べ始める。次は白ゴマのかかった平ぺったい長方形のパンだ。クリーム状のチーズをつけて食べる。これも真ん中周辺と両方の端っこを毒見用に薄く切り取るのだが、キアーの手際はなかなかに鮮やかだ。一種の様式美を感じさせる。

 俺と爺さんは更に鶏肉と野菜の煮込み、玉ねぎ入りオムレツ、茄子のヨーグルト和え、アーモンドの焼き菓子を食べた訳だが、全部、キアーは取り分けて毒見をしつつ給仕をした。

 それぞれの料理はおかわり分を想定して盛られているが、俺も爺さんもおかわりはしなかったので、後で恐らくキアーが食べると思われる。


 ちなみに爺さんは夕食は取らない。

 神官たちは陽のあるうちに飲み食いを終わらせるのが、一般的だ。朝食の後はおやつ的なものが一回あって、遅めの昼食で終わりだったりする。暗くなってから飲み食いすると、魔物に魅入られやすいと信じられているからだ。

 外部からの客人はこの限りではないし、体を使う神殿騎士の場合は、酒を飲まなければ軽食程度ならOKらしい。


「殿下、あちらのあずまやで私が茶を淹れましょう。ちょうどアーモンドの花が盛りですし、会わせたい者たちもおりますので」


 岩山のてっぺんのくせに、神殿の庭園はかなり広くて、花や果樹も色々植わっている。東京ドーム二~三個分は有りそうだ。金沢の兼六園とか岡山の後楽園ぐらいか。

 自然の岩山の段差を利用して、なかなかに風情が有る。驚いた事にこの岩山には自噴する泉が有るのだが、その水をうまいこと活用しているらしい。大神官の爺さんに言わせると、その泉がわいているのも「神の御加護」らしい。


「いやあ、見事だねえ」

「良い時期に殿下はおいでになりましたな」


 白や薄桃色のアーモンドの花で、庭全体が霞んでいるみたいだ。実に綺麗だ。

 アーモンドの花は、色も形も桜にそっくりだが、花の付き方がちょっと違う。枝に添ったというか張り付いたみたいな状態で咲くのだ。それに桜と違ってほんのり甘い香りもする。

 日本だと桜より少し早い段階で花が咲くのだと思ったが、品種で違ったりもするみたいだから、細かい事はよく知らない。この国には桜の樹は無いが、アーモンドは良く見かける。というのも神の恵みを示す神聖な樹とされているからだろう。

 花がきれいで、実が美味いんだから桜より偉い! と言いたくなるところだが、花の散り方は桜の方が風情が勝るように思う。それでも風が吹けば、アーモンドも桜吹雪的に散らないわけじゃ無い。

 アーモンドの花は春を告げる花だとされるから、そういう意味でも桜に近いかな。 

 多少余裕のある家なら、自宅の庭のアーモンドの花を見ながら茶を飲んだり、酒を楽しんだりする事は普通だ。だが、外に出かけてのお花見というのは無い。そもそもが花を観賞するために植えるんじゃなくて、実の方が目的のいわば持ち主のはっきり決まった作物なので、不特定多数で屋外で楽しむって事にはならないのだろう。

 あくまで自分の庭や自分の畑の樹に咲いた花を、身内で静かに楽しむだけなのだ。

 お茶はこの国では緑茶が普通だ。発酵させたウーロン茶タイプもあるが、緑茶の方が人気がある。で、この緑茶に蜂蜜を入れる人が多いんだよなあ。贅沢な家だと輸入品の砂糖を入れる。俺は嫌だが。

 案内されたあずまやで、爺さん自ら目の前の泉の水を汲み、湯を沸かして茶を淹れてくれた。日本の茶道とか煎茶道ほどのうるさい決まりはない。茶菓子はチーズと桃の蜜煮だ。


「茶に蜂蜜は、いかほど入れられますか?」

「いや、入れない」

「砂糖もございますぞ」

「いや、甘い茶は苦手だ」

「さようで」


 大神官の爺さんはたっぷり蜂蜜を入れた。神殿の敷地内で採れた自慢の蜂蜜らしい。茶が注がれたところで、爺さんがパンパンと二回手を鳴らした。


「「は~い!」」


 元気な子供の声が二人分響いた。

 パタパタと言う足音と共に現れたのは、ツインテールの女の子二人だ。

 年のころは小学一年生程度かな? 首には神殿の印の入った鉄製の首輪をしている。いわゆる神殿奴隷の身分の子供たちらしい。着ているのは簡素な生成りのウール製のズボンと上着だが、きちんと洗濯された清潔な物だ。素足に羊飼いが履くような革製のひも付きサンダルを履いている。


