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静かな仮面

 街から戻って、数日が過ぎた。

 屋敷は、変わらず静かだった。

 朝の光。

 整った廊下。

 決まった時間の食事。

(……何も、起きない)

 それが、少しだけ不思議だった。

 あんなに人がいて、

 あんなに見られている気がしたのに。

 世界は、

 何事もなかったみたいに進んでいる。

 

 ある朝、

 鏡の前で身支度をしていると、

 執事が言った。

「本日より、いくつかご予定が入ります」

「……予定?」

「社交の準備です」

 その言葉に、

 胸の奥が、きゅっと縮む。

(……社交)

 何をするのか、

 どう振る舞えばいいのか。

 分からない。

 でも、

 逃げてもいけない気がした。

「……分かりました」

 そう答えた自分に、

 少しだけ驚く。

 前なら、

 迷っていたかもしれない。

 執事は、

 服をいくつか見せてくれた。

 どれも、綺麗で、上品で。

(……全部、私じゃないみたい)

 でも、その中で。

「こちらを」

 勧められた一着が、

 不思議と、目に留まった。

 落ち着いた色。

 装飾は少ない。

 でも、

 どこか、線が強い。

「……これで」

 口に出した瞬間、

 執事が、ほんの一瞬だけ目を細めた。

 嬉しいのか、

 困っているのか。

 判断がつかない。

 

 昼下がり。

 庭で、ミアと過ごす。

「ねえ、お姉様」

「なに?」

「最近さ」

 ミアは、少し考えてから言った。

「なんか、雰囲気変わったよね」

 心臓が、軽く跳ねる。

「……悪い?」

「ううん!」

 すぐに首を振る。

「前より、落ち着いたっていうか……

 遠くなった、っていうか」

 言葉を探すみたいに、

 ミアは眉を寄せる。

「でもね」

 すぐ、笑った。

「お姉様はお姉様だよ」

 その一言に、

 胸の奥が、ほどける。

(……よかった)

 まだ、

 ここにいていい。

 夕方、

 一人で廊下を歩いていると、

 使用人たちの声が聞こえた。

 ひそひそと。

 小さく。

 止まると、

 声は、すぐに消える。

(……私の、こと?)

 分からない。

 でも、

 確かめる勇気もない。

 そのまま、歩き出す。

 気にしないふりは、

 案外、上手になっていた。

 

 夜。

 部屋で、今日選んだ服を思い出す。

(……仮面、みたい)

 ふと、

 そんな言葉が浮かぶ。

 誰かに見せるための顔。

 守るための形。

 嫌だとは、思わなかった。

 むしろ。

(……これなら)

 何かあっても、

 耐えられる気がした。

 それが、

 少しだけ、怖い。

 窓から、湖の方を見る。

 水面は、相変わらず静かだ。

 何も語らない。

 でも、

 映るのは、今の私。

(……大丈夫)

 誰に言うでもなく、

 そう思った。

 まだ、

 何も失っていない。

 まだ、

 選んでいない。

 それでも――

 仮面は、もう手に取ってしまった。


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