嵐の前(三)
参籠起証とは、この当時に行われていた裁判の立証方法で、自らの主張とそれが虚偽ではない旨とを起請文に書き、十四日の間参籠するというものである。参籠の間に、病や出血が生じたり、親類に不幸が出る、鼠に衣を食い切られるといった異常が起こると、神が虚偽を見抜いた証として、申し立ては取り下げられた。
「参籠起証を」
義時はちらと困惑した表情を見せたが、半ば同調するようなふうを装いながら広元に視線を送った。参籠起証を命ずるのは実朝の専売ではないのだが、祭司が神の意を仰ぐと宣言した手前、義時としてはあからさまな反駁はしづらい。年寄りの口からやんわりと却下させようということかと義時の腹を察した広元は、内心苦笑した。
「今は迅速な処置が何よりの大事にございます」
広元は穏やかながら明瞭に答えた。
「和田胤長が無実であるか、まことのところを明らかにするべきとの鎌倉殿のお考えは、まさしく王の道にございます。しかし国の政を守るのはそれ以上の大事と心得まする。
今、謀反の企てが明らかになり申した。しかも侍所別当の家から張本が出たとは、これは実に危うい。御所の屋台骨が揺らいでおると日の本じゅうに触れ回るようなものにござる。動揺が広がり思わぬ火の手を誘う前に、厳しい処罰を御家人に示さねばなりませぬ。ただ――」
と、ここで広元は再び視線を義時に返した。
「和田は頼朝公の昔より言い尽くせぬ忠義に励んで来た家である。そこは考えねばなりますまい」
「は。いかにも。――鎌倉殿、国家転覆の大罪は古来より死罪と定められておりまするが、左衛門尉殿に免じ、いかがにございましょう、胤長は死罪ではなく、流罪と致しては」
義時と広元の双方から絡め取られる形で、実朝は承諾するより他なかった。俗世の事情が神の下の正義を上回った以上、実朝にはもはや打つ手がなかった。
「左衛門尉殿にはそれでご納得いただこう」
広元はそう言って南庭に出て行ったが、その後のことは義盛にとって、とても納得できるものではなかった。姿を見せた広元は、胤長は首謀者であるために赦すことはできぬと以前と同じ主張を繰り返した。そして胤長は、まるで見せしめのように首に縄をかけられて引き出され、一族の見守る前で役人に引き渡された。引き立てられて行く胤長を瞬きもせずに見送ったあと、義盛は足音も荒々しく御所を下がった。
数日後、胤長は陸奥国岩瀬郡に流罪となった。
和田一族に対する見せしめとも取れる処遇はさらに続いた。咎人が出た際、その者の屋敷は一族に下げ渡されるのがしきたりである。胤長の屋敷もそれに従って一旦は義盛の手に渡った。がしかし、すぐに義時は前言を撤回してこれを接収し、屋敷は結局、乱の鎮圧に功のあった、金窪行親と安東忠家に与えられた。胤長の屋敷は出仕に便の良い御所の裏手、いわば一等地にあり、皆が欲しがっていた。恐らく金窪行親から義時に屋敷の無心があったのだろう。
これについて義盛は義時にも実朝にも抗議しなかった。代わりに彼は病と称し、御所に出仕することを止めた。
* * * * *
「戦になるのでしょうか」
信子が小さく言った。灯火を消した闇の中なので表情は見えないが、声音に不安が仄めいた。
なるかもしれない、実朝は思ったが、それを口に上せばすぐにでも現実になってしまいそうに思われて、言葉にはできなかった。答える代わりに、実朝はなだらかにくびれた信子の腰の辺りをそっとさすった。
一連の事件で義盛は面目を丸ごとつぶされた。助命の嘆願も容れられず、身内の財産まで強奪されたとあっては、和田氏の武威は地に落ちたと見られても仕方がない。武家の社会は力が全てであった。数の力であり、武の力であり、そして主家に対し発言力を持つ者に、庇護を求める人々は従うのであり、力を失った家からは人が去る。だから面目とは恥をかいたなどという問題ではない、まさに死活問題なのである。
