表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/11

屋台

 人の声が近い。


 


 笑い声が高い。


 




 油のはぜる音が、空気に混じる。


(……生きてる音だ)


 


 そう思った瞬間、袖を引かれた。



 「お姉様! 見て! あれ!」


 ミアだ。


 目を輝かせて、屋台を指さしている。




「落ちるよ」


「落ちない!」


 即答だった。


 


 兄が、向かいからため息をつく。




 「……少しは落ち着け」


「お兄さまは堅すぎ!」


「お前が軽すぎるんだ」


 


 そのやり取りに、思わず笑いそうになる。


(……家族だ)


 理由もなく、そう思えた。


 最初の屋台は、串焼きだった。


 香ばしい匂い。


 焼けた肉の音。


 


 兄が、何気ない顔で一本取る。


 ひと口。


 少しだけ間を置いてから、うなずいた。


「……問題ない」




「なにそれ、検査?」


 ミアが笑う。


「違う」


 そう言いながら、


 兄は、もう一本取って私に渡した。


(……?)


 気のせい、だと思った。


 次の屋台でも。


 その次でも。


 兄は、必ず先に口をつける。


 偶然にしては、


 きれいすぎる。


「……お兄さま」


「どうした」




「……全部、先に食べてますよね」


 


 一瞬。


 本当に、一瞬だけ――


 兄の目が、揺れた。


「気のせいだ」


 笑顔は、完璧だった。


 だからこそ、


 胸の奥に、細い違和感が残る。


 


 ミアは、気にせず頬張っている。


「おいしい!」


 その一言で、


 深く考えるのをやめた。


 


 今日は、楽しい日だ。


 


 人混みを歩いていると、


 


 ふと、背中が寒くなった。


(……見られてる)


 振り返る。


 知らない顔。


 知らない人。


 


 でも、


 視線だけが、確かに残る。


 兄が、私の半歩前に出た。


 守るみたいに。


「人が多いな」


「……うん」


 それだけで、


 安心してしまう自分がいた。


 日が落ちると、


 屋台に灯りが入る。


 赤。


 橙。


 揺れる影。


 その光の中で、


 ふと思う。


(……きれい)


 理由はない。


 ただ、胸に残る。


 この景色を、


 後で思い出す気がした。


 


 忘れたくない、


 最後の普通。


 帰りの馬車。


 ミアは、膝の上で眠っている。


 兄は、外を見たまま、動かない。


 執事は、静かだ。


 私は、指先を握る。


(……楽しかった)


 それは、本当だ。


 でも。


 胸の奥に、


 


 小さな棘が刺さったまま。


 それが何かは、




 まだ分からない。


 


 ただ――


 この日が、


 切り取られる側の日常だったことを。


 私は、まだ知らない。



 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