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嫌な夢・1

 ラナはしっかりしていて優しくて美人で、文句のつけようもないんだけど……でも、誰かに似ているんだ。なんだか引っかかるんだが、誰に似ているのかわからない。

 ハキムの信頼している武官の娘だって話だから、俺がこれまで会った事のある女官か誰かに近い親戚でも居るんだろうか? 宰相夫人であるナフィアが「手塩にかけて仕込んだ」らしいから、出自なんて気にかける必要もないのだろうか? ラナの親は「忠臣」だというナフィアの言葉からすると、大丈夫だと安心して良いのだろうか?

 だが、この国の陰惨な内紛の歴史を思うと、ラナが無自覚にスパイ役を務めている可能性もゼロとは言えない。疑えばキリは無いんだが……

 

「ラナの父親は、遠征軍の将軍なの?」

「とんでもございません。騎馬隊の隊長に過ぎません」

「我が国の騎馬隊は優秀なんだ。その隊長であるからには、それ相応の名のある武人なんだろうね」

「恐れ入ります。父はハリル・スナイと申します」


 ハリル・スナイは戦場で親父様の命を救った人物で、俺も噂には聞いたことがある。

 親父様が即位してすぐの年に、宿敵ともいうべき西の大国バビアを中心とした連合軍との大きな戦いが起きた。決戦場となった大平原に展開した主力部隊は短時間で敵軍を確実に半減させ、完全にこっちが圧倒していた状況だったそうだが……その夜、バビア側のゲリラ部隊が後背地の森を抜けて親父様の居る小高い丘の本陣に夜襲をかけたそうだ。本陣で警護に当たっていたラナの親父さんは寝間着姿の親父様をすぐさま馬に乗せ、三十騎ほどで囲みながら疾走し、疾走しつつ背後の敵に騎射で応戦したという。疾走した先は主力部隊の陣地だったので、すぐに本陣に入り込んだ敵のゲリラ部隊は掃討された……とまあ、こんな噂だ。

 その際の本陣と主力部隊は馬ならほんの数分の距離であったのだが、背後の森と本陣裏の崖の守りは薄かった訳で、土地勘のあるものが少人数で忍び込むのは難しくなかった。この戦以降、親父様の寝泊りする幕舎は主力部隊のど真ん中に設けられるようになった。


 ラナの親父さんは自身が騎射の名手で、部下にも騎射名人がそろっていると聞く。そんな部隊だから馬を疾走させつつ、背後の敵に応戦できたわけだ。煌びやかな鎧を着こんで戦うバビアの騎士たちは「逃げながら馬上から振り返りざまに矢を打つなど、卑怯千万」とか言うらしいが、傭兵部隊には卑怯なゲリラ戦でも何でもやらせてしまうのだから、人のことは言えた義理ではないだろう。


「じゃあ、ラナはサトラフで生まれたの?」

「いいえ、生まれてからずっと都から出た事はございません。サトラフの景色は雄大で、夕日はたいそう美しいと聞きますから、一度は見てみたいものだとは思いますが、難しいのでしょうね」


 サトラフ一帯は古くから幾つもの国ができては滅んだところで、気候は多分ステップ気候というやつだろう。砂漠ほど乾燥しきっていないが、降水量は少なめで、丈の短い草の生えた大平原が広がっている。灌漑設備さえ整えば作物も育つのだが、大半は放牧地だ。北側の雪を頂く大山脈の伏流水を有効活用したいところだが、まだ、費用対効果の面でいろいろ問題があるようだ。

 ちなみにサトラフ地方は名馬の産地で、乗馬の名人や騎射の名人を多数輩出している。


「サトラフの英雄ハリル・スナイの娘なのに、サトラフを見ていないとは残念だな」

「母たちも結婚してからサトラフに行ったことは無いので、恐らく私も無理なのでしょう」

「そうなのか。母たちって……ハリルには何人の妻がいるんだ?」

「三人です。母たちは腹違いの姉妹で、とても仲が良いのです」


 ラナの母はもともとハリルの従兄の妻だったが、夫の戦死後、スナイ家の老人たちの計らいでハリルの最初の妻となったのだそうだ。その後、相次いで父親や兄弟が戦死して生活に困窮していた腹違いの妹たちをハリルの妻として迎え入れたらしいのだが……


「一番若い母は、私と五歳しか違わないので、母と言うより姉のような感じです。とてもかわいい人なんですよ」


 ラナの母は三歳ほどハリルより年上らしいが、ハリルの一番若い妻とラナの母との年齢差は親子ほどあるとか……えええ? 一番若い妻はまだ十七歳? 引き取られた時は七歳だった? それでただいま妊娠中???