「お前たち、お茶菓子の毒見をしなさい」


 爺さんがそういうと、二人は声を揃えて元気に「ハイ!」と返事をする。


「あ、俺、菓子はもういいよ。さっきしっかり食べたから。この子たちにやってよ」


 だって二人は菓子を凝視しているのだ。

 それをしり目に食べたいなんて、中身が大人の俺としては全然思えなかったし、腹も膨れていたから、渋めのお茶一杯で十分な気分なのだ。


「ならば、私の分もお前たちにやろうかな。全部お食べ。だがのう二人とも、殿下にちゃんとお礼は申し上げるのだぞ」

「「はい! 殿下、ありがとうございます」」


 二人の声は見事にハモる。髪の色は違うが、面差しも背格好も良く似ている。双子かもしれない。


「この明るい茶色の髪の子が遠耳とおみみ、黒髪の子が遠目とおめです」


 なんか変わった名前だ。


「特別な意味のある名前みたいだね」

「それぞれの異能を表す名前ですな」


 遠耳とおみみは庭園の南端にいても、北の物見の塔のてっぺんに小鳥が飛んできた羽音が聞き取れるそうだ。神殿内部のすべての人間の内緒話を聞きとるぐらいの事は、たやすいという。

 遠目とおめは対岸の都の市場の様子も、宮殿の衛兵の様子も神殿の物見の塔からはっきり見ることが出来るのだそうだ。


「年は七歳になりましたが、知恵も分別も年相応と言いますか、幼い子供そのままなので、せっかく見聞きした事象の意味合いが理解できないのが困りものです。まあ、御年七歳で既に学者並みであられる殿下があまりにも特別でいらっしゃるわけですけどな」


 二人は俺と爺さんの席よりも一段低いベンチ状の部分に座って、口の回りをベトベトにして、一心にチーズと蜜煮の桃を食っている。


「お前たち、喉に詰まらせないようにね。あわてずにお食べ。お茶は飲む?」


 なんか可愛いので、世話を焼きたくなる。小動物って感じだ。


「えっとね、お茶は苦いからいらないの」

「蜂蜜をいっぱい入れたら飲みたいけれど、ほんとはお水と蜂蜜のほうがうれしいの」

「これ! お前たち、殿下にはキチンと丁寧なお答えをしなさい」

「あ、ごめんなさいなの」

「悪かったの」


「あ、いいよ、そんなの。他にうるさい人もいないし。気にせず、ゆっくりお食べよね」


 俺は泉の水を汲んで、傍に有った木製の椀を二個すすぎ、水を汲んで二人の前に置いた。


「ハイ! なの。ありがとう、なの」

「殿下、いい人なの」


 やっぱり水が有った方が食べやすいみたいだ。


「殿下、この二人をお手元に置かれませんか?」

「え?」

「大宰相があの砦を改築するにあたり、色々と配慮されたのは確かでしょう。ですが、現に秘密は漏れ、殿下は幾度も危うい目にあっておられる。ならば、この二人を御身辺に置かれまして、異能をお使いになり、御用心あそばせばよろしいかと存じます。元々は神殿奴隷であるこの子らの両親が相次いで亡くなりましたので、手元に引き取ったのですが、双子は無理に引き離すと不幸になるなどと申しますし、先々の事なども考えますと、別々の嫁入り先を探すのも難しいかと存じまして」

「確かに。この子らにふさわしい双子の夫というのは、なかなか見つからないだろうな」

「気長に探そうとは思いましたが、私も老い先短い身ですし、殿下でしたらこれらの身をどうにかしていただけそうですし……などと思いまして」

「ハキムとも相談してみるよ」


 二人の父親は遠方に神殿の仕事で出かけた際に、強盗に襲われて亡くなったらしい。母親はその後しばらく女手一つで二人を育てていたが、心労と過労から寝込んでしまい、やがて亡くなったという。


「幸い、この子等は神気へのなじみは並みの神殿奴隷より良いようでしたし、親戚の者たちからの申し出も有りましたので、この神殿に引き取ったというわけです」


 俺としては、一度邸に戻ってハキムとも相談してから決めようと思っていたのだが、爺さんは気が短いようだ。茶を飲み終わった後、俺が書庫にキアーを連れて向かった頃にはどうやらハキムへの手紙を書き、それをさっさと邸の方に届けさせたようだ。遅めの昼食の時間には、もうハキムからの返書が届いていた。


「遠耳と遠目をお帰りの際に、共にお連れ下さい」


 大神官はハキムからの返書を俺に見せながら、いささか得意そうに言った。爺さん二人が決めた事を、俺がさしたる理由もなく覆すことは無い訳で……いやあ、これから騒がしく、いや、にぎやかになるかなあ。


「将来殿下の後宮には、やはり、一人でも多くの身元が確かなものが必要でしょうしな」


 ええ? そうなっちゃうのか? まあ、ただの女官という事も無いわけじゃ無いが……これからどうなるんだろうか?  ちょっとばかり、心配になってくる。

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