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神殿の人々・2

 俺と毒見役兼護衛のキアー・オゼルとの仲は、そう悪くはないと思う。

 そもそも俺は中身が大人なのでガキ染みた我がままなんて言わないし、身分をかさに着て理不尽な事を言ったりもしないから、キアーはホッとしているというか、いささか拍子抜けしているらしい。

 俺としては本来の任務に手抜きが無ければ、何の文句も無い。


「これは、うまいなあ。この味だと米がほしいかも」

 

 夕食には新鮮な魚の料理が二品出た。

 ムニエルっぽい感じの白身魚と、小魚のマリネだったが、どっちも美味い。

 なんというか醤油っぽい隠し味が感じられるんだが、気のせいかな?


「米ですか、私は食べたことが有りませんが……殿下はお好きなのですか?」

「ああ。米は美味いぞ」

 

 それから思わず、米の美味さについて無駄に熱く語ってしまったが、こっちの米は多分インディカ米ってやつだろう。チャーハンやピラフは美味く出来るんだが、おにぎりは無理だ。このシムルグ帝国において、そもそも米自体が外国から来た馴染みの薄い雑穀と言う扱いで、下手すると家畜のエサ扱いだったりする。そのせいかキアーは当惑気味だ。

 そこで米の話は止めて、食う方に専念する。

 正直醤油を使った煮つけとか、味噌煮とか、わさび醤油とかポン酢醤油とか欲しい所だが、まあ、無理なんで、諦めている。最近、ソリエラの連中が遥か東の果てにあるキタイという国から、ソイという調味料を持ち帰ったという噂が有る。それがもしかして醤油的なものなら、是非近いうちに買い入れたいものだ。

 考えてみたら、ロシアやモンゴルでは中国をキタイっていうんだったか? こっちの世界でも中国に相当する超大国が東方にあるってことらしい。


「魚料理は、米に合うと思うんだよな……何かこの二品、隠し味っぽいものが気になるな」

「隠し味と申せば、今日の魚料理は東方の珍奇な調味料を使ってみたようです」

「それって、もしかして……ソイ?」

「ああ、確かそうです。東方から帰国した者が神殿へ献上した品だと料理人が申しておりました。毒見のために、そのソイを舐めたのですが、塩気がきつくて特にうまいとも何とも感じませんでしたが、焼いた魚にホンの少しつけて食べてみると、うまかったです」

「あああっ! いいな、それ!」


 醤油らしき「ソイ」の話で盛り上がりかけたところに、大神官の爺さんが「ふらっ」という感じでやってきた。


「ああ、どうぞ、そのままそのまま」


 そのままっていうけど、案の定、キアーは食べるのを止めてしまった。

 まあ、ほとんど食ったし、残りは果物と菓子だから適当につまむか。

 俺が食べれば、キアーも毒見でちょっとは食うわけだし。 


「実はたった今、遠征先の皇帝陛下より御返書を賜りました。恐れ多くも御宸筆ですぞ。殿下にもお読みいただく様にとの御指示でしたので、お食事中にも関わらず参りました次第です」


 となると、やっぱり果物&菓子は見送りか。菓子をかじりながら皇帝直筆の手紙を読むと、何を言われるか分かったもんじゃないからな。ああ、面倒だ。

 まずは手を清める。

 キアーは流れるような動作で俺の前に水受けの鉢を置き、手を洗いやすいように水差しをいい感じに傾けた後、タオルを広げる。邸のラナは一生懸命な感じだが、キアーは一連の動作に無駄が無い。武芸の型でも見ているような感じだ。


 宸筆の手紙である証拠としては、手紙本体を包む掛け紙に押されたデカい御璽以外に、本文の末尾に自筆サインが入れられ指輪印が押されている事があげられる。自筆サインと指輪印は皇帝自らが重要な内容だと認めた、いわば国家機密に該当する手紙であることを示している。

 通常の法律の承認等は本文に御璽をペタンと押すだけだし、寵愛する女への他愛もない内容の手紙や、子供に向けた私信などは簡単に名前を文末に入れるだけだ。

 

 まず、大神官から恭しく受け取って、包みを開いて内容を見る。

 親父様は武断派だと思われているようだが、どうしてどうして、なかなかの達筆で文章も上手い。

 どうやら今度の戦いは、親父様としては不本意でストレスが非常に溜まったようだ。と言っても一応勝ち戦……という事にはなるんだろうと思われる。


 今回、親父様は狭い海峡の対岸にある敵側の本拠地を見下ろす位置に堅固な要塞を築かせて、そこからバリスタや弓矢で攻撃を加え、夜襲中心の敵の攻撃は要塞に立てこもってやり過ごす、みたいな戦いをやっているのだが、騎馬民族出身の先祖の血が騒ぐのか、籠城戦は親父様の性分に合わなくてストレスが溜まったみたいだ。

