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雪の灯(ともし)  作者: 李孟鑑
第二章 実朝
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和田合戦(二)

 しかし今、彼の胸中には泥のような重苦しい逡巡(しゅんじゅん)が渦を巻いていた。


 発端を作ったのは、誰あろう義時であった。義盛が出仕を止めてしばらく経った時、義村は屋敷に義時の訪問を受けた。義時は単刀直入に、和田義盛の周りに謀反の噂があることを述べ、変事の際は御所のために力を尽くしてもらいたいと、義村に向かって頭を下げてみせた。


「某も左衛門尉殿に限ってとは思うております。ですが、万が一ということもございます。そうなれば頼むべきは三浦介殿にござる。何と申しましても三浦は、和田の本家にござりますれば」


 本家、という言葉に義時は妙に力を入れ、繰り返した。言葉とは危ういものである。義村は、義時の訪問の狙いは和田方の切り崩しにあることは察しており、話も半ば聞き流していた。しかし、まるで呪文のように繰り返された、「三浦は和田の本家である」という一言は、義村の中に小さなくさびを打った。


 義時が言ったとおり、和田は三浦の分家なのである。義盛は幕府創設時から侍所別当を務めて来たが、分家の義盛が本家を差し置いてそうした重役に任じられたという事実は、義村にとって必ずしも愉快なことではなかった。


 既に幾度も述べたように、義村は義盛とは従兄弟同士であり、しかも幼い頃から昵懇(じっこん)でもあったために、そうした不快を彼は努めて考えないようにして来た。しかし、義時が打ったくさびが腹の奥に深く食い入るにつれ、傷口からは鬱屈したさまざまの思いが膿のように次から次へと溢れた。義村の義盛への感情は、実は義盛が義村へ向けるそれのようには、単純明快ではなかった。それを義時は、義村の中から巧みに引きずり出したのだった。


『高井重茂(しげもち)のこともある』


 どこか爺むさい仕草で酒をすすりながら、義村はひとりごちた。義盛の甥にあたる高井重茂が、密かに一族から離反したという。義村はそれを、数日前に義時から伝え聞いた。


 和田一族の男どもは猛将ぞろいであり、中でもひときわ武勇に抜きん出ているのが義盛の三男、朝比奈義秀(あさひなよしひで)であった。恐らく東国で義秀と戦ってかなう者はなく、しかしもしいるとすれば、それは唯一、高井重茂であろうと噂されていた。


 つまり朝比奈義秀と高井重茂は和田の武力の両翼なのである。しかしその一翼は既に失われた。もしかしたら重茂ばかりではなく、離反した者は他にもあるのではないか。和田は一枚岩どころか、虫が食った紙のようになっていたとしたら。


 義時が本心から自分を頼みにしているなどと、義村は思っていない。しかしもしも和田が倒れれば、義時としては和田に次ぐ力を持つ三浦を頼らざるを得ない。当然の成り行きとして、幕政において執権に並ぶ影響力を得ることが出来るのではないか――。


 彼はそこでぷつりと思考を切り、杯を置いた。


      * * * * *


 翌日、義村は義時の屋敷に走った。


 和田の謀反があるとしてもまだ先のことと予測していた義時は、義盛挙兵の報に内心驚いたが、それを顔には出さず、すぐさま衣を着替えて御所に赴き、義村の言を実朝に伝えた。


「すぐに陣触れを」


 紙のように青ざめる実朝のかたわらで広元が言った。


「鎌倉及び武蔵や相模など近国に出兵の使いを出されますよう。それから尼御台所様、北の方様は八幡宮の別当房へお移りいただくのがよろしゅうございましょう」


 進言のようだが、実質的には広元が実朝に代わって指示を下したに等しかった。御所はやにわに嵐のような慌しさとなった。御所に詰めていた警備の兵が走り回り、庭に矢を防ぐ垣楯(かいだて)をずらりと並べた。重臣の館からも鎧に身を包んだ兵が駆けつけ、弓矢、太刀薙刀などの武器が運び込まれた。馬に打ちまたがった急使が、陣触れのため近国の御家人らのもとへ次々と門を飛び出して行った。女たちが無事八幡宮へ避難してしまう頃には戦仕度はほぼ整い、御所には士気を上げるための怒号が満ち始めた。


 鎌倉の町では、御所の物々しいさまに戦を察した領民が我先に逃げ出した。人々の様子に、義盛は下人に物見を命じた。下人はじきに青くなって馳せ戻り、御所に大勢のもののふどもが集い、戦仕度をしていると告げた。


「陣触れじゃ」


 先手を取られたことを知って、義盛は床を蹴ると大声で下知した。鎌倉には既に、和田の親族である土屋義清を始め、相模、下総の豪族、横山党からは渋谷高重などが集結していたが、肝心の横山時兼率いる主力一千が合流するには明日を待たねばならなかった。しかしもはやその猶予はない。和田側は何よりも御所を落として実朝の身柄を確保しなければならぬのである。相手の防備が万端整ってしまえばそれは難しくなる。今は手持ちの軍勢で出陣するより他はないと義盛は決断した。