そして失った威光を取り戻すには、弓、太刀を取って兵を挙げ、一族の力を知らしめるしか、この東国では道がなかった。
だが肝心の義盛は果たしてそのようなことを巡らせているのか、それは実朝にも分からない。あれ以来義盛は御所に一度も顔を見せず、胸の内を訊きたくとも手立てがなかった。
闇の中でも、信子には、肌に感じる手の感触から夫が何かを考えあぐねているのが察せられた。言おうとしていた言葉を飲み込み、彼女はくるりと体を入れ替えると、唇で実朝の耳に触れた。
実朝と信子が私室で政についておおっぴらに話をすることは決してなかった。政に関する私見を立ち聞きされるのを、実朝が懸念したためである。この若き将軍の立場は、執権を始め重臣らの意に沿う限りにおいて保証される。彼らとの間に相違と確執があると判断された時、それは実朝の失脚を意味する。そしてその後の運命は頼家を見れば明らかであった。
朝廷における陰々とした権力闘争と腹の探り合いを見聞きして来た信子には、夫のそうした複雑な立場はすぐに理解された。二人は密かに相談し、政の敏感な話題を口に上すのは同衾している最中にしようと取り決めた。隣室に詰めている宿直の者も、さすがに房事の合間に交わされる睦言にまでは注意を払わなかったのである。
耳や頬に信子の唇が綿雪のようにしきりに触れ、軽やかなやわらかさが過ぎた。
「相模殿は、戦を望んでおられるのでしょうか」
動きを止めて信子が言った。
「実は、奥では怖い噂が行き交うております。皆が言うには、あの阿静房は泉親衡殿の手の者ではない。御所や北条に何かしら不満を抱きそうな者の間をまわって心中を探るのが目あてで、それは相模殿の内々の命であったと――。もちろん表立っては申しませぬけれど」
「――」
息子や甥の連座を好機と見て、義時が義盛の力を奪おうとしていることは間違いがない。だが実朝は、二所詣の際に上総国国司の一件をあらためて持ち出したのが今回の苛烈な処遇につながったかもしれぬと、そればかりに気を取られていたのである。実はそれよりもずっと以前より、和田を陥れるべく義時が画策していたとの噂に、実朝は少なからず驚いた。しかし彼は噂の真偽よりも、そうした見方が御所、そればかりではなく恐らくは広く世間に広まっているという、そちらの方に恐れを抱いた。
北条一門に対し不満を持つ者は、武蔵の横山党を筆頭に多い。北条と和田の対立の構造が人々の間で公認のものになってしまうと、目に見えるものも見えないものも含め、反体制派の力が義盛の下へ集まることは充分あり得る。今しがた義盛の本心は分からないと言ったが、義盛の意思とは関係なく、見えない引力となって、義盛を挙兵へと押し流すかもしれなかった。そう思うと、実朝には義盛や朝盛、和田の者たちのことが案じられてならなかった。
「殿、わたくし、相模殿と、左衛門尉殿は仲がよろしいのだと思うておりました」
「悪いはずがない。共に父上が初めて兵を挙げた石橋山の戦に付き従うて、その時からの付き合いだからね」
「では何故、――いえ、しつこいようですけれど、わたくしにはどうしても、相模殿は戦を望んでおられるように思われます。でもそのように長く友であった方を、何故討とうとなさるのでしょう」
実朝が今言ったように、和田と北条は挙兵の始めから頼朝に付き従い、共に鎌倉に政権を樹立するのに尽力した。いわば両者共に立役者といってよい。なのになぜ義時は、その義盛を陥れてまで排除しようとするのか。義盛ばかりではない、鎌倉に御所が置かれてから今まで、頼朝と共に平家と戦った家臣が幾人も討伐され、粛清されたことを信子は聞き知っている。何故そのようなことが繰り返されなければならないのか分からないと信子はつぶやいた。
