揺れる視界
その後、範囲を広げ、鴻達とは一旦、別れて再度、探しに行った。
玲は人混みの中を縫うように歩き続けていた。
夕暮れの街は賑わいを増し、仕事帰りの人々や買い物客の声が絶え間なく交差している。
笑い声、呼び込みの声、食べ物の匂い――
どれもが日常の一部としてそこにあるはずなのに、今の玲にはただの雑音でしかなかった。
(ミア……どこに行ったんだ)
視線を絶えず動かしながら、通りの先、路地の奥、人の流れの隙間を探る。
見落としがないようにと、何度も同じ場所を確認してしまう。
護衛たちからの連絡もない。
それが逆に不安を煽った。
(何も起きていないと信じたいが護衛からもないなとするなら……)
胸の奥がざわつく。焦りを押し殺しながら、
玲は歩調を速めた。
それから、一時間半が経過し、太陽もほとんど沈み、影が伸びてきた頃。
ふと、通りに面したカフェの前を通りかかる。
ガラス越しに見える店内は柔らかな灯りに包まれていて、どこか別の世界のように穏やかだった。
窓際の席では数人の客が談笑し、テラス席にも人影がある。
その、ほんの一瞬だった。
――カチャリ、と軽い音。
玲が顔を上げたときには、すでに遅かった。
「あっ――」
上から何かが落ちてくる。
反射的に身を引こうとしたが、間に合わない。
次の瞬間、ぬるく熱い液体が肩口から胸元へとかかる。
「っ……!」
そして後から紅茶の香りがふわりと広がった。
上を見ると、テラス席の客が青ざめた顔で身を乗り出している。
手元から滑り落ちたカップはすでに地面で割れていた。
「す、すみません!大丈夫ですか!?」
慌てた声が上から降ってくる。
玲は一瞬だけ目を細めたが、すぐに表情を緩めた。
「大丈夫です。気にしないでください」
そう言って軽く手を振る。
服は濡れているが、立ち止まっている時間はない。
(今はこんなことに構ってる場合じゃない)
玲はそのまま歩き出した。
紅茶の温もりがじんわりと肌に残る。
だがそれすらも、意識の端に追いやられていくようだった。
ミアを見つける。それ以外はどうでもよかった。
人通りの多い通りを抜け、少し人気の少ない道へと入る。
足を止めずに進みながら、玲は周囲を見回し続けた。
(まだ遠くには行っていないはず……)
そう思い込むことで、自分を保つ。
だが――
数分ほど歩いた頃だった。
ふと、足取りに違和感が混じる。
(……?)
ほんのわずかに、重い気がした。
気のせいだと思い、歩き続ける。
だが次の一歩で、その違和感ははっきりとしたものになる。
足が、思うように前へ出ない。
「……おかしい」
小さく呟く。
体が妙に熱い。
先ほどの紅茶のせいかとも思ったが、それとは違う内側からの熱だった。
じわじわと体温が上がっていく感覚がする。
呼吸が、わずかに浅くなる。
(なんで……今……どうして…)
タイミングが悪すぎる。
焦りがさらに募る。
「ミアを……探さなきゃ」
自分に言い聞かせるように、無理やり足を動かす。
しかし、視界がわずかに揺れた。
輪郭がぼやける。
音が遠くなる。
「……っ」
バランスを崩し、思わず近くの壁に手をつく。
その手にも力が入らない。
体の芯がふらついているような、中に浮いているような感覚。
熱が内から一気に駆け上がる。
「これは……やばい……」
意識が鈍る。
それでも前に進もうとした、その瞬間――
「玲様!」
聞き慣れた声が響いた。
ゆっくりと振り向く。
視界の端に、こちらへ駆け寄ってくる姿が見えた。
シオだ。
「玲様、大丈夫ですか!」
その声を最後に、玲の膝から力が抜けた。
地面に崩れ落ちる寸前、体を支えられる感覚があった。
だが、もう視界は保てなかった。
暗闇が、静かに降りてくる。
「玲様!?玲…」
遠くで響く声を最後に、玲の意識は完全に途切れた。