 馬に打ち乗り郎党、下人らを従えて一族、そして同士の者が一人、また一人と和田屋敷に入った。前庭には鬨の声が上がり、徐々に戦の興奮が高まったが、しかしその様子を見守る義盛の目には苛立ちの色がある。義村ら三浦勢の姿がまだ見えないことであった。皆も不審を感じているのか、時折何事か言いたげな視線を見交わした。


 嫡男の常盛が父の方を振り返り、目で合図を送った。義盛は一瞬躊躇したが、決心したように頷いて見せた。


 出陣――。常盛の声が響いた。


 申の刻(午後四時頃)、軍勢はひづめの音を響かせ一斉に出陣した。主力百五十騎は二手に分かれて八幡宮前の横大路を駆け抜け、朝比奈義秀率いる一隊は御所へ馬の首を向けた。義時の屋敷を急襲するため兵を率いたのは、和田義直であった。義時には、謀反人に仕立て上げられたという深い恨みがある。自らの手で首級を挙げ、遺恨を晴らすつもりであった。そして義盛は残りの軍勢を率いて若宮大路を下り、由比ヶ浜に陣を敷いた。


 幕府側も兵を繰り出し、御所に隣接する侍所の前に既に防御の陣を敷いていた。両軍は川にかかった筋違橋を挟んで対峙したが、敵方を一目見て、和田勢の間にざわめきが走った。幕府軍の先頭に、北門を囲んでいるはずの三浦の旗が誇らしげにひるがえっている。御所は北に山を背負うため、攻め手は南門から攻略するより他はない。逆に実朝が御所を逃れるならば必ず北門から出るはずであった。そうした重要地点であるからこそ、義盛は義村に北門を任せたのである。


「やはりそうであったか」


 朝比奈義秀の後ろについていた朝盛は声を震わせた。彼は実朝と一族との板挟みになって苦悩したあげく、一度は世を捨てようと思いつめた程であったから、義村の背信への怒りはことさらに強かった。味方の兵を蹴散らさんばかりの勢いで垣楯のすぐそばまで馬を寄せ、大音声を上げた。


「三浦介殿、何故我らを裏切られた」


「何を申すか」


 朝盛の断罪に義村も兵の前に馬を進めた。


「考えてもみよ。我らの先祖、三浦平太為継は八幡太郎義家様に従い、以来三浦も和田も、源氏の棟梁から言葉に尽くせぬ程の御恩を受けて来た。先祖代々の主君に弓引くは、武士の道、天の道に背く悪道じゃ」


 顔色一つ変えず言い返した。戦にあたって、このような口上で互いに自らの正義を声高に申し述べるのは重要な要素であった。この当時は軍略や兵力以上に、天が味方した方が勝つという観念が強かった。正義を主張することで天運を引き寄せ、かつ、兵の士気を鼓舞したのである。対峙した両軍の兵も固唾を呑んで見守っている。


「我が一族に降りかかった咎はいわれなきものである」


 朝盛は負けじと声を張った。琵琶糸を打つような力強い美声が隆として辺りを払った。


「北条の邪道を正すと申した坂東の勇はいずこへ隠れられた。あまつさえ、貴方様は起請文を書き誓いを立てた神仏をもたばかられた。八幡大菩薩、我が方に正道あるならば、この一矢を三浦介に届かせ給え」


 高々と叫ぶなり朝盛は弓を引き絞り、義村めがけて放った。義村は咄嗟に身を引いたが、矢は鎧の袖を斬り飛ばし、背後に控えていた郎党の喉元を深く貫いた。


「見よ、天は我らの味方ぞ」


 朝比奈義秀の大笑が響いた。和田勢からわっと鬨の声が上がった。開戦を告げる鏑矢が音を立てて飛び、そして矢が一斉に乱れ飛んだ。


 土埃が舞い、怒号が上がり、橋の周囲はたちまち戦いの場と化した。武器で打ち合う者、川の中でずぶ濡れになりながら取っ組み合う者。だが朝盛の矢に力を得た和田勢の方が勢いに勝り、幕府軍を幾度となく押し返した。


 酉の刻(午後六時頃)、和田勢はついに幕府の軍勢を蹴散らし御所に迫った。無数の弓弦が大波のようなうなり声を上げたと思うと、御所に矢が四方から雨のように降り注いだ。


 義時の屋敷を囲んでいた義直が駆けつけて来た。屋敷は制圧したものの肝心の義時は御所に行っており、無駄足になったと苦々しく義秀に報告した。


「だが良い知らせもある。梶原刑部烝殿が兵を挙げた」


 梶原刑部烝朝景は鎌倉の御家人である。鎌倉では他にも義盛の挙兵を受け、大庭、土肥、宇佐美などの御家人が次々と援軍の兵を挙げ、御所へ向かおうとしていた。


「それは心強い。心強いがこちらは悪い知らせだ。三浦の爺様の方は頼れぬことになった。思ったとおり、寝返っておったわ」


「何だと。あのもうろく爺めが。――では、北門は」


「兄上に行っていただいている。わしは重茂と相まみえねばならぬゆえ」


 義直はちらりと義秀の顔を仰いだ。

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