 何だそれ、うらやましいぞ!うらやましすぎる!!


「三人の奥さんたちが仲良しと言うのが、良いねえ」


 爺さんの寵愛した女たちのうち、姉妹そろって皇子を産んだという例があったが、仲良しという事にはならなかった。それどころか普通のライバルより熾烈な争いを仕掛ける関係になって、最後には両方ともアルディンに殺されてしまったらしいのだが……姉妹で協力していれば、あるいは二人そろって生き延びたのかもしれない。


「母たちの五人の母たちも、皆仲良しで、全員が姉妹や従妹同士だったそうです」


 婆さん世代から受け継がれた知恵なのかねえ。この帝国で、一夫多妻制は戦争未亡人やら戦災孤児やらの引き取り先的な機能を果たしているとは思うけど、家庭が本当の意味で円満なんて、ごくまれじゃないかと思う。

 俺は将来後宮を持つことになるんだろうけど、女同士色々難しいんだろうなあ。でも、このラナが協力してくれたら、うまくいくのか? んー


 そんなことを考えながら寝たら、変な夢を見た。


「なんか、俺の奥さんたちって、みんなきれいで優しい。俺って滅茶苦茶幸せ」

「ナニをおっしゃいますやら。鈍くていらっしゃるというか、お人よしというか」


 大人になって、ボン・キュッ・パッな感じ?になったラナが黒い微笑みを浮かべて、さらに何かを言うんだ。


「私だって、本当は…………なのですから」


 んー、……の部分、何だ? 何かものすごく大事な話だったみたいな、怖い話だったみたいな、何だろう? それを聞いて、未来の俺がドンビキしているんだ。で、ラナが恐ろしい形相になって、俺に迫ってくるんだ!


「ひっ!」


 叫び声をあげて、俺は飛び起きた。

 すぐに、部屋の隅の別の寝台に寝ているラナは飛び起き、手にはランプを持って、俺の様子を見に来た。夢の中の恐ろしい顔つきとはまるで雰囲気が違う。本当に心配してくれたみたいだ。


「いかがなさいました?」

「変な夢を見たんだ」


 その夜はそれで悪夢はおしまいだった。

 だが、次の夜も変な夢を見た。


「そうか。カリムは生き延びてしまったか。今度こそしくじらないようにしろ」

「はっ」


 親父様が? ええ? 俺を殺すつもりだった?


「うそだっ!」


 思わず俺は叫んで飛び起きた。


「カリム様、いかがなさいました? また、怖い夢ですか?」

「ああ」

「明りをつけておきましょうか?」

「そ、そうだね」

「疲れておられるのかもしれませんね。侍医様をお呼びしますか?」

「今すぐ?」

「はい」

「いや、いい。熱があるわけでもないと思うし、セキは出てないし」

「ですが……ぐっすりお眠りになれないのは、お体に障ります」

「じゃあさ、夜が明けて朝飯を食ってから、診てもらおうか」

「では、そのように致します」


 翌日、朝食後にやってきた医者は、俺が初めて見る男だった。何というか、爬虫類を思わせるような、どこか感情がマヒしているような、なんか、そんな嫌な感じを受けた。

 聴診器代わりの筒を俺の胸に当てたり、口の中を見たり、漢方で言う糸脈っていうのか? 腕に糸を結び付けて脈を図るなんてことをしたりして、なんかもっともらしい事を言ったが、俺はまるで信じられなかった。


「これがお薬です」


 ラナが薬湯を煮出して昼食前に持ってきた。陶器製のコップに入ってるんだが……何か変な臭いがする。普通の漢方臭い感じとは違うような気がした。ヤバイ、やっぱり変な臭いだ。


「悪いけど、飲みたくないよ。妙な臭いがするから」

「ですが……では、私が御毒見を致しましょう」


 ラナが俺が盆の上に放置したコップを手に取って、一口飲もうとした。

 俺は、とっさに部屋の前に有る池に薬をぶちまけた。ラナは半べそになったが……


「やっぱり」

「え?」


 池の中にいる小さな魚たちが腹を上に見せて死んでいる。


「え、えええ?」


 ラナは今度は真っ青になった。


「落ちついて、ナフィアを呼んで来い!」

「あ、はい!」


 それから上を下への大騒ぎだ。侍医として俺を診察した男は、偽物だった。本物の侍医は邸内の自室で殺害されているのが見つかったそうだ。本物は俺も見覚えのある白髪頭の老人だったらしい。