 馬にまたがって華々しい大会戦という親父様が好むような戦い方は、今回の敵相手では無理なのだ。

 何しろ敵は小舟に乗って、狭い海峡のあちらとこちらを素早く行き来すると言うような戦いぶりの、軍隊と言うより海賊と言う方があっているような連中なのだから。

 決定的な戦闘で相手を叩くみたいなチャンスは、これまで一度も巡ってこなかったみたいだ。

 主な戦場となった海峡は、狭いとは言っても最低五百メートル程度の幅はあるらしい。

 帝国軍の弓矢やバリスタの攻撃が有効な範囲はひいき目に見ても四百メートルかそこらだろう。風向きによっては、もうちょっと期待できるかもしらんが、要塞からの一斉射撃で対岸の敵兵をなぎ倒す、なんて事態にはならない。

 昼間にあちらの小舟が出てきたら、火矢なり投石器なりで舟を燃やしたり沈めたり、そこそこいけるのだが、圧倒的に夜陰に紛れてのゲリラ戦法が多いわけで、それをやり過ごすのも親父様にはストレスだったのだろう。それでも要塞作りの名人やら、要塞での戦いに慣れた西方出身の将校やらを連れて行って適切に対処しているためか、帝国軍の損傷は小さいし、補給も確保できている。


「喜べ、奴らに天罰が下った」

 

 そう親父様は書いているが、相手方の総大将が流れ矢で負傷して、死にそうなのだという。

 敵方は北方の小王国の連合軍だ。王国を自称しているが、実態は幾度も言うように海賊団だ。その狭い海峡を挟んだ南北の両岸を連中は「自分たちの領分」と認識していたのに、南岸にシムルグ帝国の手が伸びて、勝手に川筋を荷揚げなどに使えなくなった……というのが、そもそもの揉め事の発端だったらしい。


「奴らは我が帝国軍よりはるかに疲弊し、消耗している。一部の者はソリエラ商人を通じて、帝国への帰順を申し出てきた」のだそうな。平等な立場での和睦などと言う「ふざけた話に我が帝国が応じるはずもない」らしいから、まだ揉めるのかもしれないが、リーダーが死にそうなのは嘘では無さそうだし、敵方の舟が目に見えて減ってきているのも事実らしいから「もう一息」なのだろう。


「コウモリのごときソリエラの商人どもには腹が立つが、うまく利用した方が賢いのも事実」


 まあ、そうだろうな。

 儲けられるなら、どこへでも出かけ、誰とでも協力するというのがソリエラ商人なのだから。

 今は双方がソリエラの商人を使って、和睦の条件を探り合っている段階のようだ。

 帝国側は北方の連合王国を自称する海賊たちに対して、川筋を使用するに当たっては、武器の携帯を禁じる事と入国税を払う事を条件として提示したらしい。更に、人質を請求し、北岸側で帝国による鉱山開発を認めさせる事になりそうだ。


「鉱山開発はソリエラ商人どもから言ってきた条件だが、鉄や宝玉などが安定的に手に入るなら悪い話でも無かろう」

 つまり、技術指導その他の名目でソリエラ人が入り込み、開発資金は帝国持ちで儲けようという事らしい。えげつないというか、さすがというか、いかにもソリエラらしい。


 だが、まてよ、これは何だ?


「戦の方は、心配は無用だ。和睦の条件として、海賊どもの親玉の幼い娘たちを献上させる可能性が高い。幼い内に引き取って養育すれば、我が国の気風にもなじむだろう。大神官の献策の重要性は理解した。今すぐの実現は無理だろうが、大宰相たちともよく相談して、二代様の創設された学び舎を復興させる方向で、動き始めてほしい。国内で集める事が可能な優秀な女官の人選などもしっかりやってほしい。戦の形が様々に変化してきている以上、これからは外征も難しくなっていくだろう。カリムには将来、外国の高貴な姫君たちと上手く付き合えるになってほしいものだ」


 は?


