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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

空眼鏡

掲載日:2026/07/23

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 私たちの身体は、ひとつしかない。

 これ、けっこう危ないことだと思わないかしら? 普通に過ごしている限り、自分のケガや病気は大きなパフォーマンス低下に直結する。やりたいことはできなくなるし、当たり前にできていたことさえ、ままならなくなるわ。

 普段の自分の力にプライドがあるほど、落差によるダメージは大きい。極力、それらを避けようとして、いろいろ方策を練るのはおかしい話じゃないわね。

 その古典的な防御策が、自分の身体を複数作っておくこと。いわば身代わり工作。本来ならばあり得ないものをこさえるわけだから、普通じゃない方法をとるケースもおかしくないわよね。

 最近、おばあちゃんの家に行く時があって、そのときに身代わりにまつわる昔の話を聞いたの。耳に入れてみない?


 おばあちゃんの地元において、ずっと昔のこと。

 人が寿命で亡くなると、その頭蓋を用いて「空眼鏡」を作っていたらしいの。

 中身をすっかり取り去った頭蓋骨を使うから、当然中身は空っぽ。そこに使い勝手がないはずの眼鏡を取り付けることから、この名前が付いたみたいね。

 もっとも空眼鏡の名は後世につけられたもの。かっこうが眼鏡をかけている姿に似ているだけで、風習そのものは眼鏡の概念が伝わるよりずっと前からあったからね。

 それらの頭蓋は腐敗を防ぐために、村ごとにあった氷室の奥深くへ箱に入れてしまわれていたみたい。そこへかける眼鏡も、氷室にある氷たちの一部を用いて用意されたものらしいのよ。

 ケガや病気などで亡くなられた人の頭蓋骨は使われない。健康を願うためのツールである以上、ベストなコンディションのものを求めるのは仕方のないことでしょうね。


 空眼鏡の作成は、氷室にて少なくとも半月のあいだ、冷やしきった頭蓋骨を用いるわ。

 その一対の眼窩よりも、やや大きめの氷を削り出し、ひもなどを通して頭蓋骨の目の穴にあてがう。そのうえで、眼窩のふちギリギリまで削っていってサイズを調整するみたいなのね。

 それが済むと、個々に箱の中へしまって氷室の奥深くに安置しておく。先に話したように、健康のために用意するものだからこそ傷む危険は避けるもの。

 封印されたそれらは、半年に一度。一部の村人たちによって状態を確かめられる。氷が眼窩を覆えなくなっていたら新しく氷を削り出す。頭蓋骨そのものにひびなどのダメージが見られるようなら、それはお役御免となって処分される。

 何事もない年が続くならば、その繰り返しに終始するみたいなの。でも、異常があったときには相応に動かなくてはならないの。


 話に残っている事態としては、眼の病気が流行ったときが多いわね。

 おばあちゃんの地元は、ずっと昔から眼に関する病を患う人がしばしばいたらしいの。

 失明や視力低下もそうだけど、白内障や緑内障や飛蚊症と思しき症状もあったけれど、他によく知られていたのが「熱病」らしかったの。

 ここでいう熱病は、眼のまわりが急に熱を持つようになるたぐいのものね。顔を他人が見たり、水に映したりして自ら確認してみても、視る限りでは異常がない。

 ただ本人ばかりが、眼のまわりの熱さを感じる。その熱は水で濡らした布などをあてがっても引くことはなく、時間を追うごとにどんどんとその強さを増していき、やがては死に至ってしまうの。

 その最期は、決まって両目が火を噴く。三寸から六寸ほどの火柱が眼全体を土台として突き立ち、眼球をこんがり焼きはらって命を奪う。死体には両目の部分にぽっかりと大きな穴が残るばかりね。


 このときこそ、空眼鏡の出番となる。件の身代わりの話ね。

 他のいかなる手段をもってしても、熱病には対処ができなかった。ゆえに空眼鏡の作製と保存は大切な役割だったの。

 熱病を患ったと判断したら、氷室へ向かう。その中の冷たさも、眼を冷やすことには役立たない。ひたすら、空眼鏡のもとへ。

 空眼鏡は村の皆が、それぞれ手ずからこさえるもの。なので、自分が作ったものも常にそこへストックされている状態。それと向き合うことで、「火を移す」のが求められる役割だったとか。

 熱病を患っているものが、空眼鏡となった頭蓋と向き合い続けていると、やがて眼窩の上にかぶせられていた氷の中に、火が灯っていきます。

 火が氷を包むのではなく、内側にできていくことで熱病である証拠にもなるんですね。やがてその火が氷を溶かしていくのですが、火もまた溶ける氷によって縮められ、小さくなっていきます。

 すっかり氷が溶けきるときには、自身の両目にまとわりついていた熱も消えていて、熱病も治っている、という流れのようですね。


 その後の頭蓋骨は、状態が良ければまた氷をあてがわれて再利用されるとのことですが、これもまたレアケース。たいていは新しく空眼鏡を用意することになるわ。

 熱病に関しては、ある時期を境にめっきり症状が見られなくなってしまい、こうして言い伝えで残っているだけ。氷室とともに空眼鏡たちも中へ封じ込められて久しいと聞くわ。

 まあ、現代でも形が変わっているだけで、空眼鏡のたぐいは作られ続けているかもしれないけれどね。

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