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【実録】魔王城24時 〜終業打刻後の無償労働で命を削る魔物たちを元社畜勇者が救済する〜

作者: 羽哉えいり
掲載日:2026/02/12

 魔王城最深部、重厚な「終焉の扉」を、戦士が自慢の斧で叩き割った。


「ようやく着いたな、魔王の……!?」

 

 勇者一行が武器を構え、殺気立って突入した先に広がっていたのは、地獄の業火でもなければ、禍々しい魔法陣でもなかった。


 そこには異様なまでに整然とした「行列」があった。

 

 先頭に立つのは、勇者と死闘を演じたはずの暗黒騎士だ。彼は血塗られた兜を脇に抱え、家庭用プリンターのような軽快な音を立てる「魔導タイムレコーダー」の前に立っている。

 その後ろには骨の継ぎ目に油を差しながら待つスケルトン、翼の端がボロボロに欠けたガーゴイル、そして猛毒の尾を力なく引きずるキメラなど、多数の魔物たちが一列になって並んでいた。


 誰も口をきかない。聞こえるのは換気扇の回る音と、時折漏れる「はぁ……」という深い地底の底から響くような溜息だけ。


「ガチャン。お疲れ様でしたー」

「ガチャン。お疲れ様でしたー」


 無機質な合成音声が静まり返った玉座の間に響く。魔物たちは一様に死んだ魚のような……、もとい、本当に死んでいるような虚無の表情で自分のタイムカードを打刻すると、勇者たちの横を通り過ぎていった。


「……おい、無視か?」

 

 勇者が拍子抜けして声をかけるが、魔物たちは一瞥もくれない。

 打刻を終えたばかりのスケルトンが棚の「アルコール消毒液」で指骨を清めると、そのまま踵を返した。しかし彼は出口に向かうのではない。再び武器を取り、さっきまで守っていた「防衛ポジション」へとトボトボと戻っていく。


「……え、帰らないのか?」


 勇者の問いに、スケルトンがガチガチと顎を鳴らした。


「……帰れるわけ、ないだろう。まだ『仕事』が終わっていないんだ」

「でも今、タイムカード押したよな? 記録上は退勤したよな!?」

「ああ……。タイムカードを切った後は、『自主的な居残り』の時間だ。ここからは俺が勝手に趣味で城を守っているだけ。だから、これからお前にバラバラにされても魔王様は一円の弔慰金も出さなくていい……。そういう仕組みだ」


 その声には怒りすら失われた深い虚無が宿っていた。

 周囲の魔物たちも、まるで「それが当たり前だ」と言わんばかりに無言でそれぞれの持ち場へ戻り、再び殺意の抜けた目で勇者たちを睨みつける。


 そんな中、既に打刻を終えていた暗黒騎士が漆黒の剣を抜いて勇者へと向き直っていた。その目は血走っている。


「……死ね、勇者。……殺して、俺を休ませてくれ……!」

「ちょ、待て! お前もさっきタイムカード切っただろ! 退勤したんじゃないのか!?」

 

 勇者の鋭いツッコミに暗黒騎士は力なく笑う。


「……これは業務外の『自主的なトレーニング』だ。だから今からお前を斬り殺しても、俺の残業代は1ゴールドも発生しない……。だが、これをやらないと、明日の朝魔王様に何を言われるか……!」

「なんだその『帰るに帰れない空気』は! 呪いか!? 呪いなのか!? それとも精神的な呪縛なのか!?」


 そこへ玉座から優雅に立ち上がった魔王が高笑いと共に歩み寄ってきた。


「クハハハ! ようこそ勇者よ。我が軍の精鋭たちの『やる気』に驚いたか? 彼らは皆仕事が大好きでな。世界征服という大事業に誇りを持っておるのだ。17時を過ぎてタイムカードを切った後も、こうして自主的にボランティアで防衛活動に励んでいるのだよ」

「……魔王。お前、今『ボランティア』って言ったな?」


 勇者の声が低く冷たく響いた。その背後で魔物たちが一斉にびくりと肩を揺らす。


「そうだ。我が魔王軍はホワイトだ。強制残業など一切ない。彼らが勝手にやりがいを感じて居残っているだけだ。素晴らしいだろう?」


 勇者は聖剣を鞘に戻し、代わりに懐から「労働基準関係法令集」を取り出した。

 

「いいか魔王。タイムカードの打刻後に業務を継続させる、あるいはそれを黙認し、帰りにくい空気を醸成すること……、それは『ボランティア』などではない。明白な『サービス残業』であり違法だ。労働力の搾取だぞ」

「何をバカなことを。これは彼らの自由意志……」

「黙れ! 自由意志で死にそうな顔をする奴がいるか! 安全配慮義務違反、さらには賃金不払残業……。お前が積み上げてきた『やりがい』という名の化けの皮、俺が今ここで、法的に、そして物理的にブチ壊してやる!」


