和田合戦(五)
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実朝は遠くに戦の音を聞いている。すずりには署名のためにすった墨がまだ乾かずに残り、豊かな墨汁の匂いを漂わせていた。
『合戦というのは、大水の如きものだ』
そう思った。戦いとは、ただの巨大な力のぶつかり合いであった。そこには物を見る目も、感じる心も存在しない。あるのは、相手を食い砕く牙のみである。実朝は和田一族を誰も討ちたくはなかった。そして義盛が自分を弑するつもりがないことも分かっていた。だが戦いが始まってしまえば、そんな個人の種々の意思などは、ぶつかり合う力のはらわたに飲み下されて消し飛んでしまう。今、実朝と義盛は刃を交わしてぶつかり合う巨大な力の、その先頭に立っているのである。そうなった以上、もはや二人とも、互いの命を奪うことに力を尽くすしかないのだった。
実朝はそんなことを考えている。体の中には冷たい水が満ちているような感覚があった。その、深山の湖水のような冷徹さは、ともすれば炎のように狂い出しそうな実朝の感情を底に沈め、彼のおもてに偽りの冷静さを演出していた。
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小町大路の道はひどくぬかるんだ。幕府の軍勢を火のように攻め立てながら、しかし和田義直は時折、馬の足が泥に取られそうになるのに苛立った。
「土を撒け」
とうとう義直は一旦後方に馬を引き、そう命じた。下人たちがすぐさま筵で簡易式のもっこを作り、乾いた土を運んでぬかるみの上にかぶせ出した。幕府軍も難儀していたのか、見れば同じように道の地ならしをしているのが遠くに見えている。
「だがこれも、一時しのぎだな」
義直がうんざりしたように言った。昨日は夜半から早朝まで雨が降り続いた。もともと水はけの悪い小町大路は、雨が降るとすぐにぬかるみになる。その上今は戦死者の血が際限もなく地面に流れるため、地面は泥田のような有様になって乾く間もないのだった。
「血を含んだ泥は足を取られやすい。お気をつけなされませ」
郎党がかたわらから言った。幕府側の軍勢は時を追うごとに増えつつある。混戦の中で鞍から落下すれば、その場で敵の刃にかかりかねなかった。
「地面がまたぬかるむ前に、敵陣を突破したいものだが」
義直は小さく言った。
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「この先を守っておるのは中村の者だな」
木々の間を馬で進みながら義清はすぐ後ろについていた郎党に確かめた。郎党は承知したというふうに頷いた。あぶみを蹴って義清を追い越し、義秀から借りた先達の者と共に道の向こうへ小走りに消えて行った。義清は馬を止めた。背後に従っていた郎党、下人らもそれぞれ歩みを止めた。早朝から続いた戦で腹が減っていたのか、馬たちは首を伸ばしてかたわらの枝から新芽を口に食んだ。馬が葉を食む柔らかい音が薄暗い静寂の中を流れた。遠くに聞こえる戦いの音が、奇妙なのどかさを伴って時折空を流れた。
ここは今大路から少し東に入った場所に広がる叢林であった。義清は先達に道案内させて林道を通り、密かに八幡宮へ抜けようと画策していた。人目につかないようにして密かに若宮大路に入り、泰時の陣を背後から一気に衝こうというのである。
義清一行は今大路のちょうど中程まで達していた。この先の扇ヶ谷には相模足柄の中村庄の者が陣を置いていると聞いている。土屋氏はもともと中村氏から分かれた家であり、中村庄の者たちとはいわば同族であった。同族のよしみで、陣の前を通り過ぎるのを、見て見ぬふりをしてもらいたいと郎党は交渉に行ったのである。うまく行ってくれればよいがと義清は願った。
やがてやぶの向こうに郎党の姿がのぞき、袖を大きく振った。主従は頷き合い、あぶみを蹴った。先達の馬の尻を追って木々の間を縫い、湾曲したあぜ道を抜けて行くと、梢に囲まれて黒々としたいらかが目に入った。この寿福寺を行き過ぎ、道なりに行けば若宮大路はもう目と鼻の先である。皆は一斉に馬の尻に鞭を入れた。