「なあ、最後の方はどういう事なのかな?」


 大神官の爺さんに思わず質問する。


「ああ、さよう、二代様が皇太子となられた三代様のためにお開きになったような学び舎が再建されるべきではないかと思い、皇帝陛下に献策書をお届けいたしましたのじゃ」

「学び舎って、近隣諸国の姫君たちを呼んできて、勉強やら礼儀作法やらみんなで学んだっていう、あの『花園の学び舎』の事だよね、でもあれは、閉鎖されて随分たつし、再開したとしても姫君を送り込んでくる国がどの程度あるか疑問だけどなあ」


 すると、大神官の爺さんはエッヘンという感じの咳ばらいをした。


「このところ、国内で天変地異が続き、近隣諸国との関係も思わしくありません。それは先々代様、先代様が神気へのなじみの悪い方々でいらしたことと無縁だとも思えません。当代様は優れた武将ではいらっしゃいますが、残念ながら神気へのなじみ方は父君や祖父君方と大差なくていらっしゃるようです。それは、先々代様から後宮は正式な御婚儀を必要としない女奴隷出身者ばかりで占められるようになってしまったせいではないのかと愚考いたします」

「それが、そんなにまずいのかな?」

「太平の世を築かれた三代様からしばらくは、有力な国々から姫君方をお迎えして、お子様方も大切に御養育なさるというのが普通でした……」

「それとこれと神気との関連が、わからないんだけど」

「神童であられる殿下でもお分かりになりませぬのか」


 爺さんは、がっかりしたという感じのため息をついて見せるが、わからないものはわからない。


「別に俺は神童でもなんでもないし」

「いやいや、御謙遜を」

「ま、そんなのどうだっていいから、神気と姫君達の関係、教えてよ」


 すると、爺さんはまたまた「えっへん」と咳払いをして、話し始めた。



「殿下の飛びぬけて大きな神気を、東西南北からおいでになった姫君たちの神気が補佐し一体となることで、この帝国に末永い平和と繁栄がもたらされるはずなのです」


 大神官の爺さんが主張する「神気の充実は国の充実」説は昔っから神官連中が言ってる事だが、本当なのか俺は疑っている。

 三代皇帝の後宮は理想的な後宮だった、お妃たちは皆仲睦まじく、主だった女官たちも優れた女性が揃っていたとか、やっぱ嘘くさいんだが……爺さんは信じているようだ。


「ただいまでも無事に続いている皇族の家は、三代様の御子様から始まった家が大半ですからな」


 三代皇帝は四人の后と四人の妃、十六人の大女官を後宮に住まわせ、無事成人して名前が伝わっているだけでも五十人を超す子供が生まれた。大神官の爺さんが言うように、今現在の皇族の過半数が、三代皇帝の息子から始まった家系だ。それらの家は代々他の皇族や大貴族と姻戚関係を結んで今に至っている。


 二代皇帝のころは、東にも西にも今は無くなってしまった国々が存在した。キタイやバビアほどの大国・強国ではなかったために、姫君達を息子のために招聘することも比較的容易かっただろう。


「二代様のころなら、西のバビアは今のような大国では無かったし、東には幾つもの小国家が有った。だが、今では大山脈の西側の裾野まで我が帝国の領土で、東側はどうやらキタイと言う事になるようじゃないか。キタイは相当に大きな国らしいし、何分遠い。確か神気の充実のためには、東西南北から女性が集まらなくてはいけない、とかいう話じゃなかったか? バビアもキタイも姫君を寄越すとは考えられないけどな」


 西のバビアとの関係はこの百年ばかり、ずっと険悪だ。東のキタイとはずっと没交渉だった。少なくとも現状では、俺の後宮のメンバーになる可能性大の姫君を招聘できるとは思えない。


「互いに遺恨も残るバビアとの交渉は最後という事で良かろうと存じます。大宰相も同じご意見のようですしな」

「ハキム、そんな話は一言も言ってなかったけどな」

「大宰相は慎重な方ですからな、はっきり決まってからお話しなさるおつもりだったのでしょう」

「本当に、親父様は各国から姫君たちを迎え入れるべきだとお考えなのかな」

「無論です。私の神気に関する持論にも陛下の御理解と御賛同を賜りました。明日からさっそく、大宰相にもお話をせねばならんと思っておりますぞ」

「今は外征と洪水からの復興なんかで、財政的にも苦しい時期のようだ。俺の後宮なんて、もっと後で考えればいい事柄なんじゃないか?」

「いえいえ、そうは参りません」


 なーんか、自分の変な理論にこだわってるし、それが正しいとしても東西南北の神気を帯びた姫君たち? 該当者が実在するとしたって、わざわざ我が国に来てくれるとも思えないけどな。

 何だか面倒な話になってきた。

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