 勇者の瞳に本物の「怒り」が宿る。

 それは世界を救う使命感ではない。かつてブラック企業でボロボロになった一人の男としての魂の叫びだった。


 勇者は震える手で聖剣を握り直す。目の前ではさっき「退勤」したはずの暗黒騎士が、サービス残業特有の「バキバキにキマった目」で剣を構え直している。


「……おい、暗黒騎士。お前、今から俺と戦うのは『自主的なトレーニング』なんだな?」

「……そうだ。自主的なトレーニングだ。だから、お前に斬られても文句は言わん……」

「嘘をつけ! 声が震えてるぞ! 本当は家に帰って泥のように眠りたいんだろ!?」


 勇者の叫びを魔王の冷笑が遮った。


「無駄だぞ、勇者。彼らは『やりがい』という名の絆で結ばれているのだ。たとえタイムカードを切った後だろうと自主的に命を捧げる。これこそが理想の組織。世界征服という大きな夢の前では、残業代などという矮小な概念は消え去るのだ!」

「やりがい……? 夢……?」


 勇者の脳裏にかつての上司の顔がフラッシュバックした。


『君の成長のためにこの資料を明日までに(無給で)作っておいてくれ』

『この会社を愛しているならタイムカードの数字なんて気にしないはずだ』


「……ふざけるな」


 勇者の周囲に凄まじい聖なるプレッシャーが渦巻いた。


「魔王、お前が今やっているのは夢の共有じゃない。『やりがいの搾取』だ! そして、この『帰りにくい空気』の正体……、それは組織的な『心理的安全性』の破壊だ!」


 勇者は聖剣を天に掲げ、魔法ではなく「論理」を叩きつけた。


「いいか、魔物たちよ! よく聞け! 『自主的』と言いながら上司が残っているから帰れない、周りが働いているから帰れない……、それは自由意志ではない! 同調圧力という名の、卑劣な精神攻撃だ!」


 勇者は一歩踏み出し、床に突き刺さった魔導タイムレコーダーを聖剣の一撃で真っ二つに叩き割った。


「タイムレコーダーを壊した!? 貴様、備品損壊で訴えて……」

「黙れ魔王! 記録がなければ今この瞬間から、こいつらがここにいる理由は1秒たりとも証明できない! おい、魔物たち! よく見ろ、もう打刻する機械も、お前らを縛る『空気』もない! 今すぐ全員、強制的に有給休暇に入れ!」

「……えっ、でも、魔王様が……」


 戸惑う魔物たちに勇者はさらに追い打ちをかける。


「魔王! お前、さっき言ったな? こいつらは『ボランティア』だって。なら、ボランティアを今すぐ辞める権利も彼らにはある! もし、辞めようとする彼らを力ずくで止めるなら、それは労働基準法どころか、刑法の『監禁罪』および『強要罪』が適用されるぞ! 俺がこの聖剣でお前の『不当労働行為』を物理的に執行してやろうか!?」


 勇者の背後に巨大な労働基準監督署の幻影が現れたかのような錯覚。

 魔王はその圧倒的な「コンプライアンスの暴力」にたじろいだ。


「ま、待て……! 話し合おう! せめて、引継ぎだけは……!」

「引継ぎは勤務時間内にやれ! お前ら、解散だ! 真っ直ぐ家に帰って温かいメシを食って寝ろ!」


 勇者の怒号が魔王城の「闇」を物理的に消し飛ばした。


「……おい、お前ら。本当はわかってるんだろ?」

 

 勇者が優しく問いかけると、一匹のゴブリンがおずおずと胸元からボロボロのメモ帳を取り出した。


「実は……、隠し持っていました。魔導タイムレコーダーとは別の、実働時間を記録した『真実の魔導日誌』です。いつか証拠として提出しようって、みんなで回し書きして……」

「俺も、魔王様に『明日までにやっとけ』って念話テレパスで言われたログ、全部保存してます」

 

 次々と出てくる不当労働の「証拠」の山。それは魔物たちがいつか「出るところ」に出るために、血と涙で綴った抵抗の証だった。


「ひぃっ! き、貴様ら、謀反か!?」


 魔王は狼狽する。勇者はふと魔王の机の上に目をやった。そこには魔王自身の署名が入った「さらなる上位魔神への進捗報告書」と、大量の胃薬が散乱していた。


「……待てよ。魔王、お前もしかして、さらに上の連中から無茶な『世界征服の納期』を押し付けられてるのか?」


 魔王の肩がびくんと跳ねる。


「……上の魔神公の方々は現場を知らんのだ。『今月中に国を三つ滅ぼせ、予算は半分にするが、やりがいでカバーしろ』などと……。余だって、部下を早く帰したい。だが、納期を守らねば余が消滅させられるのだ……!」


 静まり返る玉座の間。悪いのは魔王一人ではなく、業界全体に蔓延する「過度なノルマ」と「下請けいじめ」の構造だった。


「……よし、わかった。全員ハッピーになる方法を考えよう」


 勇者は魔王と魔物たちを一箇所に集め、円陣を組ませた。


「まず、魔王。お前は今日から『魔王』を辞めろ。代わりに『魔王城株式会社の代表取締役』になれ。そして魔物たちは『正社員』だ。ボランティア残業は今日で廃止。その代わり……」