八幡宮の前を横切る横大路を守備していた兵たちは、いきなり小道から飛び出した騎馬武者の姿に仰天した。逃げ遅れた一人がひづめに蹴り飛ばされるのを待つまでもなく、男たちは武器を放り出し追われた羽虫のように逃げ出した。
疾駆する馬よりも速く路は空っぽになった。行く手を阻むものもなく、反撃しようという者もなかった。八幡宮の三の鳥居が見えた。勝った、という、躍り上がるような高揚感が義清の全身に走った。しかし戦の高揚と勝利への確信が、この冷静なはずの男の注意力を乱したのかもしれない。
地を蹴って若宮大路へ入ろうとしたその時、鈍い衝撃が走り、義清は鞍から体が浮き上がるのを感じた。手綱を握りなおし何事かと彼は目を見開いた。未だ戦が続いているはずの鎌倉の町が、急に静まり返ったようだった。そしていぶかる彼の目は、遠くの方に群れたなびく旗を見た。月星紋、千葉成胤の旗である。
千葉介殿が鎌倉に入ったのか。義清は思った。千葉一族の兵力は決して小さくはない。それが北条に就いたとなると、これは厄介な敵である。急ぎ若宮大路の陣を破り、法華堂への道を開かねば――。しかしそこで、義清の思考は途切れた。
義清は木の葉のように鞍から後方に突き飛ばされ、地響きを立てて落ちた。郎党が真っ青になって駆け寄った。抱え上げてかたわらのやぶに引きずり込んだが、首元を深々と射られたその体は、既にぴくりとも動かなかった。
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土屋党を率いていた義清の討ち死を、実朝は本堂の広間で聞いた。幕府の軍勢は未だ和田勢を抑えかねており、実朝は広元の進言で、八幡宮に戦勝の祈願書を納めようとしていた。義清の討たれた様を聞いた実朝は、使いの者に、矢を射たのは誰であったのかと尋ねた。
「それが、敵か味方かすらも判然と致しませぬ。戦場の混乱の中でございましたし、恐らくは土屋殿を狙ったものではなく、流れ矢であったかと」
使いの者が答えると、実朝はしばらく何事か考え込んでいたが、やがてこう下知した。
「このように喧伝せよ。土屋義清は応神帝の放った矢に倒れたのだ。その証拠に、矢は八幡宮の方角から放たれたと、敵味方に関わらず触れ回るのだ」
応神天皇は鶴岡八幡宮の祭神の一人である。この時、実朝の声にはおよそ表情というものがなく、かたわらで聞いていた広元は、打ち続く精神的苦痛で実朝がある種の神がかりになったのではと疑った程であった。しかし実朝は冷徹なしぐさで祈願書を取り上げ、戦勝を願う和歌を二首書き付けたのち、広元の方に返してよこしただけだった。
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つまり実朝は、流れ矢に当たって落命したに過ぎなかった土屋義清の死を、神の矢による討伐に変容させたのだった。しかし、この作られた真実が人々に与えた心的影響は大きかった。わずかに風の向き一つで戦況がめまぐるしく変化する戦場では、人々の心は迷信に支配されがちである。応神帝が義清を討った、それは和田一族が天から見放された証に他ならない。和田勢の士気をくじくには充分であった。
一方で八幡宮の加護を得た幕府軍の士気はおのずから高揚した。千葉成胤の軍勢が加わり兵力も得た幕府軍は余勢を駆って和田勢を攻め立て押し戻し、和田勢は耐え切れずにずるずると後退して、しだいに由比ヶ浜へと追いつめられて行った。
若宮大路には、八幡宮側と海側、南北両側から敵が流れ込んだ。義秀の軍勢は幾度となく敵に挟まれ囲まれ、ついに義秀は撤退を決心した。
「もはや退け時だ。わしの後に続き、敵陣に穴を穿て」
義秀は弓を捨てて太刀を抜いた。馬の首をめぐらせ、背後から迫っていた敵軍めがけて突進した。そのあとを土煙を上げて家臣らが続いた。薙刀を突き出した兵が額を真二つに割られ、血しぶきと共に転がった。馬のひづめが地を蹴るたびに血しぶきと悲鳴が飛んだ。刃が布を切っていくように、義秀の軍勢は次々と敵軍を裂いて行く。