「国が安定に向かおうとする時には必ず起こることなのだよ。政とはそういうものだ。政、いや、人というべきか、それとも時の意思かもしれぬ」
胸の上に乗った信子の頭を抱き、饒多な黒髪に顔を埋めながら実朝は陰鬱に答えた。
国が興る時、それはほとんどの場合一人の天才的な革命家の出現から全ては始まる。その人物のもとに人が集まり、彼は同志を率いて道を開く。そして英知と霊感をもって国を作り統治の仕組みを整え、革命は大団円を迎える。しかし人々を率いた英雄的人物がこの世を去ると、ここで国はもう一度動乱の洗礼を受けなければならない。それが有力者の粛清であった。
「歴史を紐解けば分かるが、始祖から国の仕組みを受け継いだ時、政には決まって粛清が起こるのだ。後を継いだ者は統治の安定を図らねばならぬ。しかし安定とはいわば、何事も起きぬことだ。そのためには力を持った者を駆逐し、棟梁だけが力を掌握する形を作るのが一番簡易で効果的な道なのだよ。
国を興すには力を持った者が必要だ。だがそれを守って行くとなると、今度は力を持つ者は除かれるべき危険な存在になる。――まあ、もう少しお聞き」
髪を揺すって反論の気配を見せた信子を、実朝は両腕で抱きしめ、制した。記紀を始め、古の人が書き残したさまざまな書物を読み、国の歴史、盛衰を学んで来た実朝は、独特の歴史観を持っていた。
「このようなことは限りなくあったのだ。つまり、砂塵を巻き上げ道を開いた有力の武人が、平安の世まで生き残ってしまうと、今度は危険なものとして排され消えて行く。本当に数え切れないほど、――いや、不思議なことに、土地や時代は変わってもほぼ全ての国が同じ道をたどったといってよい。
だから歴史を眺めていると、わたしにはしばしば、こうしたことは人の意思で行われたのではなかったように思われることがある。その時々で粛清を判断し断行した人間は確かにいる。だがそれとて純粋にその者の意思であったか。山は隆起してはやがて平らになり、川はくねってはやがて直ぐになる。同じように、人の世で繰り返されて来た悲劇もまた、万物を動かしている何か大きな力、時の大きな意思が、政の上に表出しただけではあるまいかと、そのようにすらわたしには思える」
「今、鎌倉で起こっているのはそれだとおっしゃりたいのですか」
信子は恐ろしげに声をひそめた。まさに鎌倉は、頼朝が興した国を受け継いだばかりの時期にあたっている。そういうことだ、と、実朝は答えた。
「相模は憎しみから和田の力を削ごうとしておるのではない。彼奴の中では、左衛門尉は今も良き友ですらあるかもしれぬ。だがそれでも、父上が残された国や統治の仕組みを守り、安定させることに尽力するならば、それは和田を討つという方向へ向かうより他はないのだと思う。言うなればそれは相模自身の意思や感情によるものではない。しかしだからこそ事は厄介だ」
「では、どうにもならぬのでしょうか」
実朝は答えなかった。義盛の挙兵などという事態は避けたかった。だがその思いを圧して、所詮物事はなるようにしかならぬのだ、全てはどうにもならぬ所へと手を逃れて行くのだという、重く深い諦観が胸に広がる。その諦観が言葉の端に知らず知らず滲んでいたのに気づいて、実朝は自身に不快を覚えた。
それきり会話は途絶え、代わりに墨を凝したような闇が沈黙をはらんで二人の上に覆い被さり、流れて行った。やがて信子が夜具から身を起こした。肌が離れると開いた襟元から熱が急速に奪われて行く。灯火が点いた。信子が手を伸べて汗を拭ってくれた。火色に染まった信子の首筋におくれ毛が流れ、実朝にはそれが、自分をこの世と結ぶはかない糸であるように見えた。
(第二話・了)