 勇者はニヤリと笑い、自らの聖剣を高く掲げた。


「俺が『外部コンサルタント』として、その上の魔神どもを全員ボコボコにする。そして無茶な納期設定を撤回させてきてやる。世界征服のペースを『週休二日・100年計画』に下方修正させれば、誰も無理しなくて済むだろ?」

「勇者様……!」


 魔物たちの目に初めて希望の光が宿る。魔王もまた、部下の「真実の魔導日誌」に記された凄惨な労働実態を読み、涙を流して謝罪した。


「すまぬ……、余が悪かった。もう『やりがい』なんて言葉で誤魔化したりせぬ。これからは、ホワイトな魔界経営を目指そうではないか」





 ――数ヶ月後。

 かつて「不夜城」と恐れられた魔王城の正門には、清々しいフォントで書かれた『本日定休日(魔王軍労働組合指定日)』の看板が掲げられていた。

 勇者は相変わらず魔王城の玉座の間にいる。しかしその手に聖剣はない。代わりに持っているのは、聖騎士団法務部門が発行した分厚い『聖域・魔界合同労働基準ガイドライン』だ。


「おい魔王。このスケルトン、有給消化率がまだ40%だぞ。今すぐ強制的に連休を取らせろ。骨休めをさせるんだ」

「ははっ、承知いたしましたコンサル殿! おいスケルトン、今すぐ魔界温泉へ行け! 旅費は福利厚生費から出す!」


 魔王はかつての威圧的な態度を捨て、健康的な顔色(魔族的な意味で)を取り戻していた。勇者が「上層部の魔神ども」を物理的にコンプライアンス遵守させたおかげで、無理な納期設定や予算削減の圧力から解放されたのだ。


「……勇者様。俺、生まれて初めて『趣味』が見つかったんです。定時に帰って、家族と毒キノコ鍋を囲むのが、こんなに幸せだなんて……」


 かつて死んだ目でタイムカードを切っていた暗黒騎士が、今は趣味の家庭菜園で採れた野菜を勇者に差し出し、はにかんだ。

 勇者はそれを受け取り満足そうに頷く。

 やりがい搾取の闇を払い、帰りにくい空気を聖剣で切り裂いた先にあったのは、魔王を倒すことでは得られなかった真の意味での「世界の平穏」だった。


「よし、今日の監査はここまでだ。俺も定時だから帰るぞ」

「お疲れ様でした、勇者様!」


 魔物たちの元気な声に見送られ、勇者は軽やかな足取りで城を後にした。

 勇者の本当の聖戦はまだ始まったばかりだ。


 ちなみにかつての勇者の仲間たちは、勇者の「労働改革」に感化され、それぞれの専門分野を活かし今や「最強の経営再建コンサル・チーム」として世界中にその名を轟かせている。


 「ノーガードで突っ込め!」が口癖だった脳筋戦士は、魔王城の安全衛生委員長に就任。

 ダンジョンの落とし穴に「転落注意」の黄色いテープを貼り、毒の沼地には「防護服着用必須」の看板を設置して回っている。「怪我をして休むのは、パーティにとっても損失だ!」と、魔物たちにヘルメットの着用を義務付ける鬼の安全官になった。


 「神の慈愛」を説いていた僧侶は、魔物たちの心のケアを担当。

 「死なないから大丈夫」と酷使されていた不死系モンスターたちの長年蓄積された精神的疲労を「聖なるカウンセリング」で癒している。魔王に対しても「アンガーマネジメント(怒りの制御)」の講習を行い、城内のパワハラを根絶。現在、魔界で最も信頼される「心の相談役」として引っ張りだこである。


 知力自慢の魔法使いは、魔王城の業務効率化(魔導DX)を推進。

 「手書きの報告書」や「念話による口頭指示」を廃止し、最新の魔導水晶を使った「タスク管理システム」を導入した。これまで三日かかっていた侵略準備(現在は平和的な事業計画)を、魔法のアルゴリズムで三十分に短縮。「無駄な会議は魔法で強制終了させます」と冷徹に効率を追求し、魔物たちの残業時間を劇的に減らした。

 

「……よし、パーティ全員有給休暇は消化したな? 装備(法令集と監査証拠)を整えろ。次は『24時間戦えますか』なんて抜かしている隣国の王宮を監査(物理)しに行くとしよう」


 勇者の号令とともに一行は新たな「ブラック現場」へと向けて歩き出した。



(完)

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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「やりがい」で腹は膨れませんが、「適正な賃金」と「十分な睡眠」は世界を救います。もし、あなたの周りにも「打刻後の闇」が広がっていたら、この勇者の聖剣(正論)を思い出して、少しでも心が軽くなれば幸いです。

サービス残業反対! 定時退社バンザイ!

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