 穏やかなナフィアが珍しく怒気を発して、ラナの顔を平手打ちした。


「ラナ! お薬を差し上げるときは、必ず私にも話を通しなさい!!それに、コップは銀製の物でなければいけません! その上でお前が必ず御毒見をなさい!」

「ナフィア、そのぐらいでいいよ」

「ですが、もっとしっかりしてもらわねば、困ります」


 夕食は全部ラナが一口づつ毒見した。頬にはナフィアが叩いてつけた手形がクッキリ残っている。


「なんか、滅入るなあ」

「申し訳ございません」

「危なかったけど、これからはもっと気を付けてくれな。油断禁物ってことだな」

「本当に申し訳ございません」

「そんなに謝らなくてもいいよ。この菓子、俺はこんなに食べられないから、半分食べてくれ」


 気晴らしにという事なんだろう。夕食後、ナフィアがウードを弾いてくれた。だが、どうも湿っぽい感じの曲ばっかりでいかん。


「チョッと貸して」


 俺はナフィアからウードを受け取ると、聞きかじりのアニメソングとかロックとか、歌謡曲とかコミックソングのたぐい、たとえば「いい湯だな」とか「鼻から牛乳」とか「金太の大冒険」なんかをヤケクソ半分に弾いた。すると……


「いやあ、すばらしい! 殿下は音曲の稀有なる才能をお持ちだったのですな、感服いたしました」


 爺さんがナフィアと一緒にニコニコしてそんなことを言うし、邸中のいろんなところから出てきた人間がヤンヤヤンヤと大喝采。


「もしよろしければ、もう少し」


 なーんて言われちゃったから、俺は調子に乗って弾きまくった。ええもう、やけになって弾きまくりましたとも。


「なんと言う楽曲か存じませんが、何やらこう、心が浮き立ちますな」って爺さんが言ったのが、マツケンサンバだぜ? いいのか? まあ、いいのか。俺、暴れん坊将軍になっちゃうぞとか、つい思ったけど、まだ七歳だからね、色々と無理です。ハイ。良い子はおとなしく夜はねんねが原則です。


 都合、百曲かそこら弾いたところで、さすがに疲れてバタン、キュウとなったみたいだ。多分かなり深く寝ていたんだと思うが、また夢を見た。


 親父様と、黒髪黒髭の逞しい美中年がすっぽんぽんで? ベッドにいる? え? えええ? 親父ってそういう趣味も有ったのか!


「ハリルよ、我が忠良なるハリル・スナイよ。お前の送り込んだ娘は首尾よく事を運ぶであろうかな」

「大宰相の目をかすめて事をなすのは、いささか時がかかりますが、必ずやお望みを叶えましょうほどに、お待ちくださいませ」

「ハキムはああ見えて、勘が鋭い男だからな、確かに用心が必要だ」

「陛下と私めのこうした事も、勘づいておりましょうか?」

「素知らぬ顔をしているが、あるいはな」


 そこで言葉が途切れたと思ったら……オッサン二人の激突? おえっ! なんだよ、これ!

 そこで思わず目が明いた。部屋は小さなランプの明かりだけが灯っている。今度は静かに目を覚ましたので、ラナは寝息を立てているみたいだ。


 何故立て続けに胸糞悪い夢ばっかり見るのか、理由はわからない。本当に親父様がラナの親父に命じて「こそこそ」と何かやらかしている。いや、やらかそうとしているなんてことが、あるんだろうか?


 大宰相で俺の育ての親であるハキムは多分、本当に俺の味方なんだろうけど……それと母親同然のナフィアも……でも、ラナはどうなんだろうか?

 スヤスヤ眠る、いかにも若い娘らしい健康そうな寝息からは、悪意のかけらも感じられない。本人が知らないうちに、俺の暗殺の片棒を担がされているとか? いや、まさかな。


「そもそも、親父様がなぜ俺を殺そうとするんだ? 俺を皇太子にしたのは親父様自身なんだし。いや、それとも……いや、まて。そもそもこの夢は、ただの夢に過ぎないんだ」


 俺はそう自分に言い聞かせるが、やけに生々しい胸糞悪い夢の所為で、それからは夜が明けきるまで、眠ることが出来なかった。

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